誰もが一瞬、その銃声をした方を振り返った。
 するとそこには、慰霊碑の裏側から現れたサングラスの男の拳銃を、右手で持った花束で弾き飛ばしたマリューの姿があった。
 拳銃を弾き飛ばされて一瞬怯んだ相手に、マリューはすぐさま回し蹴りを1発、その顔面にヒットさせる。
「うがっ!」
 何とも情けない呻き声を上げてその男が倒れると、キサカが自分の足元に転がってきた相手の拳銃をすぐさま拾い上げる。
「早く!」
 我に返ったノイマンの声で、シンとルナマリアは慌ててカガリとラクスを駐車場の方へ走らせる。
 次の瞬間「絶対に、ココから生かしては帰さん!蒼き清浄なる世界の為に!」という声が聞こえたかと思うと、公園のモニュメントの方から数人の男達が走り出してくる。
 そして次々に、手にした拳銃やマシンガンを紫の首長服を着たマリューめがけて発砲し始めた。
 その場に残されたマリュー達は、慌てて地面に倒れこむと、自らも携帯していた拳銃で応戦を始める。
「ここでは身を隠すものがありません。あちらへ!」
 慰霊碑の周りでは、盾にできる場所がない。そう思ったアマギは、男達が隠れていた公園とは反対側の、海岸の岩場を示した。
「分かった。カガリ様達が車にたどり着くまで、ヤツらの注意をコチラに引きつけるぞ!」
 そうキサカは言い放つと、マリューの腕を引っ張る。
「分かりました!」
 マリューも意を決したように頷くと、銃弾の雨が降る中、身を屈めて岩場に飛び降りた。


 銃声のした慰霊碑の方に走り始めたキラは、すぐにカガリ達と護衛についていたシンとルナマリア、そしてノイマンの姿を発見した。
「ラクス!カガリ!!」「キラ!」「キラ?!」
 突然現れたオレンジのジャケット姿のキラに、緊張した表情だったラクスとカガリが驚きの声を上げた。
「お前、どうしてココに?」
「そんな事はいいから、早く駐車場へ。アスランが応援を呼んだから!」
 あたふたとしたカガリを制するかのように言い放つと、キラはラクスとカガリの手を取り駐車場の方へ促した。


「逃げ出した腰抜け軍人の事はどうでもいい!我々の目的は、アスハの命だ!」
 グループのリーダーらしき黒髪の男がそう叫ぶと「おぉ!」という野太い声がいくつも呼応する。
 そして、そのリーダーを先頭に、マリュー達を追いかけて慰霊碑の裏側から海岸の岩場に飛び降りた。

 慰霊碑から少し離れた大きな岩場の少しくぼんだ場所に身を隠したマリュー達は、荒い息を整えながらじりじりと近付いてくる敵の数を把握しようとしていた。
「こちら側から4人……です」
 岩場の影からそっと覗いたアマギが、そうキサカに伝えると「海側からは……3人だな」と太陽光に反射する銃口の数を数える。
「少しずつ距離を詰められている。こうなったら、確実に相手をしとめなくてはならんな」
「はい!」
 そう言うと、3人は改めて銃を構える。
「私は海側の3人の相手をする。2人はそちら側の4人を」「分かりました」
 マリューは静かにそう答えると、アマギも力強く「はい」と返事をし、拳銃を持つ手に力を込める。

 ざわざわとした悪寒が3人の背中を走り抜けると同時に、再び銃声が鳴り響く。
 その音がした方に向かって、キサカが拳銃を発砲すると「うわぁっ!」という声と共に、人が海に落ちる派手な音がする。
「あと2人!」
 それを見届けたキサカが、自分に言い聞かせるかのように言葉にすると、再び岩陰から拳銃を発砲し続けた。

 1発の銃弾が、マリューの真横の岩に当たり、その部分がボロボロと崩れ落ちる。
「……しつこいわ」
 そう漏らした途端、新たな銃弾が再びマリューの左肩を掠って行く。
「ぁあっ……」
 掠った銃弾が紫の首長服を切り裂き、布の焦げる臭いが鼻をつく。
 ハッとしてその左腕を見るが、幸いにも出血してはいないらしく、痛みは感じなかった。
 ……大丈夫、服を掠っただけね、と自分に言い聞かせたマリューはギリッと唇をかみ締め、コチラを狙っているライフルの男に照準を合わせ引き金を引く。
「うぁっ!」
 マリューが放った弾丸は相手のライフルに命中し、またもやそれを弾き飛ばす。
 間髪入れず、アマギの拳銃から発射された銃弾がその男の肩を射抜くと、仰け反るように倒れこんだのが見えた。

 カガリさん達は、無事にココを離れたかしら?……と心配になったマリューはふと自分の後方に伸びる海岸を見た。
 途中から砂浜に変化しているその場に、取り残されたように大きな岩が横たわっている。距離にして10メートル程。
 ……あそこの岩陰まで走れば、時間を稼げるかしら?……そう考えると、意を決した様子でキサカに声を掛けた。
「もう少しだけ慰霊碑から離れる為に、私が彼らを引きつけます!」
「ラミアス一佐!それは危険だ!」
 驚いたキサカが、一瞬マリューの方を振り返りながら、その行動を制止させようと声を掛ける。
「私が動けば、ヤツラも追いかけてきます。そこを狙って下さい」
 そう言うが早いか、マリューは拳銃を握り締めたまま、慰霊碑とは反対方向に走り始めた。
 途端に、それまで隠れていた岩場に放たれていた銃弾が、あっという間にマリューの走り去った方向に集まる。
 が、彼らの予想よりも素早い動きをするマリューに、その弾が掠る事すら無く、赤茶色の岩に飲み込まれ火花を散らす。
 当たらぬ弾に苛立ったのか、岩場の影から身を乗り出して拳銃を構えた男に、今度はアマギの銃口が火を噴く。
「ぐはっっ」という鈍い声と共に、サングラスをしていた男がその場に倒れこんでいた。

「簡単に、やられてたまるもんですか!」
 砂浜の中の大きな岩影に転がるようにして飛び込んだマリューは、すばやく身を起こすと再び拳銃を構えた。
 そしてこちらに銃口を向けている男の右肩に狙いを定めた。


 途絶える事なく聞こえる銃声の方に向かって、ムウは全速力で走っていた。
 モニュメントまで伸びる舗道の途中から階段を駆け下りると海岸に降り立ち、近くの岩場に身を寄せる。
 そして手にしていた拳銃の安全装置を外すと、息を潜めて敵との距離をつめようとした。

 ……敵は7人……。ライフルまで持ってるのか。女1人に物騒なヤツらだ。
 チッと舌打ちをしたムウは、一番手前にいる男に照準を合わせようと拳銃を構えようとする。
「んっ?!何だ?」
 その時、ムウは視界の端に、予想だにしない場所で何かが光るのを感じた。
 ……まだいる?!……戦士の直感とでも言うのだろうか。そう確信したムウは身を翻すと、降りたばかりの階段を一気に上り始める。 
 そして再び公園の中を走り出すと、モニュメントの手前で海岸の砂地に飛び降りた。


 照準を合わせた拳銃の、その引き金を引こうとした瞬間だった。
「見つけたぜ……裏切り者のカガリ・ユラ・アスハさんよぉ」
 ヒィーッヒッヒッと言う薄気味悪い笑い声と共に、マリューの後頭部に硬いものが押し付けられる。
 ……しまった!後ろを取られたっ!……
 ゴリッと音を立てて押し付けられている物が銃口だという事に気付いた途端、マリューは全身の血が止まったかのような錯覚に襲われた。
 ……動けない。いや、動いて私の顔を見られたら、カガリさん達が危ない……何故か妙にクリアな思考でそう考えたマリューがゴクリと唾液を飲み込む。
「とりあえず、そんな物騒な物は捨ててもらおうか?」
 拳銃を構えたまま動けないマリューの耳元で、勝ち誇ったように呟くと、彼女の手から無理矢理、拳銃を奪い取る。
「へっ、女だてらにこんな物ぶっ放すなんてねぇ」
 その男は取り上げた拳銃から片手で器用に銃弾を抜き去りながらそう呟くのを、マリューは唇をかみ締めたまま聞いていた。
 ……殺される……わね、きっと……銃弾が砂の上にボトボト落ちる音が、マリューには自分の命へのカウントダウンのように聞こえてくる。
「残念だけどさ、今すぐにアスハさんを殺す事出来ないんだよ。まっ、どのみちすぐにあの世行きだけど」
 男はそう言うと「さぁ、立ってもらおうか?」とマリューの腕を引っ張り上げる。
 その動きに引きずられるかのように、マリューはのろのろと立ち上がった。
 ……ムウ、ごめん。これから先、ずっと一緒だって約束、私……守れそうにないかも……
 一瞬、優しい蒼い瞳が脳裏に浮かぶ。そんな幻が硬く閉ざした瞼の向こう側に見えたような気がして、俯いたままのマリューの頬に一筋の雫が零れ落ちた。
 でも、これが私の使命だから……そう自分の心に言い聞かせると、右手の甲で目元を乱暴に拭う。
 と同時に、立ち上がったマリューの首元に男の太い腕が巻きつき、動きを抑制される。
 さすがのマリューも、首元を締め上げられ「くっ」と苦しそうな声を上げると、男の腕に自分の手を掛けて隙間を作ろうと試みる。
「大人しく言う事を聞くってんなら、この腕を緩めてやる」
 そんな彼女の行動をすぐに分析したかのように、男はマリューの耳元でそう告げる。
 ……今は、言う事を聞くしかない……首を絞められて朦朧としてくる意識の中でマリューは咄嗟にそう考えると、無言でコクリと頷く。
「ほぉ、物分りは良いようだな」と喉の奥で笑うと、その男は腕の力をほんの少しだけ緩める。
 ふぁぁっ……と大きく息を吸い込んだマリューの様子を確認した男は再び怪しい笑みを浮かべると「こっちに来てもらおうか」とマリューを連れて岩陰の前に出た。

「さーて、お宅らもその手元の拳銃を下ろしてもらおうかぁ?」
 勝ち誇ったような笑い声と共に海岸に響き渡った声に、キサカとアマギ、そしてその場にいたテロリスト達の視線が一斉に、紫の首長服の人物に釘付けになる。
「……しまった」「一佐っ!」
 岩陰から振り返ったキサカ達は、首元を左腕で締め付けられ、更に頭に銃口を押し付けられたマリューの姿を目にし、一気に血の気が引いた。
「ほら、さっさと拳銃をコッチに投げろ!抵抗しないってんなら、お前達の命は保障してやる」
「くそっ……」
 キサカが眉間に皺を寄せて唸ると、背中合わせにいたアマギが唇をぐっと噛み締める。そして俯いたままのマリューの姿に視線を走らせた。
「なぁに、今すぐにコイツを殺そうって言ってるんじゃねぇよ。俺達はこの裏切り者のアスハさんの公開処刑をしなきゃならないんでね」
「そんな事をして何になると言うんだ?」
 自分勝手な言い分を聞かされたキサカが、思わずそう叫んだ。
「自分の立場、分かってないみたいだね?」
 形勢逆転してんだよ……キサカとアマギの真後ろでそう声がすると同時に、2人の後頭部にもゴリッと硬いものが押し当てられる。
 ゆっくりと振り返ったそこには、先程まで自分達と銃撃戦を繰り広げていた相手がニヤリと笑いながら銃口を向けていた。
 その上、いつの間にかテロリスト達の人数が増えており、2人をぐるりと取り囲んでいる。
 ……どうすれば?……無理矢理拳銃を取り上げられようとした瞬間、1発の銃声が静まり返った海岸に鳴り響いた。
「うがぁぁっ!!」
 銃声が鳴り止むと同時に、マリューの首から腕がするりと外れ、ドサッという音と共に男が倒れこむ。
 突然の出来事に、その場にいた全員の動きが止まる。
 そこへ、砂浜の方から走り寄ってくる人物の姿が見えた。
「ムウッ!!」
 まだ煙の出ている拳銃を構えたままマリューに近付いたムウは「怪我はなかったか、美人さん?」と、即座にその肩を抱き寄せる。
「えっ?」

「まだいたのかっ?」
 予想外の場所からの救援に驚いた男達は、一斉に銃をムウに向けようとする。
 が、次の瞬間、アマギが目の前の男の拳銃を持つ手をぐいっと捻ると、そのまま一気に背負い投げる。
 別の場所では、キサカの真後ろ男がその足元を掬われ、後頭部にキツイ1発を叩き込まれていた。

「ちっくしょーっ!このまま全員皆殺しだ!」
 突然の反撃に驚いたテロリストのリーダーらしき人物が、喚くような雄叫びを上げる。
 と同時に、再び銃声が鳴り響く。
「うぐっっ……」
 雄叫びを上げたはずの人物が、その右腕から鮮血を滴らせてうずくまっていた。
 ……ムウって、こんなに拳銃の腕、良かったかしら?……あまりにも正確な射撃を目の当たりにしたマリューは、自分を庇いながら拳銃の引き金を引くムウの姿を驚きながら見つめていた。
「レディ1人にむさ苦しい男が何人も襲いかかるなんて……オレの美学に反するんだよねぇ」
 しっかりとマリューの肩を左腕で抱きかかえたムウは、涼しい目元のまま拳銃を下ろさないで唇の端だけで笑みを作る。
「こ、このヤロウ……」
 右腕を押さえたまま睨みつけるテロリストに、ムウは「どうしてもこの美人さんを連れて行くと言うなら、オレを倒してからにしてもらおうか?」と冷ややかな笑みをそのキレイな顔に浮かべた。

「……ムゥ?」
 その射撃の腕だけでなく、漂わせている雰囲気がいつもと違う殺気だと感じ取ったマリューは、その腕の中から彼を見上げた。
 不安そうな様子で見上げるマリューに気付いたムウは、一瞬、柔らかい笑顔を向ける。
「……違う」「えっ?!」
 ムウから微笑みながらそう告げられたマリューの思考が一気に止まる。と同時に「これは、レディの手を汚させる仕事じゃない」と言うと、振り向きざまにテロリストに発砲する。
 その発砲音が引き金になったかのように、キサカとアマギも反撃を始めた。

 戸惑う事無く発砲し続けるムウの弾道は、ピッタリと計ったかのようにテロリストの右腕を打ち抜いていく。しかも、素早い身のこなしでマリューを庇いながら……だ。
 その様子をただ見つめるだけしか出来ないマリューは「ムウじゃないって、まさか?!」と、1つの仮説を頭の中に描いていた。
 ……ムウじゃないのならば、今のこの人は……自分の中で答えが出た時、砂浜の方から「ムウさんっ!」という叫び声が聞こえる。
「おぅ、キラ……遅かったな」
 思わず振り返ったマリューは、後方から拳銃を構えて走ってくるキラの姿を発見する。
「……キラ君?!」
 マリューの声と同時に、キラの放った銃弾が斜め前の人物の拳銃を弾き飛ばし、そのまま軽やかに足を振り上げ、振り返りざまに真後ろの男のアゴを蹴り上げる。
「ほぉ〜、昔と比べて随分と上達したな」
 そんなキラの様子を横目で見ていたムウはニヤリと笑うと、背後から掴みかかろうとした人物をマリューの肩を抱いたままヒラリとかわし、その鳩尾にキックをお見舞いする。
 ……あら?ちゃんとキラ君の事を認識しているわ。って事は、今は『ネオ』じゃなくて『ムウ』よね?……
 ふとムウの言い回しに何か慣れ親しんだ感覚を覚えたマリューは、今ならば一緒に戦わせてくれると思い「わ、私も戦いますから!」と慌てて告げた。
 肩を抱かれたまま振り回されていたマリューは、思わずムウを見上げてそう叫ぶ。
「さっきも言ったはずだけど……」と、マリューをチラリと見やったかと思うと、ムウはすぐさまアマギの後方にいた男に向かって発砲する。
 その弾で拳銃を弾き飛ばされたのを確認したアマギが、焦りの表情を見せた男に飛び掛り、その腕を捻り上げた。
「レディに戦闘させるのは好きじゃない」「でも……私も軍人です!」
 アマギが男を捻り上げ、更にその向こう側ではキサカの銃弾で足を撃ち抜かれで倒れこむ男の姿も見える。
 そして、ムウの後方ではキラがリーダーらしき男を拘束している。
「もう全員倒したようだけど?」
 肩を抱いたまま「まだ戦うつもりかな?」と、ムウはマリューにウィンクをする。
「……あっ……」
 そう言われたマリューは改めて周りを見渡す。と、その時「ラミアス一佐!」と言うアスランの叫び声が聞こえた。
「アスラン!」
 その声に真っ先に反応したキラは、アスランの後ろから完全武装した小隊もやって来たのを確認すると少しホッとした様子で「カガリとラクスは?」と問い掛ける。
「あぁ、無事に本部へ戻ったよ」
 同じように安堵の表情を浮かべながらそう答えるえたアスランは「テロリスト達を拘束しろ」と、背後の小隊に命令を出していた。


「ラミアス一佐……怪我は?」
 テロリスト達をアスランと小隊に任せたキサカが、慌ててマリューの方に近付いてきた。
「大丈夫ですわ。この左腕も、服を掠っただけですから」
 そうマリューは柔らかく微笑むと、キサカも「それならば良かった」とほっとした表情を浮かべる。
「アマギ一尉、援護、ありがとうございました」「いえ、私は一佐と比べれば、まだまだ未熟者だと言う事を思い知りました」
 上司であるマリューを危ない目に合わせてしまった負い目を感じているアマギが唇を噛みしめると「でも、格闘技はかなりの腕前だな」と、感心した様子でムウがその肩をポンポンと叩く。
「ムウとアマギ一尉が素手で戦ったら、ムウに勝ち目はなさそうね」
 2人を見比べるようにして見ていたマリューが思わずそんな事を口走り「そりゃーないよ」と、ムウががっかりしたような声を上げると、その場にいた者達は思わずクスクスと笑っていた。

「エレカを用意してありますから、一旦本部へ戻りましょう」
 倒れていたテロリスト達を拘束し終わったのを確認したアスランが、マリュー達の元にやってくるとそう告げる。
「そうだな。この騒動の報告書も必要だしな」
 キサカがそう言うと「では、その報告書は私が作成しておきます」と、アマギがすぐさま返事をした。
「そういう事だから……ラミアス一佐は、今日はもう帰宅されてはいかがかな?」
「え?でも……」
 突然のキサカの申し出に、マリューは慌てて定時まで残ると言おうとする。
 が、苦笑しながらキサカが「ラミアス一佐のパートナーを、かなり心配させていたようだしな」と意味深な発言をマリューに返す。
「……パートナーですか?……きゃぁっ!」
 普段、そんな事を言われた事がないマリューが思わず首をかしげると、ムウは左腕で抱いたままだったマリューの肩を自分の方に引き寄せて、両腕の中に閉じ込めてしまう。
「マリューさんのパートナーって言えば、俺しかいないでしょ?」「ち、ちょっと!ムウッ!!」
 みんなの前で、何するんですかっ!と、真っ赤になって怒るマリューに、ムウはいつものような食えない笑顔で「だって、俺の奥さんでしょ?」と、あっけらかんと言い放つ。
「そ、それは……そうですケド……」
 真っ赤に火照った顔のまま小さな声でそう答えると、ムウは「じゃあ、そういう事で」と、突然マリューを抱き上げてしまった。
「ち、ちょっとっ!降ろして下さいっ!」
 突然の行為に驚いたマリューは「自分で歩けますから!」と、ムウの胸元でジタバタする。
「ここで暴れると落ちるぜ」「…えっ……」
 涼やかに目元で笑いながら告げるムウに、マリューはまたいつものムウとは違う感覚を感じ取り、思わず抵抗する事を忘れてしまう。
 急におとなしくなったマリューに満足したムウは「じゃぁ、オレ達は先に帰らせてもらう」とキサカに告げると、そのまま来た道を戻って行った。

「……相変わらず、見せ付けてくれるよな」
 少しばかりの虚しさを感じたアスランが、乾いた笑いと共にそんな事を呟く。
「でも、あれでこそムウさんじゃない?」
 と、キラも苦笑交じりでそう返すと、何かを思い付いたかのように「アスランも、カガリにしてやったら?お姫様抱っこ」と、アスランの顔を見ながらクスクス笑っている。
「……お、おい!キラッ!」
 そんな事、出来る訳ないだろ!と、急に焦った声で反論するアスランの様子に、思わずキサカとアマギも笑い声を立てていた。

「あの……本当に自分で歩けますから、降ろして下さい」
 自分を抱き上げたまま浜辺の階段を上がるムウに、マリューはもう一度そう告げる。
「ダメだ」「でもっ!」
 マリューと目を合わせる事無く少々ぶっきらぼうにムウが答えると、思わずマリューは言い訳を口にしようとした。が、それは次のムウの言葉で遮られてしまう。
「オレにまで心配かけさせたのは誰?」
「そ、それは……」
 絶句してしまったマリューを抱き上げたまま、ムウは無言で遊歩道を歩き駐車場へ向かう。
 そんなムウの様子に「もしかして怒らせてしまったかしら?」と、マリューは少し心配になり、どう声を掛けて良いものかと躊躇してしまう。
 そして2台並んで停まっているエレカの前までやって来るとようやく彼女を降ろし、警護をしていた兵士から鍵を1つ受け取ると助手席のドアを開ける。
「さぁ、どうぞ」「……あ……」
 ムウはそう笑顔で告げると、マリューの手を引きエレカまでエスコートする。自分の掌にマリューの手を乗せ軽く持ち上げる……その仕草で、マリューはまたいつもとは違う何かを感じ取った。
 促されるまま助手席に乗り込むと、運転席に座ったムウを改めて見つめる。
「あの……」「何か?」
 躊躇いながらも声を掛けると微笑みながらムウが振り返り、マリューは少しだけ安堵する。
「もしかして、怒ってます?」
「アンタが危険な目に遭うと分かってるのに、オレが黙って見てられると思うか?」
 ふうっと溜息をつくと、ムウはエレカのエンジンを始動させハンドルを切る。
 何事も無かったかのようにエレカを運転するムウに、マリューは「でも……」と再び声を掛けた。
「……言い訳は聞きたくないんだがな?」
 そう小さく呟くと、ムウは路肩にエレカを停めた。そして少し困ったような笑みを浮かべてマリューを見つめ返す。
「オレに心配掛けさせたって事、分かってる?」「……はい」
「銃声が聞こえた時……心臓を握り潰されるように胸が痛くなったんだぞ」「え……っ?!」
「もう二度と、アンタを危険な目にさらさないって誓ったのに、守れないかも知れないって……ものすごく怖かったんだぞ」「ご……めんな……さい」

 少し震えるような声でそう告げたムウは、ゆっくりとマリューの頬を両手で包み込んだ。
 その表情は、少しの恐怖心と大きな安堵感で泣き笑いのように見え、マリューの瞳が潤み始める。

「アカツキの整備があったでしょ?わざわざその為にキラ君も来てくれていたし……だから護衛を外してもらったの」
 マリューは、真っ直ぐムウを見つめてそう弁解すると、彼は少し困ったような笑みを浮かべる。
「アカツキの整備も大切かもしれんが、オレにとってはアンタを守る事の方がもっと大切だ」
 そう言うと、マリューを優しく抱き寄せ、その耳元で「オレは誓ったろ?アンタの側にいるって」と囁く。
「……そ、それとこれとは、話が別です!」
 私だって軍人の端くれですわ!と言おうとしたマリューの唇に、ムウはすっと人差し指を押し当て彼女の言葉を遮った。
「アンタが軍人だろうが、そうでなかろうが、そんな事はどうだっていい」
 真面目な表情で、怒る訳でも無く優しくムウはそう告げると、マリューは言い返す事も出来ずに息を飲む。
「ただ……オレも、アンタの事が何よりも心配だって事だけなんだ」
 だから、アンタが無事だった事が、何よりも嬉しいんだよ……そう囁くように告げると、ムウはマリューの唇に触れるだけのキスを落とす。
「アンタが嫌だと言っても、オレはアンタの傍にいて、アンタを守るからな」
 あっさりと唇を離したムウは、ほんの少しだけ頬を染めたマリューにそう言うと「ありがとう」と小さい声が返って来る。

「まっ、そういう事だから。今日はオレの言う事を聞いてもらおうか」「はぁ?!」
 抱きしめていた腕を放したムウは、ハンドルを握り直しながらそう楽しそうに告げると、マリューの表情が一転した。
「何、言ってるんですか?」
 驚いた表情で問い掛けるマリューに対し、ムウは「オレを心配させたバツだ」と、ウィンクをする。
「そんな事、約束してません!」
 嫌な予感がしたマリューが警戒した様子を見せると、アクセルを踏んだムウがクスクスと笑う。
「言う事聞いてもらうって言っても、アンタに何かをしてもらうって事じゃないぜ」「え?」
 ハンドルを切りながら自宅の方へエレカを走らせるムウは、前方を向いたまま「今日1日、オレがアンタの傍にいてエスコートするから。文句はナシな」と告げる。
「エスコート……?」
 不思議そうな表情で聞き返すマリューに、信号待ちでブレーキを踏んだムウがさっと彼女の手を取り、その甲にキスをする。
「そうだな、アンタはオレの傍を離れないって事だな。何があっても……な」
 オレが何でもしてやるから、心配すんな……そう言って微笑むムウにマリューはネオの影を感じ、何か少しだけくすぐったさを感じる。
 が、そんな経験もたまにはいいかも?と思ったマリューは、素直に「分かりました」と微笑を返したのだった。


みづき様からのキリリクでございます。
ご希望を伺ったところ「お姫さんズの護衛につくマリューさんを助けるネオムウ」というお答えを頂きました。
実は、かなり詳細な設定を頂いていたので、みづき様のご希望通りになったかどうか、ちょっと心配ですけど(苦笑)

初めてのまともな銃撃シーン?を書いたので、慰霊碑の公園の位置設定とか、資料をひっくり返して何度も書き直しました(苦笑)
……臨場感ある銃撃シーンになってますかね??<かなり心配
でも、ムウからネオにコロコロと変わる様子は、書いていて楽しかったですv

え〜、みづき様、こんなお話でもよろしければ、お持ち帰り下さいませ<土下座


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