ポワソン・ダブリル −4月の魚−



 マルキオ導師の孤児院から、ランチパーティーの招待状を受け取っていた2人は、マリュー特製のロールキャベツを手に海岸沿いにある孤児院へやって来ていた。
 到着早々、ランチの準備をする為にと、カリダやラクス、そしてマリューもキッチンで料理の盛り付けを手伝う事に。
 その頃、残されたキラとムウはと言うと、もっぱら子供たちの良い遊び相手になっていた。

「くぉ〜ら〜ぁっっ!待てぇ〜っっ!」
 叫んで走り出したかと思うと、ムウは近くを駆け抜けた男の子をひょいっと抱え上げる。
「うわ〜っっ、捕まっちゃったよぉ〜っ」
 叫びながらも大笑いしている子供を見て、ムウはしてやったりの表情を見せる。
「俺をオニにするのは間違いだって、始めから言ったろ?」
 そう言いつつ、捕まえた子供をキラに手渡すと、すぐさま庭を走り回っている子供たちの中へ突進して行く。
「うぉりゃあぁ〜っっ!」
 再び、男の子を1人捕まえてキラの元に駆け寄ってくる。
「ムウさん、鬼ごっこにそんなに本気にならなくてもいいんですよ」
 少し苦笑しながらキラがそう言うが、オニになっているムウは「遊びも仕事も、本気でかかんねーと」とニカッと笑いつつ、腕の中でジタバタしている子供をキラに預ける。
「あと3人!」
 そう言いつつムウが子供を追いかけ始めた時、キラの後ろにいた子供が「キラにぃちゃん……」と彼の服を引っ張った。
 それに気付いたキラが腰をかがめて「どうしたの?」と笑顔で聞き返すと、その子は「あのね……」と、そっと彼に耳打ちをする。
「うん、分かった。ちょっと待ってて」
 その子の提案を聞いたキラは、ニッコリと微笑むと差し出された紙切れを受け取り、それを後ろ手に隠した。
 しばらくすると、三度子供を捕まえたムウがキラの元に戻ってきた。
「ほいよ、あと2人だな」
 笑いながらキラの目の前に子供を下ろすと、くるりと背中を向ける。
<今だっ!>
 キラの目がその瞬間を見逃さなかった。
 仁王立ちで少しばかり無防備になったムウの背中を、キラがいつもの調子で軽く叩く。
「ムウさん」「あぁ?なんだ?」
 突然キラに叩かれたムウは、不思議そうに振り返った。
 ムウの背中からキラが手を離した途端、後ろにいた子供たちからクスクスと笑い声が漏れ始める。
 しかしキラは、それにはまったく気付かない素振りでムウの正面に回り込んだ。
「もうすぐランチパーティーの準備ができるみたいですから、そろそろ鬼ごっこも終わりにしたらどうですか?」
 にっこりと微笑みながら話すキラに、ムウは「あぁ、もうそんな時間か」と腕時計を見る。
 すると、まるでタイミングを計ったかのように、カリダの声が庭中に響き渡ったのだ。
「ランチパーティーにしますよ〜!」
「「は〜い!」」

 庭にいた子供たちはムウとキラに呼び集められて、順番に部屋へと入っていく。
 だがその時、ムウの前を通り過ぎる度に、子供たちは皆クスクスと笑みを漏らしている。
「ほら、みんな、早く手を洗って」
 子供たちを誘導しているキラも、ムウの方を振り返る度にクスリと笑みを漏らす。
「……何だぁ?」
 先程まで鬼ごっこをして大笑いはしていたのだが、今はと言うと、子供たち全員がコソコソと内緒話をしながら笑っているのだ。
 しかも、ムウを見ては……である。
「何だアイツら?」
 何故子供たちが笑っているのか……その理由が分からないまま、ムウはマリューの隣の席に腰を下ろす。
 ムウが座った時の勢いで、何か白いものがひらりと動くのが、隣に座っていたマリューの目に写った。
「ムウ……背中に何か付いてるみたいだわ」「え?」
 不思議に思ったマリューが、ムウの背中に付けられていた白い紙を外すとそれを差し出す。
「……なんだ、コレ?」
 受け取ったものは、魚の形に切り抜かれた白い紙。
 2人がその魚型の紙片をヒラヒラさせていると、テーブルについていた子供たちから大きな笑い声が上がった。
「……マリューさん、駄目ですよ。それ、外しちゃ」
 笑いながらキラがそう言うが、2人には何の事なのか全く理解出来ていない。
「キラ……何の真似だ?」
 これだけ笑われているのだから、何か可笑しな秘密が隠されているに違いないと踏んだムウが、キラを横目で睨んでいる。
「だって……今日は4月1日だから『ポワソン・ダブリル』の日なんですよ」
 おなかをさすりながら笑っているキラが、ムウを見ながらそう教えてくれる。
 だが『ポワソン・ダブリル』にピンと来ない2人の様子に気付いたキラは、自分が落ち着く為にコップの水を一口飲むと再び口を開いた。
「子供たちが、エイプリル・フールの日にするイタズラなんですよ」
「はぁぁ??」
 イタズラと聞き、ムウはため息混じりに頭に手をやるが、マリューはクスクスと肩を震わせて笑っている。
「だってムウさん、子供相手に、本気で鬼ごっこするんですから」
 子供たちからの逆襲ですよ……とキラが言うと、逆にムウが反撃に出る。
「だからって、俺の背中にこんなの貼れるのは、キラしかいねーだろ」
「僕は、子供たちの手助けをしたまでです」
 しれっと言い返すキラに、ムウは「もういいよ」と半ば諦めた様子で、また一つため息をついた。
「いいじゃないですか。子供たちもこんなに楽しんでくれたんだし」
「よくねーよ」
 キラは再び笑いながら声を掛けたが、ムウはすっかり拗ねてしまったようでテーブルに片腕で頬杖をついている。
 その様子を隣で眺めていたマリューが、むくれている恋人の肩にそっと手をかけ、顔を覗き込む。
「やっぱり、キラ君の方が一枚上手だったって訳ね」
「……マリューさん、そりゃないでしょ〜」
 マリューのとどめの一言にガックリとうなだれるムウを見て、その場にいた全員から更に笑い声があふれ出した。

 そんな笑い声の溢れる食堂にマルキオが姿を現すと、子供たちが一斉に「あ、導師さまだぁ!」と姿勢を正す。
「何か楽しい事があったようですね?」
 部屋に入るなり、その場の楽しそうな雰囲気を感じ取ったマルキオが、いつものように微笑を湛えた表情でテーブルに着く。
「えぇ。フラガさんが、子供たちに大人気なんですの」
 クスクスと笑いながら、テーブルの真ん中に料理の乗った大皿を置いたラクスが答える。すると、それに被せるかのようにキラも口を開いた。
「みんなで『ポワソン・ダブリル』をしたんですよ」
「そうでしたか。それでみんなで笑っていたんですね」
 相変わらず柔和な笑顔で受け答えをしているマルキオに、ムウも反論する気持ちが萎えてしまう。
 が、気を取り直すと先程から疑問に思っていた事を口にした。
「で、その『ポワソン・ダブリル』っていうのは、一体何なんですか?」
「それは、ヨーロッパのある地方での風習なんですよ」
 マルキオがそう答えると、マリューが「風習?」と首を傾げた。
「ある地方では、4月1日が川や湖での魚釣りの解禁日なんです。その日に大人たちはこぞって釣りに出かけるのですが、まだ春早い時期ですからね。魚達もそうそう簡単には釣られてくれないそうです」
 マルキオが柔らかい口調で説明を始めると、それまでクスクスと笑っていた子供たちも静かにその話に耳を傾ける。
「結局、ほとんどの人が魚に騙されて、1匹も釣ることが出来ずに帰ってきます」
「……魚に騙されるエイプリル・フールって事ですか?」
 思わず聞き返したムウに、マルキオは「えぇ、そう言う事になりますね」と答える。そして、そのまま話を続けた。
「手ぶらで帰ってきた大人をからかう為に、子供たちが紙で作った魚を、その人に貼り付けるんです」
「『紙の魚が釣れたぞ』ってね」
 最後の一言をキラが楽しそうに口にすると、子供たちも楽しそうに笑い出した。
「今となっては魚釣りをしてきた人に限らず、子供たちも、お互いに紙の魚を貼ったり貼られたりして楽しんでいると聞きますわ」
 キラの顔を見ながらラクスがそう言うと、キラも「あぁ、そうだね」と微笑み返す。
「なんだか、ウソをつくエイプリル・フールより、こちらの方が子供たちにとっては楽しそうですね」
 一通りの話を聞いたマリューが、マルキオにそう告げる。
「えぇ、そんな子供たちのイタズラを、大人たちが寛大に見ていてくれるという事が、素敵な事なんですよ」
 マルキオは、にこやかな表情でマリューに返事をすると、キラも「相手が心の狭い大人だと、とんでもない目に遭ったりしてしまうでしょうね」と言葉を続けた。
「だからきっと、子供たちはみんな、フラガさんの事が大好きなんですよ」
 そうでなければ、こんなイタズラは出来ませんよ……と、隣に座っているムウを振り返りながらマルキオが語りかける。
「だって、いつもいっぱい遊んでくれるからさ、僕たち、ムウおじちゃんの事、大好きだよ」
 ムウが口を開くより早く、子供たちの中のリーダー格の男の子がその身を乗り出して叫んだ。
「お、おじちゃんっ?!」
 その一言に、ムウは更にがっくりと肩を落とし、残りの大人たちは一斉にクスクスと笑い始める。
「あのなぁ〜、俺はこう見えても、まだ独身なんだぜ。せめて『お兄さん』とか言ってくれよ」
 顔を上げたムウは、その男の子に向かって困ったような表情でそう言った。だが、その男の子は、何故?という表情で首をかしげると反論をした。
「だって、キラお兄ちゃんよりムウおじちゃんの方がずっと年上じゃん!」
「あぁっ?!」
 まるで駄目押しのような男の子の一言に、ムウは「どーせ俺はおじさんですよ……」とひねくれる。
 そのやり取りに大人達はこらえ切れなくなり、ついつい大笑いしてしまう。
 目尻に涙を浮かべながら笑っていたマリューも、さすがにムウが可愛そうになったようで、優しく彼の背中を撫でながら「ムウ?」とその蒼い瞳を覗き込んだ。
 そして、その耳元で「ムウがおじちゃんでも、私は愛してるわ」と誰にも聞こえない程の小声で囁く。
「マリュー?!」
 その一言で、ガバッと身を起こしたムウにマリューは「あら、ご機嫌直ったみたいね」とクスリと笑みを漏らした。
「ねぇねえ、ムウおじちゃんに何て言ったの?」
 マリューの隣に座っていた女の子が、ムウの変わり身の早さを不思議そうに訊ねる。
「教えて欲しいか?」「ム〜ウッ!」
 ニヤリと笑いながらその女の子に話しかけようとしたムウは、自分の目の前を遮る恋人の怒った表情にドキリとしながら僅かに身を引いた。
 次の瞬間「はい、どーぞ」といきなり口に入れられたのは、マリューの作った大きなロールキャベツ。
「ふぁりぅ〜っっ!」
 丸ごと1個のロールキャベツを口に入れられてモゴモゴ言っているムウの姿に、食堂は再び楽しそうな笑い声に包まれたのだった。


え〜、エイプリル・フールに何か……と思って、ブログに突発的に書いた物を、手直ししてみました(苦笑)
この『ポワソン・ダブリル』は、たまたまこの日の新聞に掲載されていた記事が元ネタです。
その記事を読んで、頭の中に浮かんできたのは「騙されるムウ」と「黒いキラ」でした(こら
まぁ、でも、そんなにキラくんは黒くならなかったかな……と思いますが、どうでしょう?



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