クローズアップ現代

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No.32192012年6月26日(火)放送
“忘れられる権利”はネット社会を変えるか?

“忘れられる権利”はネット社会を変えるか?

消せない個人情報 ネット社会のリスク

インターネットであらゆる個人情報が暴かれ、会社を辞めざるをえなかった人がいます。
そのAさんの名前で検索すると、数万件ものホームページがヒット。
そこには住所や学歴、恋人との赤裸々な写真などが公開され、ひぼう中傷のことばにさらされ続けています。
Aさんは人の目におびえ、いまだに働くことができずにいます。

Aさんの母親
「今まで努力して積み上げてきたものを、ぜんぶ失くしてしまいました。
名前で検索すればずっと残る。
1日も早く忘れられたいという思いで、過ごしてまいりました」

きっかけは小さな過ちでした。
当時、大手企業で働いていたAさん。
会社でのある出来事をツイッターに書き込みます。

「今日タレントの○○が来た。
すっげー偉そうで、しかも女連れ。
ちょーうぜー」

ツイッターには自分の名前を出していなかったAさん。
つい、強いことばを書き込んでしまったのです。
このひと言がネット上で波紋を呼びます。

発言を問題視した誰かが、1日数100万人が利用するといわれるある掲示板サイトにAさんの書き込みをコピーし、意見を募ったのです。
すると、Aさんに反感を抱いた人々の書き込みが猛烈な勢いで増えていきます。


「客に暴言吐いちゃだめだろう」

「社会の厳しさ教えたれ」

Aさんに制裁を加えるべきだと考えた人々が動き出します。
Aさんが匿名で書いていたツイッターの数年分もの書き込みを読みあさり、個人の特定を始めたのです。

この時点で性別、年齢出身大学、勤務先、そして住んでいる地域などの情報が調べ上げられました。
さらに数時間後には実名が特定されます。
これらの情報をもとにAさんが実名で登録していたある交流サイトが見つけ出されたのです。


そこには家族や恋人との思い出の写真などが載せられており、そのすべてがネット上に広がりました。
僅か数時間後にはプライバシーは丸裸にされ、その攻撃はさらにエスカレートしていったのです。
翌日、友人からの電話で事態を知ったAさん。
ネットを見て、怖くなったといいます。

Aさんの母親
「写真が全部載ってしまって、大変なことになっていて、夜中にかけて、自分で何とかしようと思ったりしてて、消せるものを何とか消そうと」

慌てたAさんはツイッターなどへの投稿や写真だけでなく、アカウントそのものも削除しました。
しかし、もはや手遅れでした。

Aさんの個人情報は、ひぼう中傷の言葉とともにすでに別のサイトに転載されており、次々とコピーされ増殖し続けていたのです。
その後、自宅に脅迫めいた手紙まで届くようになり、仕事も辞めざるをえませんでした。
Aさんをひぼう中傷する情報は、半年以上たった今もネット上に残り続けています。
ツイッターに書き込んだひと言がきっかけで、人生を翻弄されたAさん。
今も自宅に籠もりがちな日々が続いています。

「社会の隅でお役に立てるような今後を生きることでおわびしたいと思っています」

Aさんの母親
「何されるかわからない。
恨み、恨まれている。
見えない相手なので、誰が知っているのか、誰が知らないのか分からない。
忘れていただきたい、ひたすらそれを願っております」

デジタル技術の飛躍的な進歩により、インターネットに日々記録され続ける膨大な個人の情報。
それが実社会での生活を脅かすというケースが、今、急増しています。
10代で酒を飲んだという書き込みがネット上で見つかり、それがもとで内定を取り消された元大学生。
キャバクラに勤めていた過去が、ネット上に残り続けていた写真で発覚した30代の主婦。
ネットに上げた情報が第三者に発見され、コピーされ続けることで人生をさいなみ続ける。

ネット上の個人情報などを巡るトラブルは、この10年で4倍、年間1万件を超えています。
そんな中、ネット上の自分にとって不都合な情報を消去させることができる、いわゆる忘れられる権利を認めるべきではないか、という声が高まっています。
しかし現状では、いったんネット上で拡散した情報を消し去るのは容易なことではありません。

神田弁護士
「(相談は)年間数100件くらいですかね」

インターネットの個人情報保護に数多く取り組んできた神田知宏弁護士。
こうしたトラブルの解決にはネット特有の難しさがあるといいます。

神田弁護士
「そもそも、誰が管理者なのか分からない」

通常、情報の削除はサイトの管理者に依頼します。
しかし、匿名が当たり前のネットの場合、削除依頼をしようにも連絡がつかないケースが多いといいます。
連絡がついたとしても削除は、ままなりません。

 

壁となるのは、憲法で保障されている表現の自由です。
いわゆる掲示板サイトの場合、書き込みをするのは管理者とは別の第三者です。
この第三者にも表現の自由が保障されており、管理者といえども勝手に削除はできないのです。
 

神田弁護士
「こちらが(裁判所への)申立書です」

その場合、裁判所に申し立てをし、プライバシー侵害を立証せねばならず、膨大な手間と時間がかかります。


神田知宏弁護士

「これは難しいんじゃないですかと、答えざるを得ない事例もかなりあるわけですね。
もう少し簡易な手続きで、迅速に消すような仕組みがあってもいいんじゃないかなとは思います」

 

消せないプライバシー ネット社会のリスク

ゲスト生貝直人さん(慶應義塾大学大学院特任助教)

(被害が増えている)理由は大きく分けて2つあると思います。
1つは、やはり近年の情報技術インターネットの急速な発展の中で、例えばソーシャルメディアあるいはツイッターといったような、人が本当に簡単に世の中に向けて発信することができるようになっている。
加えてスマートフォンのようなもので、ちょっと撮った写真を本当に一手間で世界に向けて発信することができるようになってしまっていると。
先ほどのAさんのケースでも恐らく友達にメールをするつもりで書いたと思うんですけれど、しかし、それが実は世界に向けて発信されてしまっている。
こういう情報技術の進化に対して、僕たち、私たちの情報リテラシーが追いついていないだろうというのが、まず1つです。
それから、やはり情報を受け取る側としても、われわれはインターネットにすごく依存するようになってきていると思うんですよね。
これはアメリカの調査なんですけれど、例えば大学の入試の担当官の方、あるいは企業の入試の面接官の方、大体半分くらいが、その人を評価して選別するにあたってインターネットで検索して、その結果を見て、少なからず評価に影響を与えるようなことが普通にされるようになって。

これを聞くと怖いなと思うんですけれど、でも実際、僕たちも仕事なりで新しい方と会ったりするときにその人の名前を検索して、どういう人かなというふうに見て会いに行ったりしますよね。
このようなことをしたときに、例えば自分の過去の過ちに関する情報や、あとは本当に他人からの嫌がらせ、ひぼう中傷のようなものばかりたくさん出てくると、それこそ、その人の人生のあるいは社会的評価というものに取り返しのつかない影響を与えるようになってしまうと。
こういうことが、まさに今、深刻な問題として現れてきているというふうに思います。

●情報の削除は難しいか

まさに今の法律というものは、非常に長い時間をかけて作られてきたということもあって、今のグローバルなインターネットの時代に必ずしも追いつけていないと。
1つは、例えば人から書かれたひぼう中傷のような情報であっても、それをちゃんと削除してもらうためにはしゃべった側にも表現の自由というものがございますので、書いた側にも。
それをちゃんと消してもらうためには、たくさんの申立書をまさに書いて、それを送っていくっていう、すごい手間をかけないといけないんですけれどそんなことをやっている間にインターネットの、そういう情報というのは拡散してしまうと。
さらに拡散した先が海外のサーバー、例えばロシア語を使って、フランス語、スペイン語を使って、そういうサーバーに、管理者にお願いできるかというとすごい大変な手間がかかることになると。
もう1つは、むしろもっと悩ましいと思うのが、人からではなくて自分がついアップロードしちゃった情報なんですよね。
例えば、若いときに書いた日記ですとか、あるいはつい、はめを外し過ぎた写真をアップロードしたっていったときに、やっぱり後で消したくなる情報ってたくさんあると思うんですけれど、そういうものを例えばサーバーの管理者にお願いしたとしても、自分で公開したんだからプライバシーも何もないでしょう。
あるいは、なんの法律にも違反しているわけでないしといって、ちゃんと取り扱ってくれないことが多いんじゃないかというふうに思います。

こういったことをカバーする法制度というのが、今は存在しないということになるかなと。

ネット社会を変える “忘れられる権利”

去年(2011年)11月。
フランスで始まった、ある裁判の行方に大きな注目が集まりました。
原告はネットにコピーされていた自分の過去の映像の削除を求めたディアナさん。
20代のころ、有名になりたい一心で一度だけ撮影したヌード映像がもとで、今も仕事に就けないと訴えました。

ディアナさんの名前で検索すると、実に30万を超えるホームページに当時の映像などがコピーされていました。
これを1つ1つ消去するのは不可能です。
そこで注目したのが、ホームページへの入り口となる検索サービスそのものでした。


名前を入力しても、検索結果として表示されなければ映像にたどりつけなくなると考えたのです。
そこでディアナさんは、検索世界最大手のグーグルを相手取り、訴訟を起こします。
社会のインフラともいえるグーグルに対し、情報の削除は認められるのか注目が集まりました。

判決はディアナさんの勝訴。
個人の情報は、本人の意思に応じて消去されるべきである。
世界で初めて、忘れられる権利が認められた画期的な判決でした。

 

アアス・ジェラール弁護士
「忘れられる権利は近い将来、インターネットを人々が使う上で、欠かすことのできない重要な権利として、幅広く認められていくことになるでしょう」

本人の意思にかかわらずネット上に残り続け、実生活を脅かすさまざまな情報。
事態を重く見たEUでは、ネットの利用についてテレビCMなどで注意を呼びかけています。
しかし、10代の若者たちを中心にトラブルは後を絶たず、大きな社会問題となっています。
そこでEUでは、今年(2012年)1月、忘れられる権利の法案を議会に提出。
新たなルール作りに乗り出したのです。

欧州委員会 ビビアンヌ・レディング副委員長
「忘れられる権利は人々を守り、ネットへの信頼を高めることにつながるのです」

個人からの正当な要請があれば、検索サービスやサイトの管理者は情報を削除しなければならない。
求めに応じない場合は50万ユーロ、およそ5000万円もの罰金を科すこともあるという厳しい規定も盛り込まれました。

 

欧州委員会 ビビアンヌ・レディング副委員長
「今や忘れられる権利は私たちにとって不可欠なものです。
個人の情報をどう取り扱うか、その権利は個人が持つべきなのです。
望まない情報はいつでも取り戻せる。
そして、忘れられるべきなのです」

しかし、忘れられる権利を推し進めることには課題もあります。
どこまでその権利は認められるべきか。

スペインで、ある訴えが大きな議論を呼んでいます。
訴えを起こしたのは、手術に失敗した外科医をはじめ、かつてなんらかの過失を犯し、新聞で報道された人々。
原告93人はグーグルに対し、自分たちの記事がネット上で表示されないよう求めたのです。


スペイン個人情報保護局 ホセ・ルイス・ロドリゲス局長

「その人にたとえ前科があったとしても、その罪を償えば、社会に復帰する権利があるはずです。
古い記事がネットに残り続けることで、その権利が損なわれることがあってはならないのです」

この訴えにグーグルは真っ向から異を唱えました。





スペイン国営放送ニュース

「グーグルは『報道の自由』に対する検閲だと拒否しています」

グーグルは犯罪や不正などを犯した人物についての報道をむやみに削除することは、社会の利益を損ないかねないと主張。
互いの議論は平行線をたどりました。
結局、スペインの裁判所では結論が出ず、EUの司法裁判所で争われることになりました。

欧州委員会 ビビアンヌ・レディング副委員長
「忘れられる権利は大切ですが、その適用は慎重に行わなければなりません。
インターネットが広げてきた言論の自由を踏みにじることは、社会にとって大きな損失となります。
私たちは、そのバランスを常に考えなければならないのです」

●“忘れられる権利” その制度は

ひと言で言えば、正当な理由さえあればネットの上に存在する自分に関する個人のデータというものをその事業者に削除を要求できる権利なんです。
そしてもう1つ特徴的なのは、最初に個人情報を管理している企業だけではなくて、そこからコピーされたり、あるいは検索エンジンの結果として出てくるようになったら、そういったところからも削除を求められるという非常に強力な権利でして、そしてさらに、これに違反した企業というのは最大で数1000万円にも及ぶ罰金を科せられる可能性があるなど、企業の側にとっても非常に厳しい負担の強い制度になっております。

ただ、こういった権利が必要だというのはヨーロッパの中でも支持がある一方、やはりいくつかの批判もあると。
大きく2つありまして、1つはやはり民主主義にとって不可欠な表現の自由とのバランス。
やはり表現の自由を非常に強く担保する国々では、犯罪に関する情報であっても、それを論評したり、あるいは議論したりすることは非常に重要な表現の自由で、そして知る権利に資するものというふうに捉えられていると。
もう1つは、やはりネットのイノベーション新規ビジネスへの影響ということでして、この権利が認められたとなると、本当にたくさんの、膨大な数の削除要請が生じることが見込まれると。
それを例えば、大きな企業ならばまだしも小さな企業が、そのコストを負担することが必ずしもできるか。
そういったときに、もしこういう規制をあまりにも強くしすぎてしまうと、もうヨーロッパから新しいインターネットのベンチャーは出てこないのではないかっていう強い批判も存在しているところです。

●日本のIT企業 求められることは

まさに、実はこれは完全にヨーロッパの遠い話だというわけではなくて、今度のヨーロッパの個人プライバシーの法改正の中には、このヨーロッパの法律はヨーロッパ人向けにサービスを提供するいかなる企業も従わなければならないという方向性の条件が入っていて、特にインターネットですと、やっぱり誰でも世界中から使えるわけですから、実質的に世界中の企業が影響を受けることになる可能性が高い。
というふうにいったときに、日本企業も全く蚊帳の外というわけではなくて、どういう対応を行うかといったときにいろいろな議論があるんですが1つは今回、一緒に提案されているプライバシー・バイ・デザインという概念が重要になってくると思います。
これは、サイトの設計そのものを事故が起きてから対応するんじゃなくて、事前にプライバシー侵害が起こりづらい設定にしておくということなんですけれど。
例えば、まさにソーシャルネットから外にコピーペーストされないように写真や文書などを強く守るようにするとか、あるいは最初人のうわさも七十五日という表現がございましたけれど、このウェブサイトに投稿された情報は75日で消えるという設定をできないことはないと。
そういう対応も含んでサービスの設計自体を考えていかなくてはいけないと思います。

●個人ができること しなければいけないことは

プライバシーというのは本当に主観的な権利ですんで、法律だけでは、あるいは企業の側だけが守ってくれると思っちゃいけないんです。
僕たち1人1人が、この情報をアップロードすることが一体どういうことなのかを常に考えながらネットを使っていかないといけないと思います。

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