Treasure Hunting 2




 予定時間内で講習を終えたムウは、資料を片手に講義室を後にしようとしていた。
「フラガ一佐!」 
 その時、後ろからソガ一佐がムウを呼び止めていた。
「ああ、ソガ一佐か。お疲れさまでした」
 いつものように、軽く片手を挙げて挨拶をする。
「いやぁ〜フラガ一佐の方こそ、ご迷惑をおかけしました。今日は休暇だったのに、急にお願いしてしまって……」
 今日の講習会の責任者であるソガ一佐が、申し訳なさそうにムウに詫びる。
「まあ、困った時はお互い様って言うし」
 今朝、マリューに言われた言葉を、そっくりそのまま口に出してみる。
「じゃあ、今度何かあった時は、僕が代わりますよ」
 ソガ一佐がそう笑いながら告げると「じゃ、今日の代わりの休暇、近いうちにもらうよ」とムウも笑顔を返した。
 その時、思い出したかのように「そうだ!」と、ソガ一佐が声をあげた。
「これから食事に行きますが、フラガ一佐もいかがですか?」
 場所は回らない方の寿司屋ですが……と、いつもは真面目なソガ一佐が、少しニヤリとしながら付け足す。
「寿司ですかぁ〜……でも、今日は先約があるんでね」
 そう言ったムウが視線を向けた先には、大きなトートバッグを手にしたマリューの姿があった。
「あぁ、なるほど。これは失礼」
 窓の外の彼女の姿に気付いたソガ一佐は、納得したように返事をすると「では、お疲れ様でした」とムウを追い越そうとした。その追い越し際でムウは、手にしていた資料をソガ一佐に「んじゃ、あとよろしく頼みます」と手渡す。
 少々驚いた顔をしていたソガ一佐だが、それを受け取ると「えぇ、分かりました」と二人分の資料を抱え、その場を後にしたのだった。

 窓越しにムウとソガ一佐が立ち話をしている姿を発見したマリューは、玄関の方へ回ろうと急いだ。
 玄関の自動扉が静かに開き、マリューが足を踏み入れたのとほぼ同時に、玄関ホールに小走りでやって来たのはムウだった。
「よっ、マリュー!」
「お疲れ様!約束通り、お弁当持ってきたわよ」
 そう言うと、手にしていた大きなトートバッグをムウの方に差し出す。
「じゃあ、早速いだきますかぁ〜!」
 言うが早いか、マリューの腰をぐっと抱き寄せ、その頬にチュッとキスを落とす。
「ちょっと、ムウッ!」
 もうっ……と文句を口にしたマリューを気にする事もなく、ムウはそのまま建物と工廠との間にある中庭へとエスコートした。

 時間はちょうど12時を過ぎたばかりで、中庭でもちらほらとランチを広げている学生の姿が目に付く。
 あまり学生がいない場所……と、工廠近くのベンチに二人は腰を降ろした。そして、二人分にしては大きめのトートバックから、これまた大きめなランチボックスを取り出し、目の前のテーブルに並べていく。
「いただきま〜す」
 マリューが持参したお絞りで手を拭くと、すぐさまサンドウィッチを手にする。
 ムウが食べるからボリュームがあるものを……と作られたそのサンドウィッチは、1切れでもかなりの厚みがある。どうやら、前日から仕込んでいたらしい、マリュー特製のローストビーフが挟まれているようだ。
「このサンドウィッチ、やっぱ美味いわ」
 ニコニコしながら、口いっぱいにサンドウィッチをほおばるムウを見ながら、マリューは保温ボトルの紅茶をカップに注ぐ。
「そんなに慌てて食べなくても、まだまだあるわよ」
 困ったように笑うマリューは、紅茶のカップをムウの目の前に差し出す。ムウはそれを受け取ると、2つ目のサンドウィッチを手にし、マリューの目の前に持ってくる。
「はい、あ〜ん」「はぁ?!」
 突然の行動に、マリューは驚く。
「恥ずかしいから……自分で食べますっ!」
 そう言って、ムウの手からサンドウィッチを取り上げようとしたのだが、直前でそれをかわされてしまう。
「俺が食べさせてあげたいんだから、素直に口を開けて、ね」
 満面の笑みを浮かべるムウに、マリューは「はぁ〜」と溜息をひとつつき、抵抗する気を喪失してしまう。
「ほらほら、早く、あ〜んして」
 更に真正面から迫ってくるムウに、マリューは仕方なく口を開ける。
 顔を真っ赤にして口を開けている彼女に、ムウは満足気な笑顔を浮かべながら、サンドウィッチをその口に入れてやる。そのままモグモグと口を動かし、マリューは自分で作ったサンドウィッチを飲み込んだ。
「あとは、自分で食べますから」
 マリューは、慌てて新しいサンドウィッチを手にすると、すぐにそれを口にした。
「はいはい、分かりました」
 ちょっと残念そうなムウではあったが、とりあえずは、目の前のお弁当を食べ始めた。

 しばらくすると、あれだけあったランチボックスの中身は、綺麗になくなっていた。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした」
 自分のお腹をパシパシと叩きながら、ムウは満足したという顔でマリューに礼を言う。
 そんなムウの目の前に、何杯目かの紅茶と共に、小さめのタッパーを出す。
「おっ、リンゴ」
 ご丁寧に、赤い耳のついたウサギさんカットになったリンゴが、タッパーの中に並んでいる。
 それにムウが手を伸ばした時だった。突然、マリューの携帯から着信音が流れた。
「誰かしら?」と、慌ててバックの中から携帯を取り出し、電話に出る。
「あ、ラミアス艦長?」「エリカ主任?!」
 電話の主は、モルゲンレーテの技術主任。
 何事かとマリューが問いかけると、どうやらアークエンジェルの整備についての話だった。

「一応、艦長に確認をしてから作業に取りかかりたかったものだから。本当は、一度見てもらいたいんですけどね……」
 マリューが休暇を取っているという事は分かっているようで、エリカは少々口篭っている。
 もちろん艦長として、やはり自分の艦の事はきちんと把握しておくべきだという事は、マリューもよく理解している。本当ならば、すぐにエリカと共に艦に行き、現場を確認したいのだが……いかんせん、今日はムウの誕生日だ。
 電話口で「ちょっと待っててもらえる?」とエリカ主任に了解を取り、マリューはムウに振り返った。
 リンゴをシャリシャリと齧りながら、ムウは「どうせ、行きたいって言うんでしょ?」と、マリューより先にその言葉を口にする。
「せっかくのあなたの誕生日だから、やっぱり断った方が……」
 申し訳なさそうにマリューが呟く姿をみたムウは、その手から彼女の携帯を奪い取っていた。
「あ、何するのっ?!」「あぁ、主任?」
 一瞬の出来事で、マリューが固まっている隙に、ムウはエリカ主任と話を進めていた。
「大切なアークエンジェルの事なんだし、俺がそっちまでマリューを送り届けるよ」
「えぇ?フラガ一佐、それでいいの?」
 受話器の向こうから聞こえる声は、かなり驚いている事が分かる。
「その代わり、この分の代休は、後日きっちりと頂きますから」
 ムウが勝手にマリューの代休の事まで決めてしまう様子に「そういう事ね」とエリカ主任も笑うしかなかったようだ。
 そのまま電話を切るとマリューに手渡し「困ってる時は、お互い様じゃなかったのか?」と笑顔を向ける。
「確かにそうだけど……」
 申し訳なさそうに口篭るマリューに、ムウは更に笑顔で続ける。
「向こうも、少しでも早くアークエンジェルの整備をしたいって言ってる訳だし、代休も貰う約束もしたしさ。行ってこいよ」
「……せっかくの誕生日なのに、ごめんなさいね」
 しゅんと淋しそうな表情を見せたマリューに、ムウは「ほらほら」と彼女を急き立てながら、ランチボックスを片付けるのを手伝う。
 そして、軽くなったトートバックを持つと「送ってくからさ、エレカの鍵貸して?」と、彼女の前に手を差し出した。
 おずおずと差し出された鍵を握ると「さて、行きましょうか」と再び、マリューの腰に手を回し、駐車場に向かうのだった。

 アークエンジェルが入港しているドック近くでマリューを降ろし「終わったら連絡しろよな。迎えにくるから」とその頬にキスを一つ落とす。
「ムウッッ!!」
 また「人前でキスして!!」と怒られる事が分かっているムウは、ハンドルを切ると「じゃあな〜」と、すぐさま軍の施設を後にした。
 そして、その場に残されたマリューは、またもや溜息をつくと、整備ドックへと足を向けた。