Can’t Stop LOVE!


 社内のスピーカーから、12時を告げる鐘の音が流れる。

「マリューさ〜ん!」
 その声で顔を上げると、そこにいたのは目の前のデスクから顔を出したミリアリアだ。
「なぁに?」
 目の前のパソコンの電源を落としながらマリューが答えると、ミリアリアが彼女のデスクに近付いて来る。
「今日は久々に、外でランチしませんか?」
 お出かけ用のポーチを手にしたミリアリアがそう聞いてくると、マリューも「そうね」と微笑み返す。
 そして引き出しから財布の入った水色のポーチを取り出し「じゃあ『オアシス』に行きましょうか?」と逆にミリアリアに聞き返した。
「はーい!賛成!」
 そう返事をしたミリアリアは「今日は月末だから、ケバブサンドの日ですね」と嬉しそうに答えた。


 会社を出て1本北の道を入った奥に、その店『オアシス』はある。

「あら、イラッシャイ!」
 入り口のベルが鳴る音で振り返ったのは、カウンターの向こう側にいた黒髪の女性。
「こんにちは〜」「久しぶりですね、アイシャさん」
 ミリアリアと共に店内に入ってきたマリューは、その黒髪の女性に声を掛けるとカウンターに腰を下ろした。
「ホントねー。マリューさんがクルのは、2週間ぶりジャナイ?」
 アイシャはそう笑いながらも、手際よく冷たい水とお絞りを2人に差し出す。
「で、ナニがイイ?」
 お絞りを手にしていたマリューとミリアリアは、ほぼ同時に「じゃ、ケバブサンドセットで」とアイシャに告げていた。
「セットのコーヒーは、何がいいかな?」
 その時、奥の調理場からケバブサンドとサラダを手にした、この店の店主であるバルトフェルドが姿を現した。
「あ、マスター。こんにちは」
 突然現れた店主に、マリューは驚きながらも「じゃあ、私はモカで」と、即座に答える。
 それにつられるかのように、隣に座っていたミリアリアも「私も同じで」と慌てて答えていた。
「かしこまりました、では、少々お待ちを……」
 そう笑うと、カウンターを出て窓際のテーブルのお客へと手にした皿を持って行った。

 目の前の白い皿に乗ったケバブサンドを手にしたマリューに、ミリアリアが「あの〜」と声を掛ける。
「なに?」
 そう聞き返すと同時に、マリューはケバブサンドを一口頬張る。
「ちょっとお願いしたい事があるんですけど……」
「お願いって……何かしら?」
 コーヒーを一口すすり、マリューは逆にミリアリアに訊ねた。
「実は、バレンタインの日に、ココでパーティーをするんです」
「カガリちゃんから『お店を貸切にして欲しい』ってタノマレタの」
 ミリアリアが話し始めたかと思ったら、カウンター越にアイシャも会話に入ってきた。
「バレンタイン・パーティー?ここで?」
 へぇ〜とマリューは納得したような相槌を打つ。
「なかなかカイシャじゃ、オモイビトに告白できないでしょ」
「だから、そういうみんなで集まって何とかしようって、カガリさんが企画したんです」
 ……そう言えば、カガリさんの想い人って、別の会社の人だったわね……そんな事を思い出したマリューは「へぇ〜、カガリさんが」と相槌を打つ。
「あぁ、そうそう。昨日アスラン君がココにキタから、招待状をワタシテおいたワ」
 そう言いながら、アイシャがミリアリアにウィンクをする。
「招待状?」
 アイシャの言葉をマリューはつい復唱していた。

 ミリアリアとアイシャの説明によると、女性が告白をしたい相手をこのパーティーに呼び出す為、他の人の想い人への招待状をお互いに配っているとの事だった。

「……で、マリューさんから、この招待状をイザークさんに渡してもらいたいんです」
「イザーク君って、経理課の?」「はい」
 別にいいけど……と言いながら、マリューは再びコーヒーを一口すすると、改めてミリアリアに問い掛けた。
「あなたの想い人って……ディアッカ君じゃなかったの?」
「これは、フレイに頼まれたんですけど……私、あの人とお話するの……苦手で」
 いつも怒られているような感じなんですもの〜と、ミリアリアは肩をすくめている。
 その様子を見たマリューは苦笑しながらも「分かったわ」と、彼女からピンクの封筒を受け取った。
「あの〜、その代わりと言っては何ですけど……」「え?」
 おずおずと言った様子でミリアリアはマリューの様子を伺っている。
「良かったら私が、マリューさんの想い人に、この招待状を渡してきますけど?」
「……私の?」
 ミリアリアの申し出に、マリューの脳裏に金髪で蒼い瞳の持ち主の笑顔が浮かび上がり、思わず困ったような表情になった。

 ……私の想い人って言われても、フラガさんとは時々ご飯をご一緒するだけだし。そりゃ、あの時は確かにキスしちゃったけど……
 でもあれ以来、キスどころか手だって繋いだ事ないわ。
 それに付き合っているっていう事は、社内の誰にも知られていないハズだし。
 チョコレートも、帰るときに渡せばいいし……って、そもそも私って、フラガさんと付き合ってるのかしら?……

 そんな事を考えていたマリューは思わず「私は……別にいいわ」と、苦笑しながら答える。
 と、同時に、カウンターから身を乗り出したアイシャが「フラガさんへの招待状は、ワタシが渡しておくわネ」とマリューに小さく耳打ちをしてきた。
「なっ?!アイシャさん!何言ってるんですか?!」
「イーからイーから、マカセといて」
 急にあたふたし始めたマリューを他所に、アイシャが「マリューさんも、パーティー参加ケッテイね」ニコニコとしている様子を見たミリアリアは、不思議そうに首を傾げるだけだった。


 その日の夜。
 残業を終えて会社を出たムウは、1人で『オアシス』に足を伸ばした。

 白い扉を開けると、カランカランと柔らかいベルの音が店内に響く。
「おや、珍しいな。こんな時間にお前がココに来るなんてな」
 カウンターでコーヒーを淹れていたバルトフェルドが、ムウの姿を見てそう笑っている。
「あのなぁ〜、こう見えても一応、客なんだぜ」
 いらっしゃいませの一言ぐらい言ってもらいたいもんだね……そう溜息をつきながら、バルトフェルドの目の前の席に腰を下ろす。
「イラッシャイませ。ゴチュウモンは……いつものチキンカレーでイイかしら?」
 奥から姿を現したアイシャが、ムウにおしぼりと水を出しながら笑っている。
「……ん、まぁ、ソレでいいや」
 おしぼりを受け取ったムウは、考えるのも面倒臭いとばかりにアイシャに返事をした。

 先に出されたサラダを突付いていたムウに、バルトフェルドが「そう言えば……」と声を掛ける。
「何か?」
 キュウリを齧りながらムウが問い返すと、バルトフェルドが「お前に招待状だ」と、ピンクの封筒を差し出す。
「招待状?……って、何の?」
 フォークを置いたムウは、その封筒を受け取ると即座に開封し、カードを取り出した。
「バレンタインの日に、ココでパーティーをするんだ。カガリ君主催でな」
 そのカードに目を通しているムウに、バルトフェルドがそう話しかける。
「んで、俺にも出席しろって事?」「ソーいう事」
 カードから目を上げたムウが呆れたような声を上げると、バルトフェルドの隣にはチキンカレーの皿を持ってきたアイシャがいた。
 はい、オマタセ……と言いながら、その皿をムウの目の前に置くと「マリューさんも来るわよ」と告げる。
「えっ?!……何だって?!」
 その一言に驚いたムウは、椅子を倒しそうになりながら立ち上がる。
「お前、最近……ラミアスさんと仲良くしてるようだな」「なっっ?!」
 クククッと笑いながら、バルトフェルドが意地悪そうな笑みを浮かべている。
「ワタシも見たわヨ〜。マリューさんと楽しそうに駅前の回転スシ屋で食事シテルのを」
 更に追い打ちをかけるかのように、アイシャもニコニコしながらムウの秘密を暴露している。
「あ、あれはだな……」
 慌てて何かを言おうとするムウだったが、そこから先の言葉が上手く出てこない。
「社内じゃプレイボーイで有名なムウ・ラ・フラガが、ここ最近めっきり大人しいそうじゃないか」
 口ごもるムウを尻目に、バルトフェルドが更に言葉を続ける。
「イママデのフラガさんだったら、オンナの子と一緒にいるのに、肩にもコシにも手をマワシテないなんて、ありえなかったジャない?」
 マリューさんのテも握らずにアルイテルなんて、ジュンアイかしらぁ?と、アイシャは笑っている。
「……ってかさ、いつ見たんだよ」「2週間前の夜だ」
 それを聞いて力の抜けたムウは、崩れるように椅子に腰掛け「そーかよ」とボソッと呟いた。
「で、ドウなのよ。マリューさんの事、どう思ってるワケ?」「ん〜、俺も聞きたいね」
 屈託のない笑顔を浮かべて訊ねてくる2人に、ムウは背中に冷たい物が流れるのを感じ、顔を引きつらせながら「話せる程の関係じゃないよ」と苦笑する。
「じゃ、またアソビ?」「違う!」
 アイシャの冷ややかな問い掛けに、ムウは即座に反論する。
「過去に悲しい思いをした彼女に、また辛い恋愛をさせたくないんだよ……マリュー・ラミアスの友人としてな」
 だから、お前の本心が聞きたいんだ……そう言いながら、バルトフェルドはムウに背を向けるようにして、戸棚のカップを取り出す。
 こちらを振り返ったバルトフェルドの真剣な表情に、ムウは「分かった……」と、その日の行動と自分の本心を話す事にした。
 

 確かにその日の夜、仕事が終わった後にマリューさんと待ち合わせをした。
 そして駅前の回転寿司屋で食事をし、そのまま彼女と一緒に駅まで歩いた。
 他愛のない話をしては2人で笑いあって……そのまま、自分より2つ手前の駅で降りる彼女を、電車の中から見送った。 
 彼女の事が心配だから、一緒に帰り、その後姿を見送る……。

 今は、そんな関係。

 だが、はっきりと言えるのは、ただ彼女を守りたいという気持ちで傍にいるという事。
 これが、今の本心……。
 
 
 事の次第を白状したムウは、カウンターに両肘をついて「はぁ〜」と深いため息を付いている。
「大学時代からあれだけ荒れていたお前が、1人の女性と本気で向き合う気になった……という事ならば、俺は応援するぞ」
 一通り説明を聞いたバルトフェルドがそう言うと、顔を伏せたままだったムウがゆっくりと顔を上げる。
「こんな汚れ切った俺がさ、彼女に触れていいのか、彼女と付き合ってもいいのか……って思うんだ」
 だから、手も握れねぇんだよ……とムウは、自分の右手をまじまじと眺めた。
「こんな俺の事を、彼女はどう思ってくれてるのか……怖くて聞けねぇし」
 2人に話していると言うよりは、自分自身に語りかけているかのようなムウの呟きに、バルトフェルドとアイシャは思わず顔を見合わせていた。
「なるほど。こりゃ、重症だな」「そのようネ」
 真剣な目で自分の右手を見続けたままのムウに、2人は肩をすくめながらそう呟いていた。