Treasure Hunting 1
いつもと変わらぬ青空が広がる朝。
いつもと同じ風景の中、ひとつ違ったのは、海岸沿いのその家の中から、男性の叫び声が聞こえた事だろう。
「おいおい、ウソだろぉ〜?!何で、俺なワケ?!」
手にした受話器に向かい、大声を発していたのは、この家の住人であるムウ・ラ・フラガ。
突然の叫び声に、洗っている途中だったお皿を落としかけたのは、マリュー・ラミアスだ。
「だから言ってあっただろ!今日、俺はバースディ休暇だって!」
リビングの中をウロウロと歩き回りながら、ムウが必死に電話の相手を説得している様子に、洗い物が終わったマリューが、手を拭きながら近づいてくる。
「今日はずっと、マリューと一緒に過ごすって約束したんだぞ!」
ムスッとした顔でそう相手に言い放つのを、マリューは不思議そうな顔で覗きこみ「どうしたの?」と小声で聞いてみる。
「ちょっと待ってろ」と、受話器を手で押さえながら、困った表情でムウは事の次第を話し始めた。
「キラの奴がな、今日のパイロット講習会で講師をする予定だったんだが、急に、スカンジナビア王国の首脳陣との会談に、代表と一緒に出席しなくちゃならなくなったんだとさ」
そこまでの話で、マリューには先が読めた。
「そのパイロット講習会で、キラ君の代わりに、あなたに講師をして欲しいっていう事?」
マリューが訊ねると、ムウが「あぁ、そうだ」と困惑顔で答える。
う〜ん、とマリューは一瞬考えると、ムウの手元から受話器を取り上げる。
「あっ、マリュー!何するんだっ!?」
「もしもし?」「あ……れっ?マリューさん?」
受話器の向こう側から返ってきた声は、カガリだった。
「あら、代表直々にお電話だったのね」
マリューはくすくすと笑うと、カガリに詳しい説明を求める。
「だから、どうしてもキラを連れて行かなきゃならなくて……」
電話口の向こうで、カガリが申し訳なそさうに口ごもっていた。
「う〜ん、分かったわ。私が説得した方が早そうね。で、講習は何時からかしら?」
「ん……?って、マリュー!何、勝手に返事してんだっ!!」
当の本人そっちのけで勝手に返事をしているマリューに気付いたムウが、受話器を取り上げようとしたが、その瞬間
「間に合うように行かせますから。任せておいて」の一言と共に通話を切っていた。
「あぁっ?!」
やっと奪い取った受話器が、もう通話が切られた後だと気付いたムウは、ガックリと肩を落とす。
「なんで、行かせるなんて返事すんだよ〜っ」
ムウはマリューの肩に手を置き、はぁ〜っと大きな溜息をつく。
「でも、困ってる時は助け合わないと。講習も午前中だけだって、カガリさんも言ってるんだし」
「だけど、これから一緒に、新しく出来た水族館に行くって、約束してたじゃないか〜」
マリューの手作り弁当がぁ〜と、嘆きながら、ムウはソファーに座りこむ。
「お弁当ならば、講習会が終わったら外で食べましょ?そっちまで持って行きますから」
「ん〜……」
ムウはまだ納得行かないといった様子で、ソファーに身を沈める。まるで駄々っ子のようなその姿に、マリューは仕方ないわねぇと苦笑しながら、ムウに訊ねた。
「じゃあ、どうしたら講習会に行ってくれるの?」
その言葉に、ムウがふと顔を上げ「そうだな〜」と考え始める。
そしてすぐさま「何かひとつ、俺の望みを叶えてくれる?」と言うと、ニコニコしながらマリューを見つめる。
「そうね……まぁ、ムウの誕生日だし、私に出来る事だったらいいわよ。でも、あまりヘンな事を言わないで下さいね」
少し、嫌な予感もしたのだが、とりあえずここでOKを出しておかないと、いつまで経っても講習会には行ってくれないだろうし……。
仕方なく、念の為に「ヘンな事はダメ」と釘を打ったつもりで、マリューは返事をした。
「よっしゃ、交渉成立だな」
嬉々とした表情で、ソファーから立ち上がると、そそくさと「じゃあ、着替えてくるよ」とリビングを後にする。
その様子に、少々不安を感じたマリューが、小さく溜息をついた。
あの笑顔、また何かとんでもない事でも考えていないかしら?……と。
身支度を整えたムウをエレカに乗せ、軍の施設まで運転していたマリューは、ふと「これからの時間をどうしようか」と考え始めた。
講習会が終わるのは12時頃だから、お弁当を持ってムウを迎えに行くには、遅くても11時半に家を出ればいいし……。
マリューは、色々と考えながらダッシュボードの時計に目を向ける。
11時半までには、まだたっぷり時間がある。一度自宅に戻って、何をしようかしら?
そんな事を考えているうちに、エレカは建物の入り口に到着する。
「マリューにお願いする事は、お昼までに考えておくから」
「はいはい、分かりましたから。でも、ヘンな事は絶対ナシですからね」
更に念を押すマリューに、ムウは嬉しそうな表情で頬にキスをひとつ落とし「行ってくる」と建物に入って行った。
「さて、これからどうしたものかしら?」
そう言いながら、来た道を戻ろうと大通りに出た所で、突然何かを思いつき、自宅とは反対方向の街中へとエレカを走らせた。
数十分後。
帰宅したマリューは、手にしていた紙袋から、可愛らしい封筒と便箋を取り出した。それをリビングのテーブルに広げると、1人で唸りながら考え事を始める。
そうかと思ったら突然、リビングから寝室、はたまた玄関やお風呂場まで、家中をウロウロした後、広げた便箋にペンを走らせ始めた。
ひとしきり書き終わったマリューは、その便箋を1枚ずつ、封筒に納めていく。
そして、出来上がった5枚の封筒を手に何かを探すかのように、再び家の中を歩き回ったのだった。
1枚の封筒をリビングのテーブルの上に置き、マリューは小さく「これでOKね」と微笑む。
ふと、壁の時計を見ると、11時をまわっている事に気付く。
「あら、そろそろ準備しなくちゃ」
急いでキッチンに向かうと、紅茶を淹れ始めた。
特別な日にだけ出す、お気に入りのアールグレイの茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぐ。しばらくすると、優しい香りがキッチンいっぱいに溢れ出した。
「うふふ。いい香り」
ニコニコしながら、それを丁寧に漉して保温ボトルに注ぐと、すでに出来上がっていたお弁当の入った袋と共に手にし、愛しい人が待つ場所へとエレカを走らせた。