ドイツは、観念的な倹約主義と決別して内需の下支えにもっと力を入れるべきだという長年の指摘にあらがってきた。ここにきて、そのユーロ圏最大のドイツ経済に局面変化の兆しが表れている。輸出の増加ペースが鈍る一方、消費支出がほぼ20年ぶりの高い伸びを見せているのだ。歓迎される変化だが、個人消費の拡大は国の政策にはほとんど関係ない。政府は需要を押し上げるのにもっと多くのことができるだろう。それはユーロ圏全体とドイツ国民双方の利益につながるはずだ。
国内の消費者が喜んで買い物に出かけるようになったのには理由がある。この数十年間、企業収益の伸び率が生産性の上昇率を大幅に下回り、賃金が抑えられてきたが、今は賃金の伸び率がインフレ率を超えている。原油価格の下落も、家計に恩恵をもたらした。国民は貯蓄を取り崩さずに支出を増やせる状態にある。雇用が増加し、就業者数は1990年の東西ドイツ統一以降、最高を記録。最近の調査によると、ドイツの消費者信頼感指数も2001年以来の高水準に達している。
財政政策による緩やかな後押しもある。ショイブレ財務相は健全財政を守る姿勢を崩さないが、税収が増えているため、難民関連支出の拡大や社会保障の拡充、小幅な減税を行っても、赤字国債発行なしの「均衡予算」を達成できている。
■消費ブーム、ECBの刺激策のおかげ
しかしながら、国内の消費ブームは政府の政策より欧州中央銀行(ECB)の金融刺激策に負うところの方がはるかに大きい。国民はECBのマイナス金利政策を非難するかもしれないが、だからといって低金利の住宅ローンを利用しないわけではない。住宅価格は上がっており、家具や耐久財などへの関連支出も増えている。
政治家も、財政規律が守られているのは公的借り入れのコストを押し下げるECBの金融政策のおかげだということを認めたがらない。彼らはECBに難癖をつけるのではなく、ECBのおかげで生まれた財政余力を生かすことに力を向けるべきだろう。
ショイブレ氏は一歩踏み出した。来秋予定される連邦議会選挙後に、低・中所得層を対象にした150億ユーロ(約1兆7000億円)規模の減税を実施する余地がありそうだとの見方を示した。
これは通常の政策の逆を行くように見える。政府は大抵、選挙前には減税、選挙後は財政引き締めに向けた圧力を感じるものだからだ。ドイツでは政治家も国民も、欧州連合(EU)の周縁にある重債務国に課された緊縮財政を自らも実践する必要があると信じている。だが、自ら課した黒字財政という制約以外に、財政出動を遅らせる理由はほとんどない。有権者が必ずしも減税を支持しないのは事実だが、公共インフラへの投資を進めることに反対するとは思えない。
この点でも、政府はすでにその方向へ歩み始め、交通インフラに関する長期投資計画を発表した。だが、まだ財源が手当てされていない。これでは目先のことしか見ていないことになる。ドイツのインフラは、橋の崩落事故や鉄道の老朽化が報じられているものの、依然として国力の大きな源だ。今後もそうであり続けるためには、補修予算が確保されていなければならない。他にもドイツが他国に後れを取りそうな分野がある。インターネットの接続速度などのデジタルインフラだ。
財政出動は正しく的を絞れば、ユーロ圏経済の回復を後押しするだけでなく、他でもないドイツ自身の大きな国益にもなるだろう。
(2016年9月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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