ビジュアルアーツ退社
数ヶ月から、本人のツイッターの雰囲気から予兆はあったのですが、何だかんだ長らくいたる先生原画の作品をプレイしてきたので、実際に発表されると寂寥感を覚えます。
樋上いたる先生のフリー宣言に際してanimateTimesさんが取材した記事は、古くからいたる先生の活動を知る者としては、涙なしには読めない名インタビューです。
個人的に気になった部分を引用しつつ紹介していきます。
ビジュアルアーツでのいたる先生の活動
>『Kanon』『AIR』『CLANNAD』など、ゲーム史に残る大ヒットを飛ばした作品のキャラクターデザイン・原画を担当してきた人気絵師・樋上いたる先生が、ビジュアルアーツを退社、フリーになるという衝撃のニュースが入ってきた!
数あるいたる先生原画の作品の中でも、一般的な代表作を挙げろとなると、「Kanon」「AIR」「CLANNAD」は外せないでしょう。
「Kanon」は泣きゲーのスタンダードとして神格化され、「AIR」は主題歌が一部に国歌扱いされるなど、音楽面での評価も強く受けるようになり、「CLANNAD」では全年齢版で発売したことや、合計4クール分のアニメを放送したこともあり、アダルトゲームをプレイしない層にも膾炙し、多くの新たなファンを獲得しました。
特に「Kanon」の人気は根強く、もう何年も同じ作家から秋子さんや舞メインの同人誌が出続けている事や、14年に位置原光Z先生のKanon合同誌の存在など、まだまだ月宮あゆの事を忘れられないファンが多数います。
家にあるKanonの同人誌です pic.twitter.com/6m0GAbMobT
— にゃるら (@nyalra) 2016年6月26日
ここで「Kanoso」などの二次創作や「残酷版AIR」などの都市伝説の話を挟んでいくと、どんどん話が逸れていくので割愛します。過去には、Kanonユーザーが少女を誘拐した事件などもあり、その話は少ししたかったですが。
とにかく、この3作を生み出しただけでも、いたる先生の功績は大きいです。
とにかく竹井正樹さんの絵がものすごくて。それまではドット絵のゲームをずっとやっていたので、ゲーム画面でこんなにきれいに絵が表現できるんだというのは衝撃的でした。それで「この道に行ってみたい! 原画を描きたい!」と思ったんですけど、
いたる先生が原画家に入るきっかけは、あの同級生で有名な「竹井正樹」先生だそう。点と点が繋がっていく感じが、アダルトゲーム好きの心をビンビン揺さぶっていきます。
因みに、最近の竹井正樹先生ですが、「神のみぞ知るセカイ」でのエンドカードは素晴らしかったです。このレイアウトは正しくelf。神のみという作品のテーマから考えても、竹井正樹先生は外せない人物の一人です。
——作業効率から画風を作っていったのは面白いですね。その後、キャラクターデザインという話が来たのはいつ頃?
樋上:ネクストンに入ってすぐです。いきなり「1本描いてくれ」みたいな感じでした。チームがいろいろ分かれていて、その中の1本を任されたんです。
その後、ネクストンへ入ったいたる先生は、「Phantom Lady」「たまご料理」を経て、YET11さんと共にTacticsを設立。原画を担当します。
・同棲
シナリオこそ違いますが、音楽はあの「折戸伸治」さん。この時点でKeyの原型ができつつあります。
個性という面では、この頃の絵から完成されていますね。今の絵柄から等身は高いですが、特徴的な目の描き方などは、間違いなくいたる先生です。
・MOON.
その後、狂気を題材にした意欲作「MOON.」では、音楽を「折戸伸治」「麻枝准」「YET11」、シナリオは「久弥直樹」「麻枝准」と、完全にKey作品の布陣を完成させます。この作品では陵辱・スカトロ・流血と、今のKeyにはない要素が盛り沢山です。いたる絵のスカトロはあまり見たくないですが。この頃には絵柄も完成されているように見えます。
お気に入りの一枚です。今の泣きゲー路線とはちがう、サイコ風味ならではの雰囲気を感じさせる気がする。
・ONE
その後に登場したのが、かの名作「ONE」です。この作品には僕も強い思い入れがあり、色々と書きたい事も多いのですが、今回はその中でも一番好きなヒロインである「里村茜」についてだけ触れます。
里村茜は、雨の日に学校へ早めに登校することで、登場します。「雨」というほぼ専用BGMと、意味もなく空き地で傘を差し佇む儚げな少女。掴みから満点です。このBGM「雨」は、ONEを代表する名曲なのですが、是非実際にプレイして雨のSEとともに聴いて欲しい。
特に親しい間柄でもないので、無言で見つめ合う二人。「私に用があるの?」と冷たく言い放ち他人に拒絶する彼女から感じさせる、危うげで重たい過去の予感やミステリアスな雰囲気に、オタクはもうメロメロです。
この辺りの文章もあと10行くらい書いていたのですが、里村茜の話になると、余りに早口長文になり過ぎて気持ち悪かったので、泣く泣く削りました。
その後、ONEのテーマである「えいえん」に関して何やかんやある訳ですが、その泣きゲーとしての完成度は一級品。雨の日の空き地という舞台、無口な少女との交流、えいえんの世界という別れ、古典として今プレイしてみても色褪せない構成。
少し前の記事でも触れたのですが、小説版ONEでの里村茜の巻は、ノベライズでは珍しくヒロイン視点でのシナリオなので、原作プレイ済みでも読んだほうが良いです。
彼女のルートは久弥直樹さんが担当し、麻枝准さんが「Angel Beats!」でのインタビューの際、久弥直樹へのコンプレックスや憧れを吐露する程。
里村茜の作中キャラのも浮いた人気は、当時のファン製作MADや、ビジュアルファンブック・アンソロなどでのゲストの里村茜率の高さから窺えます。特に、「ごとP」先生が描いた里村茜と澪は可愛らしいですね。一応、ビジュアルファンブックの編集部が独自に行なったアンケートでは、みさき先輩、里村茜、澪の順になっております。このアンケート準拠の場合、綺麗に上位三人が久弥シナリオです。
と言っても、メインヒロインである「長森瑞佳」のルートは麻枝准担当なのですが、このルートも主人公が幼馴染ヒロインという、無条件で自分を愛してくれる存在に対して、どれだけ残酷な仕打ちを与えても耐えられるか試すという、今のヒロイン至上主義なギャルゲーでは滅多にないシナリオとなっており、エロゲーマー、特に幼馴染ヒロイン好きには一度はプレイして欲しい。
この奇しくも同じ会社で働くことになった天才シナリオライター二人に支えられ、ONEの勢いを残したまま「Kanon」の製作にあたった訳ですが、
——デザインとなると、自分のセンスで勝負することになるわけですが、顔つきや髪型、ファッションまで、かなり大変だったのでは?
樋上:私はけっこう叩かれていたので(笑)。
——最初は「それでもやるしかない!」という感じ?
樋上:そうですね。とにかくネットではすごい叩かれて、「この絵なんかないほうがマシだ!」くらい言われていたんです。
哀しきかな、いたる先生の特徴的な絵はインターネットで叩かれる対象となってしまい、
——当時は叩かれて、枕を濡らすようなこともありましたか?
樋上:いやもう泣いてました! 本当につらくて……。つらかったけど、自分のやりたいことをやっているので、とにかく認めてもらえるようにがんばらないとと思っていました。シナリオも音楽も評価が高いので、「その2人の足を引っ張らないように。自分の絵で作品の評価を下げてしまうのはイヤだ!」と思って、必死で描いていました。『Kanon』で悪いと言われているところを少し直そうと思って、『AIR』で若干頭身が上がった感じになっているんです。
シナリオ担当や音楽を担当したスタッフの足を引っ張らないようにと、苦悩の日々が続きます。
例えば、このCGなどでは「複雑骨折」と言われているのを、ネットで見かけた覚えがあります。ヒロインの一人である七瀬が、自転車で主人公とぶつかり転倒したシーンなのですが、確かにプレイ時に初めて七瀬を見た時、骨が変な方向に曲がってないかと心配になりました。
それでも女性原画家である、いたる先生にしか出せない、独特のロリっぽさや服装は、作品の雰囲気を出すのに間違いなく一役買っています。
それが上手く表面に出ているのが、上記画像の雪の中の儚げな栞CGや、先ほど複雑骨折の例として挙げた七瀬がクリスマスにキムチラーメンを前にしたCGなどは、小動物的な可愛らしさがあり、良くも悪くも上手いだけでは出せない味がありますね。
PS版に移植された際に、スタッフがいたる絵を真似て描いた追加CGも、絶妙にこれじゃない感が出ています。このPS版は色々と不満点が多いのですが、特に追加キャラのメガネ女は、絵もシナリオもとってつけた感が強く不快感が強いです。僕もあまり話題に出したくないです。
98年にいたる先生がアナログで描いたナコルル。かわいい。
——同時に「いたる絵」と呼ばれる独特の絵にハマる人たちもいたわけですが、そちらの印象は?
樋上:なんか、不思議でした(笑)。あっ、自分では自分の絵がすごい好きなんですよ。それをすごく叩かれて、でもその中で「好き」と言ってくれる人もいて、それがすごい不思議だったんです。あれだけ言われている中で「好き」と言ってくれるのは嬉しいんですけど、「どこがいいのかな?」っていう(笑)。
という訳で、無論いたる絵を気に入ったファンも多くいます。と言っても、えっちシーンが全然使えない認識は共通で、まだ抜き目当てのユーザーが多い当時では、反感が強いのもわかりますが。Kanon発売の99年では、「こみっくパーティー」「夜勤病棟」など、他大手に魅力的な原画家の作品があったのも影響しているでしょう。
因みに、あの「552文書」内では、他アダルトゲームメーカーから、いたる先生がアイドル化されている事が分かります。女性原画家と付き合いたいというオタクの謎の願望はいつの時代も共通です。
最近のKeyとこれから
——これまでで一番気に入っている絵とは?
樋上:いま振り返ると、『Harmonia -ハルモニア-』の絵が一番好きなんです。
——どこがお気に入りなんですか?
樋上:目のタッチはかなり変えていると思いますけど、やっぱり顔ですね。自分ではこの顔が一番なんですよ。でも、もっともっと研究するところはあると思うので、まだまだです。
「Harmonia -ハルモニア-」については、アキバBlogにて、クド公編集長が熱く宣伝しているので、そちらを参照下さい。
【コラム】 ついに発売!? Key15周年記念「Harmonia」! : アキバBlog
確かに、今までと目のタッチが違いますね。髪の塗り方なども、ここ数年で大分変わっています。
他にもいたる先生は「HOLY BREAKER!」での原画や、ライトノベル「Farewell,ours ~夏の僕らは瞬きもできない場所へ~」など、最近も精力的に活動を続けています。
Farewell,ours ~夏の僕らは瞬きもできない場所へ~ (ファミ通文庫)
- 作者: 都乃河勇人,樋上いたる
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
- 発売日: 2016/08/30
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——これからの活動を楽しみにしているファンに、最後にメッセージをお願いします。
樋上:これからは、いろんなことに挑戦できるような状況になっているので、もっともっと活動の幅を広げて、もっともっとみなさんの身近に触れられるよう、いっぱい仕事をしたいです。よろしくお願いしますいたる。
これからは自由になった分、活躍の幅を広げると語るいたる先生。Key作品には自分も周囲も多大な影響を受けた世代だけに、フリーになった後も存分にご活躍して欲しいです。それにしても語尾を「いたる」にするのは無理があると思いますが。
Key自体の活動では、今期に「Planetarian」や「Rewrite」のアニメ放送がありました。後者はいたる先生がキャラデザ/原画を務めています。静流のデザインいいよね……。いたる先生の幼児体型キャラは最高。
Rewriteアニメ、二期があるので百歩譲ってなにも解決しないバッドエンドなのは良いとして、全てのルートを半端に再現した所為で、未プレイの人が原作やると、どのルート選んでも、盛り上がる部分の展開を微妙に知ってて不快な気持ちになりそうで笑う
— にゃるら (@nyalra) 2016年9月24日
両方大好きな作品で楽しく視聴していましたが、「Rewrite」は全ルート無理矢理まとめた上で、新たなシナリオを追加した分、中途半端な形のイデオンオチになってしまった印象で終わりました。2期からのストーリーが本番なので、2期では是非アニメという媒体でも、上手くロミオシナリオを描ききって欲しいところ。
Rewrite4話好きで8回目観ていたんですけど、長いエピソードを無理矢理1話に纏めてるので、中盤から静流の台詞が1.5倍速くらいになってきて、終盤では遂に全員が通常の3倍速の早口になるの面白過ぎるし、こんな尺の取り方が下手くそなアニメ中々ないですよ
— にゃるら (@nyalra) 2016年8月10日
長いシナリオを無理矢理1クールにしている分、話のテンポが異様に早いのが気になりますが、4話は往年のKey作品らしさが溢れていて、Rewrite未視聴のKeyファンは一度観てみても損はないかも。
ファンディスクと纏めてCGを追加した「Rewrite+」なども発売しています。
他スタッフでは、都乃河勇人先生は前述したライトノベルの執筆など、麻枝准さんは闘病生活が続いて心配ですが、Keyメソッドならここで奇跡の力で復活するとファンの間で言われています。今のところ入院しつつも元気そうで安心しています。
とっくの昔に退社済みですが、「お~い、誰か久弥の行方を知らんか?」でお馴染みの久弥直樹先生は、突然「天体のメソッド」を引っ提げて帰ってきたと思ったら、またしても名前を聞かなくなりました。一応11月に「彼女たちが綴じる世界」という小説を発売予定ですが、その才能が衰えるどころか進化し続けている事を確信できた「サクラカグラ」の続きも早くお願いしたいです。
最後に
前述した通り、麻枝准先生は入院、いたる先生は退社と一時代築いたクリエイターとKeyが変わっていく様子は辛いものもあります。どうにか「ONE」「Kanon」のスタッフで、あと一作品くらいプレイして見たかったですが……。いつか夢は叶うのでしょうか。
取り敢えず、今のところ僕は久弥直樹先生に、一刻も早くサクラカグラの続きを出して欲しいです。あとRewrite2期も、シナリオを変に弄らない限りは絶対に面白くなると思いますので、その辺も期待しています。
と言う訳で、これからもいたる先生、延いてはスタッフたちを応援していきたいというお話でした。
white clover ~ITARU HINOUE ART WORKS 1~
- 作者: 樋上いたる
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