顔に当たる日差しで、マリューは目を覚ました。
 まだぼうっとしたままの頭でベッドサイドの時計を見ると、時間はすでに9時を回っていた。
「え?9時?!」
 その時間に驚いたマリューが、ベッドからガバッと身を起こす。
 が、その隣にいるはずのムウの姿が見当たらない。
「ムウ?」
 思わず小声で呟くと、ベッドルームの中をぐるりと見渡すが、恋人の姿は見つける事ができなかった。
 慌てたマリューはベッドから立ち上がり隣の部屋を覗きに行こうとするが、そこで自分が何も身に付けていない事に気付いた。
「やだっっ!」
 慌ててシーツを身に纏うと、クローゼットの中をを確認しに行く。 
 しかし、昨日着ていたはずのドレスはどこにも見当たらず、結局マリューは床に落ちていたバスローブを羽織ると、リビングへと続くドアを開けた。

「おはよう、マリュー」
 リビングのテーブルセットに座っていたムウが、ベッドルームの扉が開いた音で振り返った。
 手にしていた新聞をテーブルに置き、きょとんとした表情でリビングの入り口に立っているマリューの側まで歩み寄ると、彼女を抱き締める。
「よく眠れた?」「え、えぇ」
 ムウは微笑みながら、マリューの腰に手を回すと、テーブルへと足を進めた。
「昨日の夜は、ちょっと無理させちゃったからさ。起こすの可愛そうになっちゃってね」
 そんな事を言われて、途端にマリューの顔が真っ赤になった。

 あの後、バスルームでも抱かれそうになったマリューは、ムウがシャンプーをしている隙にベッドルームに逃げて来ていた。
 しかし、キングサイズのベッドを見たムウが「暴れても落ちなさそうだな」と、マリューを更に激しく抱いたのだった。
 何度も昇りつめ、翻弄され……すっかり疲れ切ったマリューは、ムウが先に起きていた事にも気付かなかったのだ。

 ゴメンゴメンと、軽く謝りながら、マリューの頬にチュッとキスを落とす。
 そんなムウの姿もマリューと同様で、白いバスローブを羽織っているだけである。
 緩く開いた胸元から、鍛えられた筋肉が見え、ついそこに目が行ってしまう。
 あの胸に抱かれていたんだ……ふと、そんな事を考えて、また1人で顔を赤くする。
「朝ご飯、食べるだろ?」
 そう言うと、椅子を引きマリューを座らせた。そうして自分も隣の椅子に座ると、手元に置いてあったポットからコーヒーを注ぐ。
 テーブルの上には、まだ届いて間もない様子の朝食が並んでいる事に、マリューは目を見張った。
「ムウ、これ……どうしたの?」
 ムウから差し出されたコーヒーカップを受け取りながら、マリューは問いかけていた。
「どうやら、朝食は部屋に届くようになってたらしいんだよ」「えっ?」
 ピンクのお姫さんが、気を使ってくれたみたいだぜ……と笑いながら手にしたコーヒーに口をつける。
「何から何まで……って事なのね」
 驚いた顔のまま、マリューがテーブルの上を見渡している。
「さぁ、冷めないうちに食べちまおうぜ」
 子供のようにフォークを手にして振り回しているムウに、マリューは噴出しながらも「そうね」と自分もフォークを手にした。

「あ、そう言えば……」「ん?なにぃ?」
 スクランブルエッグにケチャップをかけていたマリューが、ムウに話し掛ける。
「昨日のタキシードとドレス、見当たらないんですけど?」
 バスローブしか見つからなかったわ……と、マリューが困った顔でスクランブルエッグを口に運んだ。
「ドレスとタキシードなら、クリーニングを頼んでおいたよ」「えっ?!」
 しれっとした表情で答えるムウに、マリューは驚きの声を上げていた。
「だって、着替えは何にも持ってきてないわよっ!」
 どーするのよぉ〜、どこにも出かけられないわ……と、マリューが溜息をついているが、ムウはただニコニコしているだけである。
「いいじゃん。夕方のチェックアウトの時間までには、届けてくれるんだし」
 ムウはそう言いながら、3つ目のクロワッサンを頬張っている。
「だってっ!」
「こうでもしなきゃ、マリューさんとまったりした時間過ごせねーんだもん」
 ウィンクしながらムウが答えると、マリューは呆気にとられて口をパクパクさせている。
「せっかくキラやミリアリアが、俺達を2人っきりにしてくれる為に計画してくれたんだぜ。有意義な時間を過ごしたい訳よ、俺は」
 俺と一緒に過ごすの、マリューは嫌か?と聞かれれば、マリューは慌てて「ううん」と首を振る。
「じゃあ、優雅な1日を過ごしませんか?マリューさん」
 コーヒーカップを取ろうとした手をムウに掴まれ、その手の甲にキスを受け取る。
 そんなキザな態度に少し笑いながら、マリューは「分かりましたわ」と微笑を返していた。


 出かける事の出来ない状態の2人は、結局、広々としたリビングのソファでテレビを見始めた。
 やたらと大きい画面に映し出されているのは、昨日の追悼式典の映像である。
 ピンクの髪をなびかせたラクスが、その美声を披露しているのを、マリューは微笑みながら見つめていた。
 それを長々と説明していた情報番組の司会者が「ラクス様の歌声は、全ての人々の心を癒す力があるのでしょう」と絶賛している。
 
 次に画面に映し出されたのは、献花台に花を手向けるキラの姿。
 ご丁寧に画面下のテロップには『オーブ首長国連邦 代表代行 キラ・ヤマト氏』と出ている。
「おーお、さすが代表のお兄様は名前まで出されるって訳ねぇ」
 ソファーにもたれかかりながらマリューの肩を抱いているムウが、笑いながら呟いた。
「カガリさんから言わせれば、キラ君は弟なんだって譲らないらしいわよ」
 マリューも笑いながらそう答えると「まあ、どっちでもいいんじゃない?」とテーブルの上の紅茶を口にしている。
 献花台から離れて行くキラの次に映し出されたのは、ムウとマリューの姿。
「えぇっ?!どうして私達までこんなアップで映ってるの?!」
 キラの後ろから献花台に花を手向けている2人の姿がアップで映っている事に、マリューは驚きを隠せない。
 しかも、献花台を降りる時に、さりげなくムウの腕がマリューの腰に回っている場面までしっかりと放送されているではないか……。
「あちゃ〜、あんなところまで録られてたのかぁ〜」
 ムウはボリボリと頭を掻くと大笑いしている。
「……笑い事じゃありませんっ!!」
 隣に座っているマリューが、顔を真っ赤にしてムウを睨んでいる。
「あんな場面がプラント中に放送されちゃったんですよ!恥ずかしいじゃありませんかっっ!」
 マリューは思わず、ヘラヘラと笑っている恋人の胸元を鷲掴みにすると、そう声を荒げた。
「ん〜、俺としては、別にどぉって事ないんだけどなぁ」「ムウッ!!」
 これじゃあ、外を歩くのも恥ずかしいわよ……と言いながら、掴んだ胸元をグラグラと揺さぶっている。
 が、ムウはと言うと、全然動じた様子もなく、自分の胸元で暴れ出しそうな恋人を、しっかりと抱き締めた。
「やっ、何するのっ!」「離さない」
 マリューが勢い良く胸元を揺さぶったおかげで、ムウのバスローブは見事に肌蹴てしまっていた。
 その状態で抱き締められたのだから、マリューはムウの素肌に顔を埋める形になっている。
「だって、あれでマリューさんと俺は公認の仲になった訳だしさ」
「誰の公認ですか、誰のっ!」
 密着した胸元でマリューが叫ぶたびに、その吐息がムウの素肌をくすぐっていく。その感覚に軽い目眩を覚えたムウは、抵抗し続けるマリューを更に強く抱き締めた。
「マリューは俺だけのもので、俺はマリューだけのものなんだって、世界中の人達が認めてくれるじゃん」
「そーいう事を言ってるんじゃありませんっ!」
 ぷうっと頬を膨らませて、マリューはムウを見上げている。
「じゃあ、何?俺とマリューさんはそういう関係じゃありません!とでも言う?」
 そんな事を言えるはずがないだろ?と自信たっぷりに問いかけるムウに、マリューは「そ、そうじゃなくて」としどろもどろになっていく。
「ふ〜ん。それじゃあ、俺が誰か他の女性から誘われても、マリューさんは許してくれるんだ」
「えっ?!」
 突然、ぷいっとそっぽを向いたムウが、爆弾発言に近い事をさらっと言ってのけた。
「それとこれとは話が違いますっ!」
「い〜や、違わない」
 視線を合わせないまま無機質な答えを口にするムウに、マリューは焦っていた。もしかして、怒らせてしまったの?……と。

「きゃっ!」
 マリューをしっかり抱き締めたまま、ムウは突然ソファに寝転がった。
 必然的に、マリューはムウの上に覆いかぶさる形になる。
「俺ってさ……こう見えても、結構独占欲が強いんだよね」「え?」
 マリューが身動ぎできないほど強く抱き締めながら、ムウがそう呟く。
「本当はさ、マリューさんに他の男が寄ってくるのとか、そーいうの許せねーんだよ」
 男としては、みっともないかもしれねーけど……と言いつつ、相変わらずその視線はあらぬ方向を向いている。
 ぶっきらぼうなその言い方に始めは驚いていたマリューだったが、急に愛しさがこみ上げてきて、思わずムウの胸元に唇を寄せていた。
「私も、本当は……」「ん?」
 チュッと音を立てて唇を離したマリューが、その胸元に頭を預けて小さく呟く。
「あなたが他の女の人と一緒にいるのを見たら、胸が痛いの」「うん」
 消え入りそうなマリューの声を聞き取ったムウは、優しい視線をマリューに投げかけ、その髪をゆっくりと手で漉いている。
「確かに、テレビに映っちゃった事は俺も誤算だったけど……でも、俺にはマリューしかいないっていうのは事実なんだし」
 ムウの胸元から顔を上げたマリューは、彼の首に腕を絡ませ、自分の顔を近づける。
「私にも、ムウしかいないわ」
 そう言うと、ムウの唇に自分のそれを重ね、ただ触れるだけのキスをする。
「なあ……俺にマリューを独占させてくれないか?」
 マリューを拘束していた腕をほどき、彼女の頬を両手で包みこんだ。
「うふっ、可笑しな人」「え?」
 子供を見るかのような優しい微笑を浮かべたマリューに、ムウは不思議そうな表情で聞き返す。
 そのまま、マリューは再びムウの唇にキスを落とす。今度は、とろけるほど甘いキスを。
 
 いつもならば、ムウが攻めるキスをするのだが、この時は立場が逆転していた。
 マリューの舌がムウのそれを優しく包みこんで行く。時々唇の端から漏れるマリューの吐息が、ムウの鼻先をくすぐる。
 ムウの思考をとろけさせたマリューは、ゆっくりと唇を離す。
「とっくの昔に、私の事を独占してるじゃないの」「そうか?」
 そう言うと、マリューは妖しい笑みを浮かべたままムウの耳元で更に囁いた。
「そうじゃなきゃ、こんな事してないわ」
「そりゃそーかも」
 フッと笑みを漏らしたムウの右手が、素早くマリューの太ももの内側に侵入していく。
「ダメよ、こんな所で……」
 脚の内側を撫でられてビクッとしたマリューが、ムウに静止を求める。
「俺をそんな気にさせるようなキスしたの、マリューさんでしょ?」
 と、艶っぽい笑みを浮かべたムウは、マリューの着ていたバスローブのベルトをほどいていた。
「ムウッ!まだお昼よ?!」
 慌てたマリューが、自分のバスローブの胸元をぐっと掴んだ時だった。
 ”ピンポーン”と、来客を告げるチャイムがリビングに響き渡った。
「あ〜っ、これからいい時だって言うのにぃ〜っっ!」
 雰囲気ぶち壊しだよ〜と言いながら、ムウは溜息をついている。
「お、お願いだから、出てもらえません?私……こんな格好じゃ、人に会えないもの」
 マリューはそう言うと、バスローブのベルトを結び直している。
「……確かに、そんな姿のマリューさんを他人に見せたくないしなぁ〜」
 と、ムウはしぶしぶソファーから立ち上がると、トボトボと入り口に向かった。