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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.78(平成27年7月発行)

「科研費について思うこと」

大隅 良典 東京工業大学 フロンティア研究機構 特任教授
大隅 良典
東京工業大学 フロンティア研究機構 特任教授

平成27 年度に実施している研究テーマ:
「オートファジーの分子機構の解明と細胞生理学への統合」(特別推進研究)

助手になって初めて科研費を貰ってうれしかった思い出も、はるか昔のことになった。もちろん、私も若い頃は研究費の綱渡りで苦しい思いをした。自分では、いい申請書だと思っていても不採択の通知をもらい、落胆していると秋に補欠採択の連絡が届き、交付申請書と次の申請書をほぼ同時に書いたという経験を2度もしたのを今もよく覚えている。私の研究のほぼすべてが科研費に支えられてきたこと、とりわけ近年は特別推進研究のサポートを頂いてここまで研究を進めることができたことに心から感謝している。
    文科省、JSPSには、基礎研究を支えるべく科研費について様々な工夫をして頂いているが、私が特に生命科学の領域の研究に関して、科研費の制度について日頃思うことについて述べてみる。
    科学研究費“補助金”とは、元来研究ができる環境が整った上で、さらに成果が期待できる研究をまさに「補助」して支援する制度であり、従って補助事業に資さない什器の購入などには使えない。以前は講座費という形で研究費があったので、科研費がなくとも最低限の研究を進めることができた。これは研究の裾野が拡がるという大きな意味を持っていた。しかし、昨今の国立大学法人等に対する運営費交付金の削減と、予算の競争的資金化によって、大学や研究所の経常的な活動のための資金が極端に乏しくなってしまった。運営費交付金はほとんど配分されないため、科研費等の競争的資金なしには研究を進めることは困難である。すなわち、補助金が補助金ではなくなり、「研究費」そのものになっている。さらに、研究科や研究所の経常的な活動の費用を捻出するためには、競争的資金の間接経費が重要な比率を持つようになった。
    科研費の基本が個人研究であるという考えは、一見妥当なように聞こえるが、実は問題点も多い。例えば、競争的資金の獲得が運営に大きな影響を与えることから運営に必要な経費を得るためには、研究費を獲得している人、将来研究費を獲得しそうな人を採用しようという圧力が生まれた。その結果、はやりで研究費を獲得しやすい分野の研究者を採用する傾向が強まり、大学における研究のあるべき姿が見失われそうになっているように思える。このことは若者に対しても少なからず影響があり、今はやりの研究課題に取り組みたいという指向性が強くなり、新しい未知の課題に挑戦することが難しいという雰囲気をますます助長している。結果的に、次代の研究者はますます保守的になって新しいものを生み出せなくなってしまうのではないだろうか。
    ある課題で購入した機器を他の人が使うのは厳密にいえば目的外使用となるという制約も、研究資源の有効利用という点からはマイナスである。現代生命科学の研究は多様な解析を求められ、それほど大きな装置ではないが、それなくしては研究が進まなかったり、論文が完成しないということがよく起こる。一人のPI (Principal Investigator:研究代表者)が必要な機器を全て自前で揃えるとなると、相当多額の研究費が必要となり、その獲得のために多くの時間を割かなければならない。前述のように共通施設に廻る資金が少なくなると、若い次世代が独立して研究を展開するためには、利用できる共通機器の充実が不可欠である。一方、あるプロジェクトに必要で購入した機器でも、研究の進行に伴って不要になることがある。科研費で購入した機器については、科研費による補助事業の遂行に支障がなければ、科研費以外の研究のために使用することも可能となっている。他の制度でもこういった改善が進んでほしいと思う。このことは、多くの機器が共有され効率よく稼働している海外の研究機関を訪れた時にいつも強く感じる点である。
    間接経費の導入と引き換えに、以前学部や学科に配分されていた設備更新費などが撤廃され、大きな大学以外では機器類の更新が進まないというのが現状である。高性能顕微鏡、質量分析器、シーケンサーのような高額の大型機器が先端的な研究には当然必要である。しかし、機器のスムーズな運転には経常的な維持費が必要であり、力量のあるオペレーターがいるか否かで、その機器が発揮する能力には大きな差がでる。大型装置の運用と維持管理が、それを導入した個人研究者に委ねられることには制度的に無理がある。能力の高い技術員の安定的な雇用が可能になることも重要であろう。そのために、個人研究のための現行の科研費以外に、研究機関を対象とした研究環境整備を進める科研費の制度が創られると良いと思う。
    一方、現在の科研費、とりわけ基盤研究の絶対額が不足しており、採択率がまだ圧倒的に低い。今の2、3倍になれば大学などの雰囲気も変わり、初めて間接経費の真の利用を各機関で工夫することができるのではないだろうか。
    最近、国全体で研究の出口を求める傾向が強くなっていることは否めないが、研究者の方も一方的に思い込んで自己規制をしていることはないだろうか。私は、研究者は自分の研究が、いつも役に立つことを強く意識しなければいけない訳でもないと考えている。「人類の知的財産が増すことは、人類の未来の可能性を増す」と言う認識が広がることが大切だと思う。役に立つことをいつも性急に求められていると思うことで、若者がほとんど就職試験での模範回答のごとく、考えもなく“役に立つ研究をしたい”という言葉を口にする。直ぐに企業化できることが役に立つと同義語の様に扱われる風潮があるが、何が将来本当に人類の役に立つかは長い歴史によって初めて検証されるものだという認識が、研究者の側にも求められていると思う。

※所属・職名は執筆時のものです。

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