この問題に対してグーグルが当面とった対策は、「正規分布曲線の中央μから標準偏差n個分(nσ:nの値は推定5、または6程度)より外側の領域に可動域を絞り込む」というアプローチである(この場合の「可動域」とは、単なる位置座標における移動範囲を意味するのではなく、そうした位置座標も含めて、クルマが取り得る選択肢の全種類を変数化(座標化)した概念空間における可動域を指す)。
ここまで外側に行くと、たとえ(正規分布からずれた)ファットテール曲線とは言っても、テール部分の確率が十分に減衰しているので、自動運転車は異常事態に巻き込まれずに済む。これは、より平易な言葉で言い直すと、グーグルの自動運転車は「極端な安全策をとる」ということである。
だが、このやり方では致命的な事故は免れるかもしれないが、現実的な道路事情に適応できないことが、その後のテスト走行の過程で分かってきた。たとえばグーグルの自動運転車は高速道路を走行中に、周囲を走るクルマの流れに乗って走ることができない。
つまりドライバー(人間)が運転する通常のクルマでは、速度制限を多少オーバーしても、周囲の流れに合わせて柔軟に速度を上げ下げするのに対し、グーグルの自動運転車は極端な安全策をとって速度制限を遵守するので、周囲のクルマのスムーズな走行をむしろ妨げてしまう。
あるいは交差点における信号待ちのような状況では、たとえ信号が赤から緑に変わっても、対向車線から左折するクルマが全部いなくなるまで停車して待ち続けるので、いつまでたっても動かないことがある。結果、自動運転車の背後には他のクルマの長い待ち行列ができて、彼らからクラクション(horn)を鳴らされる、という事態に陥ってしまう。
技術的にこうした問題を解決する鍵は、自動運転車が各種センサーを使って外界を認識する際の、認識精度の向上である。たとえば、すでに独アウディ(フォルクスワーゲン傘下)をはじめ各社が、外界の認識能力に秀でた人工知能である「ディープラーニング(ディープラーニング)」を自動運転車に搭載すべく研究開発を進めている。
このように外界認識の精度を高めるということは、図2のカルマン・フィルターにおける標準偏差σを小さくすることに等しい。
ディープラーニングの研究開発が今後とも順調に進み、σを極小化することができれば、たとえメーカー各社が安全策をとって標準偏差n個分(nσ)の外側に自動運転車の可動域を絞ったとしても、σ自体が極端に小さいので、逆に可動域は十分大きくなる。
つまり前述のグーグル自動運転車が陥ったような「現実的な道路・交通状況に適応できない」という事態は回避できる。
ディープラーニングをはじめ各種の要素技術がこのレベルにまで達してから、メーカー側は自動運転車を製品化すべきだが、これはもちろん筆者の個人的見解に過ぎない。
真っ先に死亡事故を起こしたテスラ「オートパイロット」を他山の石と位置付け、そこから「本当に安全で必要とされる自動運転とは、どんな仕様であるべきか」を、日本のメーカーは再検討すべきではないか。
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