Orientation


 とりあえず……と通された艦長室。
 そこで新たな制服に身を包んだネオは、目の前の鏡に映る自分の姿を見つめ、小さく「よしっ」と呟くとバスルームの扉を開けた。

 簡易キッチンでコーヒーを淹れていたマリューは、背後でドアの開く音に一瞬ビクリと肩を震わせると、意を決した様に後ろを振り返る。
「……サイズ、ピッタリだったよ」
 彼女が振り返った先には、真新しいパリッとした白い制服を身に纏い、少しばかり照れた様な表情を見せるネオの姿があった。
「……ぁっ……」
 
 緩められた首もとのインナー。
 肘まで捲り上げられた袖口。

 そう言えば、さっきまで着ていた連合の黒い制服も、そんな風に着崩していたわね……。
 そんな事を思ったマリューは、脳裏に浮かぶ懐かしい姿をネオに重ね合わせ、フッと笑みを漏らした。
「……もしかして、似合わない?」
 マリューの笑みに気付いたネオが、途端に不安そうな表情で問い掛ける。
「いえ……そんな事はないわ」
 くすくすと笑いながらマリューは「でも……」と言葉を続ける。
「どうして下ろしたての制服の袖口を、そんな風に捲り上げるんです?それからインナーも……」
 そう言いつつ、マリューは湯気の出ているマグカップを両手にし、ネオに近付く。
「ん〜、なんかね……縛り付けられるのは、もうこりごりでさ」
 差し出されたマグカップを受け取り「サンキュ」と礼を述べると、湯気の出ているそれを熱そうに一口すする。
「あの黒い制服を着ていた時は、自分の意思なんてモノは無かったからな」
「……そうなんですか?」
 ソファーに腰を下ろし、マグカップの中身に口を付けていたマリューが、ネオを見つめながら問い返した。
「あぁ。全部、上からの命令だ。自分の意思で戦ってた訳じゃない」
 だから、自分の意思で戦ってるアンタ達が、俺には眩しかったんだろうな……と、ネオは苦笑交じりの笑顔でマリューを見つめ返す。
「じゃあ、これからはご自分の意思……という事ですか?」
「あぁ、そうだな」
 ネオのその答えに、マリューは優しい笑みを浮かべた。


「それでは簡単に、この艦の説明をしますね」
 マリューはそう言うと持っていたマグカップを目の前のテーブルに置き、隣に置いてあったノートパソコンのモニターを表示させる。
 カチッというクリック音と共に、モニター全体にアークエンジェルの見取り図が現れた。
 その様子を見ていたネオはマグカップを手にしたまま、いそいそとマリューの隣に移動してきて、さも当たり前のようにその隣に腰を下ろす。
「ん〜……俺が分かってるのは、医務室から格納庫までの通路と、格納庫から艦長室までの通路だけだな」
 表示されている見取り図のその部分を指でなぞりながらネオがそう呟くと、マリューは心の中で「あぁ、そうよね」と納得する。
「では、分かりそうな所から説明しますわ。……この艦長室からこちらのエレベーターで移動すると艦橋です」
 艦長室を基準に順を追って必要な場所を説明しようと、マリューは目の前のモニターに指を走らす。
 それを隣から覗き込むようにして、ネオは「ふんふん」と相槌を打つ。
 ……やはり、この艦の事も覚えてはいないようね……マリューはそう思いながら、真剣にモニターを見入っているネオの横顔を盗み見る。
 そして、パイロット待機室やミーティング・ルームといった、重要な場所の説明を続けた。

 マリューが必要であろうと判断した場所の説明を終えた時、デスクの上の通信機が高らかに鳴り響いた。
 少し待ってて下さいとネオに告げたマリューは、通信機の赤く点滅しているボタンを押す。
 すると通信機のモニターに、インカムを付けたミリアリアの姿が現れた。
<艦長、士官室の準備が整いました……>
「そう。ありがとう」
 そうマリューが礼を述べると、モニター越しのミリアリアが何か言いたげな表情になった。
「何か問題でもあったかしら?」
 ふとその表情が気になったマリューが声を掛けると、ミリアリアはおずおずと口を開く。
<あの……別の部屋もまだ空いていますけど……本当に、あの部屋でよろしかったのですか?>
 彼女の言いたい事はマリューにも分かっている。だからこそ、マリューは微笑んでミリアリアに告げた。
「大丈夫よ。それを望んだのは……本人だから」
<そうだったんですか。すみません、差し出がましい事を言っちゃいまして……>
 マリューの答えを聞いた途端に、申し訳なさそうな表情になったミリアリアがペコリと頭を下げる。
「いいのよ、気にしないで」
 そうマリューが微笑むと、ミリアリアも安心したように<では、失礼します>と笑顔で通信回線を切った。

 そのやり取りを見ていたネオはマグカップをテーブルに置くと、デスクの前のマリューに近付いてくる。
「俺の部屋、準備できたって?」
 歩きながらそう訊ねてきたネオに、マリューは「えぇ」と微笑を返した。そして「今から、お部屋に案内しますわ」と彼の方を振り返る。
「だったらさ……」「はい?」
 自分の目の前に足を進めたネオが、少しばかり口ごもっているのに気付いたマリューは、不思議そうな声を出した。
「あのさぁ……部屋だけじゃなくて、この艦内を案内してくんないかな?」
「はぃっ?!」
 あ、やっぱダメかな?……と、軽く笑いながら自分の顔を覗き込んでくるネオに、マリューは「えっ!」と声を上げつつ1歩後ろに仰け反ってしまう。
「きゃぁっ!」「おっ、おい!」
 その勢いで一瞬よろけたマリューの腰を、ネオが慌ててその左腕で支える。
「……あっ……す、すみません」
 温かく力強いその腕に腰を引き寄せられたマリューは、ついポッと顔を赤らめながらそう小さく礼を述べた。
「艦長さん、大丈夫か?」
 離れるどころか更に身体を引き寄せながら顔を覗き込んだムウが、心配そうにマリューに声を掛ける。
「え、えぇ……大丈夫です」
 自分で立てますから……と、無理矢理視線を逸らしながらマリューが告げると「あ、ゴメン」とネオは慌ててその左腕を離した。
 まだ顔が火照ったままのマリューは、それを隠すようにしてネオに背を向ける。
「スマンスマン。何と言うか、その……身体が勝手に反応したっつーか……」
 ボリボリと頭を掻きながらそう答えるネオの声が、少しだけ焦っていると感じ取ったマリューは、なんとなく可笑しくなり小さく笑みを漏らした。
 そして、そのままネオの方に向き直ると「じゃあ、艦内をご案内しますわ」と笑顔を見せる。
「えっ?!」
 そう言ってスタスタと歩き出したマリューに、ネオは驚いた声を上げていた。
「あら?行かないんですか?」
 扉の前で立ち止まったマリューは振り返りながら首を可愛く傾げると、ネオをからかうような軽いノリでそう口にする。
 そんな仕草、反則でしょ?と思ったネオは、大慌てで「艦長さんからの艦内デートのお誘い、お断りできませんね」と満面の笑みでマリューの後ろに付いて行くのだった。



「最初に艦橋にご案内しますね」
 乗り込んだエレベーターのパネルを操作しながら、マリューは隣に立つネオにそう声を掛ける。
 彼女が押したパネルのボタンを覚えようと、その手元を覗き込んでいたネオは「あぁ」と短く返事をしただけ。
 その真剣な横顔をみたマリューは、滑らかに動き出したエレベーターの中で、再びふわりと微笑を漏らしていた。

「元々、この艦も連合に属していましたから……それほど中の作りは変わらないとは思いますけど」
 マリューがそう告げると同時にエレベーターの扉が開いた。
 その向こう側に見えた光景から……この通路を左に進んだ突き当りに艦橋があるのだろう……という映像が一瞬だけネオの頭をかすめる。
「ん〜、そうかもしれないな」
 何か納得したような言葉を返したネオの予想通り、左に曲がったその突き当たりに艦橋への扉があった。

 何も躊躇うことなく、マリューはその扉を開ける。
 シュンッという特有のエア音を響かせて開いたその奥に、広々とした空間が広がっていた。
「あっ!艦長?!」
 最初にマリューの姿に気付いたのは、目の前の席に座っていたチャンドラ。
「士官室に行かれたんじゃなかったんですか?」
 その声に気付いたミリアリアが、驚いたような声を上げた。
「ついでだから、ロアノークさんに艦内を案内しようと思って」
 突然の事で、驚かせてごめんなさいね……と苦笑しながらマリューがクルーに声を掛けている。
 そして、彼女の後ろを付かず離れずの距離で歩いてくるネオの姿に、その場のクルーが息を飲むのが分かった。
 その雰囲気を感じ取ったマリューが口を開こうとした時、小さく「うふふふ」と笑う声が聞こえる。
「……ミリアリアさん?」
 彼女が口元を押さえて笑いをこらえている様子に、マリューが恐る恐る声を掛けると「す、すみません」と相変わらず笑ったままミリアリアが答えた。
「あまりにも『そのまま』だったもので……」
 彼女のその一言に、固まったままだったノイマンまでもが顔をほころばせながら「確かにな」と相槌を打つ。
「えっ?」
 クルー達が何を言っているのか、イマイチ理解出来ていない様子のマリューが不思議そうな表情をすると、その後ろにいたネオも首を傾げる。
「いえ……艦長達が入って来た様子が、あまりにも昔のままのような感じがして……」
 そうミリアリアが答えると「そんな事をロアノーク大佐殿に言っても、分かりませんよね」と、笑いながらノイマンが付け足す。
「……何の事だ?」
 相変わらず話の中身が見えていないと言った様子のネオが、思わずパイロットシートに座るノイマンに問い掛ける。
「……もぅ、みんなして」
 はぁーっと小さく溜息をついたマリューは、ほんのりと頬を朱に染めながらそう呟く。
「はぁ??」
 全く訳が分からないという様子で、ネオはマリューの方に視線を落とす。
「と、とりあえずですね……今日から一緒に行動してくれるのでしたら、まずは自己紹介して頂けます?」
 後ろから覗き込むようにしているネオに、マリューは振り返りながらそう告げた。
「あ〜、そうだな」
 ははははっと笑いながらも、ネオは背筋を伸ばすと、凛とした声で名を名乗る。
 その様子を隣から、嬉しそうな温かい表情でマリューは眺めていた。



 艦橋を後にした2人が向かった先は、食堂だった。
「艦橋と士官室との中間地点……と言ったところかしら?」
 そう言いながらマリューは食堂内に足を進める。
 その真横に並んで歩いていたネオは「ほぉ〜」と、間延びした相槌を返す。
「こちらは、一般の食堂よ。時々ミィーティング・ルームになったりもしますけど」
 そう笑顔で説明するマリューに、ネオはぐるりと室内を見渡し「なるほど」と納得の様子を見せた。
 そして「まぁ、こういう所の作りは似たような感じだな」と、1人でうんうんと頷く。
「じゃあ、次に行きましょうか?」
 マリューがそう促すと、ネオがその腕をぐっと引っ張った。
「きゃぁっ!」
 1歩足を踏み出した途端、ネオに引き戻された形になったマリューは、驚いて後ろを振り返る。
「なぁ、せっかくの艦内デートなんだからさ、1人で先に歩いて行くなよ」
「えぇっ?!」
 突然ネオがそんな事を口走り、マリューの顔が一気に朱に染まる。
「わ、私は、艦内デートだなんて言ってません!」
 焦ったマリューが、しどろもどろにそう答えると、ネオが「えっ?俺はそのつもりだったんだが……」と、いけしゃあしゃあと答えた。
 その答えに少しばかり肩を落としたマリューが「貴方は、艦内を女性が案内してくれる度に、デートのつもりだったんですか?」と溜息交じりで問いただす。
「いや……デートだなんて思ったのは、アンタが初めてだよ」
「……ぇ?」
 先程までの軽い笑顔ではなく、真剣な眼差しで自分を見つめるネオに、マリューの思考が一時停止する。
「何て言うのかな……アンタと行動を共にしているっていうだけなのに、こう……胸の奥が温かくなるって言うのかな……」
 あ〜、上手く表現出来ないぜ!と言いながら、自身の髪をわしゃわしゃと掻き毟る姿に、マリューは思わず「……それは、私もですから」と小さく告げる。
「えっ?今……何て?」
 俯きながらそう答えたマリューの顔を覗き込むように、ネオが再度、答えを聞き出そうとする。
 ネオのニヤリとした表情を見たマリューは「つ、次……行きますよ!」と、慌てて食堂を出て行こうとした。
「あ、待ってくれよ!艦長さ〜んっ!!」
 置いて行かれまいと、ネオは慌ててその後姿を追いかけるのだった。



 次々と、艦内の主立った場所を案内しているうちに、小1時間が経過しようとしていた。
「それじゃあ次は……」
 次の場所に案内しようとしたマリューの言葉を遮るかのように、ネオが「あのさ……」と何かを問い掛けてきた。
「何ですか?」
 思わず立ち止まり、マリューがネオを振り返る。
「この艦の中で、艦長さんのお気に入りの場所って何処なのかって思ってさ」
「お気に入りの場所……ですか?」
 予想外の質問に、マリューはきょとんとした表情のままネオを見上げている。
「あぁ。艦長さんが落ち着ける場所って言うか、和める場所って言うか……」
 そう訊ねられ、マリューは「う〜ん」と考えを巡らす。
「そうねぇ〜……モビルスーツデッキのキャットウォークとか」
「はぁ?モビルスーツデッキ?!」
 マリューの答えがネオの予想範疇を大幅に超えていたようで、通路の向こう側まで響きそうな声を上げる。
「……艦長さんって、もしかしてパイロットだったのか?」
 今度は、ネオの発想がマリューの予想を超えていたようで、思わず噴出しながら「ち、違いますけど……」と告げた。
「はぁ??」
 答えの見えない様子のネオに、笑いをこらえながらマリューは言葉を続ける。
「私、以前はモビルスーツの開発や整備に携わっていたんです。だから、あの雑然とした雰囲気が好きなんですよ」
「え?アンタ……モビルスーツの開発してたのか?!」
 人は見かけによらないモンだなぁ〜と言いながら、ネオはマリューの全身を嘗め回すように見つめる。
「それに……」「ん?」
 そんな視線を無視するかのように言葉を途切ると、マリューはくるりとネオに背を向け、ほんの少しだけ俯く。
「モビルスーツデッキにいると、私は1人じゃない……ココには、みんないるんだっていう……そんな安心感があるの」
 単純に言うと、淋しくないって言うのかしら?と言いながら、マリューは再びネオの方に向き直る。
「……淋しくなったら、モビルスーツデッキに行く……って事か?」「えぇ」
 そう言いながらニッコリと笑うマリューに「なるほどねぇ〜」と、ネオが納得の笑みを返す。

「じゃあさ、反対に……1人になりたい時に行く場所ってあるのか?」
 話をしながら足を進めるマリューの背中に向かって、ネオが再び問い掛けた。
「1人になりたい時は、艦長室に閉じこもっちゃうか……もしくは、後部デッキから外を眺めてるかしら?」
「後部デッキ?」
 外が眺められる場所があるのか?と、ネオはマリューに聞き返す。
「えぇ。宇宙に出た時、その後部デッキから外を眺めて、1人で物思いにふけって……」
「何と言うか……ロマンティックだな」
 そう言いながら、ネオがおどけた様に笑っている。
「じゃぁ、後でご案内しましょうか?その後部デッキに」
 でも今はドックの様子しか見えませんから、ロマンティックじゃないですけど……と、マリューは振り返って苦笑している。
「それでもいいから案内してくれよ。せっかくの艦内デートなんだし」
「……もぅ」
 仕方ないですわねぇと言いながらも、マリューは後部デッキにも案内する事にしたのだった。


 エア音と共に、その部屋に続く扉が開く。
「こちらが、後部デッキよ」
 そう言いながら自分の方を振り返るマリューに、ネオは「へぇ〜」と相槌を打ちながら、強化ガラス貼りの大きな窓を見つめる。
 確かに現在はドッグの中であり、見える景色と言えば、傷ついた船体を覆うように大勢の作業員が張り付いて修理をする姿である。
「よく宇宙にいる時はここに座って、果てしなく続く真っ暗な空間を眺めてました」
 あぁ、海底を航行していた時も、よく来ましたわ……と、壁際に並んだベンチに座り、笑顔を浮かべながらネオに話しかける。
 それを聞いたネオは、マリューの右隣に腰を下ろすと壁にもたれ、少しだけ上を向くと瞳を閉じた。
「これだけ広い窓から宇宙が見えると、なんか落ち着きそうだな」
 きっとそんな様子を想像しているのだろう。
 瞳を閉じたまま呟くネオの横顔に、マリューは「そうですね」と声を掛ける。

「宇宙の中もですけど、海底の様子も良かったですよ」
「そうなのか?」
 彼女の言葉に目を開けたネオが、もたれていた身体を起こすと、マリューを見つめた。
「えぇ。”サマー・スノー”って言うらしいんですけどね」
 おもむろに立ち上がり窓際に移動したマリューが、首だけでネオの方を振り返ると、同じようにネオも立ち上がり窓際に近付く。
「海の中に雪が降る……のか?」
「雪のように見えるのは、本当はプランクトンなんでしょうけど……。でもそれが、まるで雪のように白く光りながら海の中を舞う様子は、ここが海底だという事を忘れるくらいでしたわ」
 深い海の底なのに、まるで地上の雪景色みたいでしたわ……と、まるでその情景が目の前に見えているかのように、マリューが説明する。
 彼女の隣に立ったネオは「いつか見てみたいもんだな。その”サマー・スノー”ってヤツをさ」とマリューに微笑みかける。
「そうですね。この争いが終われば……それも可能でしょうね」
 そう微笑み返したマリューは腕時計ををチラリと見ると「いつまでも、ここで油を売ってる場合じゃないですわね」と言い、くるりと踵を返す。
「あ〜、あとは俺の部屋だっけ?」
 通路に向かって歩き始めたマリューにネオがそう声を掛けると「そうですよ」と振り返りながら答える。
「りょーかい」
 おどけたように返事をしたネオは、少し前を歩いていくマリューに追いつこうと、小走りに後部デッキを後にした。



 後部デッキから士官室へと向かう途中、ネオは戦艦には不釣合いな物を目にした。
「なぁ」「はい?」
 ネオが足を止めてマリューに声を掛ける。何かと思って振り返ると、ネオはドアの前にかけられている『天使湯』の暖簾をまじまじと見ていた。
「……この部屋、一体何だ?」
「あぁ、その部屋は……元々は一般兵用のシャワールームだったんです」
 そう言いながら、マリューが少し困ったような笑顔を浮かべている。
「元々は……って事は、今は何の部屋なんだ?」
 なんとなく説明しづらそうなマリューを気にするでもなく、ネオは不思議そうな表情で訊ねる。
「……今は、温泉をイメージしたお風呂になってます」
「温泉?!……って、どういう事だ?」
 驚いた表情で再び問いかけてくるネオに、マリューは「地熱で暖められた地下水が、色々な成分を含んで地表に出てきたものです」と、手短に温泉の説明をする。
「いや、そうじゃなくて……」「えっ?」
 マリューの答えにガクッと肩を落としたネオが「なんで戦艦に温泉があるのかって聞きたかったんだけど」と溜息をつきながら呟く。
「あ……そういう意味ですか」
 パンッと手を打ったマリューに、ネオは心の中で「意外と天然なのかもなぁ」と苦笑する。

「温泉に浸かると、身も心もリラックス出来るんですよ。だから、みんなにも疲れた身体や心を癒してもらおうと思って……」
 そう言いながら、マリューがほんの少し恥ずかしそうな顔を見せる。
「もしかして、艦長さんが発案者?」「えっ?!……そのぉ……」
 そう指摘されたマリューがいきなり焦ったように反論を始めた。
「た、たまたま私が「温泉があると癒されますよね」って言ったら、マードックさんが……勝手に作っちゃったんです」
 あたふたしながら説明するマリューを見たネオは、笑いをこらえる事が出来ず、思わずクククッと声を出してしまう。
「確かに……笑われても仕方ないかもしれませんけど……」
 先程まで慌てていたマリューがネオに笑われた事で、急に口元を軽く尖らせるかのようにしてプイッとそっぽを向いてしまった。
「い、いや……アンタって、艦長なんてやってる割りにさ、意外と可愛いんだなって思って」
 何と言うか、仕草とか発想とかさ……と、言葉を続けたネオに、マリューは絶句し、顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
 彼女の反応を嬉しそうに眺めていたネオは、思わずその手を取ると「せっかくだから、この中も案内してもらいたいし〜」と、半ば強引にマリューをその部屋に連れ込んだ。

「ち、ちょっと!!きゃぁぁぁ〜っっ!!」
「おいっ!何も叫ばなくてもいいだろっ!何もしないって!」
 突然、我に返ったかのように驚いたマリューの叫び声が、男湯の脱衣場いっぱいに響き渡る。
「だって!ココ、男湯じゃないですかっ!!誰か入っていたら、どうするんですか?!」
 ジタバタしながらそう反論したマリューに、ネオは落ち着いた様子で両手を彼女の肩に乗せた。
「誰も入っていないってーの!っつーか、俺が女湯を覗きに行く方が問題だろ?」
「……あっ……!」
 言われてみれば確かにそうだ。
 いくらマリューが案内しているからと言って、ネオに女湯を見せる事は出来ない。
 そう言われて妙に納得したマリューは「そ、そうですね」と、再び赤くなりながら小さな声で返事をした。
「心配しなくても、俺はさっきシャワーを浴びたばかりだからさ。アンタと一緒にお風呂に入ろうなんて、今は誘わないよ」
「……よかった……」
 ネオの言葉を聞き、なんとなく安心したマリューがホッと胸を撫で下ろした次の瞬間……「それは、また今度な」と、ネオがウィンクをする。
「はいはい。今度にして下さ……えぇっ?!」
 すっかり安心しきっていたマリューは、ついネオの言葉に乗せられかけ、驚いた顔で目の前の人物を見上げる。
「……やっぱ、艦長さんって可愛いわ」
 マリューの反応に、再び笑いを堪える事ができなくなったネオが、クスクスと笑いながらそう言う。
「もうっ!!知りませんっ!」
 そう言うとマリューは、真っ赤な顔に少し怒った視線で、キッとネオを睨みつける。そして「あなたのお部屋に行きますわよ」と言うと、さっさと部屋を後にしようとする。
「はいはい、今、行きまーす」
 怒られているのにもかかわらず、ネオは笑顔のままマリューの後ろにくっついて天使湯を後にした。




 士官室の扉がいくつも並んでいる通路を歩いていたマリューは、ある扉の前で立ち止まる。
 そして、そのロックコードを壁のパネルに打ち込む。
 2年前と同じ……すっかり自分の指に馴染んでいた4桁の数字を入力すると、すぐに緑のランプが灯った。
「こちらがあなたのお部屋になります」「あぁ」
 開いた扉から差し込む光だけでは、真っ暗な室内の様子は見て取れない。
「この部屋のロックコードは、後でご自分の好きなナンバーに変更して下さいね」
「ん、分かった」
 そう説明しながら先に部屋に入ったマリューが、壁のスイッチに手を触れると、すぐにその室内が明るくなる。

「本来は2人部屋なんですけど……クルーの数が少ないですし、お1人で使って下さい」と部屋の中程まで足を進めたマリューが、振り返りながらそう告げる。
 そういわれたネオは、室内をぐるりと見渡し、両側の壁際に備え付けられているベッドを見て「そのようだな」と納得する。
「一応、こちらにシャワールームとトイレはありますし。あぁ、クローゼットは、2つとも使って頂いて構いませんから」
 マリューは部屋の中をぐるぐると歩きながら、一通り説明をする。
 そして、真後ろに立っているネオの方を振り向くと「今までの説明で、何か分からない事ありましたか?」と、軽く首を傾げた。
「今のところは、無い……かな?」
 そう言いながら、ネオは右側のベッドにドサッと腰を下ろした。
 そして一瞬の間の後、おもむろにネオが口を開いた。
「で……いいのか?」「はい?」
 突然の問い掛けに、マリューは不思議そうな顔でネオの目を見る。
「この部屋……ムウってヤツが使ってた部屋なんだろ?」
「えぇ、そうです」
 ネオが恐る恐る問い掛けた事に対し、マリューは何か吹っ切れたような笑顔であっさりと答えた。
「あなたが使いたいと思ったのでしょう?」
 だったら、何も問題ありませんから……と、彼女は相変わらず微笑んだままネオの目の前に立っている。
 そんな彼女を見たネオは思わず立ち上がると、マリューの手を取る。
「ありがとな」「いえ……」
 マリューの温かい手を握っていたネオは、そのままゆっくりと引っ張る。すると、彼女は抵抗する事なくネオの腕の中に納まった。

 この日、2度目となるネオからの抱擁に、マリューは内心ドキドキしながらもその身を委ねる。
 そのまま2人は、しばし無言のままお互いの身体を抱きしめていた。
 そして、おもむろに顔を上げたマリューにネオが「アンタの事、好きになってもいいか?」と真剣な眼差しで訊ねる。
「……抱きしめておいて、今更そんな事を聞くんですか?」
 その顔に笑みを浮かべたマリューが恥ずかしそうに小声で答えると、ネオは「それも、そうか」と納得したような微笑みを返すと唇を重ねた。

「不確かな俺の記憶に、確かな何かを思い出せればいいんだけど」
 長い接吻の後、ようやく唇を離したネオが彼女に吐息がかかりそうな距離でそう囁く。
「思い出さなくても……確かな記憶を、これから創って行けばいいんです」
 そう告げたマリューは、今度は自分から触れるだけのキスをムウの唇に落とす。その行動に少しだけ驚いた顔をしたネオが、再び笑みを浮かべる。
「じゃあ、手伝ってくれるか?俺の新しい記憶創りに」
「えぇ」
 マリューが短くそう言って頷くと、ネオは「サンキュ」と優しく囁き、更に強く彼女を抱きしめるのだった。
 ……もう二度と離さない……そう自らの心に誓って。


え〜、ブログキリバンのニアピン『6667』を踏まれた高崎さまからのリクエストが
「お風呂発言の時みたいなノリで艦内デート」という事でしたので
ネオがマリューさんに艦内の案内をお願いする→内心は艦内デートv的なお話にしてみました。
時間軸としては『邂逅する心』の直後のつもりです(苦笑)

「ラブラブ手つなぎ」のつもりが、気付いたら抱きしめていました(核爆)
う〜ん、さすがネオだ……侮れん
って、書いてるの自分でしょっっ!(自爆)

高崎さま〜!中途半端な甘さのお話になっちゃいましたが、どうぞお持ち帰り下さいませ。



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