天からの贈り物


 一通りの会議が終わり、双方の国の代表がそれぞれの文書にサインを印す。
固い握手を交わすそれぞれの代表に、その場にいた全員が惜しみない拍手を送っていた。

 クリスマスイヴの前日、オーブの代表であるカガリに付き添い、ムウとマリューはアジアの東に位置するニホンにやって来ていた。
 同じ理念を持ち、互いの国への移民も多い2つの国の間で、技術提携及び、国交正常化の文書を交わすという大役を終えたカガリは、少しホッとした表情を見せていた。
「お疲れ様、カガリさん」
 そんな彼女にいつもと変わらぬ優しい笑顔を湛えて、マリューはその後ろを歩いていた。
 無論、その隣には腕まくりをしていないムウの姿もある。
「お二人には、本当に無理を言ってすまない。せっかくのクリスマスだっていうのに、こんな遠い所に連れて来てしまって……」
 振り返りながら2人に頭を下げようとしたカガリを、ムウが「ちょっと待った」と制する。
「俺達にとっては、ちょっとした旅行気分が味わえて、これはこれで良かったと思ってるぜ」
 だから、気にするな……とウィンクしてみせるムウに、カガリはクスッと笑みを漏らした。
「いや、本当に助かったよ……」「あぁ、アスハ代表!」
 カガリがムウに礼を述べようとした時、前方から現れたニホン側の代表一行から声を掛けられた。
「そろそろ準備が出来ましたようなので、このまま晩餐会の会場までご一緒しませんか?」
「そうですか。では、お願いしてもよろしいか?」
 ニホン側の代表と会話をするカガリは、すでに代表の顔になっている。
「明日の日程にある『伊勢神宮』についても、いろいろとご説明したいですしな」
「あぁ、『天照大神』が祀られているという、この国の守り神ですね?」
 代表同士が肩を並べつつ交わしている会話が、さっぱり理解できない様子でムウはマリューを振り返る。
 少し困ったような表情のムウに、マリューが事の次第を小声で説明する。
「オーブの守り神って『ハウメア』の神様でしょ?このニホンの守り神は『天照大神』って言うの。その神様の神殿が『伊勢神宮』なのよ」
「へぇ〜、守り神かぁ〜」
 少し納得したような声のムウに、更にマリューが説明をする。
「カガリさんは、その『天照大神』さまに参拝したくて、わざわざ『伊勢神宮』に近い、このナゴヤという町を会合の場に選んだのよ」
「それで、ナゴヤだったのか」
 なんで首都のトーキョーじゃないのかって、不思議に思ってたんだよねぇ〜と、ムウはマリューの耳元でこっそり打ち明けた。
「なぁに?知らないまま付いて来たの?」
 そんな能天気なムウに、マリューは呆れて溜息をついた。

 代表一行が向かった先は、このホテルの大広間。
 セッティングが済まされているテーブルに各自が座ると、ニホンの代表の挨拶で晩餐会がスタートした。
「今夜は、ここから程近い、トバの港で水揚げされたばかりの牡蠣を準備いたしました。みなさん、どうぞお楽しみください」
 代表の挨拶の後、シャンパンで乾杯をすると、すぐさま目の前には殻を剥かれた生牡蠣が出された。
「そう言えば『R』の付く月の牡蠣は美味いって言うんだよな」
 隣に座るマリューに向かい、ムウはそう声を掛ける。
「あぁ、そう言えばそんな事言いましたよね。でも、オーブだとあまり関係ないですものね」
 年中、暖かいですからね……と言いながら、添えられていたレモンを牡蠣に絞っている。
「生の牡蠣を食べるの、どれくらいぶりだろうねぇ〜」
 ムウはそう言いつつ、すぐさま1つ目の牡蠣を口にする。
 磯の香りと潮の味がまず舌を刺激し、その後、牡蠣の甘味がじんわりと口いっぱいに広がる。
「うひょ〜っ、これ、うめぇよっ!!」
 興奮しつつも、控えめな声でマリューを振り返る。
 その姿をクスクスと笑いながら見ていたマリューも、1つ目の牡蠣を口にした。
 なんとも言えない潮の味と甘味が、口の中でとろけていく。
「本当に美味しいわ」
 満面の笑みを浮かべながら、2人は次々と皿の上の生牡蠣に手を伸ばしていた。
 
 その時だった。
 何個目かの生牡蠣を口にしたムウが、突然「あれ?」と首を傾げた。
 ムウの小声に、隣に座っていたマリューが「どうしたの?」と聞き返す。
「ん?何か丸いものがあるんだよな〜」
 と言って、口の中からその『丸いもの』を吐き出す。
「はぁ?何だこれ?!」
 ムウの口から出てきた『丸いもの』は、薄いグレーを帯びた直径5ミリ程しかない球体。
 ムウはそれを掌で転がしつつ指でつついていると、彼の右となりに座していたニホン側の関係者が声を掛けてきた。
「あぁ、それってきっと『真珠』ですよ!」
「えぇっ?これが『真珠』?!」
 ニコニコしながら隣のカトウと名乗る関係者が「いや、これってすごく珍しい事ですよ!」と興奮気味に話している。
「本来は『アコヤ貝』の中で出来るのが『真珠』なんですけどね。ごく稀に、別の貝の中でも出来る事があるんですよ」
「へぇ〜、そうなんだ」
 ただ目を丸くしているムウとマリューに対して、カトウは更に言葉を続けていた。
「まぁ、いわゆる神様からの贈り物って感じでしょうかね?」
 きっと、良い事ありますよ〜とカトウは、笑顔でムウの肩を叩く。
「じゃあ、それはお守りとして持っているべきね」
 左隣にいるマリューが、すごいわ!珍しい物なのね!と興奮しながら、ムウの掌に乗っているそれをツンツンと突付いていた。
「お守りかぁ〜」
 そうムウは呟くと、それを大事そうにハンカチに包み、ポケットに入れた。

 政府主催の晩餐会も無事に終わり、ムウとマリューはカガリの部屋まで付き添っていた。
 部屋に着くと、ムウは明日の日程をカガリと確認し、マリューは部屋に備え付けられていたティーセットでお茶を淹れる。
「じゃあ、明日は7時に迎えにくるからな」
「あぁ、よろしく頼む」
 そう確認をした2人の前に、マリューがお茶を差し出す。
 それを口にしながら、ムウが突然思い出したように声をあげる。
「ちょっと、忘れてた事があるから、俺、ちょっと行ってくるよ」
 マリューは先に部屋に戻っててくれよな……と言いながら、慌ててカガリの部屋を後にする。
 突然の出来事に、その場に残されたカガリとマリューは呆気に取られたまま、ムウの姿を見送っていた。
「あいつの行動は、よく分からないな」
 はぁ〜と溜息をつきながらカガリが漏らすと、マリューも苦笑しながら「まあ、慣れましたけどね」と返していた。

 翌日、朝食を済ませたメンバーがロビーに集まる。
 その中にはもちろん、カガリに付き添う、ムウとマリューの姿も見える。
 ニホン政府の代表達とともにハイヤーに乗り込み、メンバーが向かった先は、この国の守り神が祀られている『伊勢神宮』だ。
 
 『伊勢神宮』にやってきたメンバーは、厳重な警備の中、内宮の神殿へと足を運ぶ。
 事前に神官に教えてもらっていたように、神殿の前で2礼2拍手1礼の参拝をする。
 この国の安全と、双方の国の発展を祈って……。

 無事に参拝が済んだ一行は、参集殿で休憩をしていた。
 この地域の名物だという、こし餡に包まれたお餅と抹茶を頂きながら、ほっと一息をついている。
「このお餅、美味しいわぁ〜。お土産に買って帰りましょ?」
 と、嬉しそうにお餅をほおばりながらマリューがムウに問いかけている。
「そうだな、オーブで留守番してる奴らに、買って帰ってやるか」
 とムウも賛同の返事をしている。
 そんなに美味いなら、俺の分も食うか?と、ムウは自分の皿に残っていた餅をマリューの前に差し出す。
「え?いいの?」
 ちょっと驚いた表情をしたマリューが可愛くて、ムウは「ほら、食べていいから」と自分の皿からマリューり方へとお餅を移してやる。
「ん、ありがとう」
 嬉しそうな笑みを返し、マリューはそのお餅を口にした。

 その時だった。
「あぁ、フラガ一佐。ちょっと」
 と背中から声を掛けた人物がいた。
 誰かとムウが振り返ると、そこにいたのは、晩餐会で隣の席に座っていたカトウだった。
「あぁ、カトウさん」
 それだけ言うと、ムウは何かを察したようにカトウの方へ向き直る。
「これ、頼まれていたものです」「ああ、サンキュ!」
 自分の隣で何かコソコソと話をしている2人が少し気になるマリューではあったが、目の前のお餅を再び口にする。
「しかし、早かったですね」
「いえ、ちょうどいいデザインの物がありましてね。心配いりませんよ」
 カトウはそう言いつつ、小さな紙袋をムウに手渡す。
「せっかくですから、今日お渡しできた方がいいですしね」
 そうカトウはニコリと笑うと、では……と、その場を後にする。
「無理を言って済みませんでした」
 ムウは軽く頭を下げると、カトウを見送りマリューの方へ向き直る。
「どうしたの?」
 不思議そうな顔で問いかけるマリューに、ムウはその耳元で「メリー・クリスマス!」と囁くと、カトウから受け取ったばかりの紙袋を手渡す。
「え?」
 突然の言葉と渡された紙袋に驚くマリュー。
「いいから、ほら、開けてみて」
 ムウに急かされて、その紙袋の中にあった細長い箱を取り出すと、赤と緑のリボンをほどき、箱を開ける。
「これって……?!」
 その箱の中にあったのは、昨晩見た薄いグレーの小さな真珠。
 その真珠を小さな銀色の天使が大切に抱えている……というネックレスだ。
「へぇ〜、こんなデザインにしてくれたんだ」
 一緒に箱を覗きこむムウが、感心したような声をあげる。
「ムウ、これって、昨日の牡蠣から出てきた真珠でしょ?」
「あぁ、そうだよ」
 驚きを隠せないままのマリューに対し、ムウは涼しい顔で返事をしている。
「後で聞いたら、あのカトウさんの実家が宝飾品の店をしているって教えてもらってさ。それで頼んでみたんだよ」
 そう言うと、箱の中からネックレスを取り出しマリューの首につけてやる。
「いや、この訪問の準備でさ、マリューにプレゼントを準備する事が出来なかったから。まあ、オーブに帰ってから……と思っていたんだけどな」
「ムウ……」
 まだ驚いたままの表情のマリューが可愛くて、思わずムウはキスをしたくなったのだが、いかんせん大勢の要人の前である。
 これはいけない……と、さすがのムウも、彼女の頬に伸ばそうとしていた手をすっと引いた。
「私、何もプレゼントを準備していないわ……」
 ちょっと淋しそうな顔をしたマリューに、ムウは耳元で囁く。
「俺は、マリューさんが側にいてくれるだけで充分だよ」
「……ム、ムウ……」
 恥ずかしげに真っ赤になったマリューに、更に追い打ちをかける。
「俺へのプレゼントは、マリューさんがいいな」
「……そういう事は、こんな所で言わないで下さいっ!」
 真っ赤な顔のまま、マリューはムウを睨むが、当のムウはケラケラと笑っているだけである。
「じゃあ、二人っきりの時ならいいんだ?」
「ムウっっ!!」
 更に真っ赤になってムウを睨むマリューの姿を、少しはなれた場所から眺めていたカガリは、何事だ?と首を傾げて見ているのだった。





ムウとマリューのクリスマスを描きたかったのですが、どーしようかなぁ?と悩んでいたんです。
そんな時に食べた牡蠣にヒントを得まして、こういう話になりました(^^ゞ

本当に牡蠣の中で真珠が出来るか……突っ込まないで下さい(核爆)
病み上がり?状態で書いたという、とんでもない話です。


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