第1回 すごい物理学者の「スイッチが入った瞬間」

 沖縄本島恩納村の緑深い丘陵に建てられた沖縄科学技術大学院大学(OIST)研究棟の窓からは、名護湾の南側に続くビーチが見える。波が豪快に砕けて寄せるダイナミックな景観は、そこにいるだけで、解放的な気分にさせてくれる。

沖縄科学技術大学院大学のキャンパスを望む。(画像提供:OIST/ギンター)
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 訪問の前に、沖縄科学技術大学院大学OISTのことを身の回りで聞いてみたところ、知っている人はあまりいなかった。設立が2011年でまだ歴史が浅いこと、学部学生がいない大学院大学であること、などから一般へも名が知られるのはこれからのようだ。

 それでも、やはり知っている人はいて、その場合、非常に特色のある運営方針に関心を持っていた。例えば、教員と学生の半数以上が外国人で、教育と研究はすべて英語で行うという国際志向。そして様々な研究分野が互いに刺激を与え合えるような環境づくりを大学レベルで行う学際志向。先進的で高度な研究・教育機関として注目されているようだ。

 さて、そのような研究施設の、景色が素晴らしい研究室で、ぼくが相対したのは、「量子波光学顕微鏡ユニット」の新竹積(しんたけ つもる)教授。「量子波」なる不思議感あふれるものを使って、これまでの電子顕微鏡では果たせなかった新たな扉を開く。なにしろ、試料へのダメージを最小限にとどめつつ、DNAやウイルスの三次元構造などがくっきりと分かるとか。現行の電子顕微鏡は、生体由来の試料を毎回破壊しながら見ているようなものだそうで、「量子波光学顕微鏡」が実現すれば生物学への貢献は計り知れないものになるだろう。今、各国がしのぎを削る先端分野でもある。

 しかし、それだけではない。むしろ、新竹さんが最初に切り出したのは、まったく別領域の研究だ。

「あのあたりです。あそこの海岸ですね」と新竹さんが窓から指差した先には、少し緑に隠れて見えにくいものの、砂浜があるようだ。

新竹積教授による物理学講座のひとこま。(画像提供:OIST/ギンター)
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「重たいケーブルを背負って海岸まで行って、60センチくらいの小さなプロペラを波で回して、100ワット。もっと沖に出て波が崩れるあたりでやれば、ピークで20倍の2キロワットを見込めるんですが、人がそこまで持っていくのは危険なので、とりあえず近い方で。とにかく、海岸で波が来るところに置けば、プロペラが回るんじゃないのかって。ばかみたいなアイデアですけどね(笑)。どこが新しいねんって、そのばかさが新しいねって、そういう実験をしているんです」

 新竹さんの語り方は本当に楽しそうで、うれしそうで、聞いているだけで引き込まれる。

 そして、いろんな意味でギャップがすごい。

ウェットスーツを着込み、波力発電機の予備実験をしに自ら恩納村の真栄田海岸で海に入る新竹さん。(画像提供:OIST)
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