嬉し恥ずかし、初めての……  前編

 それは、ムウとマリューが非番の日。
 久し振りにそろって買い物に出かけた先で、思いがけない人物に出くわしたのだ。
「なぁマリュー……あれって、どー見ても……」
「……あら、ホント。見た事ある2人だわ」
 カートを押しながら歩いていた先に見つけたのは、目立つ金髪に薄い色のサングラスをした女性と、黒いセルフレームの眼鏡をかけた青い髪の青年の姿。
 なんとなく……いや、確実にその2人組が気になったムウとマリューは、気づかれないようにこっそりとカートを押しながら近づく。
「あの棚の上のコーンの缶詰を2個、取ってくれ」
 サングラス姿の女性が、あまり女性らしくない口調でとなりの男性に買い物の支持をしている。
「こっちの白い缶でいいのか?」「いや、隣の赤い缶の方がいい……らしい」
 手にしたメモを見ながら答える女性の口調には、ムウも聞き覚えがあった。
 無論、相手の青年にもだ。
 隣の棚を眺めているふりをしながらこっそり2人の後ろに近づいたムウは、突然背後から「珍しい所にお出ましで」と声を掛ける。
「ぅわああっ!」「えっ?!」
 全身をびっくりさせて振り返った2人は、そこでニヤニヤしてカートに肘を付いているムウの姿を発見し「ゲッ」と2度びっくりした。
 更にその後ろからマリューが顔を出したものだから、その2人は三度驚きの表情をあらわにする。
「な、な、なんでお前達がココにいるんだっっ!」
「いや、それは俺の言うセリフだろ?」
 このスーパーは俺達の行きつけの場所だし〜と言いながら、ムウはカートを押して2人の真正面に回り込む。
「なんでこんなスーパーに、代表夫妻が来てるのさ?」
 ムウが周囲の人達には聞こえないほどの小声でボソッと告げると、金髪の女性……カガリが、少し困ったような表情で口を開いた。
「いや……やっと休みが取れたから、たまには料理でもしようと思ってだな……」
 代表としての普段の彼女の姿からは想像出来ない、少し恥ずかしげな様子で答えると、さすがのムウも「そーだったのか」と、フッと笑みを浮かべる。
「それで、2人揃ってお買い物?」「えぇ、そうなんです」
 アスランまでもが恥ずかしそうな表情でマリューの問いかけに答えると「で、護衛は?」と今度はムウが問い返す。
「いえ、下手に護衛なんて付けたら、逆に目立つと思ったので……」
 少し歯切れの悪い答えのアスランに付け加えるように、カガリが慌てて口を開いた。
「だから、こう……町中の普通のカップルみたいな格好で来れば目立たないと思って……」
 そう言いつつ、カガリは自分が着ているワンピースをぐいっと引っ張る。
「で、普通のカップルの格好って事で、ペアルックなのか?」
 ムウはカガリが引っ張っていたワンピースと、アスランが着ているシャツが同じチェック柄である事に目ざとく気づいて聞き返した。
「同じ布地で作られてるのね」
 アスランとカガリをからかおうとしているムウとは対照的に、マリューは感心したようにカガリのワンピースを見つめている。
「あ、いや……その……これはだなっっ!」

 恥ずかしそうな様子のカガリの説明によると、どうやら彼女がマーナに「普通のカップルっぽい服を」と、準備をお願いしたそうだ。
 すると、カガリにはワンピースとレギンスが。アスランには同じチェック柄のシャツと黒いTシャツにデニムが準備されていた。
 お互いの服装を知らないまま準備されていた服に着替えて部屋を出たら、同じチェック柄のペアルックになっていたという訳だった。

「んじゃ、そのペアルックって発想は、マーナさんなのか〜」
「まかり間違っても、私が自分からこんな格好すると思うか?」
 ムウに食ってかかるような勢いでカガリが言うと、隣でアスランが苦笑を浮かべている。
 そんなカガリの様子に、ムウは「……想像できません」と妙にかしこまって言葉を発した。
「でも、そういうのが許されるのって、若いうちだけよ」
 まぁまぁ……と、興奮した様子のカガリをなだめるかのように優しく肩を叩きながら、マリューはそう語りかける。
「私達ぐらいの歳になると、ペアルックなんて出来ないわよ」
 ペアルックを着せられた事に少々息巻いている様子のカガリに、マリューは優しくたしなめるようにそう話した。
「フラガなら、普通にペアルックを着そうだけどな」「おぃおぃ……それ、どういう意味だよ」
 カガリの言葉に「傷ついた〜」と言いながらもムウは「俺だって、自分の歳ぐらい把握してるぜ〜」と、悔しそうに言い返す。
「でも、なかなか出来ない経験だと思ったんですけど……俺は」
 なんとかその場を収めようと思ったのか、はたまた本心なのか分からないような事をアスランが告げると、隣にいたカガリの頬が急に赤くなる。
「ァ、アスラン……急に、何を……」
「いや、普段は2人だけで1日過ごすなんて事出来ないし、こうやって普通のカップルっぽい事も、たまにはいいじゃないか?」
 微笑みながら話すアスランに、カガリは「お前がそう言うなら……まぁ、たまには……いいか……」と、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「はいはい、ごちそうさまっ!」
 なんともラブラブな2人のやり取りに思わずムウは呆れたような声を上げると、2人の肩に両手を置き「続きは家に帰ってからドウゾ」と笑う。
「フラガッ!」「一佐!」
 

「……若いって良いわねぇ」「ん?」
 自宅に戻る車の中で、マリューがポツリと呟く。
「何、急にどうしたワケ?」
 ハンドルを握りながらムウはマリューに問い返すと「だって……カガリさん達見てると、私ももう少し若ければって羨ましくなるわ」と笑いながらマリューが答えた。
「……それなりに年齢を重ねた恋愛はダメかぁ?」
 なんとなく意地悪な質問をしたくなったムウがクスクスと笑いながら聞くと「でも、若い時にしかできない恋愛もあるでしょ?」と、逆に聞き返される。
「ん〜、でも俺達の若い頃は、次の日の命も分からない状態だったからな。相手を愛しむ恋愛なんて……する余裕なかったな」
 マリューの問いに連合軍にいたころの自分の姿を思い出して、ムウはポツリと呟く。
「確かにそうよね。あんな風にペアルックを楽しむ余裕なんてなかったわ」
 マリューは肩を竦めるようなしぐさをすると「でも、ムウと一緒に過ごせる今が、一番幸せよ」と微笑む。
「俺も……今が一番幸せだな」


 その3日後。
 ムウは早番の仕事帰りに、近くのショッピングモールに立ち寄った。
「さぁ〜て、どうすっかなぁ?」
 頭をボリボリと掻きながら、ムウは広いモール内を歩き始める。
 マリューの誕生日に今年は何を贈ろうか……そんな事を考えつつ、ムウは次々といろいろなショップの店先を覗く。
 が、なかなかコレといった物が見つからず、煮詰まってしまった頭を冷やそうと、カフェでアイスコーヒーを頼んでいた。
 カウンターでアイスコーヒーのグラスを受け取ると、店の外の席にどっかりと腰を下ろす。
「去年はドレスを贈ったし、今年はやっぱりジュエリーかなぁ?」
 ブツブツ言いながらアイスコーヒーのストローを咥えると、目の前に1組のカップルが座るのが見えた。
 椅子に座ったというのに、そのカップルは手を繋いだまま。
「若いと、周りの目も気にならないからなぁ〜」
 クスッと笑いながらそのカップルを見ていたムウは、ふとある事に気づいた。
 向かい合って座っている2人の手首で、くすんだ色のブレスレットが鈍い光を放っている。
 手が動くたびに微かに揺れるそれは、はっきりとは分からないのだが、どうやら同じデザインのようだ。
「……ふ〜ん。なるほどねぇ」
 何か思いついたムウは、一気にアイスコーヒーを飲み干すと再びショッピングモール内をウロウロし始めた。



 そうして迎えたマリューの誕生日……なのだが、あいにく2人揃って軍に出勤。
 帰宅するのはお互いに夜中という、普段と変わりない1日を送っていた。
 ただ違う事と言えば、すれ違ったアークエンジェルのクルー達が「艦長、お誕生日おめでとうございます」と声を掛けてくれる事だろう。

 自室でパソコンのモニターに映し出された書類の山に目を通していたマリューは、最後の1枚を確認し終わると「ふぅ」と小さくため息を漏らした。
 そしてその書類をディスクに保存して取り出すと、隣のデスクで別の仕事をしていたミリアリアに声を掛けた。
「これ、全部確認したから、キサカ一佐へ届けてもらえるかしら?」
「あ、はい。わかりました」
 自分のパソコンの電源を落とすと、ミリアリアは立ち上がってケースに入れられたディスクを受け取る。
「届けたら、お茶にしましょう。美味しい紅茶、淹れておくわ」「あ、はいっ!」
 嬉しそうに微笑んだミリアリアは「では、行ってきます」と言うと、部屋を後にした。

 ミリアリアが戻ってくるまでに……と、マリューは戸棚からティーポットと紅茶の缶を取り出すと、備え付けの電気ポットの再沸騰スイッチを押した。
 しばらくすると、ポットの中のお湯が沸騰したことを知らせるメロディーが聞こえてくる。
 ……ミリアリアさんが戻って来てから淹れても遅くないわね……そう思いつつ、2人分のティーカップを準備していた。
 その時、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あら?ミリアリアさん、思ったより早かったのね?」
 そう言いつつ、部屋のインターホンのスイッチを押すと、画面には「ん?」と不思議そうにしているムウの姿が映し出された。
「マリュー、俺だけど??」「えっ?ムウだったの?!」
 驚きながらも慌てて扉のロックを解除すると「何?お譲ちゃんと待ち合わせしてたのか?」と言いつつ、ムウは部屋に入って来る。
「待ち合わせって言うか、仕事が一段落したからお茶でもしようと思ってたのよ……」と苦笑する。
 せっかくだから、一緒に飲みますか?と聞きながら、マリューは戸棚からもう1つティーカップを取り出していた。
「ん〜、そうだな。俺も紅茶飲みたかったし」
 そう言うと、さっさと目の前のソファーに腰を下している。
 振り返ったマリューは、そこに座るムウの姿に、ほんの少しだけ違和感を感じた。
「……どうしたんですか?あなたがインナーのジッパーを上げてるなんて」
 いつもと同じように制服は腕まくりされているのに、紫のインナーの襟元だけはきっちりと閉じられている。
「いや、あのさ……コレを渡しに来たんだ」
 そう告げると、後ろ手に隠していた山吹色の小さな紙袋を差し出した。
「え?」
 その小さな紙袋をマリューが受け取るのと同時に、ムウは彼女の唇にキスを落とす。
 触れるだけのキスで顔を真っ赤に染めたマリューが「ちょっと!」と怒りの言葉を口にしようとしたのを、ムウの一言が制した。
「誕生日おめでとう、マリュー」
「あっ……ありがとう……ムウ」
 突然告げられた言葉に、思わずマリューは素直に礼を述べてしまう。が、思い出したように「こんな所で、突然キスしないでください!」と少しだけ怒ってみせる。
「まぁまぁ。誰か来ても、勝手に部屋には入れないんだし」「でも、すぐにミリアリアさんが戻ってきますし……」
 そう言って口をへの字に曲げるマリューに、ムウは「ごめんごめん」と軽い感じで謝る。
 そんな様子を見ながらマリューは「もう……」とため息をつくと「紅茶淹れるわね」と微笑みを投げかけた。

 ティーカップに紅茶を注ぎながら、マリューはテーブルの端に置いた山吹色の紙袋が気になっていた。
 片方のティーカップをムウに差し出すと「これ、開けてもいいかしら?」と訊ねる。
「あぁ、もちろん」
 ムウがそう微笑むのを見届けたマリューがその袋を開けると、その中には紙袋と同じ色の小箱が入っていた。
 その小箱を取り出し蓋を開けると、少しくすんだシルバーのネックレスがあった。
「これ……『A』なの?」
 いぶし銀のネックレスのトップが、筆記体のAがデザインされたような形に見えたマリューは、ムウを見つめながら問いかける。
「あぁ、俺達を結びつけてくれたアークエンジェルのAだよ」
 ムウはそう言うと、珍しく引き揚げたままだったインナーのジッパーを、いつものように鎖骨が見えるぐらいまで引き下ろした。
 すると、その胸元からも同じAのデザインのネックレスが姿を現したのだ。
「えっ?……もしかして、お揃い?」
 自分の手元のネックレスとムウの胸元のそれを見比べたマリューがそう呟くように言うと「ん〜、まぁ……そんな感じかなぁ」と、少し照れたような声が返ってくる。
 照れた様子のムウに、マリューは「ありがとう」と笑みを浮かべる。
「お揃いの物って、軍服くらいしかなかったから……嬉しいかわ」
 うふふふと小さく微笑みながらネックレスを見つめているマリューにムウは「おいおい。軍服は軍の人間、全員がお揃いだぞ」と肩をすくめる。
「あ……そう言われればそうよね」
 そんな一言にマリューが妙に納得したようにウンウンと頷いていると「それ、つけてやるよ」とムウがソファから立ち上がる。
「じゃあ、お願い」
 そう言うと、マリューは自分の後ろに回ったムウに小箱を手渡す。
 小箱からネックレスを取り出したムウが「インナー、開けてくれるか?」とマリューに訊ねると「えぇ」と細い指が赤いインナーのジッパーを下していく。
 シャラシャラと軽い音を立てながら、ムウはネックレスをマリューの首の後ろで留める。
「どうかな?」
 彼女の両肩に手を置くと、その首元を覗き込む。
「鏡、見ていいかしら?」「あぁ」
 少しウキウキしたような声でムウに聞くと、マリューは壁に掛けてある鏡の前に立った。
「キラキラしたシルバーと違って、落ち着いた感じで素敵だわ」
 首を右に左にと傾げながら鏡を見ているマリューの後ろから、ムウも「どれどれ?」と、その鏡を覗き込む。
「ありがとう、ムウ」
 鏡越しにムウと視線を合わせたマリューが嬉しそうにそう言うと「いえいえ、どーいたしまして」と返事をする。
 そして、少しだけ体をずらしたムウは、自分がしているネックレスをその鏡に写すと、自身の視線をマリューのネックレスに動かす。
「こういうペアなら、マリューも喜んでくれるかなって思ってさ」
 そんなムウの言葉に、鎖骨の上で揺れる2つのAを交互に見つめたマリューは「これだと、普段は隠せるから誰にも気づかれないし、いいわね」とクスッと肩をすくめる。
 そして自分の赤いインナーのジッパーをいつものように上まで上げ「ほらね」とムウの方を振り返ると、紫のインナーにも手を伸ばそうとする。
「俺はこのままだ」
 伸びてきた手を優しく掴むと、ムウはさらに言葉を続ける。
「ほら、俺がインナーをきっちり着ていたら……逆に周りのヤツらに怪しまれるだろ?」
 そう言われたマリューが「それもそうね」と思わずクスッと笑うと「だから、このままにしておいてくれよ」とムウはギュッと彼女を抱きしめた。

「それにしても、どうしてペアのネックレスだったの?」
 抱きしめた腕の中から問いかけられたムウは「ほら、いつだったか言ってたろ?」とウィンクをする。
「若い頃だったら、ペアルックとか出来たのにってさ」「……あぁ、カガリさん達のペアルックを見た時ね」
 ムウの言葉で、そんな事を以前口にしたのだという事を思い出したマリューが納得したような表情を見せた。
「ペアルックって歳じゃないけど、でも何かマリューとお揃いにしてみたかったんだよ……俺もね」
 そう言いながらムウは、閉じられていたマリューのインナーのジッパーを下ろす。
「だから、ネックレスだったの?」
 目の前のムウのネックレスに触れながらマリューが呟くと、ムウが「まっ、目立たないかなって思ってさ」と、逆に彼女のネックレスに触れる。
「貴方とお揃いの物を身に着けるのって、なんだか新鮮な感じで嬉しいわ」
「ん……俺も」
 そのままムウがマリューにキスをしようとしたその時、またもや来客を告げるチャイムが部屋に響き渡った。
「あっ!ミリアリアさんだわっ!」
 両手でムウの広い胸板を力いっぱい押し返したマリューが、慌ててインターホンのボタンを押すと「ミリアリアです」という声が聞こえた。
「い、今……開けるわね」
 ドキドキしながらそう答えると、思い出したように自身のインナーのジッパーを引き上げてから、部屋のロックを外す。
「あ〜ぁ、残念」
 ムウがボソッと呟くと、マリューは「何か?」と艦長の雰囲気を漂わせながら振り向く。
 と同時に、入室してきたミリアリアがムウの姿を見つけて「あ、フラガ一佐……お邪魔でしたら、私は席を外しますが」とニコニコしている。
「あ〜、それなら……」と、彼女にお願いをしようとしたムウよりも早くマリューが「フラガ一佐の用件はもう済んだから、これから帰るところでしたのよね?」と満面の笑みでムウを振り返った。
「あ……えっ?!……ま、まぁ……そーだな」
 妙にしどろもどろになりながらも、ムウは「んじゃ……戻るわ」と言うと、名残惜しそうにマリューを見つめてから部屋を後にした。

「あのぉ……フラガ一佐、帰ってしまって……本当に良かったんですか?」と、ちょっと心配になったミリアリアが訊ねると、マリューは「家に帰れば一緒だから、別にいいのよ」と笑って答える。
 と同時に、ミリアリアはムウの微妙な変化にも気付いていたようで「フラガ一佐……いつからネックレスなんてするようになったんですか?」と不思議そうにマリューに訪ねる。
「えっ……と……いつだったかしらぁ??」
 うふふふふふと顔を赤らめつつ笑うマリューの様子に、ミリアリアは「きっと今、私がいない間に何かあったんだわ」と自分自身の中で納得する。
 が、今日がマリューの誕生日なのに、何故ムウが今日からネックレスをしているのかが引っかかってしまうミリアリアであった。


 久しぶりにお話しを1本アップさせていただきました。
 って事で、マリューさんのお誕生日のお話です。
 えーっとですね、実はこのお話……来月のムウの誕生日まで続く予定なので『前編』なんです(苦笑)

 さてさて、来月末までに、また頑張って続きを書きたいと思います!

 

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