1+1=One Love


 軍本部の更衣室。
 そこでマリュー・ラミアスは、軍服ではない服装……スタンドカラーのブラウスと紫のパンツスーツに身を包んでいた。
 それらに着替え終わると、今度は更衣室内のパウダールームで、肩にかかる長さの髪を手際よくまとめ、目の前に置かれた金髪のウィッグをピンで固定し始めた。
「……こんな感じかしら?」
 そうポツリと呟くと、目の前の鏡を覗き込むようにしてウィッグの止まり具合を確認する。
 そして、改めて鏡の中の自分を見つめ「あっ!忘れていたわ!」と、慌ててティッシュで紅い口紅を拭き取ると、ポーチの中から真新しい薄いピンクの口紅を取り出し唇に滑らせた。
「うん。この方がやっぱり”らしく”見えるわね」
 そう1人で納得すると手早くポーチを片付け、更衣室を後にした。


 コンコンとドアをノックする音に続き「失礼します」という声が響く。
 その声に反応し、この部屋の主であるカガリが反射的に「どうぞ」と答えていた。
 ドアの開く音と共に室内に入ってきたのは、軍服ではなく紫の首長服に着替えたマリューだ。
「ラミアス一佐に、こんな任務をお願いする事になってしまって……」
 そう言ってビシッと敬礼をするのは、カガリの隣に立つキサカだ。
「いえ。代表をお守りする為ですから」
 そう返事をしつつ、マリューも敬礼を返す。
「本当は私だって、マリューさんに身代わりをお願いするなんて事、したくはないのだが……」
 そう言うカガリの着ている軍服は、いつもの金の縁取りの物でなく、一般兵と同じタイプの物。
 よく見ると、階級章は一佐になっている。
「気になさらないで下さい。今の状況では、こうするのが最善策ですから」
 と、マリューは微笑みながらカガリに答えていた。


 事の発端は1週間前。
 アスハ邸宛てに1通の封書が届いた。

 それはいわゆる、脅迫状と呼ばれる類のもの。
 プラントと和平協議を締結したオーブの代表であるカガリに対し、ブルーコスモスの残党を名乗る集団から送りつけられたのだ。

『カガリ・ユラ・アスハ殿
 即刻、コーディネィター達との和平協議を放棄するか、もしくは代表の座を退かれる事を、ここにご忠告申し上げる。
 さもなければ、宇宙の悪魔達と手を結ぼうとしている反逆者として、アスハ殿を処刑する事を宣言する』

 このような物を送りつけられたカガリが「はい、そうですか」と、おとなしく引き下がる訳もなく、すぐさま定例会見の場で「和平への道を邪魔する事は、断じて許さない」と発表したのだ。

 それからと言うもの、アスハ邸や軍本部へ時限爆弾が届けられたり、出先で暴漢に襲われそうになった事もある。
 ただ、これらは全てキサカ達の手によって、カガリの目に届く前に未然に処理されていた。


 そんな騒動の最中、プラントの代表であるラクス達が極秘にオーブへやって来た。
 護衛にキラとシン、そしてルナマリアを引き連れて。
「公式の訪問ですと子供達に会う時間がありませんから」と言うのが、いかにもラクスらしい理由だ。

 そのラクス達がマルキオ導師の孤児院に行く途中で、カガリと一緒に慰霊碑で祈りを捧げたいと申し出た。
 あの海岸にある慰霊碑に。

 今までは、軍本部や行政府の周辺の警護で未然に防がれていたカガリに対するテロも、外に出てしまうと警護も手薄になってしまう。
 だからと言って仰々しい警備をすると、ラクスの訪問も公にする事になり、かえって危険度が高まるという事も懸念される。
 色々と悩んだ結果、キサカが出した答えは『カガリの身代わりを立てる』という事だった。

 そうして、カガリの身代わり役に白羽の矢が立ったのがマリューという訳だ。

 カガリがいつも着用している首長服に身を包んだマリューに対し、カガリとラクスは軍の制服を着用する事になった。
 もちろん2人とも、その目立つ髪型をカガリは茶色のウィッグで、ラクスは黒のウィッグの下に隠し、あたかも軍の関係者を装う。
 そして、その2人の護衛役には必要最低限の人数で……と、オーブ側からはマリューとアマギ、更にノイマンとキサカが。プラント側からは、シンとルナマリアが付き添う事になった。
 無論、シンとルナマリアにもオーブの軍服を着用してもらった。プラント側の人間だと分からないように。

「では、そろそろ行こうか」「はっ!」
 おもむろに立ち上がったカガリがそう声を掛けると、キサカとマリューが気合の入った返事をする。
 そして普通の軍服姿のカガリを先頭に、首長服のマリューといつもと変わらぬキサカがその後に続いた。


 一方その頃、モルゲンレーテの工廠内では、アスランとムウがそれぞれの機体を前にして整備に没頭していた。
 かと思われたのだが、突然「ったくぅ〜っ!」という声と共に、ムウが大きく伸びをする。
 アカツキの前のコンソールで、キラが新たに改良したというOSのインストールをしていたのだが、なかなか終わらないそれにムウは痺れを切らしていた。
「おい、キラ……このOSのインストール……終わるのに、あとどれくらいかかるんだ?」
 少しばかりイライラとした口調で、隣に立っているキラに声を掛ける。
「そうですね……あと10分もすれば完了ですよ」
 アスランの方は、あと5分ぐらいかな?とモニターを見ながら、いつものように落ち着いた口調で答えるキラの態度が、どうやら今のムウには気に入らないらしい。
「ってかさぁ、お前……」「はい?」
 はぁっ……とワザとらしく大きな溜息を付いたムウは、モルゲンレーテのジャケット姿のキラの肩に左手を乗せるとジロリと横目で彼の表情を伺う。
「お姫さん達の事、心配じゃないワケ?」
「それは心配ですけど……でも、マリューさんやシン君達も一緒ですから、きっと大丈夫だと思いますよ。ほら、マリューさんはコーディネィターのテロリストにも……」
 そこまで言ったキラはムウの冷めた視線に気付くと、背筋に少しだけ冷たいものが走ったようで、困ったような表情を見せる。
「俺は、すっげー心配なんだよ」「それは、マリューさん……ラミアス一佐の事が心配なんですよね?」
 低い声で放たれたムウの一言に、キラの向こう側からアスランの苦笑交じりの声がかぶさる。
「あっ、いや……でもなっ!全員の事が心配なんだよ、俺はっ!」
 自分の本心をあっさりと言い当てられたムウは、焦った声で反論する。
「要するに……護衛しないと気が済まない……って事ですよね?」
 あぁ、こっちは終わりましたよ……と言いながら、アスランはムウの隣にやって来た。
「みんなの身に何かあってからじゃ遅いからな」
 フンッと荒い鼻息を吐きながら、ムウは改めてコンソールのモニターを見つめる。
「このインストールが終わったら、3人で慰霊碑に向かってみますか?」
 苦笑交じりの顔でそう提案したアスランに、ムウは「お前ら、ちゃんと護身用の銃も携帯しろよ」と、目の前の2人に念を押し、コンソールパネルのOKのボタンを勢い良く押した。



 見た目には分からない特殊装甲を施されたエレカの1台目にアマギとキサカ、そして変装したカガリとマリューが乗り込む。
 同じ車両の2台目には、運転手のノイマンと、シン、ルナマリア、そしてこれまた変装したラクスが乗り込んだ。

 慰霊碑に向かう車中では、それぞれが皆、何とも言えない緊張感の中にいた。
「海がキレイですわね」「えっ、あ、はい!……そうですね」
 ただ1人、太陽に反射する海面を見て微笑むラクスを除いては……。

 車は何事も無く慰霊碑のある公園の駐車場にたどり着いた。
「さすがに、あれだけ人通りの多い場所では襲ってこなかったな」
 シートベルトを外しながら、そうカガリがホッとしたように呟いたが、すぐさまその言葉をキサカに否定される。
「エレカから外に出た、これからが危険です。この場所は代表を襲うのに、うってつけの場所ですから」
「……あぁ、分かっている」
 やや強い口調のキサカに、カガリは少しムッとしながらも気を引き締めた。
 そんな様子を横目で見ながら、マリューはジャケットの内側に忍び込ませた拳銃を再度右手で確認する。
「……では、参りましょうか。アスハ代表」
 マリューは、普通の軍服を着用しているカガリにそう告げると「あぁ」と返事が返ってきた。

 駐車場から小さいながらも隊列を組むと、モニュメントを横目に見ながら海岸の慰霊碑に向かう。
 アマギを先頭に、首長服のマリューとキサカが続く。
 その後ろに普通の軍服を着用したカガリとラクスが。
 最後尾を固めるのは、シンとルナマリア、そしてノイマンだ。

 顔を見られぬように……と、少し俯き加減で歩いていたマリューは、何やら妙な気配を感じ取っていた。
「キサカ一佐……」「あぁ、近くにいるな」
 前方を見据えた視線を動かさぬまま、キサカが小さく呟くと、シンやルナマリアも小さく頷く。
「とりあえず、そのまま献花して祈りを捧げましょう……相手に悟られないように」
 そうキサカが小声で告げると、花束を持っていたラクスが1歩前に出る。
「代わりに、献花させてもらうわね」「お願いします、マリューさん」
 小さな声でそう微笑みながら告げたラクスから、マリューはその花束を受け取る。
 そして慰霊碑の前にひざまづくと、手にしていた花束をそっと地面に置いた。
 そのまま、胸の前で両手を組んだ時だった。
「裏切り者には、死の制裁を!!」
 突然の叫び声にキサカが胸元から拳銃を取り出すと、後ろにいるシン達に咄嗟に声を掛ける。
「2人を頼む!」「はいっ!」
 キサカの声が響き渡った次の瞬間、1発目の銃声が青い空に響き渡った。


「おい、今……銃声がしなかったか?」
 公園の駐車場が目の前に見えた時だ。窓を開け放ったまま後部座席に座っていたムウが、急に眉間に皺を寄せる。
「え?そうですか?」
 助手席のキラが不思議そうに答えた瞬間、パンパンッ!という乾いた音が耳に届いた。
「あれは銃声だ!間違いない!」
 後部座席からガバッと身を乗り出したムウは「おい、ボウズ!急げ!」とアスランの耳元で大声で叫ぶ。
「わ、分かりました!!」
 大声で叫ばれてジンジンと痛い耳のまま、アスランはアクセルを思いきり踏みつけた。

「絶対に逃がさない……ぜ」
 だんだんと激しくなる銃声に、ムウの中で何かがプッツリと切れたような感じがした。
「ムウさん?」
 いつもとは少し違う殺気を漂わせ始めたムウに、キラは何か不自然さを感じて声を掛ける。
 が、返事が返って来る前にエレカは駐車場に滑り込んでいた。
 乱暴にブレーキをかけて止まった車からムウは転がるようにして飛び出ると、一目散に銃声がした方へ走り出す。
「ムウさん!」「フラガ一佐!!」
 続いて降り立ったキラとアスランが声を掛けるも、まるで聞こえていない様子でムウは走り去ってしまう。
「アスランは軍の本部に応援を要請して!僕はムウさんを追いかけるから」「ああ」
 そう言うと、キラも拳銃を片手に慰霊碑の方に走り始めた。