実は世界のスーパーやレストランなどが農産物を仕入れる際の参考にしている基準があります。GAPといいます。といってもアメリカの洋服ブランドではありません。
一般にはあまり知られていない農産物の安全に関わる認証制度ですが、4年後の東京オリンピック・パラリンピックで選手などに提供される食材の調達基準になる可能性があるなど、今注目が高まっています。一体、どんな制度なのでしょうか?(経済部 山根力記者)
注目高まる農産物の認証制度
農産物を巡る認証制度というと、皆さんはどのようなものを思い浮かべますか。農薬や化学肥料などを使わずに生産された農産物の差別化を図る「有機JAS制度」、伝統的な方法で生産された全国の特産品などを国が地域ブランドとして認める「地理的表示保護制度」。最近ニュースでよく取り上げられているものです。
一方、一般の方にあまりなじみはないかもしれませんが、流通業者などの間で有名なのがHACCPとGAPという制度です。HACCPは「ハサップ」と読み、冷凍やレトルトなどの加工食品の製造に関する安全の認証制度。そして、今回、詳しくお伝えするのがGAPという制度です。「ギャップ」と読み、野菜や果物など農産物の生産の安全についての認証制度を意味します。
なぜ今、GAPなのか
GAPとは、Good Agricultural Practiceの略で、日本語では農業生産工程管理と訳されます。農薬の使い方、土や水などの生産を取り巻く環境、それに農場で働く人の待遇などあらゆる工程を記録し点検することで、安全で品質のよい農産物の生産につなげようというものです。
この認証制度が今、注目されるのは農業のグローバル化と深いつながりがあります。
コカ・コーラやウォルマートなどのグローバル企業は世界中から農産物や食材を調達します。その際、食品の安全性をどのように確保するのかが重要になってきます。これらのグローバル企業は「GFSI」という国際組織を作り、独自の基準を設けて農産物や食材にお墨付きを与える仕組みを提供しています。その際、使われている代表的な制度がGAPなのです。
制度の普及 ヨーロッパが先行
GAPの成り立ちは1970年代に遡ります。最初は国連の機関が、適切な農薬の使用を生産者に呼びかける取り組みとして始まりました。
その後、消費者の間で食の安全への意識が高まるなか、1997年にヨーロッパの流通業者などで作る団体が「ユーレップGAP」という認証制度を初めて創設しました。
ヨーロッパでは、アフリカから農産物が多く輸入されているほか、域内の貿易も自由化されました。消費者からすれば「生産者の顔が見えにくい」状況にあるため、第三者が農産物の安全性を客観的に証明してくれるGAPのような制度が普及していったのです。
「ユーレップGAP」は、2007年に「グローバルGAP」に名称を変え、今では世界中に広がっています。認証を受けている生産者の数は、世界124か国のおよそ16万件に上り、事実上の国際規格として利用されています。 世界のグローバル企業が実際に取り引きの要件としてGAPを利用するわけですから、世界に目を向ける生産者からすれば、GAPを取得しなければ商売にならないというわけです。
取得の動き出始めた日本
日本でも輸出に積極的な生産者を中心に「グローバルGAP」を取得する動きが出始めています。しかし、海外で作られた制度のため、審査項目の原文が英語で分かりづらいことや、1回の審査にかかる費用が20万円から40万円ほどと高額なことから国内での認証件数はおよそ340件にとどまっています。
また、2000年代に入って、都道府県やJA、それに流通業界などがさまざまな認証制度を作り生産者に対して認証を呼びかけたため、数多くの制度が乱立してしまいました。さらに、日本はヨーロッパとは違い、スーパーで販売される野菜などの農産物は多くが国産のものです。国産に対する信頼感、生産者と消費者の距離が近い日本は、あえてGAPのような認証制度に頼る必然性がなかったと言えます。
農産物輸出へ避けて通れぬ道
しかし、これから日本の農業が生き残っていく道を考えると輸出は大きなカギとなります。政府も平成32年までに農産物などの輸出額を1兆円に増やす目標を掲げています。農林水産省の担当者は「マーケットがグローバル化するなか、国内で取り引きをしている生産者もGAPに取り組むことが今後ますます重要になってくる」と話しています。日本の生産者も、世界に目を向けた経営からは避けては通れない現実があります。
東京オリンピックでもGAPが選択肢に
また、4年後の東京オリンピック・パラリンピックで提供される食材には、何らかの安全性に関する認証が求められる可能性があります。
東京大会の食材の調達基準は、現在、組織委員会が検討を進めていて、まだ具体的にどのような基準が設けられるのか結論は出ていませんが、GAPも有力な選択肢の1つです。実際に2012年のロンドン大会では、選手村などで提供される食材の調達基準にGAPの取得が求められました。
仮にGAPが東京オリンピック・パラリンピックの食材調達の基準として採用されると、どんなに新鮮でおいしい食材を国内で生産しても、認証がない農家はオリンピック・パラリンピックの選手たちに食材を供給できないという事態になりかねないのです。
世界に通用する日本発の認証制度を
お金がかかり、書類が英語という「グローバルGAP」。これをなんとかもっと使いやすい形にできないかと登場したのが「JGAPアドバンス」と呼ばれる日本の安全認証制度です。
世界で通用する日本発の認証制度の普及を進めたい農林水産省の支援を受けて作られたもので、ことし9月から運営が始まります。審査項目の原文が日本語で書かれているほか、1回の審査費用も10万円程度に抑える予定です。事実上の国際規格を目指し、今後、国内の生産者に認証の取得を促していくことにしています。
世界に目を向けた農業を
日本の農業は、長い歴史の中で“地産地消”を実践してきました。しかし、TPP=環太平洋パートナーシップ協定の発効も見据え、農業も本格的な貿易自由化の時代に入ろうとしています。国内だけを見ていると世界の時流に乗り遅れてしまう懸念があります。かつて携帯電話が日本独自の方式で進化したものの、世界の潮流について行けず、ガラパゴス携帯となった時のように。
GAPは一見すると小難しい手続きの話に見えますが、今後、高い品質を誇る日本の農産物を世界で認めてもらい、農業が持続的に発展していくためには普及が欠かせません。日本の農業を成長産業に変えていくためには、生産者は、国内の常識だけにとらわれず、世界のマーケットに目を向けた取り組みが求められていると思います。
- 経済部
- 山根 力