早速、翌日からムウも参加して、子犬の里親探しが始まった。
 ……のだが、実際、何人かの知り合いにも声を掛けてみたが、それぞれが「単身赴任中だから」とか「実は、もう1匹飼ってるんだよ」などという答えで、一向に埒が明かない。
「いざ探そうとすると、意外と見つからないもんだな……里親って」
 行政府へ出向いていたムウは、エレカのハンドルを握りながら、そうため息をついた。
 ムウは軍内の人間だけでなく、仕事で出向いた先の行政府……カガリにまで相談を持ちかけたのだった。
 しかし、現在代表首長としての責務に追われているカガリに「子犬をもらってくれ」とは、さすがのムウも言う事が出来なかった。
 結局「行政府内で、子犬の里親になってくれる人がいらた連絡して欲しい」とお願いするだけに留まったのだ。

 マリューに「きっと飼ってくれる人が見つかるよ」などと言った手前、なんとしてもあの子犬を貰ってくれる人を探さなきゃならない。
 でも、軍人である者たちは不規則な生活故に、なかなか首を縦に振ってくれなかった。

 なんとなく苛立ちを感じたムウは、近くにあったコンビニで缶コーヒーを1本購入すると、エレカにもたれながら空を仰ぎ、買ったばかりの冷えたそれを一気に飲み干す。
「あら、フラガさん!」
 飲み終わった缶をゴミ箱に捨てようとした時、突然背後から声を掛けられ、ムウは慌てて振り返った。
「あ?ヤマト婦人?!」
 そこにいたのは、買い物袋を両手に提げたカリダだった。
「こんな時間に、珍しい場所でお会いしましたわね」
 ニコニコとしながら近付いてきたカリダに、ムウは「今、行政府の方へ出向いていたんでね。その帰りですよ」と説明する。
「そうだったんですか」
 いつもの優しい笑みでそう答えるカリダに「もしかして、買い物帰りですか?」と逆に訊ねる。
「えぇ」と短く答えたカリダに、ムウは「じゃあ、乗ってください。俺が送って行きますよ」と、すぐさま助手席のドアを開けた。

「ごめんなさいね、お仕事の途中でしたでしょ?」
 買い物の袋を膝の上に乗せたカリダが、申し訳なさそうにムウに話しかける。
「いえ、気にしないで下さい。あとは、本部で報告書を出せば今日の仕事は終わりですから」
 信号が赤になり、ブレーキを踏みながらムウが答えた。
 と、目の前の横断歩道を、犬を連れた老夫婦がゆっくりと通過して行く姿を目にし、思わずムウは口を開いた。
「そう言えば、子供達が拾ってきた、あの子犬は元気ですか?」
「えぇ、子供達だけじゃなく、私達にも懐いてきましてね。毎日「今日は僕が一緒に寝るんだ」って、子供達は子犬の取り合いをするくらいですよ」
 あまりにケンカするものですから、子犬のローテーション表を作ったんですよ……と、可笑しそうに笑いながらカリダが教えてくれる。
「子犬の取り合いですか〜」
 へぇ〜と感心しながらも、子供達のそんな様子が目に浮かんだムウも、思わずクスッと笑みを漏らした。

 孤児院に到着し、カリダがエレカから降りようとした時、ムウは思わず彼女に声を掛けた。
「あの、ちょっと相談なんですけど……」
「何ですか?」



 翌日の晩。

 夕食直前に帰宅したムウは、玄関を入るなり「マリューッ!」と大声で叫ぶ。
「おかえりなさい……って、どうしたの?!」
 少々驚いた様子でムウを迎えたマリューは、突然抱きついてきたと思ったら、頬にキスを繰り返す相手に困惑する。
「ちょっと、ムウ!いきなり何なの!」
 捕まえられて身動きの取れないマリューは、思わずムウの両頬を手で挟むと、ぐいっと自分から離す。
「やったぞ、マリュー!」「だから、何なんです?!」
 話の核心を話さないムウを、マリューは少し睨みつける。
「あの子犬の飼い主が……里親が見つかったぞっ!」
「えっ?!それ、本当?」
 満面の笑みでそう報告するムウに、マリューは「ありがとう!」と、今度は自分から抱きついた。
「さっき電話があってな。早速、明日にでも引き取りたいって言ってくれたんだ」
 えぇ?!と驚きを隠せないマリューが「やっぱり彼方は”不可能を可能にする男”ね」と笑っている。
「明日は俺達、非番だろ?だから、一緒にあの子犬を連れて行かないか?」
「えぇ、私も一緒に行って、お礼を言いたいわ」
 じゃあ、早速、病院の先生に電話して、明日引き取りに行くって伝えなきゃ!とマリューはムウを見つめながらそう告げたのだった。



 獣医から怪我の回復が順調だと聞いた2人は、治療費を支払い礼を述べると、ここへ来る途中で購入したキャリーバッグに子犬を入れ、里親の元へとエレカを急がせた。

 海岸沿いの道を走る車内で、マリューはふと首を傾げる。
「ねぇ、ムウ」「ん?何だ?」
 前方を見据えたまま、ムウが不思議そうな声をあげる。
「この子を貰ってくれる里親って、どなたですか?」
 昨日は嬉しくて、肝心な事を聞くのをすっかり忘れていたマリューは、窓の外の景色を気にかけながら訊ねた。
「あぁ……もうちょっとで着くから、すぐに分かるよ」
 何やら含み笑いをしたムウに、マリューは「この近く?」と思考を巡らせる。

 ……この道って、いつも孤児院へ向かう道だわ。あと5分もすれば着くけど……
 マリューはそんな事を考えながらも、もしかすると孤児院の近くの牧場の人かも?と、思考を巡らせる。
「里親さん、優しい方だといいですね」
 どんな人がこの子を待っているのだろう?と考えていたマリューの口から、そんな一言が漏れた。
「ん、大丈夫だよ。みんないい人達だから」「え?」
 当たり前のようにそう言うムウに、マリューは不思議そうな顔をする。
 が、ムウの言う事だから間違いはないだろうと思ったマリューは、微笑みながらキャリーバックの中の子犬を見つめた。
「……でも、せっかくこの子と出逢えたのに、もう会えないかもしれないって思うと、ちょっとだけ寂しいわ」
 ほんの少しだけ寂しそうな表情をしたマリューに、ムウは「それも大丈夫だよ」とニヤリと笑う。
「大丈夫って、どういう事?」
 ムウの言っている意味が理解出来ないマリューは、不思議そうな表情で彼の横顔を見つめる。
「それも、もうすぐ分かるから」
 信号待ちでブレーキを踏んだムウは、首をかしげてこちらを見ているマリューにウィンクをして見せた。
「もうすぐって……秘密が多すぎます!」
 はっきりしない態度のムウに、マリューは「もうっ」と、ため息をつくしかなかった。 

 それから程なくして、エレカは見慣れた場所に到着した。
「ムウ、ここって……」
 降り立った場所は、マリューもよく知っている、マルキオ導師の孤児院。
「あぁ、ここのみんなが貰ってくれるって言ったんだ」「えぇ〜っ?!」
 なんで最初にそう言ってくれないんですかっ!と、マリューはつい大声でムウを問い詰める。
「ゴメンゴメン。びっくりした?」
 ココならば、いつでもこの子犬に会えるだろ?と、全く悪びれた様子の無いムウに、マリューは苦笑するしかなかった。
 その時、エレカの音を聞きつけた子供達が、建物の中から「あ〜、子犬が来たぁ〜!」と叫びながら走り出してくる。
 そして、マリューの抱えていたキャリーバッグを我先にといった様子で覗こうとする子供達の様子に、つい2人も表情が緩んでしまう。
「ほら、こんな大勢の子供達が、お前の事を待っていてくれたんだぜ」
 キャリーバッグの網目から鼻先を突き出すようにしている子犬を、ムウは指先でつつきながら笑っている。
「あぁ、フラガさん。お待ちしていましたわ」
 みんな、お2人に挨拶はしたのかしら?と、カリダはマリューの周りに纏わりついている子供達に声を掛けると「こんにちは!」と大きな声がすぐさま返って来た。
 そんな子供達につられて、2人も「こんにちは」と挨拶をする。
「ほらほら、みんなも部屋に入りなさい」
 カリダの誘導で、ワイワイと騒いでいた子供達も「はーい」とおとなしく建物の中に入って行く。
 そして、ムウとマリューもカリダに案内されて、南の庭に面したリビングへと足を踏み入れた。

 通されたその部屋のソファーには、すでにマルキオが座っていた。
「お待ちしておりましたよ、フラガさん」
 ドアの方を振り返りながらそう言うと、まるで見えているかのように立ち上がり、ムウの目の前に手を差し出す。
「いえ、こちらこそ。無理を言ってしまいました」
 そう挨拶をしながら、ムウはマルキオと軽く握手を交わし、お互いに向かい合ったソファーに腰を下ろす。
 ムウの隣に座ったマリューは、背後のざわざわとした気配に気付き、思わず後ろを振り返った。
 そのマリューの真後ろ……隣の食堂へと続くドアの隙間から、顔を出している子供達の姿が見え、ついクスッと笑みを漏らす。
「もう、待ちきれないみたいですね、子供達は」
 マリューが思わずそう言うと、同じように気配に気付いていたマルキオが「隠れていないで、みんな入ってきなさい」と優しく声を掛けた。
「ほら、子犬を出してやりなよ」
 ムウのその一言で、マリューは膝の上に置いたキャリーバックを開けると、すぐに中から子犬が顔を出す。
 キャンキャンと鳴く子犬の声に反応して、扉の向こうから雪崩れ込むように子供達がリビングに走りこんできた。

「うわぁ〜、かわいいっ!」
 子供達はすぐさまマリューの周りに集まり、代わる代わる子犬の頭を撫でている。
「むくむくして、縫いぐるみみた〜い」
 1人の女の子が、ニコニコしながらそう言うと、他の子達も口々に「本当だぁ」と笑顔を輝かせる。
 その様子を見ていたマリューは、キャリーバッグの中から子犬を抱き上げると、目の前の女の子の胸元に「抱っこしてあげて」と手渡す。
「ありがとぉっ!」
 子犬を抱いたままその女の子が礼を述べると、周りにいた仲間達も一斉に「ありがとーっ!」と声をあげる。
「お前ら、この子犬の面倒をちゃんと見て、可愛がってやるんだぞ」
 念を押すかのようなムウの言葉に、子供達は「はいっ!」と、これまた声を合わせて返事をした。
「……庭に出してあげてもいい?」
 子犬の頭を撫でていた男の子がマルキオの方を振り返り、そっと訊ねる。
「えぇ、いいですよ。みんなで一緒に遊んできなさい」
 優しく微笑みながらマルキオが言うと、子供達は喜びながら、庭に面した扉から出て行った。

 子供達が開け放って行ったままの扉を閉めようとマリューが立ち上がると、その気配を察したマルキオが「いい風が入ってきますから、このままでよろしいですよ」と声を掛ける。
「マルキオ様がそうおっしゃるのでしたら……」
 マリューはそう言うと、改めてソファーに腰を下ろす。
 と同時に、紅茶を乗せたトレイを持ったカリダがリビングにやって来た。
「……あら、あの子達、もう子犬と遊んでいるんですね」
 紅茶をカップに注ぎつつ、カリダは庭から聞こえる子供達の声につい微笑みを漏らした。

 その時、新しい子犬を抱えた女の子とマリーを抱えた男の子を先頭に、その後ろからは子供達がぞろぞろとリビングに戻って来た。
「導師さまぁ〜!」
 バタバタとリビングに入って来るなり、子供達はそう言いながらマルキオの元に集まる。
「どうしたのですか?」
 いつものように優しい口調で子供達に話しかける。
「あの……この子の名前、また僕達で付けてもいいですか?」
 リーダー格らしい大柄な男の子が、おずおずとマルキオに切り出す。
「えぇ、みんなで考えて、良い名前を付けてあげなさい」
 マルキオがそう言うと、子供達は口々に「やったぁ〜!」と喜びの声を挙げた。
 そして、すぐさまその場で名付け会議が始まったのだ。

「この子、男の子だからさ……今度はカッコイイ名前にしてやろうぜ」
「毛色が金髪っぽいからさ、アカツキってどぉ?」
「なんで子犬にモビルスーツの名前付けるのよ〜っ!」
「じゃぁ、最強のフリーダム!」
「それも、モビルスーツじゃないの〜」

 マルキオ達の目の前で、子供達が次々と名前を挙げて行く。
 でも、何故か出てくるのはモビルスーツの名前ばかりで、女の子達は否定的だ。
 その時、子犬をずっと抱いていた女の子が、その頭を撫でながら「むくむく、むくちゃん」とポツリと漏らす。
「むくちゃん?」
 その小さな呟きを、リーダー格の男の子は聞き逃さなかった。
 何かを思いついた彼は「ちょっとちょっと」と、子供達に手招きをして顔を近づけると、何やらボソボソと相談を始めた。
 そして「それ、いい!」と誰かが大きな声を挙げると、全員が「うん!」と口々に肯定する。

「名前、決まりましたか?」
 その様子を感じ取ったマルキオが子供達に問い掛けると、全員から「はい!」と元気のいい返事が返ってきた。
「この子の名前『むー』にしたいんです」
「どうして『むー』がいいのですか?」
 楽しげな様子の子供達に、マルキオも笑顔で問い掛けた。
「この子、毛がむくむくしてるし」
「まん丸な目が、青空みたいだし」
「僕達と一緒に遊んでくれるし」
「男の子だし」
 子供達が順に、名付けた理由らしきものを延べ始める。
「それに、さっき……マリーの後を追っかけてたし」
 その一言を聞いた子供達がクスクスと笑い始める。と同時に、カリダも思わず噴出してしまう。
「それ……どういう意味だ?」
 並べられた名付けの理由に、何か嫌な予感のしたムウが、思わず口を挟んだ。
「だって、庭に放してやったら、マリーの後ろにぴったりくっついて離れないんだもん」
「なんかさぁ、フラガおじさんを見てるみたいだったんだよなぁ」
「いつも、ラミアスさんの横に、ぴったりとくっついてるじゃん!」
 リーダー格の男の子のとどめの一言で、子供達とマルキオ、そしてカリダまでもが笑い声を上げる。
「はぁぁぁ〜っ?!」
 お前ら、何だよっ、それ?!と納得いかないムウは大声をあげるが、隣に座っているマリューは、顔を真っ赤にして絶句している。

 お腹を抱えて笑い続けていた子供達だったが、そのうちの1人の女の子が「だから、フラガさんの名前をもらって『むーちゃん』にしたいんです」と、目尻の涙を指で拭いながら答えた。
「俺の名前を使っていいとは、俺は一言も言ってないぞっ!」
 ムウは頭を掻きながらジロリと子供達を一睨みするが、全員から満面の笑みで微笑まれ、返す言葉を失ってしまう。
「でも、フラガさんのお名前を頂いたのならば、きっとこの子は強くて優しい子に育ちますよ」
 マルキオが微笑みながらそう声を掛けると、さすがのムウも「導師様にまで言われちゃ、反論できないか……」と苦笑する。
 すると、待ってましたとばかりに、子供達は「じゃぁ『むーちゃん』だぁ!」と大喜びする。
「……悪いクセまで似なきゃいいけど」
 大騒ぎする子供達の喧騒の中、先程まで絶句していたマリューが、そう小さく呟く。
「ん?何か言ったか?」「い、いえ……別に」
 突然ムウに聞き返され、焦りながらそう答えると「あ、そう?」とムウはあっさりと納得してくれ、マリューはホッとため息をついた。
 そして、そのやり取りをずっと見ていたカリダは、1人でクスクスと笑っていたのだった。

ブログカウンター『4444』をゲットされた、かのん様よりのリクエストが「犬を拾いたいマリューさん」でした。
あくまでも「買う」のでなく「拾う」方向という事でしたので、こんな感じになってしまいました(^^ゞ
ムウに言うのを少し躊躇っている感じをもっと出したかったのですが
……あまり出せなくてすみませんm(__)m
かのん様、こんなお話ですが、よろしければお持ち帰り下さい(^_^;)


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