邂逅する心 Side Neo



 新しい制服を手にしたマリューが、艦長室に戻って来た。
 いつものようにドアのロックを外し入室すると、そこにはいつもと変わらない空間が広がっている。
 ただ、少し違ったのは、部屋の真ん中のソファーに懐かしい面影の人物が座っている事。
「お待たせ……しました」
 恐る恐ると言った様子で、マリューはその人物に声を掛けた。が、返って来ると思っていた返事がない。
「ロアノーク……さん?」
 不思議に思ったマリューがソファーの正面に回りこむと、ロアノークと呼ばれたその人物は、頬杖をしたまま瞼を閉じ、微かな寝息をたてていた。
 長く伸びた少し固めの金髪が、傾いた彼の顔を半分隠している。
「……疲れちゃったのね」
 その寝顔を見たマリューはクスリと笑みを漏らし、手にしていた制服の上着を眠っている人物にふわりと掛けてやる。
 が、マリューの手が軽く彼の肩に触れてしまった。
「あっ……!」「う……んっ?」
 ほんの微かな感触だったはずだが、ネオは目を覚ましたようだった。
「あっ……ごめんなさい。起こしてしまったわね」
「んっ、いや……俺、寝てたんだな」
 そう言いながら、彼はうーんと大きく伸びをする。その様子をマリューは微笑みながら見つめていた。
「前の俺だったら、他人の部屋で無防備に寝ちまうような事なかったのになぁ」
 それだけココが居心地良かったのかな?と言いながら、彼はソファーから立ち上がる。
「すまなかったな。居場所がないからって、アンタの……否、艦長の部屋に通してもらって」
「今、あなたのお部屋を準備してますから。気になさらないで下さい」
 少しばかり他人行儀な言い方だと思いながらも、今のマリューにはその言葉遣いが精一杯だった。
 それでも、彼女の表情はいつになく優しげに微笑んでいる。
「……で、それって」「あっ!」
 マリューの腕に抱きかかえられたままだったオーブ軍の軍服。
 それに気付いたネオが訊ねると、慌ててマリューは手にしていた軍服を差し出した。
「私達は、まだ正式なオーブ軍ではありませんが……それでも私達と一緒に戦ってくれるのでしたら」
 差し出された軍服に、ネオはゆっくりと手を差し出す。
「……ありがとう」
 そう礼を述べた次の瞬間、彼は軍服と共にマリューを抱き寄せた。
「きゃっ!」
 突然の出来事に驚いたマリューが小さく悲鳴を上げ、その顔を朱に染める。
 が、それは瞬きをしている間の一瞬の抱擁。
 気付けば、ネオはマリューの腕から軍服を受け取っていた。
「悪いんだけど、ココで着替えさせてもらってもいいか?」
 少し困ったような笑顔で彼はマリューに問いかけた。
 すると、顔を赤らめたままのマリューが「バ、バスルーム、使ってください」と慌ててそちらへ案内しようとした。
 が、彼女の背中を追い越して、ネオはバスルームの扉に手をかける。
「ココ……だろ?」
 さも当たり前かのようにバスルームの扉の前に立つネオに、マリューは「ご存知だったんですか?」と思わず聞き返していた。
「いや……なんとなくだけど……違ったか?」
「あ、いえ。そこがバスルームですから……」
 もしかして……という思いが、マリューの頭の中を駆け抜けるが、よくよく考えてみれば、アークエンジェルはオーブ製とは言え、元々は連合軍の艦である。
 ココに来る前に彼が乗っていたであろう艦と、造りは似ているのかも知れない……。
 そんな事をマリューが考えていると、ネオが「もう一つお願いしてもいいかな?」と彼女に声を掛けた。
「何ですか?」
 不思議に思ったマリューが振り返ると、優しい笑みを湛えた蒼い瞳にぶつかる。
「いや、切ってもらいたいんだよ……この髪を」
「えっ……?!」
 突然のネオの申し出に、マリューは一瞬言葉を失った。
「アンタが戻って来るまでの間にちょっと考えていたんだが、俺がココで出来る事と言えば、ビルスーツや戦闘機でこの艦を護る事しかないだろうから」
 俺が乗る機体があればの話なんだがな……と笑いながら、長く伸びている自分の髪の毛の先を右手で摘み上げる。
「さっき……久しぶりにメットを被って思ったんだけどさ、パイロットスーツを着てメットを被ろうと思うと、この髪が邪魔だなって」
 ほら、これだけ伸びると、メットの中の収まりが悪くなるんだよ……と、ネオは少し困ったような笑顔を浮かべてマリューを見ている。

   ……髪の毛伸びると、メットの中の収まりが悪くなるんだよ……

 マリューの脳裏に、あの日の彼の笑顔がフラッシュバックする。
 同じ声、同じ色の瞳、そして同じ笑顔を浮かべる目の前の人物に、マリューの視界が一瞬グラリと揺らぐ。

 ネオを見つめたまま硬直しているマリューに、ネオが驚きながら「艦長?どうした?」と、その肩に手を掛けた。
「あ、いえ……ごめんなさい」
 肩に触れたネオの手の暖かさで我に返ったマリューは、うつむき加減にそう答えた。
「……いや、すまない。艦長であるアンタが疲れてる事ぐらい分かってるのに、そんな事を頼むなんてな……」
 すまんすまんと笑いながら肩から離れていくネオの手を、マリューが「ち、違うの!」と叫びながら慌てて捕まえる。
 予想していなかったその行動に、ネオは思わず目を見開いて彼女の白い手を見つめた。
「わ、私で良ければ、髪の毛……切ってあげますわ」
 ぐっと握られたままの自分の腕を見ていたネオは、その視線をマリューに戻す。
「……いいのか?」「……はい」
 ネオの腕を掴んだまま小さく返事をしたマリューに、彼は「すまないな……」と微笑を返した。
「はさみ……取ってきますから。バスルームで待ってて下さい」
 自分がずっとネオの腕を握っていた事に気付いたマリューは、慌ててその手を離しデスクの方へ踵を返す。
「じゃあ、バスルームで待ってる」
 ネオは赤い顔をしたマリューに再度微笑みかけると、扉の向こうへと姿を消した。

 デスクの引き出しから、いつも使っているはさみを取り出すと、それを手にマリューはバスルームへと向かった。
 そして、その扉を2回ノックし「あの……入ってもよろしいですか?」と、そこにいる人物に声を掛ける。すると「ああ、開いてるぜ」という返事がすぐに返ってきた。
 ほんの少しマリューは躊躇いを感じたが、意を決するとその扉を開ける。
「きゃぁっっ!」「な、何だ?!」
 扉を開けた途端、マリューの目に飛び込んできたのは、上半身裸のネオの姿。
「ふ、服……着て下さいっ!」
 慌てたマリューが、両手で顔を隠しながらネオに懇願する。
 が、ネオ本人はあっけらかんとした様子で「髪の毛切ってもらうのに、アンダーシャツ着てるとさ、首周りがチクチクするんだよ」と笑っている。
 納得できないと言った様子でマリューが「でもっ!」と反論しようとすると「切り終ったら、このままシャワー浴びられるし。ダメか?」と困った様子で彼女を見つめている。
 ……目の前に居るのがムウであろうがネオであろうが、ここで私が何を言っても上手く切り返されてしまう事に変わりはないようね……
 そう思ったマリューは「分かりました」と、おずおずとその両手を下ろした。しかし、その顔は伏せられたままで。
「……じゃあ、バスタブの縁に座ってください」
「あぁ、すまないな」
 マリューに促されて、ネオはバスタブの縁に腰を下ろす。マリューに背を向けて。
 未だネオの裸身に視線を合わせられなかったマリューは、ゆっくりと顔を上げて彼の背中を見つめた。
「……っ!これ……」
 マリューの目に飛び込んできたのは、身体中を覆いつくすかのような大小様々な傷跡。
 息を呑むような彼女の呻き声に気付いたネオが「あぁ、これは2年前の戦闘の時に付いたらしいんだがな……」と苦笑しつつ答えた。
 目にするのが嫌ならば、やっぱりアンダーシャツ着ようか?と声を掛けようとした瞬間、ネオの背中に暖かい感触が広がった。
 心の中にまでじんわりと広がる暖かさ……そんな懐かしいような感覚に襲われたネオは、少し驚いた表情で後ろを振り返った。
 するとそこには、まるで自分にすがりつくかのような姿で、背中に抱きついているマリューがいた。
「か、艦長?」「……痛かったでしょ?……」
 微かに涙の混じったような声で、マリューがそう訊ねてくる。
「いや……覚えているようで覚えてないんだ。戦闘の事も、この傷の痛みも……今となっては、全てが曖昧でさ」
 こう言っても仕方ないだろうけど、気にしないでくれ……ネオは瞳を閉じながらそう言うと、自分の真後ろにあるマリューの頭に、自分の後頭部をコツンと当てる。
 しばしの沈黙の後、小さく「ぅん」と答えたマリューはゆっくりと頭を上げると、真上を向いたままのネオの頭を両手で包み込み、その顔を真正面から覗き込む。
 そして、気持ちを切り替えて「じゃあ、髪の毛……切りましょうか?」とネオに微笑みかける。
「あぁ、頼むよ」
 真上に見えるマリューの笑顔を目にしたネオも、つられて微笑を返していた。

 少し固めのネオの髪を、マリューは丁寧にブラッシングする。
 そして、右手にハサミを持つと、ネオに問いかけた。
「どれくらいの長さに切ればいいのかしら?」
「そうだな……アンタの髪の長さより短くしてくれれば、それで構わないよ」
 アンタに任せるから……と言うと、ネオは目を閉じる。
「任せるって……」
 対するマリューは、少々困惑しながら深く息を吐く。
 そして、手にしていた金髪の束にハサミを入れ始めた。

 始めに思い切って10センチ程を切り落としたマリューは、そこではたと手を止める。

  ……あまり短く切ると、ムウとネオを重ねて見てしまうかもしれない。
    でも、今のこの人はネオ。
    ムウだという事を押し付ける事は出来ない……

 マリューは心の中で色々と悩んでいた。
「いいんたぜ。アイツと……ムウ・ラ・フラガと同じ長さにしなくても」
 突然止まったハサミの音に気付いたネオが、ふとマリューの心を見透かしたような事を口走る。
「……ネオ……」
 自分の方を振り返らないまま告げられたその言葉に、マリューは驚いて目を見開いた。
「辛いんだろ、俺とアイツが重なるのが……」
 だから、アンタの好きなように切ってくれ……そう言われたマリューは、小さく「ありがとう」と頷くと、再び金髪の束を手にした。
 そして以前ムウにしてもらったように、毛先にシャギーを入れ始める。
 再びリズムを刻みだしたハサミの音に、ネオは少し安堵した様子で唇の端に笑みを浮かべていた。
 マリューが自分に触れている……その行為が、ネオの中でとても懐かしい何かを思い起こさせる。
 暖かくて柔らかくて優しい、酷く心地よい時間を……。

 ……俺が誰であろうと、彼女の側にいたい。ずっと、ずっと。
   こんな細い腕で、ものすごく大きな物を護ろうとしている彼女を、俺が護ってやりたい。絶対に……

 それと同時に、少し前までは忘れていた、ものすごく単純な思考がネオの心の中を支配して行く。

 ……”オレ”はやっぱり、彼女の事が……
「私よりも短くしてみたけど、どうかしら?」
 突然、マリューに声を掛けられ、ネオは思考の縁から意識を戻す。
「鏡……見せてもらってもいいかな?」
 ネオがそう返事をすると、肩についていた髪の毛を払っていたマリューが「洗面所の鏡でいいかしら?」と聞き返してくる。
 肩に触れる彼女の指先が心地よく、思わずその手を掴みたい衝動に駆られるが、あえてそれを我慢してネオは立ち上がると「あぁ、ありがとう」と答えた。
 そして、洗面所の鏡に映る自分の姿を見て「ん〜、さっぱりしたなぁ」と両手で髪の毛を掻きあげブルブルと頭を振る。
 その時、床に散らばっていた髪の毛を片付けていたマリューが洗面所に戻って来た。その事に気付いたネオが、鏡越しに彼女に話しかけた。
「生まれ変わった……って気分だよ」
 そう言うとマリューは、クスリと笑みを漏らし「一体、何から生まれ変わったんですか?」と訊ねてみる。
「う〜ん、そうだなぁ〜……ジブリールの手駒だったネオ・ロアノークから、自分の意思で行動出来るようになったオレ自身に……ってところかな?」
 軽い口調でそう言ったネオではあったが、その言葉の裏には大きな決意が秘められていた。
 誰からも指示をされる事無く、自分の意思でマリューと共に戦うという決意が……。
 その事にマリューも気付き「そうなのね」と優しい微笑をネオに向ける。
「あぁ、だから……よろしくな」「えぇ、こちらこそ」
 その一言が、再び2人の関係に新しい一歩を刻み込んだ。

「これからこの艦がどう動くか、色々とお話しがしたいですから。シャワーを浴びたら、部屋の方に来てください」
 マリューはそうネオに伝えると、部屋に戻ろうと踵を返した。
「あ〜、カットのついでにシャンプーはしてくれないの?」
 そう言うが早いか、ドアノブに手を掛けようとしていたマリューの腕をぐっと引っ張る。
「きゃあっっ!」
 驚いたマリューはバランスを崩し、素肌のネオの胸に飛び込む形になってしまった。
「ありゃ!艦長さんって意外と大胆なんだ」
「ち、ちがいますっっ!!」
 ニヤニヤしているネオとは対照的に、恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げて怒ったマリューは、ホールドしようとしている彼の腕を無理矢理振りほどくと、慌ててドアノブに手を伸ばす。
「髪の毛ぐらい、自分で洗って下さいっ!」
 ドアをバンッと勢い良く開けたマリューが仁王立ちでそう告げるが、ネオの方は驚くどころか更におどけた様子を見せる。
「やっぱ、ダメかぁ〜」
「ダ、ダメですからっ!」
 叫ぶように言い放つのと同時に、マリューはドアを思い切り閉めると、ふうっとため息を一つ漏らし、扉から離れる。
「……ムウだろうがネオだろうが、あの人である事に変わりないわね」
 そう苦笑すると、コーヒーを淹れる為に簡易キッチンの方へと足を進めた。

「からかい過ぎたかなぁ?」
 ネオはそう呟きながらシャワーのコックをひねると、熱い水滴を頭から浴びせる。
 まるで、全ての汚れを洗い流すかのように、頭の先からつま先まで洗い流すと、ひたすらシャワーを浴び続けた。
 そんなネオの脳裏に浮かび上がったのは、護ることが叶わなかった、3人の子供たちの顔。
 部下であった彼らに、ネオはそっと問いかける。
 ……あの艦長を護るために戦ってもいいよな?護り切れなかったお前達の分までさ……と。

 そして、何かを吹っ切ったかのようにシャワーのコックを閉じると、真新しい制服に着替えるためにシャワールームを後にした。
 新しい自分に生まれ変わる為に……。




その時の気分で何気に書いた、マリューさんの髪切り話。
手直しをしてアップしよう……と思い立ったのは良かったのですが
気付いたら、何がメインの話なのか、よく分からない状態になってしまいました(核爆)
ジャンル分けも、どうしよう??状態。
ここでいいのかなぁ?(苦笑)
そんな訳で、マリューさんの方は無印時代の設定で。
ネオの方は、他のサイト様でも補完されている、種デスの設定にしてみました。

これ以上話を進めたら、どこで終わっていいのか分からなくなってきました(ぉぃぉぃ
そんな訳で、微妙な話ではありますが、こんな感じで勘弁してください……。