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柴 那典が宇多田ヒカル『Fantôme』を読み解く

宇多田ヒカル『Fantôme』、国内外で大反響ーーグローバルな音楽シーンとの“同時代性”を読む

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柴 那典
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 宇多田ヒカルのニューアルバム『Fantôme』が、世界中で大きな反響を巻き起こしている。

 発売日翌日9月29日のiTunesアルバム総合ランキングでは全米3位を記録。ヨーロッパではフィンランドで1位となり、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、スウェーデンなどでTOP20以内にランクイン。アジア各国においても、香港、台湾、シンガポールで1位となり、その他の国でも軒並み上位を記録し、全世界のiTunesアルバム総合ランキングでも6位を記録した。

 これらの結果に対して、宇多田ヒカル本人も「なにこれどういうこと?笑」「ええええ?!」とツイート。スタッフも「マーケ担当者として正直に告白しますが、ここまでの筋書きはなかったです」とツイートしている。

 果たして何が起こっているのか。約8年半ぶりの新作は、なぜ日本だけでなく海外でもヒットしているのか。

 本人やスタッフが率直な驚きを表明していることからもわかるように、海外に向けての大掛かりな展開や仕掛けのようなものは、ほとんど無かったはず。むしろ、当サイトに掲載されたインタビュー(参考:宇多田ヒカル、新作『Fantôme』を大いに語る「日本語のポップスで勝負しようと決めていた」)で本人も語っている通り、「日本語のポップスで勝負する」ということが『Fantôme』の大きなテーマだった。研ぎ澄まされた言葉と余計な音を削ぎ落としたサウンドで、鮮やかな情景や、胸を揺さぶる強い思いを描き出す。そういう「歌としての強度」をひたすら高め、磨き抜いたアルバムだった。

 ということは、単なる話題性やプロモーションによるものではなく、作品の圧倒的なクオリティと洗練が、国境を超えて話題が伝播する原動力となったのだと思う。

 もちろん、これまでの活動を通して海外にファンベースを築いていたこと、特に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の主題歌を通して今まで彼女を知らなかった層にも知名度が広がっていたことは大きいはずだ。アルバムには『エヴァンゲリオン新劇場版: Q』(2012年)主題歌の「桜流し」が収録され、スタジオカラー制作の「ヱヴァ Qバージョン」のMVも公開された。YouTubeとSNSの普及によりリアルタイムでその話題性が国境を越えて伝わるようになった情報環境の変化もある。が、何より大きいのは楽曲の持つ説得力だろう。作品の圧倒的なクオリティと洗練が、最大の原動力となったのだ。

 というわけで、今回の記事では、グローバルなポップ・ミュージック・シーンとの“同時代性”をキーに、新作『Fantôme』を読み解いていきたい。

 まず、大きなトピックとしてあるのは、「忘却」にフィーチャリングで参加しているラッパー、KOHHの存在だ。互いにファン同士だったという両者が、死ぬことと生きること、記憶と忘却ということをじっくりと話し合い、曲のテーマでを深く掘り下げたコラボレーションになっている。母の死が大きなモチーフとなっているアルバムの中で、「いつか死ぬ時 手ぶらがbest」と彼女の死生観をありありと示す、アルバムの中でも核心を担うような一曲だ。

 そこで大きな役割を果たしているKOHHが、フランク・オーシャンの新作『Blonde』にフィーチャリング参加しているというのも象徴的な出来事だ。小冊子『BOYS DON’T CRY』と共に配布された限定版のCDに収録されたリード曲「Nikes」で、彼独特の日本語のフロウを響かせている。

 2016年はアメリカのポップ・ミュージック・シーンは何年に一度かというくらい傑作が相次ぐ一年で、その中でも屈指の注目度と反響を巻き起こしているのが2013年のグラミー賞で2冠を勝ち取ったR&Bシンガー、フランク・オーシャンのアルバムだ。こちらの記事でも書いたが(参考:フランク・オーシャン、カイゴ、サニーデイ・サービス…2016年夏の記憶に刻まれる5枚)、アメリカのメインストリームのヒップホップとR&B、エレクトロニック・ミュージックとフォークとソウルとゴスペルと、いろんな流れが折衷的に流れ込んでいる作品である。それと宇多田ヒカル『Fantôme』をKOHHがリンクしているというのは、ゾクゾクするような事実だ。

     
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