大統領選討論会 先行したクリントン氏
クリントン氏が勝ったというより、トランプ氏が暴言のツケを払わされたのだろう。米大統領選の行方を占う第1回のテレビ討論は、民主党のクリントン前国務長官が豊富な経験と冷静な語り口で、共和党候補のトランプ氏に差をつけた。
ニューヨーク市郊外の大学で行われた討論会は、2人の候補が直接議論する初めての場だった。90分の長丁場だったが、トランプ氏は制限時間を超えて長々と話したりクリントン氏の発言中に口をはさんだり、主導権を狙う気負いが目立った。
他方、クリントン氏は政治経験を誇って相手を見下すような態度も見せず、トランプ氏の挑発的な言葉にも乗らず、時に余裕の微笑で応じた。有権者の好感度が低い両者とはいえ、今回の討論会ではクリントン氏の方が作法と内容で勝り、どんな状況にも動じない、大統領の資質を示すことに成功したといえよう。
トランプ氏は明らかに準備不足だった。以前から無謀な発言が多すぎた。同氏はかつて北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に負担増を求める一方、日韓に米軍駐留経費の大幅増額を要求し、日韓が核武装することも容認する発言をしていた。
これをクリントン氏が追及するのは目に見えていたのに、トランプ氏は結局、「我々は日本やドイツ、韓国、サウジアラビアを守っているが、これらの国々は(十分な対価を)米国に支払っていない」と同じ趣旨の主張を繰り返しただけだ。これではどの国も納得できまい。
北朝鮮の核・ミサイル問題については「影響力を持つ中国が北朝鮮へ行って問題を解決すべきだ」と述べるにとどまった。全体に論旨が荒っぽく、米国の金銭的利益を露骨に求める一方、国際政治には驚くほど無知な部分が透けて見えた。
逆にクリントン氏には入念な準備が感じられた。弱点とみられたメール問題では過失を率直にわび、同時多発テロの式典を中座した彼女の体力をトランプ氏が問題にすると、同氏が女性を「豚」などと呼んだ実例を挙げて女性差別的な側面を強調した。オバマ大統領が米国生まれであることを疑問視した同氏の「人種差別的なうそ」も厳しく批判した。
討論会後のCNNの調査で、クリントン氏が勝ったとする回答が6割を超えたのも納得できる。トランプ氏はもっと冷静に、現実を踏まえて語らないと、クリントン氏との差はより広がるかもしれない。
だが、今回の討論ではシリア内戦やテロ対策、南シナ海の問題などが十分討議されたとは言いがたい。あと2回開かれる両者の討論会では、こうした難問に展望を開く論戦を期待したい。世界が見つめている。