以上のような状況を背景に、今回の死亡事故は2016年5月7日、米フロリダ州を縦貫する州間高速道「US-27A」で発生した。
この高速道を南東の方向へと自動走行中のモデルS(下の図1ではV02と表記)に対し、対向車線を走行中の大型トレーラー(図1ではV01)が分岐道「NE 140th Court」へと入るために急左折。この大型トレーラーの(進行方向における)右側面に、モデルSが突っ込んで行く形となった。
大型トレーラーは車高がかなり高いので、車体の底面と路面との間に相当のスペース(隙間)が生じる。このため(自動運転中の)モデルSはトレーラーの(進行方向)右側面に衝突するというより、むしろその隙間に突入していく形となった。それまで65mph(時速105km)で走行していたモデルSは、その勢いによってトレーラー下の隙間をくぐり抜け、トレーラーの(進行方向)左側面から表に抜け出した。
その際、モデルSの天井はトレーラーの底面と激しく擦れ合って引き剥がされ、そのショックでモデルSの進路は大きく右方向に逸れた。そして高速道のフェンスを突き抜け、さらに直進して、その前方にある電柱(Power Pole)に激突。これによってモデルSの車体は大破、ドライバーは死亡した。
以上の経緯から明らかなように、モデルSに搭載されたオートパイロット(半自動運転機能)は、急左折して前方に立ちふさがったトレーラーを認識できず、結果的にこれに向かって突っ込んで行った。
この事故原因について、テスラは事故直後に「トレーラーの白色の車体と、その背景にある快晴の空の青さをオートパイロットが区別出来ず、結果的にトレーラーを障害物として認識できなかったのではないか」との見方を示した。
が、その後テスラは「(事故時に)オートパイロットは正常に動作していたが、自動ブレーキが作動せずに事故へと結びついた」とする新たな見解を示した。
しかし一般ユーザーから見れば、自動ブレーキもオートパイロット(自動運転機能)の一環であり、両者をあえて区別するテスラの見解に対する違和感も聞かれた。
このオートパイロットのような「限定的な自動運転(半自動運転)」、あるいはグーグルが開発を進める「完全な自動運転」のいずれでも、「確率的な状況判断」の仕組みを採用しているという点において、これら技術の原理は基本的に同じと見てよい。
そのベースには「ベイズ定理(Bayes' theorem)」がある。これは18世紀に英国の牧師、トーマス・ベイズ(Thomas Bayes)が考案した確率論である。
ベイズ定理は、最初に「判断するための情報が不十分な状態」で適当に決めた確率(主観確率、あるいは事前確率などと呼ばれる)を、ある種の計測や観測、あるいは実験などを通じて、より精度の高い確率(事後確率)へと改良するために使われる。
(ベイズ定理はしばしば「結果から原因を突き止めるための定理」と言われるが、両者は実は同じことを言っている。この場合の「結果」とは実は「計測や観測、あるいは実験等」の結果を指しており、これによって「真の原因は何であるか」についての確率の精度を高めるのである。)
たとえば自動運転において、このクルマ(自動運転車)の周りにいる移動体(他のクルマ、歩行者、あるいは何らかの障害物など)の居場所を特定するために使われる技術は「カルマン・フィルター(Kalman Filter)」と呼ばれるが、この技術がまさにベイズ定理を採用している(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37143)。
カルマン・フィルターでは、自動運転車の周りにいる移動体の場所を、いわゆる「正規分布曲線(Normal Distribution, Gaussian)」を使って表現する(図2)。現実世界は言うまでもなく3次元だが、図2では簡略化のためX座標だけで表現される1次元の世界で表現している。
この図2における平均値μが、移動体の最も居そうな場所、つまり存在確率が最も高い場所を指す。そして正規分布における標準偏差σが、センサーでそうした移動体の居場所を計測した際の誤差を示す。
言うまでもなく、計測誤差σが小さければ小さいほど、このクルマ(自動運転車)は周囲の移動体の居場所を正確に把握していることになるので、より安全に走行できる。しかし自動運転車が(クルマに搭載されたミリ波レーダーやビデオカメラなど)各種センサーを使って、最初に1回、周囲を計測しただけでは、誤差σは大き過ぎて危ない。
そこで(車載AIである)カルマン・フィルターは、もう一度センサーで外界を計測した上で、そこにベイズ定理を適用することによって、より精度の高い事後確率を得る。これはとりもなおさず、図2における計測誤差σを小さくする作業に該当する。
カルマン・フィルターはこの作業を高速で繰り返すことによって、誤差σをどんどん小さくしていく。
そして十分に小さくなったと判断した時点で、これに基づいて次のアクションを起こす。最も分かり易い事例で言えば、「他の移動体が最もいそうな場所(μ)を迂回する」といったアクションを起こすのである。
以上のような確率的判断こそが、テスラやグーグル、さらには世界の主要メーカーが開発を進める自動運転車の基本的な原理である。