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紆余曲折の連続!幾度もの革命の後に得た近代ヨーロッパ栄光の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光を楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「近代ヨーロッパ栄光の歴史」をご紹介します。

誰もが一度は訪れてみたいと憧れるヨーロッパ!

誰もが一度は訪れてみたいと憧れるヨーロッパ!
誰もが一度は訪れてみたいと思うヨーロッパ!国によってそれぞれ古い歴史をもち、その歴史語る建造物や素敵な街並みなどが世界中の人々を魅了してやまないスポットです。雄大に広がる自然なども魅力的。様々な過去から生まれた、美術や芸術、グルメもヨーロッパのものだと、一際、美しく華やかに感じられます。美しい街並みを辿りながら、一歩裏路地に入ると中世の街並みを色濃く残し、そのレトロな雰囲気が心地よく心の奥に響く、それがヨーロッパの魅力ではないでしょうか?

そんな素敵なヨーロッパには、奥深い歴史が残されているのです。フランス革命、ナポレオン戦争と長い間ヨーロッパを戦乱に巻き込んだ歴史から、立ち上がった近代ヨーロッパの栄光について、まとめてみました。ヨーロッパの人々の知恵と寛大な心が育てたヨーロッパの旅に出られる前にちょっとだけヨーロッパの近代史に触れてみませんか?

中世ヨーロッパを悲劇の舞台と化した革命の終焉とウィーン会議

中世ヨーロッパを悲劇の舞台と化した革命の終焉とウィーン会議
フランス革命、ナポレオン戦争と長く続いた戦乱の世が終わり、ヨーロッパの再建と領土分割を目的に1814年9月1日から1815年6月まで開催されたのがウィーン会議です。オーストリアの首都ウィーンにある、パプスブルク王朝の夏の離宮「シェーンブルン宮殿」で開催されました。後に首相となるメッテルニヒが議長となり、総勢200人以上の国家の代表者が参加した国際会議です。オーストリア、プロイセン、ロシア、イギリスの四ヶ国が実権を握っています。

天才的な将軍といわれる独裁者ナポレオンを没落させたロシア皇帝アレクサンドル1世が、血塗られた歴史からヨーロッパを救った功績もあり、フォンテーヌブロー条約と第一次パリ条約の指導的な役割を担いました。この会議に出席した国の中で、フランスの肩身が一番狭かった理由をご存知でしょうか?フランス革命もナポレオン戦争もフランスに要因があったからです。フランスが攻めを負わされて当然だったのですが、フランスのタレーラン外相は“正統主義”を唱えました。

フランスは悪くない!から始まったフォンテーヌブロー条約

フランスは悪くない!から始まったフォンテーヌブロー条約
フランスは自国を擁護するためにナポレオン一人を悪者にし、フランス敵視思想を一掃させたのです。ナポレオンが起こしたことであって、“フランスだって被害者なんだ”と主張しそれが通ってしまいました。フランス革命だって、議題の一つのはずなのに、タレーラン外相は優れた作戦を講じたのでしょうね!国のために一生懸命働いたナポレオンは、どんなに悔しかったことでしょう。

フランスルネサンスの傑作と呼ばれる「フォンテーヌブロー宮殿」で、1814年4月11日にナポレオンは退位を承諾しました。その条件はエルバ島を完全な主権を持つ公国として与え、フランス政府が年金200万フラン支払うなど優遇されての退位でした。歴史は皮肉なもので、フォンテーヌブロー宮殿は、ナポレオンが愛し「これこそまさに王の宮殿なり」と語った宮殿です。フランスにも寛大な処分が下り、現在有する領土の確保と賠償を一切求めないというものでした。

ロシアのアレクサンドル1世が実権を握るものの、イギリスやオーストリア、プロイセンも負けていません。他国の要望も聞き入れざるを得ず、ロシアにとっては大幅な譲歩となりました。中でも、ロシア皇帝が大嫌いだった、16世紀にフランス革命勃発で終わったブルボン家を復活させる屈辱も受けたのです。これも、フランス外相タレーランの仕業だったとか?1815年6月にウィーンの議定書は会議に承認されています。このウィーン体制を強化するために四国同盟が結ばれました。

産業革命の勃発とウィーン体制の歪

産業革命の勃発とウィーン体制の歪
1760年から1830年ごろに産業革命がイギリスで最初に起りました。フランス革命=ナポレオンに対し、ちょっと控えめな産業革命の代表的存在は、鉄道を敷いたスティーヴンソンといえるのではないでしょうか?全世界の大転機となった出来事で、イギリスは産業の工業化を実現させたのです。自国で商品を生産できる力を持つイギリスはヨーロッパの中でも強い存在になっていきました。新農法により農業が飛躍的に伸び、人々が集まり潤いました。しかし、農地を失った人もいたのです。その人々は都会で工場生産の担い手となりました。

ウィーン体制となり15年間は大きな戦争などは起きず平和が続いていたのです。しかし裏では、圧迫や干渉により、自由の精神が休火山のマグマのように沸々と煮え滾りながら爆発の時を待っている時期でもありました。

中でもドイツはラインラントとザクセン地方、西ポンメルンをスウェーデンから得るなど、4つの自由都市と35の君主国のみ。ドイツ統一も自由も与えられませんでした。当時最大の国家であった、オーストリアに全てを握られ、独立国家としての権限を保有しただけ。ドイツの統一と自由を求めて参加したナポレオン解放戦争に従軍したドイツの青年たちの悲しみと怒りは募るばかり。ヨーロッパ諸国の表面では絶対主義が春を謳歌し、裏ではいつしかナポレオンの崇拝が甦りつつありました。

ヨーロッパ全土を揺るがした!フランス7月革命

ヨーロッパ全土を揺るがした!フランス7月革命
1830年7月27日~29日にフランスで起こった市民革命。ドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」の絵で有名。フランスでは栄光の三日間と呼ばれる革命です。シャルル10世の反動政治に市民が反発し、王は英国に亡命、自由主義的王党派のフィリップが王となり7月王政が成立しました。

7月革命は、たった3日間だったとはいえウィーン体制を破滅へと導きます。欲に満ちて始まった絶対主義は統合力に欠けていました。7月革命は思想において絶対主義を上回っただけでなく、実力でも自由主義が勝利したことを意味しているのです。この革命は、ヨーロッパ全土に激しい衝撃と感動を与えたといっても過言ではないと思います。ベルギーの独立を始めポーランドの反乱など影響はかなり大きかったのです。

自由主義の発展と反政府による1848年革命

自由主義の発展と反政府による1848年革命
ウィーン会議からの15年間は、自由主義が絶対王政に戦いを挑み続けた歴史といえます。しかし、それが成り立ったころから、共産主義が民衆の心を捉えました。もともと、共産主義はイギリスの産業革命がもたらしたものです。政治宣伝のために反政府派の議員たちが行っていた「改革宴会」を、過激な思想を持つものが集まると中止し、それを知らない民衆がパリに集まり大事件が起こったのです。

1848年2月22日にマドレーヌ広場に民衆が集まり、「ギゾーくたばれ!共和国万歳!」と叫び団結しました。銃店を襲って奪った銃を手に、23日にコンコルド広場や市庁広場などを占拠。民衆の行動にフィリップ王は、遂にギゾー内閣を見切り退陣させたのです。彼の退陣により民衆の怒りも沈静化しました。夜になってキャプシーヌ街を守っていた正規軍が、デモ隊に向かって発砲。100人以上の死傷者を出しました。更に民衆は激怒し馬車に死体をつみ行進を始めます。フィリップ王は退位し、孫のパリ伯に王位を譲りパリを脱出しました。

労働権や生存権の保障を主とした1848年の憲法の設立

労働権や生存権の保障を主とした1848年の憲法の設立
これによりフランスの第二共和政が開始。しかし、6月には国立作業場の閉鎖により労働者デモが起こります。即時に銃殺された者は1500人。捕虜2万5千人が死刑や流刑となる大弾圧となりました。これがブルジョアとプロレタリア(労働者)の最初の階級闘争です。

11月に1848年の憲法が制定され、前文の一説に「フランス共和国の主義は自由、平等、博愛であり、フランス共和国の基礎は家庭、労働、財産、および公安である」と印し、各種の自由権の保障、新聞検閲の廃止、政治犯の死刑廃止、小学校教育の無料化など労資を平等に取り扱うことが約束されています。

1848年12月10日に初めて、普通選挙による大統領選挙が行われ、ルイ・ナポレオンが4分の3もの票を集めて圧勝しました。これには、英雄ナポレオン崇拝の追い風もあったようです。

自由の精神というヨーロッパの栄光

自由の精神というヨーロッパの栄光
その後もイタリア統一やドイツ統一など様々な問題を山積したヨーロッパですが、ウィーン会議から50年たち、民主主義体制と自由主義制度がヨーロッパ全土に広がります。イギリスから始まった産業革命により、西洋は東洋を引き離しました。この差は技術革新だけが原因ではないと考えられます。それは、中世まで様々な支配と分裂による深い歴史があったヨーロッパだからこそ、そこで生きる民衆が強く求めた自由の精神が主な要因だったのではないでしょうか?

自由という栄光に満ちた憧れのヨーロッパを旅してみませんか?

紆余曲折の連続だったヨーロッパには多様な文化、価値観も様々ですが、自由を求めた心と、自国を愛する心はどの国も共通しています。ぜひ、訪れて素敵なヨーロッパの雰囲気に酔いしれる素敵な旅を!
photo by iStock

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