プロローグ 2


 エアロックの中で、エアーと気圧が一定になるまでの間、ムウとキラはこれからの事を話していた。
「ムウさんが帰ってきた事、早速ラクスやバルトフェルドさんにも伝えなきゃなりませんね」
 キラはニコニコと笑顔を浮かべながら、ムウを見上げていた。
「ん〜、そうだなぁ。エターナルへの連絡は、俺自身がやった方が面白いんじゃないのかな?」
「あ、そうですね。きっとラクスもびっくりすると思いますよ」
 キラがそう答えた直後、エアロック内のモニターに緑のランプが灯る。
 それを確認した二人は、おもむろにヘルメットを外すと、パイロットアラートへと繋がる気密扉のロックをムウが外す。

 エアーが抜ける音とともに、ゆっくりと重い扉が開いていく。

 その扉の隙間から現れたのは、この艦の艦長の姿。
「マリュー……」
「……おかえりなさい、ムウ」
「ただいま」
 磁石が引き合うかのように、二人は真っ直ぐに相手の胸元に飛び込んだ。

 その様子を一歩後ろから見ていたキラは、そっとその場を離れ、パイロットアラートを後にする。
「よかったですね、マリューさん」そう小声で呟いて。

 二人が残された室内から聞こえるのは、マリューのすすり泣く声だけ。
 この2年の間、ずっと張り詰めたままだった緊張の糸が切れたマリューの瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。
 言いたい事、伝えたい事は山ほどあるのに、出てくるのは言葉ではなく涙だけ。
 ムウはそんな彼女を、ただ強く抱き締めていた。
 ふわふわと宙に舞いながら、まるでお互いの温もりを確認するかのように。

 しばらくして、ようやく落ち着いた様子のマリューが顔を上げる。
 そしてムウは、彼女の頬に残る涙の跡を指で拭う。
「待たせちまったな……すまん」
「もう、帰ってこないんだって、ずっと思ってた」
 でも……と言いながら、マリューはムウの胸に頭を預ける。
「こうして、ムウの帰りを迎えてあげる事ができたんですもの」
 自分の胸に顔を埋めているマリューの髪を、ムウはゆっくりと優しく撫でる。
「ごめん……。どれだけ謝っても、きっと謝り足りないんだと思うけど……許してくれるか?」
「……許さないわ」「えっ?!」
 ちょっと上目遣いにムウを見上げるマリューの表情に、一瞬ドキリとした。
「もう二度と、私の前から勝手にいなくならないって誓えるのならば、許してあげる」
 その言葉にムウは、ふっと安心したような笑みを浮かべた。
「バカだなぁ。さっきも言っただろ?『俺はもうどこにも行かない』って」
 約束するから……そう囁くと、マリューの顔をくいっと持ち上げ、その唇に自身の唇を重ねる。
 軽く重ねられた唇が離れ、マリューの至近距離でムウが改めて言った。
「マリュー、ただいま」
「おかえりなさい」
「やっと戻って来れたよ。勝利とともに……な」
「遅すぎるわよ」
 少し意地悪く言いつつも、マリューはふわりと微笑んだ。
 そして、そのまま再び口づけを交わす。今度は、更に優しく深く。

 二人の間に、もう言葉はいらない。
 お互いの気持ちが、触れた部分から溢れんばかりに流れ込んでくるのだから。


 艦橋のドアが開き、パイロットスーツ姿のキラがそこに足を踏み入れる。
「あっ、キラ!」
 その姿を真っ先に見つけたミリアリアが、明るい声を上げる。
「うん、お疲れ様、ミリアリア。それから、みなさんも」
 その顔に笑みを湛え、艦橋の中をぐるりと見渡す。
「あれっ?艦長には会わなかったのか?」
 チャンドラがキラを振り返りながら、そう訊ねた。
「えぇ、会いましたけど。でも、僕だけ先にこっちに来たんですよ」
「あ、もしかして、感動の再会中?」
 ミリアリアが興味津々といった表情で、キラに詰め寄る。
「うん、やっと本当のムウさんと再会できたんだし。しばらくは、二人きりにさせてあげた方がいいと思って」
「あぁ、キラも気付いたか。あの人の記憶が戻った事」
 ノイマンがその涼しげな眼に笑みを浮かべながら訊ねると、キラは「えぇ」と短く答える。
「デッキ内でムウさんが僕を待っていてくれたみたいで、その時話して分かりました。これは、僕の知ってるムウさんだって」
 ネオ・ロアノークではなく、ムウ・ラ・フラガがそこにいた……と。
「さすが、拾い主だけあるわね〜」と、ミリアリアが楽しそうに笑うと「こらこら、一佐は捨て犬じゃないんだから」とノイマンが突っ込む。
 そのやり取りに、艦橋内が笑い声に包まれた。

 大慌てで汗を流し、着替えを済ませたムウがシャワールームを出ると、そこにはタオルを手にしたマリューが待っていた。
「はい」「おっ、サンキュ」
 タオルを受け取り、まだしっとりと濡れたままの頭をガシガシと拭く。
 じゃあ、行きましょうか?そうマリューに促され、ムウは自然と彼女の腰に手を回す。
「ち、ちょっと、ムウ!」
「ハイハイ、急がないと坊主が待ってるだろ」
 聞く耳を持たないムウの姿を目の当たりにしたマリューは、改めて彼が自分の元へと帰ってきたのだと実感し、それがとてつもなく幸せな事なのだというのにも気付く。
 そして、口では拒否しながらも、身体が拒否していない自分にも気付かされ、心の中で少しだけ苦笑した。
 やっぱり、この人の事を愛しているのだと……。

 パイロットアラートから退室し、扉の横にあるパネルを『使用中』から『空室』に戻そうと、ムウが手を伸ばす。
 と、そこには『清掃中・入室禁止』と表示されている。
「あんの坊主……」と言うと、あはははははと豪快に笑った。
 突然のムウの笑い声に、マリューが「どうしたの?」と訊ねると、そのパネルを見ろと指をさした。
「え?」一瞬、訳の分からない様子のマリューに、ムウが説明する。
「キラが、誰も入って来れないようにしてくれたんだろうな」
 俺達の為にさ……と付け加えると、「あぁ、そうなのね」と納得した笑みを浮かべる。
「あいつも、そういう事がわかる大人になったんだな」
 と、ムウは妙に納得しながら、パネルを『空室』に変更すると
「さて、行きましょうか?」とマリューをエスコートして、艦橋を目指した。

 メサイアの中での出来事については、戻ってから詳しく説明すると、エターナルにいるラクス達に伝えたキラは、手にしていた通信機を元の場所に戻し、ドリンクパックを口にした。
 ふうっとキラが一息ついたところで艦橋のドアが開き、クルー達が一斉に振り返る。
 そこにいたのは、少し腫れた目をしたマリューと、その肩をしっかりと抱いたムウだ。
「おかえりなさい、フラガ一佐」
 最初に口を開いたのはミリアリアだった。
「あ〜、遅くなっちまったけど……ただいま」
 少し照れながらそう挨拶をするムウ。
 その言葉を聞いたクルー全員が、口々に「おかえりなさい」を連発する。
「おいおい、そんな一度に『おかえり』を言われると、俺は何回『ただいま』と言えばいいんだ?」
 ったくぅ〜と、困ったような、それでいて嬉しそう笑顔を浮かべると、ムウはすうっと息を吸う。
「みんな、ただいまぁ〜っ!」
 突然、そう大声で叫ぶと、一瞬、その場が静まり返る。
 が、次の瞬間、盛大な拍手と歓声がその場に溢れた。
「みんな、あなたが帰って来るのを待っていたのよ」
「あぁ、ありがたいな」
 そしてムウは「俺って、幸せモノだよな」と、マリューの耳元で囁く。
「ええ、そうね」
 と、マリューは微笑み返し、仲間達の暖かさを実感したのだった。