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銀行で進む“印鑑要らず”の背景は

「銀行印」という言葉もあるように、銀行口座を開くには印鑑を届け出ることが常識でした。しかし、大手銀行の間では、印鑑を登録しなくてもスマートフォンやサインなどで預金口座を作れるようにする動きが広がり始めています。IT技術を活用して利便性を高める取り組みの裏側には、銀行の強い危機感もあります。
(経済部 山田裕規 記者)

印鑑は要りません

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印鑑がなくても口座を開設できる銀行が増えはじめています。たとえば、「りそな銀行」は去年11月、東京都内の1店舗で初めて“印鑑レス”のサービスを導入。9月6日現在、3店舗まで増えています。
申し込みの手続きは店舗にあるタブレット端末で行います。本人確認は印鑑の代わりに指の静脈の形で個人を識別する生体認証の技術を活用。住所変更などの手続きにも、もちろん印鑑は要りません。「りそな銀行」と「埼玉りそな銀行」では、平成31年3月までにおよそ400のすべての店舗にこのシステムを導入する計画です。

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“印鑑レス”の動きは、ほかの大手銀行にも広がろうとしています。「三菱東京UFJ銀行」は、スマホの専用アプリに運転免許証やマイナンバーカードの顔写真や名前、それに住所などを登録すれば、全国すべての店舗で口座を開設できるサービスを9月中旬に始めます。
一方、「三井住友銀行」が印鑑の代わりに使うのはサイン。店舗に設置した特殊な端末にサインをして筆跡や筆圧を登録すれば、口座を開設できる仕組みを来年2月をめどに一部の店舗で始めます。

“印鑑レス”が広がるわけは

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印鑑を届け出る必要がないのは、店舗がないインターネット専業の銀行では当たり前。キャッシュカードを渡す際に本人確認を徹底し、ネットを通じて利用する際は暗証番号を用いることで不正を防ぐようにしています。

一方、実際に店舗を構えている銀行では本人確認に印鑑を使ってきましたが、安全性は必ずしも絶対ではないといいます。盗まれた通帳と印影をコピーされた印鑑で、預金が不正に引き出される被害も発生しています。

もちろん、ネットを通じた銀行のサービスでも預金が不正に引き出される被害はあとを絶たず、セキュリティー技術の向上が課題となっています。それでも、ネット銀行の印鑑不要のサービスが存在感を増す中、大手銀行としても対抗していかなくては、顧客を奪われかねないという強い危機感があります。

大規模金融緩和がIT化を後押し?

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印鑑が必要なくなれば、利用者は印鑑を持ち歩いたり自宅に忘れたりといった煩わしさや、紛失のリスクから解放されます。利便性の向上は、大手銀行が“印鑑レス”に乗り出す重要なテーマですが、狙いはそれだけではありません。

たとえば、「りそな」の場合、口座の開設を申し込む手続きを電子化し、ペーパーレスとすることでコストを削減。受け付け業務の手間を減らして事務担当の社員を減らし、その分、営業にあたる社員を増やす方針です。IT技術を活用して、企業向けの融資や個人の資産運用の支援といった本業を強化しようという戦略でもあるわけです。

IT技術によるコスト削減や営業力の強化は、ほかの銀行にとっても重要な課題となっています。日銀の大規模な金融緩和策、特にことし2月に導入されたマイナス金利政策によって、銀行は貸し出し金利の引き下げを余儀なくされています。

しかし、いくら金利を引き下げても景気の先行きが不透明な中、融資を伸ばすのは容易ではなく銀行の収益は悪化しています。銀行業界の動向に詳しい野村証券の高宮健アナリストは、「マイナス金利政策の導入で、銀行の貸し出しによる収益には当面、下押し圧力が続く。店舗を軽量化するなどの経営の効率化やIT技術を活用した金融サービス=フィンテックによる新たな顧客層の開拓が、ますます重要になってくる」と話しています。

地銀も異業種も大競争時代へ

印鑑の代わりにIT技術を活用して競争力を高めようという動きは、地方銀行でも出始めています。
関西を地盤とする「池田泉州銀行」は10月末から、投資信託を販売する際の手続きを書類からタブレット端末に変更して、印鑑も廃止します。
購入の手続きにかかる時間は現在の半分程度に短縮でき、利便性を高めることによって銀行にとっても販売によって得られる手数料収入を増やす狙いがあります。

ただ、融資や決済、送金といった金融の分野にはIT企業が次々と参入し、画期的なサービスを生み出そうという開発競争は激しさを増すばかり。これまで銀行が担ってきた役割を、全く別の企業がとって代わる可能性さえ秘めています。大手銀行で“印鑑レス”の波が広がろうとしている背景には、規模も業種も超えた大競争時代を迎え、生き残りをかけた銀行の危機感があるのです。

山田裕規
経済部
山田裕規 記者