少し、感傷に浸ってしまったマリューだったが、ふと本来の疑問を思い出した。
「それで、一体、何処に向かってるの?」
「んー、誰もいない所」
 それって答えになってないじゃないの……と、マリューが、少々ムッとしながら呟いたのだが、
当のムウは、それが聞こえなかったかのように「さて、降りるからな。しっかりつかまってろよ」と前を向いたまま答えていた。
 眼下に見えてきた山の頂きの上に、アカツキがゆっくりと舞い降りる。
足が地に着いた瞬間のドスンという衝撃が2人の身体を揺らし、マリューは思わずムウにしがみ付いた。
「外に出てみない?ここからの眺めは最高だぜ」
 言いながらムウは、コクピットのハッチを開放する。
扉の向こうから差し込んできた光に目を細めつつ、マリューは身体を起こした。
そのまま、ストンとシートの下に足を下ろし立ち上がると、いつの間にかシートベルトを外していたムウが、ハッチの上に飛び乗った。
「さあ、お姫様、こちらへどうぞ」
 笑いながらマリューに差し出された右手に、自身の手を重ねる。
「では、案内お願いしますわね」
 ニッコリと笑いながら答えるマリューをハッチの上に引き上げると、そのまま抱き上げてしまう。
「は、恥ずかしいから、そんな事しなくてもいいわよっ!」
「いいのいいの。誰も見てないからさ〜」
 ムウは、そのままラダーに足を掛けると、するすると地上に降りていく。
山頂に降り立ったムウは、マリューをその傍らに立たせると、それが当たり前かのように、彼女の腰に手を回し、自分の方へと引き寄せる。
「もぅ、ムウッ……」
「ほら、普段じゃこんな景色は見られないだろ?」
 相変わらず、マリューの反論には耳を貸さない様子で、景色を眺めている。
それにつられて、マリューも前面に広がる景色に目を向ける。

 どこまでも広がる蒼い空と、蒼い海。
視界の端に映る水平線が少し下がっている事で、改めて地球が丸いのだという事を思い出す。
「どこまでも蒼……って感じね」
 これほど穏やかな気持ちで海を眺めるのは、いつ以来だろう。
そんな事を考えながら、2人はしばし無言で暖かい風に吹かれていた。

「あぁ、あまり長居できないんだったな」
「えぇ、もう少ししたら、会場に行かないと……ね」
 受付にいるんだろ、と聞きながら、マリューの身体を自分の方へ向ける。
「そうだけど、どうかしたの?」
 自分の顔を正面から見ながら答えるマリューに、ムウは歯切れが悪そうに言葉を続けた。
「あのさ……」
「はい?」
 ちょっと空を仰いでから、ムウはマリューの方に向き直る。
今、見たばかりの空の蒼をそのまま写し撮ったかのように、蒼く透き通った瞳で、夕日のような緋色の瞳をまっすぐに見つめる。
「受付にいるマリューに、変な虫が付くと困るからさ……これ、つけておいてくれないかな?」
 言うなり、軍服の内ポケットから小さな紙製の小箱を取り出す。
 そしてマリューの手を取り、その上に乗せると「あくまでも虫除けだからさ」と、箱の蓋を開けた。
 中から姿を現したのは、シンプルなシルバーの台座に赤みがかった石がはめ込まれた指環。
「とりあえず、誕生石の一つだって聞いた、赤いトルマリンにしたんだけど。オパールはちょっといいのが見つからなくてさ」
 と、ハハハッと照れ笑いをしてみせる。
「あの、ムウ……これって??」
 困惑した表情のマリューに対し、ムウは慌てて付け加える。
「だから〜、君は俺のモノなんだって、他のヤツらに分かるようにだなぁ……」
 えぇいっ、とばかりに箱の中の指環を取り出すと、マリューの左手を持ち上げる。
「そのー、何だ……まだ色々と償わなきゃならない罪とか俺は背負ってるからさ、今すぐに結婚とか言えないけど……それでもさ、待ってて欲しい訳だよ」
「……ムウ……」
 少し潤んだ瞳で彼を見上げているマリューの指に、その指環をはめる。
「だから、マリューの左手の薬指は、俺に予約させて欲しい。ってか、この指に、他のヤツからの指環なんか、あって欲しくないしさ」
 最後は少し赤くなりながら、ムウがそう告げる。
「もう、バカねぇ。ムウ以外の男の人から、指環なんて貰う訳ないでしょ」
 こぼれそうな涙を我慢しつつ、マリューがふわりと笑う。
「いや、分かってるけどさ……それでも俺は、心配なんだよ」
 彼女の目尻に溜まっていた涙を、ムウは自分の指で拭ってやる。
「あら、私って、そんなに信用ない?」
 少々イジワルな表情で、マリューはムウを睨んでみた。
「マリューの事は信用してるけど、周りの男達を信用してないのっ!」
 そう言うと、そのままマリューに軽く口付ける。
「軍の中にだってなぁ、マリューの事を狙ってたヤツがいたんだぞ」
 知ってたか?と彼女の耳元で囁く。
「えっ?そうなの?」と、当の本人は、驚きの声をあげた。
「だぁーっ、もう……本当にニブいんだから、マリューは……」
 がっくりと頭を垂れると、マリューの肩口に顔を埋める。
「あ、でも、私はそんな人達を相手にした事ないわよ」
「そりゃそーだろ。狙ってた奴等には、俺がしっかりと釘を刺しておいたからな」
 顔を上げたムウは、真面目な表情のまま、マリューのインナーのジッパーを降ろす。
そして、露になった白い首筋に唇を寄せた。
「えっ?!ちょっと、ムウッ!!」
 ちゅうっと強く吸われる感覚に焦ったマリューが、大きな声を出した。
ジタバタと抵抗を試みるが、ムウにガッチリとホールドされていて、身動きが取れない。
「よしっ……っと」
 やっと顔をあげたムウは、満足気な笑みを浮かべている。が……
「何するのよっ、もうっ!」
 思わず、ムウの胸に掴みかかったマリューに、ムウはニヤッと笑いながら答えた。
「さっきの指環が虫除けだからさ、こっちのキスマークは、さしずめワクチンって事でさ」
 全く悪気がない素振りで再びマリューを抱きしめる。
「念には念を……だよ」
「でもっ、こんな所にキスマーク付けなくてもっ!」
 真っ赤になって、ポカポカとムウの胸を叩くマリューに、ムウはもう一度、口付けを落とす。
今度は、深く優しく……。

「軍の奴等は、マリューには俺がいるって事を知ってるけどさ、今日は、世界中の不特定多数の輩がマリューと出会うんだぞ。
 そいつらに目をつけられたら、こっちは堪ったもんじゃないぜ〜」
「でも、今日いらっしゃる方々は、それぞれの国の代表の方達なんですよ。私みたいな、一介の軍人になんて、目もくれないわよ」
 くすくすと笑いながらマリューはそう告げたが、ムウは納得していない様子で、更に反論する。
「いくら他国のおエライさんだからってさ、1人の男には違いないだろ。こんないい女が目の前にいたら、
 普通の男は気になるってもんだぜ。それに、何度も言うけど、マリューってそういうのにニブイからなぁ〜」
 だから心配してんのっ!と、顔を近づけて、念を押すかのようにマリューに説明する。
「でも、公の場で、こんな所にキスマーク残されてる方も、恥ずかしいですっ!」
 マリューが、少々ムッとしながら、目の前の恋人を睨むが
「大丈夫。インナーでギリギリ隠れる場所にしておいたから」
「……って、計算済みなの?!」
 もう……とため息をひとつつくと、ふと思い出したようにムウを見上げる。
「いくら私の事が心配だからと言って、受付で私にくっついているのだけは止めて下さいね。ちゃんと 自分の仕事はしてもらわないと」
 と、今度は逆にムウが念を押される。
「えっ……お、おう、ちゃんと仕事はしますって」
 少々ギクッとした表情を見せた辺り、本気でマリューの側に付いているつもりだった事がありありと見て取れる。
その様子を目の当たりにしたマリューは思わず、くすくすと笑っていた。
「な、なんだよ。笑わなくてもいいだろ」
 心外だなと言いつつも、自分が考えている事がマリューの手に取るように分かってしまう事に、自らも笑うしかなくなり、へへへっと鼻の頭をかいてみせる。
「そろそろ行かないと、みんな待ってるでしょうね」
「んー、そうだなぁ。じゃあ、行きますか」
 アカツキのラダーに足をかけたムウが、手を差し伸べる。
マリューは、その手を取ると、ムウにしがみ付く。
そして、そのまま吸い込まれるかのようにコクピットに滑り込むと、すぐさまアカツキが飛び立った。
 その直後に「ムウさん、どこにいるんですか?」という、キラからの通信が入る事も知らずに。



と、とりあえず、結婚式が始まるまで……を書いてみました。
マリューさんに変な虫が付くのが嫌だという、ムウの嫉妬心を書いてみたかったのですが
出来上がってみたら、こんな感じになっちゃいました(苦笑)

次回は、いよいよアスカガの結婚式の様子を書いてみたいと思います。
あ、もちろん主役はムウマリュです(爆)