赤ちゃんが欲しい =1=
「あ、幸太郎、おはよう」
朝、リビングに顔を見せた幸太郎に、佐和子が明るい声をかける。
それに対する幸太郎は、見事に寝癖の立った頭をわしわしと掻きながら、欠伸交じりの生返事をし、食卓に着く。
普段の「いかにも仕事のできる男」といったイメージの彼からは、とても想像できない寝起きの姿に、佐和子は思わず苦笑した。
「幸太郎、ホントに朝が弱いよね」
「うるせえな、俺は低血圧なんだよ」
「その台詞、女の子が言うと可愛いんだろうけど、男の人だと妙に情けない」
笑った声で言いながら、彼にコーヒーを差し出す佐和子。
そんな彼女をひと睨みして、幸太郎は、受け取ったカップに口をつけた。
砂糖とミルクのたっぷり入った甘いコーヒーに、幸太郎の仏頂面が緩む。
彼は、佐和子の淹れる甘い甘いコーヒーが大のお気に入りだった。
その甘さは、砂糖によるものだけではない。
彼にとっては、「佐和子が彼のために淹れたコーヒー」であることが重要なのだ。
それは、まさに恋の甘さなのだった。
幸太郎と佐和子の1日は、2人がけのテーブルに向かい合っての朝食から始まる。
佐和子のと一緒に暮らすようになる以前なら、朝食抜きくらいは当たり前の幸太郎だったが、佐和子はそれを良しとはしなかった。
「朝はどんなに時間がなくても、きちんと食べなきゃだめ」
というのが彼女の口癖で、今日も、テーブルの上にはたっぷりとボリュームのある朝食が用意されている。
幸太郎がそれを食べ始めると、佐和子も彼の向かいに腰を下ろした。
他愛のないお喋りに、時おり佐和子のくすくすという笑い声が混じる。
絵に描いたような、恋人たちの穏やかな時間。
ただ、その朝は少し様子が違ったようだ。
「どうした、腹の具合でも悪いのか?」
食の進まない様子の佐和子に気づき、幸太郎は尋ねた。
聞かれた佐和子は、浮かない顔で皿に盛られた料理をつつく。
「うん、ちょっと……。胃のあたりがむかむかして、食欲ないみたい」
「朝はしっかり食えって、いつも言うのはお前の方なのに、珍しいな」
「そうなんだよね、今までこんなことなかったんだけど……胸焼けするようなもの、食べた覚えもないし」
佐和子はそう言うと、ばつが悪そうにえへへと笑い、胃の辺りを撫でた。
幸太郎が、手を伸ばして彼女の額に触れる。
「熱はねえな……まあ、具合が悪いなら無理すんな」
「うん……」
結局、そのあとも佐和子はほとんど料理に口をつけなかった。
幸太郎も、そんな佐和子の様子が気にはなったのだが、だったら、どうすればいいのかと言われても、医者ではない彼には見当もつかない。
「じゃあ、行ってくるからな」
会社へ行く幸太郎を、いつものように佐和子が玄関まで見送る。
長身を屈めるようにして佐和子の唇に軽く口づけると、心配そうに彼は言った。
「大丈夫か、お前? 本当に顔色悪いぞ」
「平気、平気。薬箱に胃薬あったと思うし、それ飲んでちょっと様子見てみる」
出勤前の彼に気を使わせまいと、佐和子は笑顔でそう答える。
だが、幸太郎には彼女が無理をしていることなどお見通しだ。
「お前、やっぱり病院に行け。ひとりで心細いのなら付き添ってやるから」
「そんなに大袈裟なものじゃないよ、心配しないで」
佐和子は慌てて言ったが、幸太郎はまだ納得いかない様子で顔を顰める。
「そんな顔されて、心配するなって方が無理だ。とにかく、今日はもう、掃除だの洗濯だの、晩飯のことも気にしなくていい。1日中、大人しく寝てろ、いいな?」
「はぁい、わかりました」
ご主人様、とおどけて付け加えた佐和子の額を、幸太郎が軽く小突く。
「こら、笑い事じゃねえだろ。何かあったら、会社に電話するんだぞ」
「うん、そうする」
「食欲はねえみてえだけど、これだったら食えそうだとかいうもんがあったら言ってみろ、帰りに買ってきてやるから」
「そうだなあ……。あ、果物なら食べられそう、グレープフルーツとか」
よし、と幸太郎は頷いて、佐和子の頭を自分の胸に引き寄せる。
一方、そうされた佐和子は、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きついた。
「心配かけて、ごめんね」
「謝るくらいなら早いとこ良くなれ、バカ」
ぶっきらぼうな言い方をしても、彼が自分を本当に心配してくれていることは、佐和子にもちゃんとわかった。
だからこそ、余計な心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。
「いってらっしゃい、お仕事頑張ってね」
幸太郎は、もう1度、佐和子を名残惜しげに抱きしめてから、玄関を出た。
つづく
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2016年09月24日 みんなの萌え台詞と萌えシチュで20のお題 トラックバック:0 コメント:0