プロローグ 1 


 レクイエムとメサイヤが真っ赤な炎を上げて崩れ落ちていく様子を、マリューは強い眼差しのまま見据えていた。
 とりあえずは終わった……と。
 だが、全てが終わった訳ではない。
 ここからが始まりだ。
 そんな気持ちが、まだ彼女を艦長席に縛り付けていた。

<マリューさん>
 目の前のモニターに、突然キラが現れた。
 その声で、マリューはふと我に返る。
「キラくん、どうしたの?」
<このまま、アークエンジェルに着艦したいんですが、よろしいですか?>
 本来ならば、ラクスのいるエターナルに着艦するはず。
「こちらは構わないけど、どうしたの?」
<直接会って、お話しておきたい事があるので>
 キラはそれだけ言うと、少し悲しげな笑みを浮かべて通信を切った。

 キラは何を伝えたいのだろう?
 マリューは、先程考えていた戦闘の事から、今、目の前に降って沸いた疑問に頭を切り替えた。
「ムラサメ隊、及びアカツキ、着艦します」
 後部座席のミリアリアが、モビルスーツの管制を始める声がする。
 少し明るい彼女の声で、改めて戦闘が終わったのだと、マリューは頭の片隅で実感していた。
「艦長」
 ずっと前方を見据えて艦を操舵していたノイマンが、突然マリューの方へ振り返った。
「なに?」
「あの、差し出がましいかもしれませんが、モビルスーツデッキに行かれてはどうですか?」
「えっ?」
 まだ、事後処理も残っている。
 バルドフェルド隊長やソガ一佐と、これからどうするか相談もしなくてはならない。
 その事しか頭になかったマリューに、ノイマンが突然「艦長席を立ってもいい」と促したのだ。
 マリューの思考が、一瞬止まる。
「出迎えてあげてはどうですか?今度こそ『おかえりなさい』って」
 頭の後ろからミリアリアがそう言葉を繋ぐ。
「あ……」
 ガタンとアームの通信機を落としながら、マリューが弾かれたように艦長席から立ち上がった。
「す、少しだけ、ココをお願いね」
 焦ったようにその場のメンバーに後の事を頼むと、力強く床を蹴り、扉の向こうへと姿を消したのだった。
「こんな時ぐらい、ただのマリュー・ラミアスに戻って貰わないと」
 ノイマンがそう言うと、再び前方に向き直る。
「でも、そういう所がマリューさんらしいんじゃないですか?こんな時でも『艦長』を優先しちゃうあたり」
 今度はミリアリアが、くすっと笑いながらモニターを操作し始める。
「でも、本当にあの人が帰ってくるとはね」
 はぁっとため息をつきながら呟いたのはチャンドラだ。
「あら、帰ってきて欲しくなかったんですか?」
 背中越しにミリアリアに問いただされ「そうじゃないって」と苦笑していた。
「俺だって、嬉しいさ」
 ブリッジ前方に近づいてくる黄金の機体を見つめながら、チャンドラは笑って言ったのだった。

 通路のベルトに手をかけて移動していたマリューは、逸る気持ちを必死に押さえつけていた。
 焦るな……と、自分自身に言い聞かせながら、左手で軍服の胸元をぐっと握った。
 辿り着いた先は、パイロットアラート。
 その扉を開き、中に入る。
 そして、その奥にある気密扉の前までやって来ると、胸の前で両手を強く握り締めた。
 エアロックの向こう側の扉が開くのを、じっと待つ為に。


 モビルスーツデッキは、着艦したばかりのムラサメとアカツキの固定作業に追われていた。
 ムウはコクピットの中で、先程の戦闘データをディスクに落とすと、シートベルトを外しホッとため息を一つついた。
 すぐにモニターにヘルメット越しのマードックの姿が映し出される。
<ロアノーク一佐、アカツキの固定作業終わりましたぜ>
「あぁ、サンキュー」
 そう返事をすると、モニターは暗転する。
 そして、アカツキのエンジンを切ると、ハッチを開けて無重力の中へ飛び込んだ。
 そのまま空中を移動しようとして、フリーダムがデッキに着艦したのを目撃した。
「ん?なんで坊主がこっちにやって来るんだ?」
 首を傾げて一人唸りながら、ムウはキャットウォークに辿り着く。
 そして、そのパイロットを待ってみようと思い付き、手すりに掴まりその場に立ち止まった。

「ロアノーク一佐、アラートには戻られないのですか?」
 後ろからムラサメ隊のパイロット達が声を掛けてきた。
「あぁ、先に行っててくれないか?ちょっと用事があるんだよ、ヤマト准将に」
「分かりました。では我々は先に着替えてきます」
「またミーティングは後でって事で、連絡するから。身体、休ませておけよ」
 パイロット達は「はい」とヘルメット越しに軽く敬礼をすると、キャットウォークの床を蹴り、アラートに繋がるエアロックへと姿を消した。

 数分の後、デッキへの固定作業が終了したフリーダムから、キラが姿を現す。
 一言二言、マードックと言葉を交わすと、真っ直ぐにエアロックの方へと移動しようとする。
 その途中で、キャットウォーク上から自分の方へと手を上げているムウの姿を発見し、慌てて方向転換した。
「ムウさん、お疲れ様でした」
「おぅ、坊主こそよくやったな」
 ムウはニヤッと笑いながら、キラのヘルメットを軽く叩く。
「ムウさん?」
 キラはそんな彼の言動・行動に、ふと戦闘前の彼との違和感に気付く。
「お前だけだな、そうやって俺の事を呼ぶのは」
 アハハハと笑いながら「他の奴等はやっぱり『ロアノーク一佐』って呼ぶけどな」と呟いた言葉で、キラは確信した。
「……戻ったんですよね、記憶?」
 キラは目を見開くと、ムウに詰め寄る。
「あぁ、全部思い出したぜ、ムウ・ラ・フラガとして」
 そうウィンクを一つ飛ばし、親指を立てる。
「良かったっ!」
 追わずキラがムウに飛びつく。
 その勢いに押されて、キラに抱きつかれたムウの身体が、後方へと流される。
「お、おいっ!なんでお前に抱きつかれなきゃならねーんだよ!!」
 バシバシとキラの背中を叩くムウは「最初に抱きついて貰いたかった相手は、お前じゃねぇっつーの」と嘆いている。
 が、抱きついたキラは、ただ「良かった、良かった」と半分涙声になりながら呟いている。
 ムウはそんなキラのヘルメットを、手でポンポンと叩くと「分かったから」と苦笑し
「ありがとうな。俺を見つけてくれて、ここへ連れてきてくれて」
 と、キラへの感謝の言葉を口にする。
「ムウさんが戻ってきてくれて、本当によかったです」
 キラは、涙が滲んだ瞳で無理矢理笑う。
「俺を拾ってくれたのがアークエンジェルで、ホント良かったよ。変なヤツに拾われるのは、もう懲り懲りだぜ、全く」
 再びアハハハと笑いながら、ムウはキラと肩を組む。
「あ、マリューさんに話があるので、早く行かないと!」
 本来の目的を思い出したキラの言葉に「じゃ、艦橋に行かないとな」とムウが即反応する。
 そして肩を組んだまま、二人はエアロックへと向かった。

「あの二人、なにしてたんだぁ?」
 フリーダムがすぐに出られるようにと、整備をしていたマードックは
 キャットウォーク上で繰り広げられていた二人のやり取りを、不思議そうに眺めていたのだった。


 突然、目の前の気密扉のランプが、使用中を示す赤いものに変わる。
 その変化に気付いたマリューは、ハッとして身を硬くした。
 ムウが帰ってきた?
そ う思うと、自然と自分の鼓動が早くなるのを感じていた。

 しばらくの後、ランプが赤から緑に変化する。
 マリューは息を飲み込み、扉が開くのを待った。

 プシューという扉が開く音と同時に姿を現したのは、ムラサメのパイロット達。
「とりあえずシャワーでも浴びたいよな……っと、ラミアス艦長?!」
 ヘルメットを抱えたパイロット達に驚いたマリューの肩から、緊張の力が抜ける。
 いや、それ以上に驚いていたのは、パイロット達だ。
 普通ならばありえない場所で、ありえない人物の姿を見たのだから。
「あ、お疲れさま……でした」
 突然の出来事で、その場に立ち尽くしてしまったパイロット達に、マリューはできるだけ平静を装ってねぎらいの言葉をかける。
「は、はい、艦長もお疲れ様でしたっ!」
 パイロット達は、弾かれたように一斉に敬礼をする。
 そして、ふとマリューは我に返ると、ここに自分がいたら、彼らが着替えられない事に気付く。
「ごめんなさいね。ヤマト准将に用事があったものだから……」
 咄嗟に言い訳を口にすると、廊下に出ようと身を翻す。
「そう言えばロアノーク一佐も、何かキラ様に用事があるとかで、デッキで待たれてましたよ」
 思い出したかのように、パイロットの一人がそうマリューに声を掛けると、反射的にマリューも、彼らの方を振り返る。
「でも、もうすぐココに戻って来ると思いますけど」
 別のパイロットがそう報告すると、マリューはニッコリと微笑みながら
「じゃあ、私は外で待ってますから。みなさんも着替えて、休憩して下さいね」
 と声を掛け、改めて廊下へ移動した。

「はあっ……」
 パイロットアラートの扉が締まると、マリューは深いため息をつく。
 何も部屋の中で待つこともないわよね……改めて考えると、自分のとった行動がとても大胆だった事に気付く。
 そして、ここが宇宙でなければ、速攻でモビルスーツデッキに行っていただろうという事にも気付き、マリューは一人で顔を真っ赤にしていた。
 そのまま、廊下の壁にもたれると、まだ現れない想い人を、ここで待とうと思ったのだった。

 時間にして5分ぐらいだっただろうか。
 パイロットアラートの扉が開き、先程会話を交わしたムラサメのパイロット達が出てきた。
「あ、艦長。キラ様とロアノーク一佐も、もうそろそろアラートに戻られるかと……」
 今、ランプがつきましたし……と、彼が気密扉の方を振り返る。
 それにつられてマリューも、同じ方を振り返ると、確かに赤いランプが灯っている。
「では、失礼致します」と、パイロット達は軽く頭を下げ、移動ベルトに手を掛けるとその場を後にする。
 彼らが廊下の角曲がるのを確認すると、マリューは慌てて床を蹴り、エアロックの気密扉の前までやってくる。
 そして、左腕をぐっと掴むと、その扉のランプが緑に変わるのをじっと見据えた。

 分厚い扉の向こう側から、何やら楽しげな会話が微かに聞こえてくる。
 声の感じからして、ムウとキラに間違いはなさそうだ。
 この扉が開いたら、まずは「おかえりなさい」と言ってあげよう……そして、強く抱き締めてあげよう。
 胸の奥がじんわりと熱くなってくるのを感じながら、マリューはそう考えていた。

 
 そして、エアーの充填が完了した事を告げる緑のランプが点灯し、マリュー表情が緊張を帯びたものに変わった。