即日中か、翌日に電話がかかってくれば次の選考を案内されるからだ。3日後までに何もなければ、まず見込みは無い。1週間後、メールが届く。選考への参加のお礼と、「貴殿の今後のご活躍をお祈りします」という空虚な文章。返事すら無いことも勿論ある。いわゆる「サイレントお祈り」。
厭なことは沢山ある。
問われたことに馬鹿正直に答えれば怪訝な顔をされること。
素朴に疑問に思ったことを伝えると、機嫌を損ねられること。
自己分析という単語がいつから多用されるようになったのかは知らないが、今の用語法は恐らく就活ビジネスの暗闇で生まれたに違いない。
やりたいことは無いし、将来の夢もない。自分に何が向いているのかもわからない。中二病を発症する時期でなくとも、別段特別な悩みではない。今の時点で「自分に向いている仕事」、と確信していても実際にやれば嫌になる、ということも大いに有り得る。「向いていない」と思っていたことが案外楽しいと思えたりすることもある。そもそも配属を決めるのは会社であって社員ではない。
それでも「どんな仕事がしたいか」と面接官に問われれば答えねばならない。そんなの知ったこっちゃない、会社が決めることには何でも従いますからとにかく入れてくれ、と言うだけでは不採用だ。
“あなたはどんな人間なのか”、と問われ、必死に答えた挙句、自分を否定される。
「お祈り」が来ても、自分には何が足りなかったのか、一切わからない。だから就活では皆不安になる。
新卒一発勝負のこの国の就活のシステムは腐っている。根本的に変えるべき時が来ていると思うし、いつか変わるだろう。しかし、今すぐには変わらない。就活に疲れ、絶望し、リ○ルートの本社の前で白昼堂々焼身自殺しようとも、世の中は変わらない。文句を言っても今内定は出ない。正社員になりたいのなら愚痴を言うのは一旦止め、とにかくやるしかない。
やるべきことは単純だ。とにかく選考に出来るだけ早期に、沢山参加する。行きたくない企業でも面接を受ける。これだけだ。
早めに内々定を貰って就職活動を終えることが目標なのではない。自分の納得できる会社に行くために、早めに選考に参加することが不可欠なのだ。
面接は数をこなせば必ず慣れる。馬鹿げた質問への答え方がある程度は分かるようになる。言ってはいけないこと、言うべきことを察知できるようになる。面接官とのやりとりのうすら寒さが気にならなくなってくる。
滑稽極まりない質問をしてくる面接官に対して、馬鹿正直に答える必要はないと気が付く。面接官が納得する答えを考え、それを表現する。演じ切る。時には嘘も吐く。それが苦にならなくなる。選考に落ちても気にしない。
自分を全肯定するが如き文章を書いたり、話したりするのはただでさえ嫌なものだ。あまつさえ沢山の会社にお祈りメールを送りつけられ、自分の存在を否定され続ける中で、自己PRの文章を一人むなしく考えていれば鬱にもなる。自分で自分を肯定できない時は、他人に自分を肯定してもらうことが必要だ。他人に文章を書いてもらうのも良い。一人でマジメに頑張る必要はない。
“あなたはどんな人間なのか”という問いで自分を苦しめるべきではない。真剣に考えても答えなど出るはずもない。ただ、面接官の求める話をしに行くだけだ。それが就活だ。
当たり前の話と笑われるかもしれないのだが、9月に入りようやく就職活動を終えた今、1年前の自分に言ってやりたいと思うことを書いた。就活が嫌になって何もかも投げ出したくなった人が読んでくれたらいいなと思う。