イスラエルの人口の多くを占めるユダヤ人には起業で成功する人や世界的な発明家、研究者が非常に多い。
ここでいう起業での成功とは、起業家が投資を受けて事業を発展させ、その事業が買収されることを指す。その確率は世界でトップレベルの高さである。ノーベル賞受賞者にユダヤ人が多いことはよく知られている。さらに数学の世界におけるノーベル賞といわれるフィールズ賞でも受賞者のかなりの部分はユダヤ人である。
その理由としてあげられるのが、イスラエルという国全体における教育意識の高さだ。イスラエル政府は特にプログラミング教育に1990年代から力を入れており、多くの成果を生み出している。
イスラエルには、物理学やプログラミング言語を教える幼稚園がある。それは「科学技術幼稚園」と呼ばれている。10歳以下の幼少期を対象にしたハイレベルな教育制度が整っているのだ。
早いうちから基礎的なプログラミング教育を開始し、原理を学ばせる。その後、ソフトウエア開発やサイバーセキュリティーの教育があり、義務教育を終える。その後はビジネスサイドに行くのか、プログラムサイドに行くのかを選択する。
イスラエルの国民は17歳から18歳の間に国家規模で半年間の雇用プロセスを経験する。10代のうちにマネジメントスキルもしくはエンジニアスキルを有する状態に持っていくのである。
イスラエルは徴兵制を敷いており、高校卒業後に男性は3年間、女性は2年間の兵役がある。日本で兵役というと体力や精神力を鍛えるというイメージが先行しがちだと思う。だが、イスラエルの兵役の場合、トップレベルの研究開発機関で勉強するととらえた方が実態に近いと思う。
高校時代に優秀な成績を収めた人は軍の中で最先端の研究開発に取り組んでいる部門に配属される。そこで最新技術を学びながら、新しい分野にも挑戦できる。この部署に限らず空軍などでも通常業務としてソフトウエア開発をする。
兵役中の人たちも堅苦しさはそれほどなく、業務後にラフな格好で男女が連れ立ってレストランや酒場に繰り出している姿をよく見かける。
兵役を終えた後は世界一周の旅に出るのが通例だ。そのためユダヤ人は世界で一番旅をする人種ともいわれている。これも天才を生み出す要因の1つになっているのかもしれない。旅をした後は大学に進学し、自分の専門分野に磨きをかける。そして世界の名だたる企業に入社し、その後に起業するというのが一般的な流れである。
兵役から離れた後も世界中で同窓会が開かれるので、ユダヤ人同士のネットワークは強い。これが起業時のメンバー集めにも役立っている。
なぜここまで、幼少期から徹底してプログラム教育に力を入れているのか。それは国を守る力を国民全体で強くしようという思いがあるからだ。
イスラエルが最も得意とするジャンルは、サイバーセキュリティーである。彼らは「防御は最大の攻撃」という認識を持っているように感じる。イスラエルは周りを敵国に囲まれている。だからこそ世界中の膨大な情報から、自分たちに攻撃的な人や国の動きを一刻でも早く予測し、防御する必要に迫られている。
最近では、サイバーセキュリティーの強さがビッグデータ解析や人工知能(AI)における強さを意味するようになっている。世界中の大企業がその能力を求めている。
国を守るための環境づくりが天才を生みだす仕組みになっていると感じられる。日本でも学校でプログラミングを教えるようになるという。生み出される結果は、国民一人ひとりの意識によって違ってくると思う。
[日経産業新聞2016年9月15日付]