人事部長に「仕事と妊娠を取るのは欲張り」と言われ
日経DUAL
2016年1月に『マタハラ問題』(ちくま新書)を出版した、マタハラNet代表・小酒部さやかさん。自身が体験したマタハラについて詳しく語ります。前編の『「半年で2度の流産」マタハラ職場はここまでひどい』に続いて後編をお届けします。
■どうせ辞めるなら、マタハラを認めさせ、会社都合退職に
―― 人事部長に「仕事と妊娠を取るのは欲張りだ。仕事をしたいのなら妊娠は諦めろ」と言われ、小酒部さんはどうされましたか。
私は妊娠を希望しているので、妊娠を諦めるわけにはいきません。主人に「会社を辞めたい」と泣き付きました。主人は「仕事を辞めるのは構わない。けれど、明らかに退職強要だよね、こんなにされて」と言い、どうせ辞めなければならないのなら、会社にマタハラの事実を認めさせ、会社都合退職で辞めようと夫婦で決めました。
すると「戦うぞ!」と怒りが湧いてきました。切迫流産中に自宅に上司が来たときの話を主人が録音していてくれたので、「他にも色々と証拠を集めよう。人事との掛け合いの録音も残そう」と動いたんです。退職強要を認めさせようと。
ただ、証拠を取りつつも、私は最後の最後まで踏ん切りがつかなかった。「何とか人事部で事態を収拾させてくれないか」と思っていたんです。私に許す機会をいただけるのであれば、労働審判にも持ち込まないつもりでした。
でも逆に言えば、マタハラNetの活動がマタハラに関する法改正達成にまで至ったのは、この会社が最後の最後まで悪者でいてくれたからだと、今振り返れば思います。おかげでここまでやってこれましたので、「よくぞ私をいじめてくれた」と今なら言えます。
―― 最後の最後まで完全に悪だったわけなんですね。
そうですね。労働審判は裁判官の心証が悪くなりますから、普通は当事者が出席しなければいけない。にもかかわらず、マタハラをした当事者の上司たちは逃げて、関係ない部下が労働審判に出席し、今度はセカンドレイプならぬ、“セカンドハラスメント”を行うわけです。私には証拠がありましたが、会社側には何もない。そうすると今度は、私をいかに精神的に潰すかを考えて、会社側の反論として、私の人格攻撃を始めるのです。労働審判ですから3回の審議で終わりましたが、民事訴訟に進む女性はこの人格攻撃を受け続けなければならない。この人格攻撃を耐え抜き判決まで漕ぎつけてくれる女性がいるからこそ、判例ができるのだということは、広く知られるべきでしょう。
■会社の言い分は最後まで「(小酒部さんが)心配だったから」
―― 人格攻撃というのは、具体的にはどのように行われるのでしょうか。
「労働審判を金目当てでやっているにすぎない」「権利主張が過ぎる」などといった内容を答弁書に書いてきました。向こうの反論は嘘だらけなんですよ。証拠がないところは「そんな事実はない」と言い張る。私が出した証拠は「そういう意図ではなかった」とすり替え、「上司たちの伝えたかった意図が、うまく私に伝わらなかったのは誠に遺憾である」というふうに……。
会社側の言い分は最後の最後まで「(小酒部さんが)心配だったから」という言葉に尽きました。でも、「おまえが流産するから悪いんだろ」とか、「妊娠を諦めろ」といった説教が、本当に“心配”から出た言葉とはとても思えません。心配なのは、自分の立場や評価だったのでしょう。
―― 労働審判が終わって、どちらが悪かったかがはっきりしたときに、どう感じましたか。
やっと終わったと思いました。
でも、スッキリした気持ちには全くなれない。人事部で収拾をつけてくれれば良かったのに、司法の場に行っても、ひどいことを言われて、こちらの主張を認めない趣旨の答弁書ばかり来る。当事者は逃げる。私は再び傷つくだけ傷つく。これでスッキリ終われるわけがないんですよ。
そこから、自分の怒りとの戦いが始まるんです。仕事も失い、子どももいない。あのとき上司が自宅に来なければ、無事に出産ができていたんじゃないか。そんなふうに自分を責めて、何で大学を出て、仕事を頑張っていたのに、流産する結果になってしまったんだろう。こんなことになった意味は何だったんだろう。そういうことを考えていると、本当に上司たちに対する、すごい怒りが湧いてきてしまって。何であんな無能な人が私の上司だったんだろうと。私のこの怒りなんて気にも留めず、その上司たちは会社から守られて、まだぬくぬくと暮らしているのに、と。
―― まだその上司たちは会社にいる……。後輩たちが不幸ですね。そして、怒りが、マタハラNetという形になった。使命であるかのように。
そうです。
友達が「2回の流産はマタハラNetを立ち上げるためにあったんだね」と言ってくれたときは、少しだけ救われた気持ちになりました。結局は自分が、無事に世に生み出してあげられなかったわけですから、何てことをしてしまったんだろうという思いがあり、無駄なことには、とてもじゃないけどできなかったんです。意味のあることにしてあげたかった。あの子たちのためにも。
■辛辣なひどいバッシングは女性からだった
―― 旦那さんは最初からマタハラNet立ち上げには賛成してくださいましたか。
反対だったんです。マタハラ問題があるのは、こういった状況を肯定する人たちがいるからこそ。マタハラNetを立ち上げれば、相当のバッシングが来るのは分かっていました。そのバッシングに私が耐えられないと主人は心配していたんです。案の定、最初にニュースに出だしたときはすごいバッシングの嵐でした。
―― どんなバッシングでしたか。
「流産したのは母親の自覚がないから自業自得のくせに、会社のせいにするな」「権利ばかりを主張して、契約社員のくせに声を上げるなんて。恥を知れ」「あなたみたいな人が騒ぐから女性の印象が悪くなる」「女性はめんどくさいんですね。わが社では金輪際女性を雇いません」……。こういったことです。「バカ、あほ、死ね」みたいなのもありました。
―― 想像以上にひどいですね……。女性からも来たということですか。
辛辣なひどいバッシングは女性からでした。マタハラNet宛てにメールが来るんです。ニュースを見て、わざわざネットで「マタハラNet 小酒部さやか」と調べてブログにアクセスし、そこから憎悪に満ちた長文のメールを送ってくる。最初は「貴重なご意見をありがとうございました」と返していたのですが、そのメールアドレスに返しても届かないんです。捨てアドレスで、一回だけ一方的に文句を言って、匿名で怒りをぶちまけて、おしまいです。
でも、その一方で、応援してくださる人や、苦しんで相談をくださる人もたくさんいたので、歯を食いしばれました。
■一番問題なのは、“無関心な人たち”
―― バッシングをする人の“負のエネルギー”は、いったいどこからくるものなのでしょう。
みんな傷ついているんですよ。「私だってこんなに我慢して、苦しい思いをしているのに、我慢しないで声を上げるあんたを許せない」と思ってしまうのかもしれません。マイノリティーがマイノリティーを攻撃するという“負の連鎖”です。みんなつらくて、みんな悲しがっているのでしょう。
だからこそ、バッシングが来たときに、逆に「何度でもニュースに出てやる」って思いましたね。連鎖を断ち切るためにも。大事なのは、バッシングしてくるような人にも何度でもニュースにすることによって、この問題はニュース性があるのだということを知ってもらうことです。そして、一番問題なのは、バッシングしてくる人よりもむしろ“無関心な人たち”だと考えました。
■マタハラNetを「怒らない」団体にしようと決めた理由
―― 小酒部さんは強いですね。時代が小酒部さんを必要とした理由が分かるような気がします。では、この運命的なマタハラNetですが、設立時のことについて教えていただけますか。
まずは数人の被害者と団体の趣旨に賛同してくれたメンバーでマタハラNetを設立しました。そして、設立メンバーと相談して、「怒らない」団体にしようと決めました。マタハラ、ハラスメントなどというテーマを掲げると、ただでさえ攻撃的な団体と思われてしまいます。怒って声高に主張するのではなく、「議論のできる場、話し合いのできる場、それから中立な立場であること」を目指したのです。例えば、政治で言えばどこの党派にも属さない、中立な立場でいると。
「やっていることには賛成なんだけど、デモ行進に参加して『反対だ!』と積極的に声を上げるまでではない」という人たちが世間の大半でしょうから、サイレントマジョリティーの声を拾えるよう、SNSを使った署名活動を実施しました。
それと、立ち上げ時から「社会のメーンストリームを歩いていきたい」と思っていました。メーンストリームを歩くことを具体的に言うと、政府の有識者会議に呼ばれるとか、安倍首相と登壇するとかということを指します。怒って過激な行動をしてしまうと、政府に呼んでもらえなくなります。そうすると、届けなければいけない意見も届けることができなくなる。だから「怒らない」をモットーにしようと思いましたね。
「マタハラ反対」と言うのは簡単ですが、ではどうすればいいのか、という解決策まで提示していける団体になりたかったんです。そこまでやって本物だと。
だから、立ち上げたときの目標は、いつか安倍首相と並んで立つこと、そして、直接政府に声を届けることだったんです。まずはそこを目指すぞ、と。予想外だったのが、安倍首相と並んで立つまでがものすごく早かった。これも運命的だったと思います。
2014年9月に「マタハラ裁判」の最高裁の弁論が開かれました。マタハラNet立ち上げが1年でも遅かったら、最高裁に出合えていないわけですよ。この裁判はマタハラが認知される大きなきっかけの1つとなりました。この裁判を起こした広島の女性とは、ずっとメールでやり取りをしていますが、彼女はマタハラNetの運命を変えた一人ですね。最高裁まで一人で戦うなんてとてもできません。裁判が大変なだけでなく、彼女は猛烈な人格攻撃を受けていますからね。
(ライター 水野宏信)
[日経DUAL 2016年8月2日付記事を再構成]
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