発 覚


 真っ暗な空間に点在する無機質な破片。
 その中に停泊している戦艦が、あちらこちらに見えている。
 それは連邦軍のものもあり、ザフトの戦艦もある。
 双方の生き残った戦艦が、まだこの宙域に残されているであろう怪我人を収容するための活動をしていたのだ。

 生命反応装置を手にしたモビルスーツやモビルアーマーが探し出した怪我人が、それぞれの戦艦に次々と収容されていく。
「早く、エアロックへ!すぐに緊急ハッチを開けるんだっ!」
 慌しいモビルスーツデッキに、あちらこちらから軍医達の指示が飛んでいる。
 その中に、およそ残骸に等しい黒く焦げた塊が運び込まれた。
「おい、この状態のコクピットで、本当に中の人間が生きてるのか?」
「そんな事、俺に聞くなよ。とりあえず、生命反応は今も出ているんだしな」
 ほら、見てみろ……と、緑のランプが灯っている装置を怪訝そうな顔をした同僚に手渡す。
「助けられる命ならば、なんとかしてやりたいんだよ。散っていったヤツらの分もな」
 そう言いながら、黒く焦げた塊からハッチ開放レバーを探している。
 が、それらしきレバーさえも原型を留めていない事に気付き、チッと舌打ちをした。
「仕方ない。焼き切るしかなさそうだな」
 そう言うと、近くにいた数人の部下を呼び集め「時間がない!表面を焼き切るぞ」と手短に説明を始めた。

 数分の後、黒い塊の表面が焼き切られ、その隙間から上半身を滑りこませた軍医が中のパイロットの腕を取り脈を診る。
「奇跡だ……。早く、この人を医務室へ!」
 真っ青な顔で振り返った軍医は、手にしたハサミでパイロットスーツを切り裂き、その腕に点滴の針を入れる。
 点滴の液体がそのパイロットの体内に落とされ始めたのとほぼ同時に、その人物は、数人の手によってそのコクピットと思しき場所から担架に移し替えられた。

 コクピット内もかなりの損傷があったのだろう。
 元々のパイロットスーツの色も分からないほど真っ黒に変色し、至る所に破片が刺さっている。
 その傷口から滴り落ちた血液が、パイロットスーツに赤黒いシミを作っていた。
 ヘルメットのバイザーもその衝撃で割れ、同じように真っ黒になっており、一見して中の人物の特定もできない状況である。
「酸素マスクを!」
 軍医の言葉で、近くにいた者がその怪我人からヘルメットを大急ぎで外した。
 その中から現れたのは、顔の左半分が自らの血とすすで赤黒く染まった金髪の男。
 少しクセのある金髪にも血がこびりつき、半分固まりかけている。
 これだけの怪我を負っているというのに、意識のないその口元は少し笑っているかのようにも見えた。
「どこかで見たような……?」
 軍医が酸素マスクを口元に当てながら、ポツリと呟く。
 とりあえず、この怪我人の身元が分からない以上、彼が身に付けていた物だけが頼りである。
 担架に乗せられたその人物は、外されたヘルメットと共に、医務室へと運ばれて行った。



 騒然とした医務室の中。
 あちらこちらから、痛みを訴える声も聞こえている。
 その中を、医療器具を手にし、走り回るようにして治療を行っている軍医が3名。
 そして、腕に医療班という腕章をした看護兵が5名、程度の軽い怪我人の治療に当たっている。

 運び込まれた怪我人たちは、その傷の程度によって色分けされたタグを腕にはめられていた。
 自力で歩く事が出来る者はグリーン・タグを。
 骨折など、自力で移動できない者にはホワイト・タグ。
 意識はあるが、取り急ぎ治療が必要な者にはイエロー・タグ。
 そして、緊急に手術が必要な者、または意識のない者にはレッド・タグ。
 グリーンやホワイトのタグを付けられた怪我人たちは、医務室ではなく、急遽治療室にされたミーティングルームに集められている。
 そして、医務室の中には、イエローとレッドのタグを付けられた、いわゆる重傷者が運び込まれていた。

 その中でも、もっとも治療が優先されたのが、先程運び込まれた金髪のパイロット。
 身体中に張り付くように刺さった破片を取り除き、消毒を施される。
 切り裂かれるようにして脱がされたパイロットスーツも、彼の身元を調べるために丁寧に保管用の袋に入れられた。
「よく、あんな状態のコクピットで、心臓が動いていたもんだ」
 驚きを隠せないといった様子で、軍医の一人が呟く。
 その隣で、彼の顔にこびりついている血とすすを丁寧に拭き取っていた看護兵が、その下から現れた大きく口を開けた傷口に息を飲む。
 それに気付いた軍医が「縫合セットを!一番細いヤツをだ!」と叫び、その傷口に茶色い消毒液を塗り始めた。
 
 一通りの検査が済み、身体中を包帯で巻かれたそのパイロットは、輸血と点滴を受けたまま医務室のベットに横たえられている。
 胸や頭に取り付けられたラインがベットの隣に設置されている心電図や脳波計に繋がっており、彼が生きているという証を画面に映し出していた。
「本当に奇跡ですよね。外傷はこれだけあるというのに、内蔵への影響はほとんど無かったとは……」
 そのベットの隣で計器のデータチェックをしていた看護兵の一人が、感心したように口を開いた。
「ただ、無酸素状態がどれだけ続いていたかによっては、脳への影響が心配されるけどな」
 カルテを記入しながら、軍医のアーガス・カロワイドが難しい表情を見せた。
「って事は、場合によっては、このまま目が覚めない事もあるんですか?」
「あぁ、そういう可能性もある……という事だが……こればかりは何とも言えないよ」
 看護兵が少し悲しそうな表情のまま、ベットに横たわっている金髪のパイロットを見つめると「そうでない事を祈りたいですね」と呟き、カーテンで仕切られたスペースから出て行った。

 その時、検査のフィジカルデータを連合軍のライブラリと照合していた看護兵、クリス・ウェルミーが医務室に戻ってきた。
 強く床を蹴る音がし「カロワイド大尉!」と叫んでいる。
「ここだ」と、仕切りのカーテンを少し開けクリスに声を掛けると、それに気付いたクリスが慌ててアーガスの元にやって来た。
「た、大尉っ……この人のデータ……がっ!」
 クリスはデータ室から興奮したまま戻ってきたようで、しどろもどろに言葉を発しながら手にした書類を差し出す。
 それを受け取ったアーガスは、そこに書かれていた人物の名前を見て言葉を失った。
「こ、これは……まさか!」
 その書類に書かれていたのは「ムウ・ラ・フラガ」のデータ。
「わ、私も驚いたんです。だから、とにかく大尉にお伝えしなくては……と思ったので」
「とんでもないモノを拾ってしまったようだぞ……」「え?」
 アーガスが小さく呟いた言葉が聞き取れず、クリスは首を傾げていた。
「ウェルミー君。この事はしばらくの間、私と君だけの胸に仕舞っておいてくれ。とりあえず、艦長と相談しなくてはならないようだ」
「あ、はい。分かり……ました」
「他言無用だ。他の者には一切この事は話さないように。いいな」
 小声でアーガスに念を押されたクリスの中に、何か言い知れぬ不安がよぎったが、それも上司からの命令であれば絶対である。
 一介の看護兵である自分には、その理由を聞く事も許されない。
「は……い」
 クリスはチラリとベットで眠っているムウを見るとアーガスに敬礼をし、その場を後にするのだった。



 アーガスから、ムウ・ラ・フラガの面倒を見るようにと頼まれたクリスは、彼のカルテを手に計器類のチェックをしていた。
 何故、彼の事をこの艦の他の人達に知られてはいけないのか?
 なんとなく理由は分かるような気がしていた。
 アラスカからカルフォルニアに向かうはずだったムウ・ラ・フラガは、結局、カルフォルニアには姿を現さなかった。
 要するに、現時点ではMIA扱いである。
 その人物が、突然この戦闘宙域から発見されたのだから、軍としては由々しき問題に発展しかねないだろう。
 どういった経緯で、この宙域の戦闘に参加していたのか?
 色々な噂は耳にした事がある。 
 が、その真相は、一介の看護兵であるクリスには知る由もなかった。

 カルテにデータを記入し終えたクリスは、未だ意識の戻らないムウを振り返る。
 傷口の出血は未だ収まらず、ガーゼや包帯の至る所が赤く彩られていた。
 更に、その怪我のせいで高熱が続いており、顔面に巻かれた包帯にも汗が滲んでいる。
 ガーゼと包帯の交換も兼ねて、クリスは傷口の消毒を始めた。
「目を覚ました方がいいのか悪いのか……どうなのかしら?」
 ふうっと溜息をつきながら、手際よく新しい包帯を巻いていく。
 それが終わると、アーガスから指示されていた解熱剤と抗生物質を点滴とともに投与する。
 一通りの作業を終えたクリスは、カルテをアーガスのデスクに置くと、薬品のチェックを始めた。

 その時、アーガスと共に医務室に入ってきたのは、この艦の艦長であるキエフ・マクリード。
「ウェルミー伍長、”R−5”の患者の容態はどうだ?」
 いつものように眉間に皺を寄せたまま、マクリード艦長が訊ねてきた。
 『R−5』……それは、身元不明の患者に付けられたタグナンバー。
 つまりは、ムウ・ラ・フラガの事を指している。
「あ、あのっ……まだ意識は戻りませんし、そのっ、高熱も続いております」
 慌てて、アーガスのデスクにあるカルテを手にすると、それを艦長に差し出した。
「そうか……意識は戻らぬ……か」
 フンと軽く鼻で笑ったキエフは、そのカルテに目を通す。
「包帯の交換は終わりましたが……」
 恐る恐るクリスがそう告げると、アーガスが「艦長、一度ご覧になりますか?」とカーテンの向こうにキエフを案内する。

「……確かに、アイツだな」
 包帯で顔面の半分が隠されてはいるのだが、それでも軍内では有名な人物である。
 さすがに幹部クラスの人間は、彼の事を知っているのだろう。
「やはり、そうでしたか」「あぁ、間違いなく”鷹”だ」
 まるで品定めをするかのようにムウの事を見下ろしていたキエフは、手にしていたカルテを無造作にアーガスにつき返し、うーんと小さく唸り声を上げた。
「この件に関しては、上層部と相談してからだな。それまでは今まで通り、周囲には伏せて治療を続けてくれ」
「分かりました」
 キエフの言葉に、アーガスとクリスが声を揃えて敬礼を返す。
「では、後は頼んだぞ」と言うと、キエフはそのまま艦長室へと戻って行った。
 それを見送ったアーガスは「何か嫌な方向へ行かなければいいがな」と小声で呟くと、隣で立ち尽くしていたクリスの肩をポンと軽く叩き、自らのデスクに向かった。



「キエフ・マクリードだが……ジブリール殿に繋いでもらえるか?」
<少々、お待ち下さい>
 デスク上のモニターに映し出されていた通信士の姿から、すぐさまジブリールの私室の画像に切り替わる。
<どうしたのだ?>
 膝の上に抱かれた愛猫を片手で撫でながら、冷ややかな笑みを浮かべたジブリールが口を開く。
「実は、とんでもない”拾い物”を致しまして……」
<ほほぅ、とんでもないとは、どういった”拾い物”かな?>
 良い物かな?と言いつつ、クックックと喉の奥で笑うジブリールを見たキエフは、自身もニヤリとしながら、その詳しい経緯を報告し始めた。

 一通りの報告を終わらせたキエフは、”R−5”のフィジカルデータをその場でジブリールのモニターに送信する。
 それを手持ちの”ムウ・ラ・フラガ”のデータと照らし合わせて確認したジブリールは、途端に大声で笑い始めた。
 すると、その声の大きさに驚いた愛猫が、床に飛び降り走り去って行く。
<これは面白いではないか>
 相変わらず高笑いしているジブリールは、手元の端末を操作しながら考え始める。
「ええ、かなり良い拾い物でしたので、早速、ジブリール様にご報告をすべきだと思いましてね」
<まさかあの宙域で”鷹”を拾ってくるとは。全く予想していなかった結果だよ>
 冷酷な笑みを浮かべたまま、ジブリールは画面に表示されている”ムウ・ラ・フラガ”のデータを目で追っている。
「ただ、未だに意識が回復しておりませんので、それがさしあたっての問題ではないかと……」
<フン、そうだな。目覚めなければ”鷹”も意味がない>
 モニター上のムウの写真をあざ笑うかのように見下したジブリールは、まあ、いい……とポツリと呟く。
<どちらにしても、コペルニクスに来るのだろう?>
「はい。月基地が壊滅状態ですので、コペルニクスで怪我人を受け入れてもらう予定になっております」
 コペルニクスか……とジブリールは何かを納得したように頷く。
<ならば、月まで”鷹”を連れて来い。その後の事は、3時間後までに手配しておく>
「かしこまりました。では3時間後、またこちらからご連絡致します」
<”鷹”を死なせないように、しっかり監視しておきたまえ>
「ええ、お任せを。では後ほど……」
 ジブリールは再び低く笑うと、モニターの電源をプツリと落とした。
 と同時に、キエフのモニターも暗く反転する。
 キエフは、そのまますぐに発信履歴を消去すると、おもむろに制帽を被り艦長室を後にした。