脚本家 2016/08/31 13:58 僕が多大なる影響を受けたTVドラマは、やっぱり『北の国から』と『3年B組金八先生』、この二つしかない。もちろん『踊る大捜査線』も『ケイゾク』も『古畑任三郎』も、『女王の教室』も『リーガルハイ』もそして『いつ恋』も大好きだ。何度も観た。でも最後はこの二つにとどめを刺す。そしてそれを執筆した脚本家、倉本聰と小山内美江子の二人が、僕にとってストーリー作りの「神」と言ってもいい。彼らは時代と戦う。時代に対峙して、人間の真実を抉り出そうとする。でも教訓めいた話にはしない。ヒーローもいない。いるのは、剥き出しの「人間」だけだ。人として 人に出会い人として 人に迷い人として 人に傷つき人として 人と別れてそれでも 人しか 愛せない (海援隊『人として』より)人間は醜い。醜いからこそ悲しい、悲しいからこそ、美しい。たぶん僕にとっては、この三段論法以外、人間にリアリティを感じることはないのだと思う。もう今のアニメに全然応用しようのないメソッドだけど、やはりこれが本物なのだと、大事にして行きたい。
それでも世界は生きるに値する。 2016/08/31 12:23 という発言をネット中探してみたのだけど見つからない。記憶違いかも知れない・・・という訳で、嘘だったらごめんなさい。タイトルは宮崎駿さんの言葉だ(と思う)。昔から何度も口癖のようにおっしゃってる言葉だ。僕は若い頃、「それでも世界は生きるに値する」という彼の言葉の、「それでも」という四文字にいたく共感した。そしてアニメをやることに決めた。「それでも」という四文字には相当な重みがある。「今が最高!」などという、強迫観念めいた肯定ではない。それが僕の世界観と合致した。いろいろある世の中で、アニメは「それでも」肯定を生み出せる力のある手段なのかも知れない。僕はアニメを通じて、世界を肯定できるのかも知れない。辛い瞬間も、悲しい瞬間も、「それでも」と、前を向ける瞬間に転じてくれる。それがアニメの最大の力なのだと、今も信じてる。・・・のだが、気づけばアニメが一番辛い現実になってしまった。作業が辛いのはしょうがない。出てきた作品に夢も希望もないのは、本当いたたまれない。「今が最高!」と連呼しているその目が笑っていない。作られた笑顔の裏には、諦めしか見えない。「それでも」という、歯を食いしばり顔を天にグッと突きだすような、雄々しさがない。いつまでも最高なんてありえない。最高でない時は嘆き、泣き、苦しむのはしょうがないじゃないですか。それを今のアニメは拒絶する。アニメは麻薬じゃないんですよ?ちょっとくらいは一緒に苦しんでくれてもいいんじゃないですか?最後はかならず笑顔にするんだから。