「じゃあ死なせてくれ。殺しに来い」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1609/23/news067.html
私20代後半。
母60代後半。透析歴13年くらい。
昔は週2回3時間で済んでいた透析も、いつだったか、何かのタイミングで週3回4時間になった。
ウチの母は生活習慣がどうこうっていう糖尿ではなくて、遺伝子レベルの問題なので
ハセガワなんちゃらさんの言う中には入らないんだろう。
「もう少し好きなもの食べてもいいと思うけどね」なんて担当医に言われたレベル。
だけど、ハセガワなんちゃらさんの物言いが不快なことに変わりは全く無い。
真に言いたいことは医療費がどうのこうのという感じなんだと思うけど、
とにかく過激だなと思った。
炎上芸なんて揶揄されてるから取り合わないほうがいいのかもしれないけど、
何ていうか残念だなあと、ただ悲しかった。
小学校に上がった頃にはすっかり「母は病弱である」というのが刷り込まれていて、
授業参観とかそういうものは、気がついたら全部父が参加していた。
目が見えづらいから手術するんだよとか、そんな風にしか理由を聞いていなかったけど、
今振り返ると糖尿病の進行が関係していたんだなあと、ぼんやりわかる。
なんで透析することにしたのかは単純で
宣告受けたのが私が13歳だったと思うから、7年か。
今年の冬で14年目に入るんだから、もともとの予定の倍は生きてるね。ありがたい。
一度だけ透析室に入ったことがある。
あとになって一緒に入った父に聞いても首を傾げられたけど、
あの匂いはもう感じたくないな、と頭の隅で思った。
(実際に死臭なんてものが存在するのかどうかは知らない。あくまでも私の感覚での話)
一番強くその匂いを感じた場所にいた人は、1年経たずに亡くなった。
母が透析をしているうちに作った友人だった。
仲良くしていた患者さんのうち、4人目が亡くなった時点で、母は友人作りをやめた。
ハセガワなんちゃらさんの記事ではなんかものすごい言い方されてたけど、
娯楽のために出かけることなんて年に数回あるかどうかってレベルなんだよね。
酷い日は透析から帰ってくるとそのまま寝込んで起きてこられないこともある。
手続きはまだまだ煩雑で、窓口に来るのは本人じゃなきゃだめとか、問い合わせのたらい回しとか、
お役所仕事いい加減にしろって思うことはあるけど、恩恵はありがたく受けてる。
透析に関して、「しんどい、やめたい」と零されると、なんて返したらいいのかわからない。
やめていいよとは言えない。「死んでいいよ」って意味になる。
でも、その一方で苦しみながら生きているのはどうなんだろうと思う。
正しい答えなんてものが無いことを抱えながら生きている大切な肉親に
「死んでくれ」なんて言えるわけがないんだけど、
ハセガワなんちゃらさんはそれにはっきり答えをくれるのかな?
安楽死とか尊厳死とか、そういう議論って今行政ではどうなっているんだろうなあ。
まあそういう意味ではありがたいってことにしておこうか。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。