人間性をコンピュータの進歩に捧げた男が、結婚した理由

筑波大学助教であり、メディアアーティストでもある落合陽一さん。最新テクノロジーを使った魔法的な作品もさることながら、メディアなどで時折語る「コンピュータに人間性を捧げる」という独自の生活スタイルにも、注目が集まっています。
なぜグミしか食べないのか。ほぼプライベートの時間がないのに、なぜ結婚しようと思ったのか。今回は、落合さんのユニークな生き方に迫ります。

「物質の嫁」と「実質の嫁」、どちらがいい?

落合 前回、筑波大学のデジタルネイチャー研究室では、物質と実質の間にいろいろな選択肢をつくる研究をしている、と言いました。
さらに言えば物質と実質を縦軸、人と機械を横軸とした4象限において、トレードオフないし選択肢を考える。そして、それを定式化して具体例をつくるのが、研究室でやっていることです。



落合 ところで僕最近、結婚したんですよ。

—あ、はい、うかがっています。周りには「あの落合さんが結婚!?」と、驚きを持って受け止められたとか。

落合 ちょうどいいので「嫁」をこの4象限で考えてみましょう。
まず、左上の物質・人の嫁は、いわゆる人間の嫁ですね。右上の物質・機械の嫁は、まあ『ちょびっツ』の「ちぃ」みたいなものです。

—AIが搭載された人型ロボットということですね。

落合 左下の実質・人は、ネトゲ上で結婚するというのがそれにあたるかな。
最後の実質・機械は、2次元キャラのバーチャル嫁とVRゴーグルかけていちゃいちゃする、とか。そう考えると、物質的な嫁のほうが解像度は高いし、性能も高いですよね。物が運べますし。

—そ、そうですね。

落合 僕は生活上の物質的なことが非常に苦手なので、物質の嫁がよかったんです。物質的に自分でなんでもできる人は、実質嫁が精神的に癒やしてくれたらそれでいいのかもしれません。むしろそのほうが、理想の嫁に出会える可能性はある。

—なるほど……。

落合 こう考えていくと、物質・人間の嫁しかありえなかった時に比べて選択肢が増える、というのが実感できると思います。
そのうち、人間は物質か実質かの区別なく生きるようになる。物質的なものも実質的な振る舞いをするし、その逆もしかりです。
そうした時に必要になるのが、コンピュータシミュレーションで物体の動きを計算して予測すること。そのデータを装置から解き放つと、ハードウェアに関係ないコンテンツがつくれるようになります。

—そういう選択肢のアイデアは、どうやって考えているんですか?

落合 この4象限のスキームを、音楽、食事、運動、旅行……とさまざまなジャンルに広げて考えれば、無限にアイデアがでてきます。
4象限のどこに自分の好みがあるかって、さっきの嫁の話でもわかるように、人によってぜんぜん違うんです。だからこれからは、ニッチがたくさん生まれてくると思います。

結婚という、あえて物質的なことをしてみたかった

—ご著書『魔法の世紀』では、将来コンピュータがすべてをやってくれるようになったら、自分はワイン造りでもする、と書かれていました。

落合 ああ、これはおもしろい話なんですよ。
現状、味覚センサーと嗅覚センサーの開発って、視覚や聴覚に比べたらすごく遅れているんです。というのも、人は347の異なる嗅覚受容体の遺伝子を持ってるんです。嗅覚は、次元数が非常に多いということ。色なんて、RGB(赤緑青)で事足りるのに。
味覚と嗅覚は切り離せないから、それらを感じ取るセンサーの開発はだいぶ難しいんですよね。将来的に人間がやるべきなのは、味わったり、物質的に動いたりすることかなと。
だから、ワイン造りなんです(笑)。とはいえ僕は、普段グミばかり食べてるんですけど。

—落合さんはよく「人間性を捧げろ」とおっしゃっていますが、グミばかり食べるのも人間性を捧げていることのひとつなんでしょうか。

落合 そうですね。僕は基本的に、コンピュータの進歩に寄与するかたちで、有限の時間をすりつぶしてるんですよ。そうするべきだと思っているし、そっちの方が楽なんです。
何を食べようとか、何を着ようとか、一日の中で決定しないといけないことが他に多いので、そういう選択に時間を極力使わないようにしています。服は「ヨウジヤマモト」だけクローゼットに詰まってますから。

—それを聞くと、結婚されたというのは不思議に思えます。物質の嫁には、時間を使わざるを得ないのでは?

落合 いや、ほとんど一緒にいませんから。ほとんどごはんも一緒に食べないし、出張に行ってることも多い。僕は寝るのが遅く早起きなので、就寝時間もあまりかぶらない。
むしろ嫁がグミを買ってきてくれるようになって、コンピュータに捧げる時間が増えたとも言えます。

—グミはAmazonで大量発注するのではダメなんですか……?

落合 その日の天気とか気温によって、食べたいグミが少しずつ違うんですよね。そのへんはAmazonのリコメンドシステムよりも、嫁のほうが的確にニーズを汲んだものを買ってきてくれます。
あと、最近はちくわも買ってきてくれるんですよ。甘いものに飽きたって言ったら、小分けになってて、タンパク質と炭水化物が摂取できるグミの代替物として、ちくわがいいよと。
そういうことは実質嫁やコンピュータは、してくれないですよね。

—睡眠時間が短いのも、人間性をコンピュータの進歩に捧げているから?

落合 そうですね。あと、単に忙しいんです。大学の仕事と研究と作品作りと執筆と学生さんとのコミュニケーションなど24時間中稼働していますし。
最近は何時に寝ても、やらなければいけないタスクがあるというプレッシャーで5時にガタって飛び起きます。嫁には安眠妨害だ、って言われるんですけど(笑)。

—なんだかますます、結婚が謎です……。

落合 あ、でもこないだ新婚旅行に行きましたよ。やっぱ、嫁はいいやつなんですよね。一緒にいて落ち着く。結婚って、合理的な行為だと思いますよ。コストを最小化することの一つです。
あと、自分が実質的だから、あえて物質的なことをやろうと思ったところもありますね。結婚すると、物質的なことがいろいろあるので。

—子育てには興味ありますか?

落合 ありますね。プログラミングしてみたい。人権を侵害しない程度で、やってみたいことがたくさんあります。

—ぷ、プログラミング……。

落合 え、子どもって親がプログラミングしまくってるでしょう。
どこで育てるか、何を食べさせるか、習い事は何をさせるか……これぜんぶプログラミングですよ。何語で育てるか、というのはけっこう考えますね。

—研究分野のこと以外はあまり興味がなさそうなのに、「サンデー・ジャポン」などの情報バラエティ番組にわりと積極的に出演されてますよね。それはなぜなんですか?

落合 知名度があるとクラウドファンディングや共同研究などで民間からお金が集めやすくなるし、研究の広報にお金をかけなくても届くべき人や企業にリーチしやすくなるからです。
「READY FOR?」でやった「21世紀をコンピュータによる『奴隷の世紀』ではなく『魔法の世紀』に」というクラウドファンディングプロジェクトでは、939万円集まりました。
1回テレビに出ることで、50万円分の研究費を獲得するくらいの知名度になると考えています。知名度を研究費で回収する、というのが目的でメディアにも出るようにしているんです。
本の印税も研究に回してしまうことが多いし、結局、学生さんのプロジェクトにお金を突っ込んでしまうことも多いので、教育や研究のためにメディアのみなさまにもお世話になっている感じです。

国立大の教員なので、広く一般に公平に寄与しないといけないことも多いのですが、オープンに論文を発表していく中で、僕らは一体誰に重点を置いて成果を見せないといけないのか、ということがクラウドファンディングや共同研究をするとわかりやすくなる。
どこの誰を幸せにするのか、っていう図式が見えやすくなるんです。


後編(9月28日公開予定)では、メディアアーティスト落合陽一がめざす世界について話していただきます。

記事:崎谷実穂

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コメント

haruoSON 子どもをプログラミングってのがいいw https://t.co/YqdnwxcbCj 28分前 replyretweetfavorite

koukiwf これは、読んでほしいw/ 約2時間前 replyretweetfavorite

consaba 落合陽一「物質の嫁」と「実質の嫁」、どちらがいい?  #これセカ 約2時間前 replyretweetfavorite