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【社説】

アジア大会 持続力生む「減量」を

 二〇二六年のアジア大会が愛知県と名古屋市の共催で開かれることになった。大きな波及効果も見込んで開く一万人規模の競技会だが、右肩上がりの時代とはひと味違うスリムな大会を目指したい。

 国内での開催は一九五八年の東京、九四年の広島以来、三十二年ぶり三回目となる。大会構想によると、会期は二六年九月十八日から十六日間。愛知を中心に岐阜、静岡を含めた五十一会場で三十六競技を行う。

 大会の誘致は愛知県の大村秀章知事が今年一月に打ち出し、名古屋市の河村たかし市長も五月、共催に加わることを表明。今月二十五日にベトナムで開かれたアジア・オリンピック評議会(OCA)の総会で、他にライバル都市が名乗りを上げぬまま開催地に決まった。

 思惑通り誘致が進んだ一方、地元では、まず、財政面での懸念が浮上した。経費の負担割合を巡る駆け引きなどから、市が今月に入っていったん立候補を撤回するという騒動が起きている。

 背景にあるのは、当初の約束より大幅に膨らんで混乱が続く二〇年東京五輪の開催経費問題。つまり、地方自治体として、東京都の二の舞いを演じるわけにはいかぬ、ということである。

 走りだしてから必要経費が野放図に膨張していくようなことが許されないのは当然である。費用抑制の姿勢を貫いてもらいたい。

 初のアジア大会がインドで開かれたのは一九五一年。四八年のロンドン五輪に招待されなかった日本にとっては戦後、国際スポーツ界に復帰した記念すべき大会だった。参加した国・地域は十一。参加選手は六競技五百人だった。

 やがて参加国・地域や競技数は膨れ上がり、費用問題が開催都市に重くのしかかるようになる。二〇一八年の大会は、いったん決まったベトナム・ハノイが財政難を理由に辞退。代わりにジャカルタが開催することになった。

 九四年大会の広島市も、常設競技場や新交通システムのインフラ整備は進んだが、その後、市財政は悪化し、二〇〇三年に財政非常事態宣言を出すに至った。

 五輪と同様、アジア大会も肥大化が運営の行き詰まりを招いているように見える。今回、無投票となったことが、それを何よりも正直に物語っていよう。今後もアジアの国々で大会を続けていくためにも、将来を見据えた“減量”を進めねばなるまい。既存施設の活用など簡素化の知恵を絞り、新たな大会の形を模索したい。

 

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