早見純インタビュー

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SPECIAL INTERVIEW

鬼畜漫画家・早見純

文/荒玉みちお


宮崎勤、ストーカー、SM監禁、のぞき魔、リストカット、窒息レイプ、ひきこもり、バラバラ事件…現在起こるありとあらゆる異常犯罪を予言していたとも思える作品を20年以上も前に発表し、一部の変態マニアに圧倒的支持を得たマンガ家=早見純。89年頃に休筆宣言をし、失踪…。00年に入り作品群を再び世に送りだし、突然の復活。すべての倒錯変態行為が出尽くしたとも思える現在で、氏は新しい変態の未来を再び予言してくれるのであろうか…!? 今後の「変態」を考える上で、もっとも刺激的で貴重なインタビュー。



(2007・春)


改札を抜けると、そこには桜並木が続いていた。駅前大通りは、文字通りの花道として新入学シーズンを祝っているようであった。実際、真新しい制服を着た中高生たちの爽やかさが眩しかった。この世知辛い時代において、溺れ死に寸前の俺にもこんな時代があったよなと、涙でも流そうかと思ったが、何かが変。妙な違和感がある。まるで騙し絵の前に立っているような気分。はて…。


しばらくその光景を眺めていて、どうやらその違和感は、一番手前の大きな桜の木のあたりに原因があるらしいことに気が付いた。巨木を見上げると、てっぺんから異臭を伴った(ように思える)どんよりとした温度差の違う空気がむわぁ~んと立ちのぼってでもいるような気がするのである。


「こっ、これはいったい…」


待ち合せの目印として「コアマガジンの青い封筒」を抱えた編集M氏も、この異様な臭いを感じ取ったようで、巨木のてっぺんを見上げて絶句した。


異変はそれだけではなかった。どう考えても、その一帯だけ怪しい妖気に支配されているのだが、そこを通過する女学生だけ、まるで昭和の時代に逆戻りしたように過剰に輝いているのである。爽やかな新入学シーズンとはいえ、そこは平成時代のスレた現代女学生である。小生意気そうなオーラは消しようがない。ところが、その地帯を通過する瞬間だけ、純真で清楚で清純で無垢で純潔で楚々とした、とにかく「美しい処女」を連想させるあらゆる形容詞を背負った女学生に変身するのである。この異空間はいったい…。


と、我々はここで更なる異変に気付いた。妖気漂う桜の木の下に「美しい処女」とは真逆の存在感を放つ坊主頭の男が(右頬のホクロが印象的である)佇んでいる。どうやら、異空間の発信源はここにあるらしい。男はボーっとしているようで、眼球だけは微動を繰り返していた。通過する「美しい処女」たちを視姦しているのか。我々の視線に気付いた男が、キッと視線を合わせてきた。反射的にギョッと仰け反る取材陣。男は我々の目の前まで来ると、途端に純粋無垢な笑顔を見せ、紳士のごとき振る舞いで上品に頭を下げたのだった。


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「初めまして。早見と申します」


早見純。80年代半ばに独特の世界観でエロ劇画界にて衝撃的デビューを飾り、近年、若者を中心に再び注目を集めている、言わずと知れた伝説のエログロ劇画師である。


「あっ、うっ、初めまして…」


面食らった編集M氏が、まともな挨拶を返せなかったのも無理はない。


ふと周囲を見渡せば、妖気が充満していたはずの桜は実はありふれたソメイヨシノで、歩いている女学生は、その辺によくいるスカートの裾が短めの今時の女子高生たちである。そこには、ごく当たり前の東京近郊の駅前風景がひろがっていた。


我々がついさっきまで見ていた、あの特異な光景はいったい何だったのか。これは取材を終えて家に帰って思ったことだが、あれは早見純の強烈な妄想が生み出した異次元空間だったに違いない。強い妄想が異臭を伴ったオーラを生み出し、歩いている今時の尻軽女子高生さえも、汚れなき純真女学生に変貌させていたのだろう。





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とまあそんなわけで我々取材班はなかなか取材を受けてもらえないという年齢・私生活非公開の伝説の妄想エログロ劇画師に会うことができたわけだが、氏の登場場面においては多少の演出が含まれているのでご了承願いたい(捏造とは言わないでくれ)。


妄想空間から解き放たれた早見氏は、変態少年・純クンの面影こそ残るものの、こちらの予想を遥かに越えた常識人に見えた。


「がっかりしましたか」


純クンは爽やかに笑った。


「僕自身もねぇ、好きなエロ小説家がいたんだけど、あるとき新刊本のカバーに著者近影なんていって顔写真が出たときはがっかりしたもんです。激怒して出版社に投書しましたよ。作者の顔なんか出すな、妄想できなくなる、オナニーできなくなるじゃないか、と」


落ち着いた喫茶店で早見氏は言った。それが取材をお断りする理由でもあるらしい。


「まぁ(取材を受けるのが)イヤってわけじゃないんですけど、気の利いたことしゃべれないんです。妄想してるときはあれなんですけど、人と会うと真面目になる。以前に女の子3人と対談したことあるんですけど、読んでみると全然で。つまんねぇ男だなぁって。それでまぁ、自分では『作家は作品勝負』と納得するようにしてるんです」


これが第二の理由。早見氏のファンである編集M氏は「会えるだけで幸せです」と言った。気遣いではないようだ。「引退の噂とかあったから…」との編集M氏の質問に、


「引退なんてしないですよ」


あっさりと答える早見氏。


―でもずいぶん長い期間、沈黙というか、作品を発表されない時期がありましたよね?


プライベート非公開の早見氏だが、作品発表とそれに伴って公表されているプロフィールから、ある程度の知識は知る事ができる。ここでまとめておこう。


―1978年に『週刊少年サンデー』で新人賞の佳作入選。その頃すでに著名な漫画家のアシスタントをしていた。一般向けの漫画はそれっきり。以降、5年間の沈黙。


madona.gif―1983年、長い沈黙を破りエロ劇画誌『漫画ハンター』で早見純のペンネームで鮮烈デビュー。以降、続々と作品発表し、個性派漫画家の地位を確立。翌1984年から89年間の5年間に『マドンナのしずく』をはじめ、計7冊の単行本を出版。


「作品を久保書店に持ち込んで、そっからですかね。持ち込みってそれが最初で最後。持ち込みしないで何年食っていけるかという記録を考えてたりしてて。去年はまったく仕事をしないで温泉周りなんかをやってたんですけど、今年に入ってまたちらほらと。まだ形になってないんで復活といえるかどうかわからないけど、まあ、記録は伸ばせたかなと」


―1989年に単行本『乙女の遺言』(一水社)を出版して以降、パタリと活動を休止し「伝説の漫画家」の仲間入り。10年後の1999年、前触れもなく傑作選集『血まみれの天使』(久保書店)が出版され、その後、続々と傑作選集、新作を発表。ストーカー、引き蘢りなど、今では当たり前となっている人間の闇の部分が引き起こす社会問題を、すでに10数年前から予見した漫画を描いていた作家として脚光を浴びる―



otomeyuigon.gif大雑把ではあるが、早見純の歴史はこんなイメージだ。まずもって聞きたいのは、休養期間のことである。噂では、その間、サラリーマンをやっていたという話があるが。


「久保書店に勤めていたんです。編集者をやってみたくて。7年くらい働いたかな」


早見氏はためらいなく告白した。


「漫画家の家に原稿取りにいって玄関口で喧嘩したりとかやってましたよ。もうちょっと待ってくれとお願いされても、ダメだ、渡せと。自分のときは編集者をさんざん待たせていたのに、勝手なものですね」


編集者時代、早見純としての活動、つまり漫画はまったく描かなかった。漫画雑誌編集者として、自分の経歴も明かさなかった。


休養の理由を聞くと、「まあ充電期間というか。充電してたつもりが漏電だったりもしましたけどね」と回答。自身がモデルの引き蘢り変態少年・純クンは、ちょっとオヤジギャグが入る程度の年齢になっている。


「それで編集者を6~7年やってみて、飽きて、描くほうが楽しいなと、また描きはじめたんです。それで、久保書店をやめたあと傑作選なんかをドバッと出してもらって。期間をおいて復活したので嬉しかったですね」


充電期間とはいえ、そこに入るには理由があるものだ。そのあたりの本心は微妙にはぐらかされた続けたが、言葉の端々には何となくであるが本音がちらほらと入り込む。


ちなみに過去の早見純作品は基本的に「早見純の妄想」で成り立っている。


「最初の頃は妄想のほうが勝っていたと思うんです。でも、いまは全部やり尽くしたんじゃないですかね。まだ何か残ってます?」


早見純の漫画は、たとえば実娘を監禁して外界と遮断し、己の性玩具として育てる父親など強烈だ。


「いまは、現実のほうがもの凄いことになっているから、エロで何を描いていいかよくわからないですね。昔は現実を先取りしているという自負はちょっとあったんですけどね。たとえば若い娘を誘拐して家族にビデオを送りつけるとか、そんな話を僕が描いたのは、宮崎事件の前だったんでね。ちょっと先取りしてるなとも思ったりもしましたけど。まあ今は何でもありですからね。岐阜でこの前、電車の中で女をレイプした男がいたけど、凄いことをしますよね。それが今の現実ですから、妄想は負けてしまいますよ」


ありました。旅情を感じる昔ながらの4人がけシートが並ぶローカル線で、ひとりで座っている女をその場で脱がせてレイプしたという鬼畜の事件(その後の裁判で鬼畜が「常習」であったことが分かっている)。


「もう、かないませんよね」


昔から凄惨な事件はあふれていたが、その原因は貧困や差別による復讐じみたものが多かった。今の時代の異常犯罪も、突き詰めれば社会からの疎外感が根底にあるケースが多いとは思うが、理由なき異常事件も多い。


「自殺サイトで自殺志願者を呼び起こして窒息死させて、自分の性欲を満たしていた男がいたでしょう。あれなんか、僕の妄想の範囲外でした。あと70代のおばあさんをレイプした事件。超熟モノもわからない。えっ? 今は窒息ものが流行している?  それはそれでまた凄い世の中ですねぇ」


そういう世の中を反映してか、犯罪実録漫画の依頼が舞い込むこともあるという。


「依頼はあったんですけど、断りました。被害者に祟られるような気がしてね。まあ、実際にあったことを漫画にするんだけど、ちょっと恥ずかしい感じがしたり」


前半の発言はシャレで、後半の発言はマジだろう。その時々の社会が生み出す闇を先取りしてきた妄想漫画家のプライドである。


「妄想の源は?」と聞くと「やってみたいこと」と回答。


「本当のこともちょっと入ってるんですけどね、他人に迷惑のかからない程度に」


このあたりが、これからの早見純の作品のポイントになるのかもあしれない。早見氏は取材の最中「妄想が現実に負けている」と「妄想家は実践者にはかなわない」といった発言を繰り返した。


「平口広美さんなんか、実際にやりながら漫画に描くから偉いなと。どうしてもね、実際にやっていないのに漫画だけ描いているというのが引け目でね。偉そうなこと描けないなと。それで描けなくなったのもある」


マジかシャレかわからない発言が多い早見氏だが、この発言はマジのようだった。


「ちょっと前の話ですけど、僕のファンだという女の子を呼び出して女装レズというものをやってみたことがあるんです。女装そのものは目覚めるものがあったんだけど、女の子に対しては物足りなさを感じますね。何でも受け入れてくれる。恥じらいもない。この前、中央線で中学生くらいの女の子2人がエロ話をしてたんですよ。お風呂入ったあとだったらしゃぶれるよ、とか。聞いてるほうは天地がひっくり返ったような感覚なんですけど、彼女らにとっては世間話なんでしょうねぇ。まあ、ファンの子から“早見さんの描く清純な女の子なんてこの世の中には存在しない”と言われたこともあるんですけど」


しょんぼりとする妄想作家・早見純。基本的には妄想人種は優しいのである。そして言う。


「1億総淫乱時代ってことなんですかねぇ。つまんないなと思います。隠されたものがない、全部開けっぴろげの時代ですよね」


だからこそ、清純女と妄想男の絡みが新鮮に映る早見純作品の時代なのだと思う。



早見純(はやみじゅん)

80年代のエロ漫画シーンの寵児。生年月日、前科など、プロフィールは一切不詳。謎多き鬼畜天才作家。






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