Promise


 あと1カ月程で、マリューの誕生日だという日。
 軍本部のとある部屋から、ムウ・ラ・フラガの叫び声が聞こえた。

「はあ゛〜っ!」
「だから、スマンと謝っているんだ」
 ワナワナと震えるこぶしを握り締めたムウが見下ろしていたのは、この国の代表である。
「今になって謝られても、こっちの予定はどうなるんだよ……」
 怒りを通り越して、すでに呆れ顔のムウが、呟くようなため息と共に言葉を吐き出す。
「本当に、申し訳ない。急に発展型ドラグーンの訓練も追加になってしまったものだから……」
 目の前でひたすら頭を下げるカガリに、ムウは「結局、それで俺が呼び出された訳か」と再びため息をつく。

 ムラサメパイロット候補生の、訓練合宿。
 それは1ヶ月もかかるハードなものである。
 しかも、訓練に集中出来るようにと、山奥の特別訓練施設での合宿。
 そこに行くには、輸送機を使うしかない……つまりは下界と遮断された、ある意味、監禁状態での訓練なのだ。

 その訓練に、ムウも教官の1人として参加する事になったのである。

「せっかく、マリューの誕生日に休暇を取ったのになぁ」
と、少々悪態を付きつつも、ムウは「分かりましたよ、代表殿」と敬礼をする。
「その代わり……」「何だ?」
 ムウは、腕組をしながらニヤリとすると「お願いしたい事があるんだが……」と、カガリに耳打ちをする。
「はぁ?!お前、正気か?」
 それを聞いたカガリは、思わずムウを問いただす。
 が、ムウは、さも当たり前だという顔で「だから、なんとかなんないかと思ってさ」と、大真面目な顔でカガリに詰め寄った。
「……分かった。その件は、こちらから連絡しておく。ただし、制限される事もあるぞ」
「了解!んじゃ、そういう事で」
 しぶしぶといった様子でムウの条件を飲んだカガリに、ムウは満面の笑みで「契約成立だな」と右手を差し出す。
「何が契約成立なんだよ、全く……」
 今度は逆に、カガリがため息を付きつつ、ムウと軽く握手を交わした。


 自宅に戻って来たムウは「ただいま〜」と大声で言うと、すぐさまリビングに入る。
「あら、おかえりなさい」
 キッチンに立っていたマリューは、その声に気付いてリビングの方を振り返った。
 そこには、山のような資料をドサッとテーブルに置くムウの姿が見える。
「どうしたの、そのファイルの山?」
 不思議に思ったマリューが、そうムウに訊ねると「いやぁ、参ったよ……」と苦笑しながらマリューをふわりと抱きしめる。
「参ったって……何が?」
 柔らかい彼女の髪に顔を埋めていたムウは、そのままマリューのおでこにチュッとキスを1つ落としてから口を開いた。
「今日さ、代表殿から呼び出されたと思ったら、いきなりあの資料の山だよ」
「何?また何かの特殊任務?」
 可愛らしく首を傾げるマリューに、ムウは「ある意味そうなのかもしれんが……」と再び苦笑する。
「実はな、来週から始まるパイロットの訓練合宿……俺も急遽、教官として行かなきゃならなくなったんだよ」
 ごめんな……と謝りながら、更にマリューをしっかりと抱きしめる。
「訓練合宿って、あの1ヶ月かかるっていう?」「……あぁ」
 どうしてまた、そんな急に?と、少し落胆した声色のマリューに訊ねられたムウは、数時間前にカガリから聞いた話を、そのまま聞かせた。

「そう……発展型ドラグーンの適合者訓練なのね」
 出来上がった料理を大皿に盛り付けていたマリューは、それを隣に立っているムウに手渡す。
「あぁ、その為のシュミレーターも訓練施設に設置したらしくてな」
 受け取ったそれをテーブルに運んだムウは、戸棚から小皿を取り出している。
「それをまともに扱えるのは、俺だけだって言うんだよ……代表殿がさ」
 小皿とグラスをテーブルに並べながら、ムウはため息混じりに話していた。
「でも、仕方ないわよ。アレを実戦で使いこなしているのは、あなただけですもの」
 なだめるような優しい表情で、マリューはムウに微笑み掛けると、冷蔵庫からサラダの入った大きなガラスボウルを取り出す。
 それをテーブルに置きながら「そうなると、せっかく私の誕生日に休みを取ってもらったのも、ダメになっちゃったわね」と苦笑する。
「あ〜、それは待っててよ。なんとかするからさ」
 その為に、半年前から申請してたんだぜ……と言いながら、持ってきたワインの栓を抜く。
「何とかするって言っても、どうするんです?輸送機しか脱出手段のないあの場所から、休暇を取るって……」
 自分のグラスに注がれる赤い液体を眺めながらそう言うと、不思議そうな顔でムウを見つめた。
「ん〜、大丈夫、大丈夫。何たって俺は”不可能を可能にする男”なんだからさ」
 そう言いながらアハハハと豪快に笑うムウに「どこからそんな自信が出てくるものか」と、マリューはため息をつくのだった。


 翌日から、ムウはマリューの誕生日に向けてコソコソと準備を始めた。

 軍の自室で訓練のカリキュラム作りをする合間、休憩と称して、本屋で購入してきた情報誌をパラパラとめくる。
「おっ?コレかぁ〜」
 何やら気になる物を見つけたムウは、携帯を取るとそこに書かれている番号を入力する。
 数回のコールの後、携帯の向こう側から、店員らしき女性の声が店名を告げた。
「あぁ、突然すみません。実はですね……」
 自室は自分1人しかいないと言うのに、ムウは何故か小声で話を始める。

<かしこまりました。ではご準備してお待ちしております>
「あぁ、よろしくお願いします」
 携帯の通話ボタンを切ったムウは、小さく「ぃよっしゃ〜!」とガッツポーズをする。
 が、再び情報誌をパラパラとめくり始めると、別のページでその手を止めた。
 そして、先程のページと見比べながら「う〜ん」と唸り始める。
「でも、やっぱり……こっちもいいな」
 何やら1人でブツブツと呟くと、再度、携帯でどこかに電話を始めた。

 先程と同じように、何やら電話口の相手に頼み事をしたムウは、ニヤリと1人で笑いながら電話を切った。
「あの店は、半年前から予約済みだし……これで準備万端だな」
 1人で唸って、1人で納得した様子のムウは、改めて目の前に放り出したままだった、カリキュラム作りに取り掛かった。


 それから10日後。

「じゃあな、マリュー。毎日電話するから」
「えぇ、待ってるわ」
 どうせ私が嫌だと言っても、声を聞かなきゃ納得しないんでしょ?と笑いながらマリューが小声で呟く。
「当ったり前だろ!俺はマリューがいなきゃ生きてけないのっ!」
 さも当たり前という様子で、そんな事を口走るムウに、マリューは苦笑するしかなかった。

 一応、制帽は被っているものの、いつものようにその軍服は腕まくりされ、インナーの襟元は開けられたまま。
 そんな姿のまま、きっちり並んだ候補生達の後ろから付いて行くムウは、マリューに向かってウィンクを1つ飛ばす。
「……全く……みんなが見てるって言うのに……」
 恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じたマリューは、思わず俯く。
 が、すぐに顔を上げ、ムウが乗り込んだ輸送機のハッチが閉まるのを見つめる。
「行ってらっしゃい、ムウ」
 そう、小さく呟くと、轟音を上げる輸送機の姿が見えなくなるまで見送った。
 こうして、パイロット候補生達とムウ達教官は、本部の飛行場から合宿所へと旅立ったのだ。


 その日から、毎日夜10時を過ぎると「定時連絡だぞ」と言いながら、ムウから電話がかかってくる。
 マリューもその電話を心待ちにしており、今日1日何があったか……それをお互いに語り合うのだ。
「今日の訓練は、誰もまともにドラグーンの操作が出来なかった」だの「代表に付き合って、行政府まで行った」だの、どちらも仕事の話が中心である。
 そんな他愛もない話でも、ムウとマリューにとっては、楽しい時間であった。


 そんな離れ離れの生活が始まり、早20日が経過した頃。
 いつものように定時連絡で回線を繋いだいだムウが、マリューに「待ち合わせしようよ」と、笑顔で告げたのだ。
「待ち合わせ?」
 マリューは不思議そうな表情で、テレビ電話の向こう側の相手を見つめる。
「12日の夕方4時。ヒミコ・ショッピングモールにある、百合のオブジェの前でさ」
 てっきり、訓練から帰って来た日の待ち合わせの事だとばかり思っていたマリューは「12日?」と驚いた声をあげた。
「12日は、まだアナタも合宿中でしょ?」
 慌てて問い返したマリューに、ムウはウィンクをしながら「休暇もらってるからさ、ちゃんとマリューのお祝いをしたいワケ」とニコニコ答える。
「休暇って……って、それよりも、そんな山奥からどうやってこっちまで来るんです?」
 あなた1人の為に、輸送機は飛びません!と言い切ったマリューに対し、ムウは「言ったろ?俺は不可能を可能にするってさ」と意味深発言をする。
「絶対、絶対に俺はそこに行くから!だから、ちゃんとマリューも来るんだぞ!」
 最後は、半ば命令口調になっていたムウに、マリューは納得いかないといった表情で「はいはい、わかりました」と返事をするだけだった。