鬼畜ライターで有名だった、村崎百郎さんが、おそらく精神障害者だろう人物に刺殺された。昨日、Yahoo!のニュースをチェックしていた妻から知らされたが、半信半疑で記事を読み、しばし呆然としてしまった。
村崎百郎は、よく知られているように、1980年代、先端サブカル/アカデミック雑誌『夜想』や、バロウズ、クロソウスキーなど暗黒文学の翻訳などで知られた小出版社ペヨトル工房の編集者だった。確か、バロウズの翻訳は、村崎さんが担当だったはずだ。
「村崎百郎」はもちろん本名ではなくて、「黒田一郎」の本名をもじって、キチガイの色の「紫」と、「一郎」から鬼畜度を100倍にパワーアップしてつけた名前だと、これも今はない新宿の喫茶店・滝沢の一角で聞いた記憶がある。
サブカル系版元として日の出の勢いだった太田出版から出版された(これは、記憶違い、本当は)芸能人告白本や妄想全開の「悪の」実用書などあざとい出版商売で有名だったデータハウス(といいながら、実は私自身同社からペンネームで、いわゆる謎本を上梓しているのだが)から出版された『鬼畜のススメ』で、一躍「鬼畜系ライター」のトップに躍り出て有名になった村崎さんは、プロフィールによれば、シベリア生まれの中卒、工員ということだったが、バロウズの翻訳の編集者を勤められるほどに、明らかにインテリだった。ゴミ漁りが趣味で、近所のゴミを漁っていて、捨てられていた現代文学や現代思想の本を読んで、断片的な知識を身につけたみたいな「設定」もどこかにあった記憶があるが、まあ、まったくのウソだろう。
また、「電波系」を名乗って、さまざまなこの世ならぬ者たちの声や妄想電波を受信するが、意志の力で聞かなければ大丈夫と、統合失調症を意志の力で克服したかのように書いていたが、これは「設定」だったのか、モノホンだったのかどうかわからない。
「すかしきった世の中を下品のどん底に叩き落してやる!!」というキメ台詞で、露悪的な暴言を吐く芸風を確立し、自ら「鬼畜系」と名乗っていたうえ、エレファント・マンがかぶっていたような、あやしい頭巾の下に隠されていた本人の風貌も、顔つきを凶悪にして、黒髪になったリチャード・ストールマンといったところだったから、本当に鬼畜な人格と思われがちだったようだが、ウワサではとても「イイ人」だといわれていた。
実際、滝沢で、オレの前に登場した初っ端から、村崎さんの髪の毛からは、ふんわりとシャンプーの香りがして、オレと、共通の知人である編集者に会う前に、シャワーか風呂に入って不快な思いをさせないようにと配慮してくれていたのは明らかだった。最近では加齢臭に負けて、夏場は一日に二度は風呂を浴びるようになったオレだが、当時はシャワーも浴びずに数日こもりっきりでやっていた仕事を切り上げて、汗だくのまま人に会いに行くという習慣で、新宿オペラシティに打ち合わせに行くときタクシーに乗ったら浮浪者に間違われたくらいだから、外見と体臭は、オレのほうがよっぽど鬼畜だったことだろう。
滝沢で、村崎さんと話した内容はほとんど覚えていないが、シャイな含羞の人だったと思われる村崎さんは、暴言をちりばめながらも、こちらを楽しませてくれようと、サブカル系のいろいろな話をしてくれた記憶がある。大学院生のライターというだけで、エラくもないオレと数時間熱心に話してくれただけでも、とてもうれしかった。
この滝沢では、やはりサブカル系のライターとして著名だった青山正明さんと会わせてもらったことがある。やはり、やさしいシャイな人柄と、長身のハンサムな風貌が印象的だったが、乾いてかさついた印象の肌が不健康さをうかがわせて、心配になったことを覚えている。
今回20箇所をめった刺しされてほぼ即死だったと記事にはあり、また、「実践本を読んで、だまされた」と、犯人の男は動機を語っているようだ。これだけではいったい本当の動機がなんだったのかわからないが、精神病院の通院歴が報道されているから、犯人はおそらく本当の「電波系」だったのだろう。本人は、「毒電波受信」で苦しんでいたのかもしれない。もしかすると、村崎さんの言うことを真に受けて、病院で治療を受けず、意志の力で電波の言うことを聞かないようにしていたのかもしれない。でも、村崎さんに会って妄想電波を意志の力でコントロールするべく努力していると伝えたら、善人の村崎さんに心配されて、「病院に行った方が・・・」といわれたのかもしれない。また、シベリア生まれの中卒で工員というプロフィールを信じて勝手に自己同一視して、村崎さんの家を訪ねたら、妻の森園みるくと村崎さんの住む豪邸を目にして、実際の村崎さんがインテリだということを知って、裏切られたと思ったのかもしれない。とはいえ、いずれの推測も、「妄想電波」のささやきかけることだから、もちろん確かかどうかはわからない。
村崎さんの本を読むと、暴言や「鬼畜系」という設定でめくらましはかかっているものの、これは、「オレごときの人間が・・・」という含羞や、無神経だったりがさつだったりする世の中に対する韜晦にすぎない。まあ、確かにゴミ漁りなどの趣味はほめられたものではないが*1、ネット検索で腐肉のような他人のスキャンダルを覗き見る趣味とそれほど遠いものではないだろう。そうした含羞や韜晦の露悪の仮面を取り去れば、そこにある真意や主張は、ごくごく常識的でリベラルなものだった。
偽悪的でシャイな含羞の人だったからこそ、「鬼畜系」という仮面をかぶったのかもしれないが、この仮面を本当だと思った人間は多いだろう。シャイであるがゆえに露悪的な人間は、本当に無神経で想像力がない世間によってつぶされたり、いじめられたりということが多いように思われる。モノホンの電波系だった犯人も、この仮面に勝手に共感していたのだろう。たぶん、その仮面の向こうにある、村崎さんというより黒田さんの寛容さに惹かれていたのだったとしても。
ジョン・レノンの暗殺と並べるのには、こちらの事件はおそらく小さくて、たぶんすぐに世間からは忘れられてしまうだろうが、マスと接触するサブカルチャーに携わる人々には、その影響力が大きくなればなるほど、こうした勝手な思い入れと自己同一視による、影響されやすく、行動を制御しにくい人々からの襲撃を受ける危険性もますます大きくなるのだろう。
村崎さんに、合掌。
※後記。下記、ライターの相田くひをさんの文章。2ちゃんでリンクを見つけて、感心。村崎さんの死の推測について、確かにありえるかもしれないな、という指摘。最後の段落で示唆される、テクストの重層的な意味と、「本当の」意図がおそらく著者にとっても不可視である可能性も、文章は誤読され、その意図は誰も計ることができない(かもしれない)という問題は、村崎さんが殺されるにいたった一つの要因だよね、、、と再確認。
*1:後記。2ちゃんねる情報によると、村崎さん自身は、ゴミ漁りは取材で数回やっただけのようだ。ゴミ漁りは犯罪捜査やソーシャルハックの方法として扱っている実用書(『鬼畜のススメ』の前年出版の『シークレット・オブ・スーパーハッカー』など)があったから、そこからネタを得たのかも。