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【視線】安倍昭恵夫人も心配 十和田市は新渡戸稲造の歴史的遺産を守る使命感を持つべきだ 編集委員・安本寿久

【視線】安倍昭恵夫人も心配 十和田市は新渡戸稲造の歴史的遺産を守る使命感を持つべきだ 編集委員・安本寿久

 その日、9月4日は中国・杭州で、20カ国・地域(G20)首脳会議が開幕した日だった。安倍晋三首相に同行してもおかしくなかった昭恵夫人は、東京・上野の東京文化財研究所にいて、地域博物館シンポジウムであいさつに立っていた。

 「昔から日本人が持っていた精神性を取り戻し、世界に発信する責任を果たすために主人は頑張っています。私もその手伝いをするために、訪中にはついてゆかず、ここに来ました」

 シンポジウムのタイトルは「新渡戸稲造の精神をどう活かすのか~新渡戸記念館の現状と未来への挑戦~」。全国の博物館・資料館のうちの少なくない数が、自治体の合併や財政難などで存続危機にあるなか、そこに保管されている資料、文化財をどう守り、情報発信に結びつけるかを話し合うため、日本博物館協会や全日本博物館学会などの協力で開かれたシンポジウムだった。

 討論の対象になったのは青森県十和田市立新渡戸記念館である。市立と名がついているが、すべてを市が賄って建設・運営してきた記念館ではない。もともとは著書『武士道』で日本を世界に知らしめた元国際連盟事務次長、新渡戸稲造の蔵書約7千冊などを集めた私設新渡戸文庫だった。そこに市が、永久保存を条件に蔵書などの寄託を求め、新渡戸家が無償貸与した土地に建設したのが同館である。開館は昭和40年のことだ。

 存続問題が持ち上がったのは昨年2月である。市が突然、館の耐震性に問題があるとして、4月からの休館と取り壊しを発表したのである。寝耳に水だった新渡戸家は耐震調査を独自に行い、補強工事すれば耐震性に問題はないという結論を得て館の存続を訴えたが、市が応じないため、訴訟になっている。

 ここまでの経緯は、2月1日の当欄でも紹介した。今回、いわば博物館・資料館仲間の支援でシンポジウムが開かれたのは、資料に対する市の扱い、価値観に専門家たちが危機感を持ったからだ。館蔵品に対する市の主張は次のようなものである。

 (1)寄託品は私物なのですべて撤去し、建物を返還せよ(2)寄託品を寄贈すれば責任を持って管理する(3)その場合、新たな記念館等を建設するかは白紙。当面は称徳館(馬の文化資料館)に保管する。

 現在では記念館を不要と考え、資料の価値も認めていない。少なくとも積極活用する気がないことは確かであろう。

 「現在の日本には博物館・資料館が約5700あるが、3分の1は財政が豊かとはいえない自治体が運営する郷土資料館。だから新渡戸記念館の問題は単に、一地方の問題ではない」

 シンポジウムで、日本博物館協会の半田昌之専務理事はそう話した。財政面から博物館・資料館のあり方を見直す自治体も少なくないからである。

 「そうした館は昭和40年代に急増した。経済発展し、次は心の豊かさを求める時代だと国民が考えたからだ。その原点を思い出したい」

 約150人の駐日大使の代表(駐日外交団長)を務めるサンマリノ共和国のマンリオ・カデロ大使は、「外国人の視点から見た価値」と題してこう話した。

 「自然や神話、文化や歴史は金では買えない、その国だけの大事な財産です。それを正しく知らない日本人が多いのは残念なことです」

 アフガニスタン文化研究所の前田耕作所長は、アフガニスタンと米国を国際連盟加盟に導いた新渡戸稲造の功績を紹介し、そうした日本人像を世界に伝える努力の必要性を訴えた。

 このシンポジウムに昭恵さんが来たのは、世界で日本を正しく知ってもらおうとする安倍外交に協力するためだろう。発信すべき日本の姿は、多くが地方にある。それを守る使命感を十和田市は、そして地方は、認識しているだろうか。(やすもと としひさ)

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