プレミアムモルツの躍進で、サントリーはビール業界4位から3位に浮上しましたが、その要因は、不況にもかかわらず積極的に広告展開したこと。そして、「贅沢をしたっていいじゃない」と、プレミアム価格を払うことを正当化してあげたからです。「贅沢を控える」は時代の風潮ではあっても、すべての消費者の本音ではありません。企業は、消費者の声を聞いているようで聞いていない。
私が言いたいのは、こういう時代だからこそ、売るほうが工夫をしなくてはいけない。そのためには、本当の意味での消費者の動機、なぜそういうことを言って行動しているのかという動機を知る必要がある。実は、それは消費者自身もわかっていないことが多いのです。
消費者がなぜそう考え、なぜそういった行動をとるのか。その動機を探ることを「カスタマーインサイト」と言うのですが、実は、それを探っているつもりでも、表面的な消費者調査で終わっているところが多いんですね。
多くの調査が、「この商品を欲しいと思いますか」「買いたいと思いますか」というレベルの質問にとどまっている。なぜそういう答えをしているのかという動機まで探らないと、本当の「カスタマーインサイト」とは言わないのです。
例えば、品質の差がほとんどない2つの商品を示して、「どちらがいいか」と聞けば、年収2000万円の人も、「安いほうがいい」と言うに決まっています。しかし、実際は100円安い小売店のPB(プライベートブランド)ではなく、メーカーのNB(ナショナルブランド)が選ばれる場合がある。それは、パッケージがすてきだからとか、その商品を買うことが夢を与えてくれるからという価格以外の要因があるからです。
確かにそうともいえます。何十年も同じ商売をしていると、いろいろなパターンを見てきているわけですから、無意識に今に合ったパターンを選択していることもあると思います。大事なのは、それを“センス”という言葉で片づけないで、それがどういうものか知ることだと思います。
マーケティングの基本は、人間を研究することです。相手の立場に立って考えられるというのが、いちばん大事です。自分は受験生でもないし、専業主婦でもないが、その立場になれることです。
動物には、相手の動作や感情をコピーすることができるミラーニューロンという神経細胞があることが確かめられているのですが、それが人間にもあるのではないかということが最近言われています。野球を見ているだけで、実際に野球をする時に使う神経細胞が活性化するんですね。そういうミラーニューロンが活性化しやすい人は、共感性が強い。逆に、ない人は空気が読めない人ということなんです。商売のセンスがある人とミラーニューロンの関係を証明する実験が将来発表されるかもしれませんね。
カスタマーインサイト
consumer insight。消費者が思わず動く購買動機や消費者の本音を探ること。本音は、消費者本人にも意識されていない潜在的な欲求や感情で、消費者に受け入れられる商品開発や広告キャンペーン、プロモーションには重要な考え方。表面的な消費者調査と理解されている場合が多い。
昔の商売上手な人は、カスタマーインサイトを自然にやっていた。ところがだんだん組織が大きくなってきて、見えにくくなっているということだと思うんですね。
マーケティングの基本は、昔の商人がやっていたような、売り手と買い手が一対一でコミュニケーションして、相手のそのときの言葉を受けとめながら、「あ、この人は本当はこれがほしいんだ」と思いをめぐらして、その人に合ったものをすすめる。それが、基本だと思います。
そうだと思いますね。人の無意識の行動で、おもしろい実験があります。機能的MRIという脳内の活動状
況を調べる装置があるのですが、被験者の右と左にボタンがあって、目の前にはスクリーンがあり、いくつかの違った言葉が、0.5秒置きに表示されます。被験者は、いつボタンを押してもいい。どちらかのボタンを押すか決めたら、その時に表示されている言葉を覚え、ボタンを押します。これで、被験者自身が意思決定したと思った時刻がわかるわけです。
その間、実験者は機能的MRIで被験者の頭の中をずっと見ています。どちらのボタンを押すか決めるときは、特定の部位が活性化する。その時刻は、被験者自身が決めたと思った時刻より10秒早かった。つまり、本人が知らないうちに、脳はどっちのボタンを押すかを決めているということがわかったのです。
そういうことです。もう1つ違う実験があります。男性の被験者には女性の写真、女性には男性の写真を見せるのですが、被験者にAさん、Bさん、2人の写真を見せる。そして、AさんとBさんのどちらが好みか聞きます。
その後、関係のない質問をした後に、思い出したように「聞くのを忘れてました」と言って、先ほど好みだと言われたAさんとは違うBさんの写真を見せて、「あなたが好きだと言ったこの人の顔のどこが気に入ってるんですか」と聞きます。
そうすると、写真を入れ替えたことに気づく人は、被験者のうちわずか3分の1でした。しかも、気づかない人たちは、「私がこの人を好きだと言ったのは、目が大きかったからです」とちゃんと理由まで言うのです。同様の方法で、ジャムで味覚の実験も行われていますが、同じような結果が出ています。
つまり、人は意思決定をして行動を起こす前に、実は無意識の領域でいろんなことを考えているということです。Aさんは鼻が高くて、Bさんは目が大きい。Bさんはお母さんに似てやさしそうだとか、いろいろなことを無意識下で考えている。そのうちの1つか2つが何かのきっかけで意識に上ってきているだけなのです。だから後で違う人の写真を見せられても、脳は矛盾を感じないのです。そして、違う人にもかかわらず、脳は後付けで、この人を選んだ理由はこれなんだよと、平気で言えるのです。
脳科学者や心理学者、神経学者の見解としては、人の脳の活動では無意識の領域が大半を占めているということでは一致しています。ただ、何がきっかけでそのうちの1つか2つが意識に上ってきて意思決定するまでに至ったかは、機械で見てもわからない。そこを探るのが、カスタマーインサイトということなんです。
機能的MRI
医療で、外側から体や脳の断面像を撮影するMRIが使われているが、「fMRI」は、MRIを用いて脳の「活動」を画像化する方法のこと。あるものを見たり考えたりする時に、脳のどの領域が活動しているか、リアルタイムで映像に映し出すことができる。fMRIのfは、機能的な(functional)の意味。