琥珀色の優しさ
他の部屋よりも少し薄暗いメンテナンスルームに、ネオは足を踏み入れた。
シュンッという扉の音に気付いた研究員の一人が、上司の姿を確認する。
「あぁ、大佐。あと10分程でメンテナンスは終わりますが……」
その言葉を聞きつつ、ネオはガラスを隔てた向こう側で安らかに眠っている3人の子供たちを見つめた。
「彼らが目覚めたら、私の部屋に来るようにと伝えてくれないか?」
「はい、分かりました」
後は頼むと言い残し、ネオは片手を挙げながらその部屋を後にした。
「なぁ、ネオから呼び出しってさ、また俺達、お小言聞かなきゃならないのかなぁ?」
頭の後ろで両手を組んだ状態で艦内の廊下を歩いていたアウルが、ため息をつきながら隣のスティングに声を掛けた。
「とりあえず俺達の任務は無事に済んだんだ。小さな事で怒られるかもしれないが、大丈夫なんじゃないのか?」
右隣のアウルを振り返りながらそう言うと、2人の後ろから小さな声が聞こえる。
「……ネオ、怒ってる?ステラ、機体に傷つけられちゃったから……」
「だから〜、多少の傷は俺たちだって付けられてるんだから。気にするな」
困ったような笑顔で振り返ったスティングに、ステラは「うん」と消え入りそうな声で答えた。
その頃、ネオは自室の簡易キッチンの前にいた。
目の前の青いケトルから湯気が立ち込めたところで、調理器のスイッチをオフにする。
その時、タイミングを見計らったかのように、部屋のインターホンが来客を告げた。
慌ててデスク上で光っているコンソールボタンを押すと、そこにはリーダー格の少年の姿があった。
<ネオが呼んでるって聞いたから、3人で来たぜ>
モニターの真ん中に立っているスティングがそう言葉を発した。もちろんその両隣には、水色と金色の頭がチラチラと映りこんでいる。
「あぁ、入ってくれ」
そうネオが答えた途端、部屋のドアが開き金色の髪の少女が飛び込んできた。
「ネオ〜!」
焦った様子で小走りに近づいてきたステラを、ネオはしっかりと抱き止めた。そして、彼女の柔らかい金髪をそっとなでながら「どうしたんだ?」と訊ねる。
「ネオ、怒ってる?」
恐る恐るといった様子でネオを見上げているステラに「怒っちゃいないぞ」と口元に笑みを浮かべてみる。
それを見たステラから「よかったぁ〜」と、花のような笑みがこぼれた。
ネオの腕にしがみついていたステラをソファーに座らせると、スティングとアウルの頭をくしゃりと撫でて、同じように座って待ってろと声を掛ける。
そして、キッチンから青いケトルを持って来ると、3人の前のテーブルにそれを置いた。
そこにはすでに、人数分のティーセットと深緑色の四角い缶が準備されている。
「お前たち、紅茶は好きか?」
3人の目の前のソファに腰を下ろしたネオが、四角い缶を手に取りながら3人に訊ねた。
「うん、食堂でいつも飲んでるよ」
ステラがニコニコしながら答えると、隣のアウルが「でも食堂の紅茶ってさぁ、お湯みたいなんだよなぁ〜」とソファーに身を沈めながら答えている。
その様子を微笑みながら見ていたネオが手にしていた缶の蓋を開けると、柔らかい香りがそこにいた全員の鼻をくすぐった。
「まぁ、食堂のは市販の量産品だからな」と笑いながら、ネオは暖めておいたティーサーバーに、スプーン5杯分の茶葉を入れる。
そこに、青いケトルからお湯を注ぐと、ティーサーバーの上からキルティングの袋をかぶせた。
「なんか、すっごくいい香りするんだけど」
いつもは冷静なスティングが、少し興奮しながらネオに問いかける。
「これは、紅茶の本場で見つけた最高級のアールグレイだからな」
「あーるぐれい?」
きょとんとした表情で首を傾げながらステラがネオを見上げていた。
「あぁ、紅茶の種類の事だよ」
他にも種類はあるんだがなと言いながら、ネオは腕時計をちらりと見やる。
「ステラ、この香り……すき」
ふわぁ〜と大きく息を吸ったステラが、幸せそうな顔でネオを振り返った。
「なぁ、飲ませてくれるんだろ?」
アウルが待ちきれないと言った表情でテーブルに身を乗り出すと、その姿に笑みを漏らしたネオが「もう少し待ってろ」と声を掛ける。
そして、再び腕時計を見て時間を確認すると「よし」と呟きながらキルティングの袋を持ち上げる。
「うわぁ〜、キレイ!」
その袋の下から出てきたのは、琥珀色をした液体。
浮遊していた茶葉を、ネオはティーサーバーについているアームでギュッと下に沈めると、目の前に並べてあるティーカップに手際よく注いでいく。
「紅茶って、こんなにキレイな色してんだ〜」
カップに注がれた琥珀色を覗き込むようにして眺めていたアウルが、目をキラキラさせながら喜んでいる。
「飲んでもいいのか?」
今にもカップに手を伸ばしそうになりながら、スティングがネオにお伺いを立てた。
その様子を微笑ましく見ていたネオは、ティーカップを次々と3人に手渡す。
「さあ、お前たちの為に淹れた紅茶だ。好きなだけ飲んでいいぞ」
「いただきま〜す!」
3人は一斉にティーカップに口をつける。
「すっげー美味しい〜っ!」
「こんな美味しい紅茶、ステラ初めて」
「紅茶って、こんないい香りがする飲み物だったんだ」
こぼれそうな笑顔で、三人三様の感想を口にしている。その様子を見ていたネオは、思い立ったように腰を上げるとキッチンに向かった。
「ティータイムには、お菓子が付きものだからな」
そう言うと、3段になっている丸いトレイをテーブルの上に置く。
「これ……食べてもいいの?」
カップを手にしたまま、ステラがネオを見上げている。
「あぁ、お前たちに食べさせてやりたくて、シェフに作ってもらった物だ」
一番上にはクッキーが。
二段目には小さなケーキが。
一番下には、スコーンが乗っている。
「どれを食べてもいいのか?」
これまた興奮した様子でスティングが訊ねてくる。
「ステラ、このケーキがいい」
言うが早いか、イチゴが乗ったピンクのムースをお皿に乗せている。
「あっ、ステラっ!ズルイぞっ!」
どうやら同じものを狙っていたらしいアウルが、すでにステラの口に運ばれているケーキを恨めしそうに眺めている。
「こらこら、ケンカをするんじゃない」
そうたしなめながら、ネオも紅茶を口にした。
胸の奥をくすぐる様な味と香りが、身体中に広がっていく。
それをゆっくりと味わう為に、ネオは目を閉じた。
いつの頃だったのかもう忘れてしまったが、遠い昔……よくアールグレイを飲んでいたような気がする……。
自分一人で飲んでいたのか、それとも誰かと一緒に飲んでいたのか。
こんな風に、ティータイムを楽しんでいた時間は、一体いつの事だったのか……。
ティーカップを持ったまま自分の記憶を辿っていたネオの思考を引き戻したのは、ステラの声だった。
「ネオは、どうして私達をここへ呼んだの?」
ジャムをつけたスコーンを手にしたまま、ステラがネオを真っ直ぐに見ている。
「なんか用があったんだろ?」
ステラの質問に被せるようにして、スティングもネオに問いかけていた。
「いつもお前たちは頑張ってるからな」
……まぁ、ご褒美だと思ってくれて構わないぞと付け足すと、自身もトレイのクッキーに手を伸ばす。
「俺、てっきりネオからお小言があるんだと思ってたよ〜」
アウルがおどけた様子でそう言うと、クッキーをポイッと口に放り込んだ。
「そんなに毎回、お前たちに小言を言っていたか?」
ネオは顎に手を添えながら、少し上を向いて首を傾げている。
「そんな事ないよ。ステラ、ネオの事、好きだもん」
ニコニコと満面の笑みを浮かべてそう言うと、それを聞いたアウルが「さっきまで「怒られる」って、しょげてたクセに」と小声で笑っていた。
「私も、お前たちの事が好きだからな」
じゃなきゃ、こんなティーパーティーなんか開かないぞ……と、口元に笑みを浮かべながら、ブルーベリーのタルトに手を伸ばしていたアウルの額をコツンと小突いた。
「イテッ」
アウルの反応に、そこにいた全員から笑い声が溢れた。
「ネオの淹れてくれた紅茶、なんでこんなに美味しいの?」
2杯目の紅茶を淹れていたネオに、ステラが問いかける。
「どんな紅茶でも、ちゃんとした淹れ方で飲めば美味しくなるぞ」
「食堂の紅茶でもか?」
ネオの答えに反応したのはスティング。
「あぁ、そうだ。ちゃんとした淹れ方だと、ティーバッグの紅茶も美味しくなる」
全員のカップに2杯目の紅茶を注ぎ終わったネオがそう言うと、ステラが身を乗り出した。
「じゃあ、紅茶の淹れ方、教えて?今度は、ステラがネオに紅茶を淹れてあげる」と、目を見開いている。
「ならば、教えてやろうか」「うん!」
明日の事も分からぬ争いの日々。
その中で年端の行かぬ戦士達に訪れた、ささやかな優しい時間。
そんな時間が、少しでも長く続くように……と、ネオは願わずにはいられなかった。
パソ復帰1作目になりました(笑)
そんな訳で(どんなだ?)一足早く、同盟の方に投稿させてもらったものを、こちらにもアップしてみました。
「どこかぶるじょあだっ?!」と石を投げられるかも……(>_<)
なんと言うか、優雅なティータイムを過ごしているネオを書きたかったんです。
それがどこを間違ったか、ステラ達が入り乱れて、訳分からない状態に……(自爆)
こんな話じゃ、とても『ぶるじょあ』なネオじゃないですねぇ(-_-;)
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