春先の招待状


 定例会議が終わり、マリューは与えられている自室に戻ってきた。
 その資料をファイリングしていた彼女に、壁のカレンダーが目に留まる。
 今日は1月25日。
 特に何もない、至って普通の日である。
 するとマリューは、突然何かを思い出したように1月と2月が並んでいるカレンダーを見て、指でたどりながら「1・2・3……」と数え始めた。
「20日後だわ」
 数え終わったマリューはその数字を口にすると、腕を組みながら考え事を始める。
 その時、電話のコール音が響いた。
 慌ててその受話器を取ると、相手はミリアリアだった。
<ラミアス一佐、昨日頼まれていたデータが全部集まりましたので、今からお持ちしてもよろしいですか?>
 何故か他人行儀なミリアリアの言い方に、マリューは少し噴出しそうになりながらも「えぇ、お願い」と答えていた。

 数分後、訪問者を継げるインターホンが鳴る。
 モニターのスイッチを押すと、そこに映し出されたのはミリアリアの姿。
<一佐、先程のデータをお持ちしました!>
「ロックは解除したわ。どうぞ」
 ミリアリアの笑顔につられて、マリューも自然に笑顔になっていた。
「失礼いたしま〜す」
 軽く頭を下げてミリアリアが部屋に入ってくる。
「わざわざありがとう、ミリアリアさん」
「いえ。これがそのデータが入ったディスクです」
 そう言って彼女から差し出されたディスクを受け取ると、立ち上げておいたパソコンに挿入する。
「うん、必要な物は全部入っているわ。ありがとう」
「いえいえ」
 手早くディスクの中身を確認したマリューは、パソコンの電源を落とすと立ち上がった。
「そろそろお昼でしょ?一緒にどうかしら?」
「えぇ、是非!」
 マリューと一緒に昼食を食べるのは、ミリアリアにとっても久しぶりの事だ。
 彼女は満面の笑みで答えると「早くいきましょう?」とマリューをせかすのだった。

 ガラス戸の向こうにあるウッドデッキ調のテラスで、空いていたテーブルに腰掛ける。
 向かい合わせにテーブルに着いた2人は「いただきま〜す」と声にし、フォークを手にした。
 ペペロンチーノをフォークに巻き付けて口に運んでいたマリューに、ミリアリアが声を掛けた。
「そう言えば、一佐は今年のバレンタインはどうするんですか?」
「う〜ん、それなのよねぇ〜」
 マリューは苦笑しながらミリアリアを見ている。
「ほら、フラガ一佐とのバレンタインって、久しぶりの事でしょ?何か特別なお祝とかしないんですか?」
 テーブルから身を乗り出すようにして返事を聞こうとしているミリアリアに、マリューは更に苦笑しながら答えた。
「チョコレートもだけど、どうしようか……ちょっと迷ってるのよね」
「でしたら、駅前のマリージョゼのチョコレートはどうですか?あそこのトリュフは、オーブで一番美味しいって評判ですし」
 サラダのトマトを口にしたマリューは「う〜ん」と唸りながら、少し上を向く。
「あの店のトリュフは、ムウの誕生日ケーキのデコレーションに使ったのよ」
「え?そうなんですかぁ?!」
 ミリアリアは少し残念そうに呟くと、椅子にもたれて腕を組んだ。
「それよりも、あなたの方こそどうするの?今年のバレンタイン」
「私の事は、どうでもいいんですよ!今、クルーが一番関心があるのは、艦長のバレンタイン企画なんですから!」
 どうせ私は、義理チョコしか用意しないんですし〜とカラカラと笑いながら、エビフライを口に運んでいる。
「でも、バレンタイン企画って……14日はそんな事してる場合じゃないわよ」
 ニコニコしながらエビフライを頬張っていたミリアリアが「あっ!そうですよねぇ〜」とその日の予定を思い出した。

 2月14日。
 その日にプラント本国で行われる追悼式典に、オーブの代表代行の随行員として列席しなくてはならないのだ。
 オーブを離れる事が出来ないカガリに代わり、キラが代表代行として出席する。
 その為に、アークエンジェルのクルーが随行員の一行として選ばれたのである。
 とは言え、ラクスとは面会がままならないキラの事を思ったカガリが、わざわざキラとアークエンジェルを指定したのだ。

 まさかプラントの悲劇の日に、私達が向こうで浮かれている訳にはいかないだろう……マリューはその事を悩んでいたのだ。
「でも、別に”愛を告白する日”には変わりないんじゃないんですか?」
 ミリアリアの直球の一言に、マリューは驚いた。
「え?」
 言われて見れば、確かにそうなのかも知れない。
 ムウに自分の言葉で気持ちをを伝えるという事は、意外としていない。
 まあ、普段はムウが一方的に愛の告白をしてくるのだが……。
「普段は口に出来ない事でも、この日はバレンタイン神父の魔法がかかるから、気持ちが伝えられるんですよ」
 ロマンチックな事言っちゃった……と、ミリアリアがペロッと舌を出している。
「とりあえず、2月14日はプラントに行く訳だし、こちらにいる時みたいな事は出来ないでしょうね」
 やっぱりこちらのように、街中がバレンタイン一色のお祭り騒ぎ……ではないのだろうという事が容易に想像できる。
「でも……チョコレートぐらいは準備してもいいんじゃないんですか?」
 恐る恐るといった様子でミリアリアが聞いてきたので、マリューは笑顔で「それくらいは許可しましょうか」と微笑を返す。
「じゃあ、艦長もチョコレート準備しなきゃ!」
 ミリアリアは、途端に満面の笑みを浮かべると、美味しいお店を調べて後で連絡しますねと、こっそりとマリューに耳打ちをしていた。


 その日の夕方。
 ミリアリアは、カガリの執務室を訪れていた。
 作製した資料を順に説明しながら手渡すと、カガリはキサカと共にその資料を検討するという話になった。

 一通りの報告を終えたミリアリアが、おずおずとカガリに「ご相談したい事があるんですけど」と話を切り出す。
「どうした?」
 仕事の話かと思ったカガリは、代表の顔つきのまま聞き返していた。
「あ、あの……14日のバレンタインの事なんですが……」
「ん??」
 どうやら仕事とは無縁の相談事だと気付いたカガリは、急に楽しそうな表情に変わる。
「是非とも、力を貸してもらえませんか?」
「ん〜、私は何をすればいいんだ?」

 ミリアリアが密かに計画していたプランを聞いたカガリは、すぐさま国際回線を開いた。
 数分の後、モニターに現れたのはピンクの髪の少女。
<お久しぶりですわね、カガリさん>
「ラクスも元気か?」
 ラクスと直接対話が出来るのは、カガリかキラの執務室のみ。
 一般の軍人であるミリアリアは、いくらラクスと仲がよくても簡単に話す事はできないのだ。
「ラクスさ〜ん、お久しぶりです!」
 カガリの後ろから顔を出したミリアリアに、ラクスはにっこりと笑って<あら、ミリアリアさんもいらっしゃったのですね>と喜んでいる。
「それで、ちょっとお願いがあるんですけど……」
 早速とばかりに、ミリアリアはラクスに事の詳細を説明し始めた。
 それをニコニコしたまま頷いていたラクスは、説明が終わると同時に<分かりましたわ。あとはこちらでおまかせ下さいな>と、いともあっさり承諾してしまう。
「え、本当にいいんですか?」
<ええ、せっかくの”バレンタイン神父”の善意を無駄にしたくはありませんわ>
 ミリアリアは両手を自身の胸の前で合わせると、モニターに映るラクスにぺこりとお辞儀をする。
「ありがとうございますっ!」
<あぁ、でも……主役のお二人の衣装は、そちらで準備していただけますかしら?>
「大丈夫だ。それは私にまかせておけ!」
 突然、カガリが横から口を挟むとウィンクをする。
<でしたら、あのお二人には秘密という事で、こちらでも準備致しますわ>
「こちら側の連絡は、私がきちんとやっておきます!」
 ミリアリアがそう言うと、ラクスも微笑みながら<では、また詳しい事はカガリさんを通して連絡致しますわ>と約束をし、回線は閉じられた。
「あ〜っ、こんな計画があるのなら、やっぱり私もプラントに行きたいっ!」
 カガリが大きなデスクに突っ伏すと、残念そうに嘆いた。
「そんな事を言っても、予定を曲げる事はできません」
 一歩引いた場所で事の成り行きを見守っていたキサカが、カガリに釘を刺すと「分かっているっ!」と反論し頬杖をつく。
「ちゃんと様子は記録してきますから」
 苦笑しながらミリアリアがそう言うと、カガリも仕方ないといった表情で「あぁ、分かった」と相槌を打った。


 プラント出発まであと1週間と迫った日。
 軍本部の会議室ではアークエンジェルのクルーが集まり、会議が開かれていた。
 一通りの打ち合わせが終わり、ほとんどのクルーが退席した部屋に残っていたのは、ムウ、マリュー、キラ、ノイマン、チャンドラ、マードック、そしてミリアリアという主要メンバー。

「じゃあ、それぞれ準備も忙しいだろうけど、よろしくお願いします」
 マリューが笑顔でそう告げると、全員が「ハイ」と敬礼をする。
「あ、そう言えば、これ……みなさんにお渡しするようにって、ラクスから」
 突然思い出したように、キラが手にしていたフォルダーから、それぞれの名が書かれている封筒を取り出した。
 それを受け取りながらムウが「ん?何だ?」と不思議そうな顔をしている。
「僕も最初は何かと思ったんですけど……」
 キラが笑顔でそう答えるのを聞いたムウは、真っ先にその封筒を開封した。
 中から出てきたのは、1枚のカード。


「へぇ〜、パーティーねぇ。なんか楽しそうじゃないの」
 ムウはカードをヒラヒラさせながらマリューに話しかける。
「ラクスさんが企画したのかしら?」
 同じく、カードに目を通していたマリューはニコリとするとキラの方を振り返った。
「え?……あ、どうもそんな感じみたいですよ。どんなパーティーなのか、僕にもよく分かりませんけど」
 ミリアリアとアイコンタクトで頷いていたキラは、急に話しかけられて少しドキドキしていた。
「って事は、パーティー用の洋服も必要って事だな」
 ムウは1人で納得したように呟くと、その様子を見ていたマリューはクスッと笑みを漏らした。
「立食パーティーかしら?」
 マリューの問いかけに、キラが答える。
「えぇ、そんな堅苦しいパーティーじゃないって、ラクスも言ってました」
 キラは平静を装いながら答えると、ムウが「そっか」と納得した様子でそのカードを胸ポケットに仕舞い込んだ。
「それでは、各自、準備を怠らないようにして下さい」
 艦長であるマリューがその場を締めくくるかのように言葉を掛けると、全員が「ハイ」と敬礼をし会議室を後にした。

「ねぇねぇ、マリューはどんな服を持っていくんだ?」
 バスルームから戻ってきたムウが、タオルで頭を拭きながら洗濯物を片付けていたマリューに声を掛けた。
「え?服って……パーティーの衣装?」
 目の前のクローゼットの引き出しを元に戻すと、ハンガーに下がっているスーツやワンピースに目を向ける。
「俺は、一張羅のスーツがあるからいいけどさ。マリューはどうすんのさ?」
「そうねぇ〜……あ、これでいいかしら?」
 クローゼットの中からマリューが見つけたのは、光沢のあるグレーのワンピース。
 肩口が大きくカットされていて、マリューの鎖骨がバッチリ見えそうな感じだ。
「あまり派手な物は避けた方がいいかと思って」
「ん〜、いいんじゃない?」
 マリューらしい落ち着いたワンピースだな……と思ったムウは、その姿を想像して1人でニヤリとしている。
 ムウの一張羅であるスーツを探し出したマリューは、それを壁に掛けながら「バレンタインに、新しいネクタイを買ってあげよう」と思い、こちらも1人でニッコリとしていた。