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【衝撃事件の核心】顔面にたたきつけた〝愛のハンマー〟 「かわいそうだが先に逝け」…精神疾患の長女殺めた老夫婦の窮状

【衝撃事件の核心】顔面にたたきつけた〝愛のハンマー〟 「かわいそうだが先に逝け」…精神疾患の長女殺めた老夫婦の窮状

精神疾患でときに手がつけられなくなる43歳の長女の面倒を見ていた老夫婦。極限状況まで追い詰められた末、「一家心中しかない」と決意し、長女の顔面にハンマーを振り下ろし、ベルトで首を絞める―という悲劇が起こった

 かわいそうだが、先に逝(ゆ)け-。87歳の父親は自ら手にかけた43歳の娘にあて、こんな手紙をしたためた。70歳の母親は娘の顔に付いた血をふき取り、遺体と添い寝をした。2人も死に場所を求めてさまよったが結局、死にきれなかった。精神疾患の長女を殺害したとして、殺人罪に問われた老夫婦。7月に開かれた大阪地裁の裁判員裁判で、極限状態まで追い詰められた救いのない日々を生々しく語った。

「お母さん助けて!」

 平成27年11月18日早朝。長女はまだ1階の和室で、寝息をたてていた。それを確認した母親は、2階で待つ父親に「よう寝てるよ」と告げた。

 父親は和室に向かった。母親は声を潜めて、事が終わるのを待った。しばらくして長女の悲鳴が聞こえてきた。

 「お母さん助けて! お父さんに殺される」

 父親の公判供述によると、熟睡していたはずの長女の横にひざをつくと、まだ何もしていないのに、ぱっと目を覚ましたのだという。あるいは殺気を感じとったのかもしれない。

 長女が叫んだのと間髪を入れずに、父親は手にしたハンマーを長女の顔面に3回たたきつけた。

 いたたまれなくなったのか、2階の母親も駆け下りてきた。長女を挟んで、夫婦は言葉を交わした。

 母親「顔が血だらけになってるやん」

 父親「助けるんやったら今やで」

 ここでやめても、取り返しはつかない。母親は「それは無理や」と言下に否定した。父親は「早く楽にさせたろう」と応じ、今度はベルトを長女の首に巻き付けた。

 「私も引っ張らせて」と母親は言った。ベルトの両端をそれぞれが握り、力を込めて引き絞った。間もなく長女は動かなくなった。

 「あんたの人生、奪ってしまってごめんな」

 母親は心の中で長女にわびながら、顔の血をていねいにタオルでふき取り、その日は亡きがらの横で休んだ。

 父親は亡き娘に手紙を書いた。《かわいそうだが先に逝ってもらう。お父さんもお母さんも後から逝くから》

 夫婦は翌日から、死に場所を探して車であちこちをさまよった。20日に大阪府貝塚市の港から車ごと海に飛び込んで自殺しようと試みたが、タイヤがひっかかって失敗。通りかかった人の通報をきっかけに、2人は死体遺棄と殺人の容疑で逮捕された。

「学校へ行きたくない」

 長女は小さいころから、トゥレット症候群に悩まされていた。本人の意思に反して、まばたきを繰り返すなどの「運動チック」と、せき払いや叫び声など「音声チック」が1年以上続く疾患を、トゥレット症候群と呼ぶ。

 長女にチック症状が現れたのは小学3年生ごろ。無意識につばを吐く症状が出た高学年のときは、周囲の児童から「汚い。お前と物を食べられへん」となじられた。中学校に入ると、体全体を振るわせたり、顔をゆがめたりと症状はさらに悪化した。

 我慢強いあまり愚痴も言わない子供だったが、せっかく入学した高校は1学期だけで退学した。通学電車の中でチック症状が出ると他人からじろじろ見られ、疎ましがられた。長女は「学校へ行きたくない」と泣いた。

 それから就職したこともあったが、なじめずにすぐに辞めてしまい、家にこもりがちになった。トゥレットだけでなく、統合失調症も発症した。

「病気は親の責任」

 長女が22歳のときに〝転機〟が訪れた。

 障害基礎年金を申請すると、過去の分もさかのぼって支給され、約250万円が一気に手に入ったのだ。長女はそれを1年半で使い切り、ここから浪費癖が始まった。

 「自分の金だから、好きなように使う」

 年金を貯金するよう勧めた父親に対して暴れ、高価なパソコン、趣味の絵を描くための道具を買い込んだ。母親名義のカードにはネット通販や有料テレビの視聴料、宝塚歌劇のチケット代、ゲームの課金料金の請求もくるようになった。

 「病気を持ったのは親の責任や」

 こう言って責める長女に両親は何も言えず、「あの子の唯一の楽しみを奪えない」と、浪費癖をいさめられなくなっていた。

攻撃と依存

 大工として家を空けることが多かった父親は70歳すぎにリタイアして自宅に戻ってきた。だが長女が父親を異常に嫌悪し、父親は2階、長女が1階という家庭内別居の状態になった。

 一方、母親への態度も複雑だった。公判で弁護人は長女の母親への振る舞いを「攻撃と依存」と表現した。

 母親は5年ほど前まで勤めに出ていた。長女は何か嫌なことがあると、自宅から母親の職場に「死んでやる」「手首を切る」「薬を飲んだ」と、たびたび電話をかけたりファクスを送りつけたりした。母親はそのたびに帰宅した。

 長女が過ごす1階和室から、母親の姿が見えなくなると「何してんねん」と声を荒らげた。風呂も母親とでなければ入らない。「起きている間はずっと一緒」という生活だった。

 長女の要求に母親が従わないと、長女は手がつけられなくなった。自分の頭を机に50回以上ぶつけ、体をけいれんさせ、最後は過呼吸になった。それが落ち着くとカッターを持ち出し、母親の目の前で手首を切った。

 「何でそんなことするの。お母さんの(体)を切ったら」

 あるとき母親がそう言うと、長女は「その血では落ち着かん」と答えた。

 長女は精神科系のクリニックに通院していた。母親が医師にリストカットや入院の相談をしたこともあったが、実のある返事はなかったらしい。

 同じ疾患の家族会を紹介してもらったものの、他人の癖がうつる長女をその場に連れて行くことがためらわれた。たとえば、はなをすする人を見ると、長女もはなをすするしぐさを始めるのだという。家族会には結局、行かずじまいだった。

「殺すしかなかった」

 「これでわが家も最後かな」。27年8月ごろ、母親は通帳を見て、もう年が越せないと思いつめた。

 一家の月の収入は父親の年金11万円と、長女の障害基礎年金6万円。だが、障害基礎年金は長女が全額自分の趣味に使う。生活費になるはずの年金も、長女の携帯電話料金や好みの食べ物代に消え、毎月の支出は約30万円に上った。赤字分は預金を取り崩す生活だったが、それももう底をつく。

 「一家心中しかない」と母親は、父親にほのめかした。自家用車の車検は11月22日に切れる。外出に車が必須の長女の機嫌を損ねないためには、それまでに心中を実行する必要があった。そして犯行日の18日を迎えたのだった。

 被告人質問で検察側から「殺害せずに済む方法はなかったのか」と問われると、父親は「ないですね」と言い切った。

 母親は夫婦だけの心中だけでなく、長女を道連れにした理由を聞かれ、「あの子は私がいないとどういう風になるか。考えただけでつらいことです」と涙ながらに答えた。

 7月14日の判決公判で、裁判長は「経緯や動機には同情できる事情がある」としつつも「事態打開に向けた具体的方策を講じたとはうかがわれない」として、ともに懲役3年(求刑懲役7年)の実刑を言い渡した。

 NPO法人「日本トゥレット協会」の理事で、小児神経学クリニック(東京都)の星野恭子院長は「上手に治療すれば、本人の能力を伸ばすこともできる疾患。適切なサポートがなく悲しい偶然が重なってしまった例。他人事ではなく、身を引き締めてしっかりと日々の診療にあたりたい」と一家の窮状をおもんぱかった。

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