「11月29日、ね」
 朝のニュース番組。
「おはようございます」との言葉と共に頭を下げる司会者の、デスクの前に示された日付を見遣りながら、マリューは何の気なしに呟きました。
「・・・・・・・・」
 彼女の言葉に、テーブルを挟んだ向こう側でホットケーキをつついていたクマの、まんまるな耳がぴくりと動きました。
「『いい肉の日』かあ・・・」
 お肉、安くならないかしら。
 少しそわそわし始めたクマの様子には気付かず、マリューはコーヒーを一口啜ります。のんびりとそんな事を考えながら、彼女は残りの朝食を片付けるのでした。

「・・・・ホットケーキ?」
「はい」
お気に入りのホットケーキミックスを手に、フラックマは頷きました。近寄ってきた彼を見、マリューは読んでいた文庫本をぱたりと閉じ、クマの方へと視線を転じます。
「でも、朝ごはんホットケーキでしたよ?」
 首を傾げつつ、マリューは問いかけます。確かに今朝、自分はフラックマにホットケーキを作ってあげ、彼はそれをぺろりと平らげたはずでした。
「かまいません」
 「何か他のお菓子でも・・・」と訪ねるマリューに、しかしクマは頑として首を縦には振りませんでした。ホットケーキミックスをマリューへと突きつけ、何度もホットケーキを強請ります。
「・・・・分かりました」
 何か特別な理由でもあるのかしら。 
 ここまで頑固なクマは、マリューも初めて見ます。クマからホットケーキミックスを受け取ると、彼女は参った、とばかりに笑いました。

「出来ましたよ〜」
 出来立てほかほかのホットケーキ(5段重ね)が乗ったお皿を片手に、フライ返しをもう片手に持ちながら、マリューは部屋の隅で黄色いビーズクッションに顔を埋めているクマへと声を掛けました。
するとどうでしょう、驚くほどの切り替えの良さでクマはとことことキッチンの方へとやって来たではありませんか。普段なら揺さぶり起こさない限り、いつまでも惰眠を貪り続けるようなクマなのに。
「ど、どうしたんです?本当に・・・」
 目を丸く見開き、マリューは問います。どう考えても今日のクマは、おかしな所だらけです。
 そんな彼女へ、いつものように「まあいいではありませんか」と笑うと、クマは彼女の手からお皿を受け取り、テーブルへと向かいました。
「・・・・・え?」
 椅子を引き出し座るクマ。そんなクマが次に取った行動に、マリューは今度こそあんぐりと口を開け、間抜けな声をあげました。
 なんとクマは、どこから持ってきたのか、生クリームとイチゴでホットケーキにデコレーションをし始めたのです。茶色く丸い手からは想像も出来ない器用さで、あっというまに綺麗なケーキが出来上がりました。
「・・・・・・・」
 ケーキの完成度に驚きつつ、マリューはふと思います。
(・・・このケーキの形って・・・)

 生クリームで綺麗に装飾された土台に、ぐるりと円を描くように置かれたイチゴ。
 もしかしてこれは。

「・・・・・・あの。もしかして今日、誕生日?」
 手についた生クリームを舐め取っているクマに問えば、クマは無言でその大きな頭を縦に振りました。
「言ってくれればケーキ、買ってきたのに・・・」
 困ったようにマリューは呟きます。
 クマにだって、誕生日は1年に1度。一言言ってくれさえすれば、こんな安くて簡単なホットケーキでなく、もっとちゃんとしたデコレーションケーキを買ってきたでしょう。
 おろおろするマリューに、しかしクマは何てこと無い様に言いました。

「マリューさんのホットケーキがいいんです。いちばんおいしいですから」

「・・・・・・・!」
 にか、と笑うクマがマリューにはこれほど愛しく思えた事はありません。驚きの後には、嬉しさがこみ上げてきました。
 きゅーっと抱きつきたい衝動をどうにか抑えると、マリューは食器棚の抽斗を開け、中をごそごそと漁ります。程なくして、そこからは随分前に買ったケーキについていた、カラフルで小さなロウソクたちが見つかりました。
 使う機会など無いだろうと思いつつも、捨てるに捨てられなかったロウソク。それをそっと摘み上げると、マリューはクマの元へと踵を返しました。

「・・・バースデーケーキならロウソク、必要でしょ?」
 柔らかい声が不意に振ってきて、クマはケーキに向けていた視線を上へと持ち上げました。見上げた先には、楽しげに笑いながら、ロウソクを差し出すマリューの姿があります。
 色とりどりのロウソクの束をクマとマリューとで半分ずつ分け合うと、交互にホットケーキに挿していきました。因みに、クマは年齢を教えてくれなかったので、持っていた分は全て挿しました。
 部屋の電気を消し、ロウソクに火を灯します。
人工の灯りとは違う、優しい光がじんわりと部屋を照らし、クマとマリューの顔をほのかにオレンジ色に染めました。壁には見事なクマ型の影がゆらゆらと揺れています。

「ハッピーバースデー、フラックマさん」
 テーブルに両手で頬杖をつき、マリューはにっこりと笑いました。
「ありがとうございます」
 にかっ、と歯を出して笑うクマの様子が、いつもより嬉しそうに見えるのは気のせいでは無いでしょう。

 買い置きのサイダーと、デコレーションされたホットケーキを仲良く半分こ・・・・ではなくて、仲良く1/4と3/4個ずつに分け合って、1人と1匹は簡単だけれど、ほっこり暖かな誕生日を過ごすのでした。


「・・・・で、年齢は?」
「ひみつです」



高崎眞様から頂いて参りました、ムウさんの誕生日記念です♪
なんなんでしょう、このフラックマのほんわか感w
読んでいると、こちらまでなんだか心の中がほんわかとしちゃいました(*^_^*)
やっぱりフラックマはふぁんたじーですよ!(力説

私も、こんなほんわかしたお話が書けるといいなぁ〜。
高崎様、ありがとうございました!


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