しばらくすると、キサカの声が再び大広間に響き渡った。
「では、ここで、ブーケトスを行います」
 その一言で、部屋のあちこちから感嘆の声が上がる。
 ステージの上には、結婚式の時に使用した真っ赤なバラのブーケを手にしたカガリと、そんな彼女に寄り添うアスランの姿があった。
 そして、キサカからマイクを受け取ったアスランがカガリとアイコンタクトを取ると、落ち着いた口調で話し始める。
「今日、お集まり頂いた女性の皆様。もちろん、未婚の方だけですが……ステージの前にお集まり下さい」
 それを聞いたキラが「ラクス、行っておいで」と、彼女の手からケーキの乗った皿を受け取る。するとラクスは振り返り「マリューさんも、ご一緒に行きませんか?」と声を掛けた。
「でも……ブーケトスに参加するのは、みんな若い子達ばかりだし。私みたいなオバサンが参加したら、申し訳ないわ」
 マリューは苦笑しながら、やんわりとラクスに断る。それと同時に「あっ、艦長っ!何してるんですか!早く行きましょうよ!」という声がラクスの後ろから聞こえた。
「えっ?」
 その声の主は、驚いた顔をしているマリューの腕を掴むと「ラクス様も、一緒に……ねっ」と声を掛ける。
「ミ、ミリアリアさんっ?!」
「……ほら、マリューも参加してくれば?」「えぇっ?!」
 あたふたしているマリューから、手にしていたケーキの皿を取り上げたムウが微笑みながら言うと、それを待っていたかのようにミリアリアが「艦長も参加しなきゃダメですって!」と笑っている。
「では、みなさんで参加致しましょう」
 ラクスは相変わらずニコニコとしながらそう言うと、ミリアリアとマリューの手を取り、ステージの方へと足を進めた。
「あ、あのっ、ラクスさん?!」
「頑張って取って来いよ〜!」
「えぇ〜っ?!」
 まだブーケトスに参加する事を躊躇っている様子のマリューに、ムウは楽しげに手を振っていた。
 そんな様子を、隣のキラはクスクス笑って見ているだけだった。

 そうこうするうちに、ステージの前にはマリューを始めとするアークエンジェルの女性クルー達や、エターナルに乗っていたメイリン達が集まっていた。
 ステージ上手側の真下には、メイリンやルナマリアの姿があり、その後ろにはエターナルのクルーが陣取っている。
 逆の下手側の最前列にはミリアリアがおり、その後ろにはアークエンジェルのクルー達や、オーブ軍の女性達がいる。
 マリューは、そのクルー達の後ろの方……一番端にこっそりと移動していた。
 そして、ラクスはと言うと、その中央……カガリの真下にいた。
「なあ、キラ」「なんですか?」
 女性達が集まった様子を遠巻きに眺めていたムウが、ふとキラに声を掛ける。
「ピンクのお姫さん、ブーケを取る気満々なんじゃないのか?」
 ほら、新婦の真正面に陣取ってるぜ……と、キラの肩を小突いた。
「……まあ、ブーケトスって、女性は必死になるものなんじゃないんですか?」
 苦笑しながらキラが言うと、ムウは「お姫さんがブーケ取ったらさ……お前、どうすんのさ?」と、更に質問を浴びせる。
「どうするって……そ、そんな事、まだ考えていませんよ!」
 予想外のムウの質問に、キラは少し慌てた口調でそう答えると、逆に同じ質問を返した。
「じゃあ、ムウさんはどうするんです?マリューさんがブーケ取ったら?」
「ん?俺か?……俺は、もう決めてるからな。色々と」
 少し不敵な笑みを浮かべたムウが、キラを横目でチラリと見やる。
「なんですか、それ?」
 訳が分からないといった表情でキラが聞き返すが、当のムウは「いいの、いいの」と言って、マンゴープリンを口に運んだ。
「でも、あんな遠い場所に移動してちゃ、マリューの所までブーケは届かないだろうなぁ」
 ほんの少し残念そうな声でムウがそう呟くと、キラがクスクスと笑った。
「取ってもらいたいんですか?それとも取らなくてもいいんですか?」
「ん〜、それは俺が決める事じゃないでしょ」
 と、肩をすくめながらムウは答えていた。
「取っても取らなくても、俺の心は決まってるからさ」
「えっ?」
 隣にいたキラの耳に届くか届かないか程の小さな声でそう呟くと、ムウはローズレッドの衣装を身に纏ったマリューを、優しい眼差しで見つめていた。

 色とりどりのドレス姿の女性達が集まってきたのを、ステージの上から確認したアスランが「じゃあ、そろそろいいかな?」とカガリに微笑む。
 その笑みを真正面から受けたカガリは「あぁ」と返事をすると、その場で身を翻す。
 そして、集まった女性達に背を向けて立つと、アスランがマイクを使い、カウントダウンを始めた。
『5・4・3・2・1・ゼロ!』
 ゼロという声と共に、カガリが後ろ向きに「それっ!」と、真っ赤なブーケを放り投げる。
 それと同時にあちこちから「きゃぁ!」「あ〜っ!」という黄色い声が上がった。
 真っ直ぐ飛んで行くかと思われたブーケは、緩やかな曲線を描きつつ、誰もが予想していたコースを大きく外れて行く。
「え〜っ?!」「あ〜あ……」
 そんな声がマリューの耳に届くと同時に、その目の前に真っ赤なブーケが舞い降りてきた。
「えっ……嘘っ?!」
 大きく目を見開いたままのマリューがつい差し出した腕の中に、そのブーケがスローモーションのように着地する。
「あ〜っ!艦長!」
 ブーケの行方を見守っていたミリアリアが、マリューの胸元に抱えられたそれを見た途端、嬉しそうな声を上げながら彼女に駆け寄った。
そしてブーケを持ったままの手を取ると「艦長〜っ!おめでとうございますっ!」と、自分が取った訳でもないのに大喜びながら、ブーケを抱えたままのマリューの腕をブンブンと振り回した。
「えっ?あっ……こ、これ……」
 どうして良いのか困った様子のマリューの周りには、ラクスやメイリンまでもがやって来て、口々に「よかったですね」と声を掛ける。
 祝福の言葉が飛び交う中、その中心人物であるマリューは、困惑した表情でその輪の中にいた。
「私の狙い通りだったな」
 マリューを取り囲む輪の外から聞こえた声に、その場にいた全員が振り返ると、そこにはステージから降りてきたカガリとアスランの姿があった。
「狙い通りって……?」
 カガリの一言に驚いた顔でマリューが問い返すと、カガリはぐいっと親指を立てて豪快な笑顔を振りまく。
「私は、マリューさんのいる位置を狙ったんだ」
「あら、やっぱりそうでしたのね」
 納得しましたわ……と柔らかく笑うラクスと、自慢げにウィンクをするカガリを前にし、マリューは「でも……」と口ごもる。
 その時、後ろから「マジでマリューが取ったのか〜」という声が聞こえた。
「……ムウ!」「よっ!」
 ツカツカと近付いたかと思うと、それがさも当たり前かのようにマリューの肩を抱き、その頬にキスを一つ落とす。
 その行為に「みんなの前で、何してるんですか?!」と顔を朱に染めたマリューが声を荒げるが、ムウは「へぇ〜、綺麗なモンだなぁ」と彼女が抱えている真っ赤なブーケを興味津々と言った様子で眺めている。
 そんなムウの行動にため息をつくと、改めてカガリの方へ向き直り「でも……私を狙ったって、どういう事です?」と、困惑した表情のまま訊ねた。
「私としては、今すぐにでも幸せになってもらいたい人に、そのブーケを受け取ってもらいたかったんだ」
 だから、マリューさんを狙ったんだ……と、満足気な表情でカガリが答える。
「この為にって、ブーケトスの練習してたんですから」
 と、隣から苦笑しながらムウに小声で告げたのは、本日のもう1人の主役であるアスランだった。
「えっ?わざわざ練習したのか?」
 その一言に驚いたムウが、アスランにそう聞き返すと「えぇ、そうなんですよ」と笑って答える。
 そんな会話をしていると、カメラを手にしたミリアリアが「せっかくですから、そのブーケを持ってみんなで記念写真撮りましょうよ」と、マリューの腕を引っ張っていく。
「えっ?ミリアリアさん??」
 邪魔をしちゃいけないな……と思ったムウが、マリューの肩から腕を外すと「せっかくの記念だから、みんなで写真を撮っておいで」と、マリューを女性達の輪の中に送り出した。

「で……どうするつもりなんだ?……フラガ一佐は?」
 女性達に囲まれて少し恥ずかしげに微笑んでいる恋人を眺めていたムウは、その一言に「ん?」と振り返った。
 そこには、アスランと腕を組み、意味深な笑顔を見せるカガリの姿があった。
「どうするって……何がだ?」
 なんとなくだが、カガリが言いたい事の想像が付いたムウは、いつものとぼけた調子で逆に聞き返す。
「何がって……お前、私が何が言いたいのか分かっていて、そう言ってるんだろ?」
「さぁ〜て、何の事だか、俺にはさっぱり分かりませんが」
 再び、軽口を叩くようにムウが口を開くと、カガリは「まったくっ……!」と一言呟き、ムウのタキシードの襟元を、右手でぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「あぁっ?何だ?」「お、おいっ!カガリ!」
 カガリの突然の行動に、掴みかかられたムウも、そしてカガリと腕を組んでいたアスランも驚きの声を上げる。
「お前、いつまでマリューさんを待たせる気なんだ?」
 カガリに引っ張られバランスを崩しかけたムウが、その鼻先10センチという近距離でかろうじてその体勢を保つと「それは、代表殿には関係ない事だろ?」と怪しい笑顔を見せた。
「フラガ……お前、男としての責任を取らないつもりなのか?」
 ムウの軽薄とも取れる発言に怒りを露にしたカガリが、更に食って掛かる。
 その様子に、さすがのムウもきちんと答えなくてはならないと思ったようで、ふっと視線をカガリから外した。
「誰も、マリューに対しての責任を取らないとは言ってない。ただ……」
「ただ、何だ?」
 ゆっくりとタキシードに掛かっていたカガリの腕を掴んで離すと、数メートル先にいるマリューの方を振り返る。
 そして、その理由を説明しようとする前に、カガリが先に口を開いた。
「まさか、あの2年間の責任を1人で背負い込んで、その罪滅ぼしをするまでは一緒になれないとか思ってるんじゃないだろうな?」
「……」
 その一言に、ムウの身体が一瞬ビクリと硬直する。が、そのまま何もなかったかのようにカガリの方を振り返った。
「マリューを2年間待たせた事は、俺も充分理解している」
「だったら!素直に言えばいいだけじゃないのか?!」「カガリ……」
 興奮したカガリをなだめるように、アスランが優しく声を掛ける。そして、彼女の肩を抱き、目の前のムウに視線を移した。

 言葉を捜しているムウと、それを待つアスランとカガリの間に、しばしの沈黙が流れる。
 その均衡を破ったのはアスランの一言だった。
「僕達、知っているんですよ」「何が……だ?」
 笑いながら告げたアスランに、ムウが警戒の表情を少しだけ滲ませる。
「フラガ一佐が、ラミアス艦長の為に、指輪を準備しているって事」
 しかも、あれはどう見ても、婚約指輪と、結婚指輪ですよね?……と微笑みながら小声でアスランが告げると、さすがのムウも普段は見せないような驚いた表情で2人を見下ろしている。
「な……っ、何で、それを知ってるんだ?」
 慌てたムウが、小声でアスランに詰め寄ると、カガリが得意げに「私たちの指輪を作ってもらった店で、お前も指輪を注文していたんだ」と、告げる。
「ちょうど、僕達が指輪の注文に行った時、お店の人が、フラガ一佐に仕上がりの電話をしていたんですよ」
 クスクスと笑いながらアスランが言うと、続けてカガリも「私達よりも先に指輪を注文していたクセに、未だにお前達の結婚の報告が聞けないってのは、どういう事なんだ?」と、楽しそうな笑顔でムウに詰め寄る。
「悪いとは思ったんですけど、そのお店の人に頼んで、フラガ一佐が注文していた指輪を見せてもらったんです」
「それは私の特権行使だがな」
 と、畳み掛けるようにアスランとカガリが事情を説明すると、ムウは少々呆れた表情で「おいおい、人のプライベート覗くなよ」と苦笑する。
「で……そんなに早くから指輪を準備しておいて、マリューさんをいつまで待たせる気なんだ?」
 ため息を付きつつ、カガリが改めて問いただすと、ムウは少し寂しそうな笑みを浮かべつつ、マリューを見つめた。
「罪のない人達を幾人も犠牲にした俺がだ……そんな俺が1人で幸せになってもいいのか……正直、悩んでたんだよ」
 そう言うと、ムウはアスランとカガリの方に向き直る。
「俺が守ってやらなければならなかった強化人間の子供達も、結局は死なせてしまった。それなのに、俺だけ生き残ってる……」
 こんな状況で、罪の意識を感じない訳ないだろう?……最後の一言は、普段のムウからは想像出来ない程の消え入りそうな声だった。

「だから、自分には幸せになる資格はないって言うのか?」
 先程まで興奮していたとは思えない落ち着いた声で、カガリがムウに語りかける。
「それは同じですよ……僕達も」
 何かを思い出し、フッと目を伏せたカガリに代わり、アスランが口を開いた。
「戦争だから仕方ないと言いつつ、どれだけの人達をこの手で殺してきたか……それは僕もカガリも、キラだってラミアス艦長だって、みんな同じなんです」
 ……これは人殺しなんかじゃない。戦争なんだ……
 以前、自分がキラに言った一言が、ムウの心の中でリフレインされる。
 ……分かっているつもりだった。そうしなければ、平和をこの手に掴めなかったという事を……
「きっと……ラミアス艦長も、一佐と同じ気持ちでいると思いますよ」「お前……」
 急に大人びた表情で語り出したアスランに、ムウは目を見張る。
「守りたかった仲間を、僕も幾人も亡くしました」
 そう言うアスランの脳裏には、緑の髪の少年や、気さくに話しかけてくれた年上の仲間の顔が浮かび上がり、その瞳が一瞬揺らぐ。
「私を庇って死んだ友達もいる……」
 カガリの友達と聞いて、ムウはパイロットだった3人組の少女の姿を思い出した。
 明るくて、いつも笑顔を絶やさなかったあの少女達も、カガリを守るために、平和を願うがゆえに、死んでいった者達の1人だ。
「でも、今を生きているからこそ、僕達は生きなきゃならないんです」
 そう言い切ったアスランは、ムウの手を取り、そこに自分とカガリの手を乗せる。
「生きて、これからの世界を正しき方向へ導かなくちゃならないんです」
「死んでいった人達の為にも、痛みを知っている私たちが、新しい世界を作らなきゃならないんだ」
 ムウを見上げるカガリの瞳が少し潤んでいた。
「……そうか」
 重ねられた手を見つめ、ムウは瞳を閉じた。
「自分以外の誰かを愛せる事が、全ての人を愛することの始まりだと思わないか?」
 そう告げられたムウが顔を上げると、まるで聖母のような優しい微笑みを湛えたカガリと視線が合う。
「だから、マリューさんを愛してやって、幸せにしてやって欲しい。それが、全ての人を愛する始まりだから」
「誰にでも、幸せになる権利と愛される権利はあるんですから」
 最後にそう言葉を添えたアスランも、優しい微笑でムウを見上げていた。
「……そうだよな。ありがとう」
 伏目がちにそう礼を述べたムウは、両手で2人の右手を包み込み優しく力を込めた。

「それで……ハラは決まったか?」
 仲間達に囲まれて、はにかんだような笑顔を見せているマリューを遠巻きに眺めていたカガリが、その視線を動かすことなくムウに訊ねた。
「あぁ……。『どうしたい』のかは分かってる。後は『どうするか』だけだ」
 そして「準備は出来てるしな」と唇の端を少し上げて笑顔を見せる。
「準備って、何がですか?」
 ムウの言葉の意味を理解できなかったらしいアスランがそう質問すると「お前なぁ〜」と苦笑しながらタキシードの内ポケットに手を伸ばした。
「男にとっての一世一代の晴れ舞台だぜ。必要なモンって言えば、コレしかないだろうが」
 そう笑いながらポケットから引き出されたムウの手には、ビロードの小箱があった。
「フラガ……お前、いつも持ち歩いてんのか、それ?!」
 その小箱の中身を悟ったカガリが、驚いた表情でムウを見上げた。
「ほら『備えあれば憂いなし』って言うだろ?」
 そうウィンクをしながら小声で告げたムウは「じゃあな」と2人に片手を上げると、輪の中心にいるマリューの元へと足を進めた。
 その後姿を見守りながら「呆れたヤツだ」と、カガリが苦笑交じりに呟く。
 するとアスランも「さすがと言うべきかも」とクスクスと笑っていた。

「記念写真は沢山撮れたか?」「あ、ムウ!」
 後ろから声を掛けられたマリューは、振り返ると恥ずかしそうな笑みを恋人に向けた。
「フラガ一佐も、せっかくですから一緒に写真撮りませんか?」
 カメラを手にしたミリアリアにそう声を掛けられたムウは「ん〜、ちょっと待っててくれないかな?」と微笑む。
 いつもならば、すぐにマリューの肩を抱いて写真を撮ってもらおうとするムウが、今日に限ってはそうしない。
 その違和感に気付いたミリアリアは1人で小さく首を傾げた。
 そして、微笑みながらマリューの真正面に立つと、まるで貴族のような振る舞いで彼女の左手を取った。
「なぁ、マリュー……」
「……なに?」
「待たせちまったけど……俺と……」
 


え〜、一応これで完結って事で(ぉぃ
最後、ムウが何と言ったのかは、皆さんの想像の中だけにある……と思います(^^ゞ
あえて私が決めてしまうのも、なんだかなぁ〜って気がしたもので。
ダメですかね?(誰に聞いてる??
関係ないですが、ヘタレじゃないアスランって、どうでしょう?
こういうアスランも、たまにはいいかと思ったのですが(笑)
天然ラクス&焦るキラも書いてて楽しかったぁv
そう言えば、ディアミリは何処に行ったんだろう??(核爆)

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