ムウとマリューが、パーティー会場になっているアスハ邸に到着したのは、8時5分前。
「ほら、マリュー!早く!」
 エレカの運転席から降り立ったムウは、助手席のドアを開けるなり、マリューの腕を掴む。
「あぁっ、待って!ドレスの裾がっ!」
 履き慣れないヒールで、ロングドレスの裾を踏んでしまったマリューが、助手席から立ち上がれずにいた。
 その時「フラガの旦那、遅いですぜ!」という声が聞こえる。
 誰かと思ったムウが玄関を振り返ると、そこで大きく腕を振って叫んでいたのは、普段の作業着からは想像できないタキシード姿のマードックだった。
 そして、ドレスの裾をたくし上げたマリューが、ムウの腕を借りながらエレカから降り立つ。
「あぁ、スマン!」
 今、行くからと声を張り上げると、ムウは改めてマリューの方へ左腕を差し出す。
「ありがとう」と微笑むと、マリューはムウの腕に自身の右腕を絡ませる。
 そんな2人の姿を見たマードックは思わずヒュ〜と口笛を吹くと、そのまま「中で待ってやすぜ」とニヤリとしながら建物の中へと姿を消した。

 マリューの足元を気遣いながら玄関をくぐり、そこで待っていた侍従に案内されて大広間に通される。
 大きな扉が開くと、そこにはムウやマリューと共に色々な困難を潜り抜けてきた仲間の顔や、懐かしい顔にぶつかる。
 アークエンジェルやエターナルのクルーはもちろんの事、アスランの知り合いだろうか、2人の知らない人物もいるようだ。
「仲間内だけだっていう割には、かなりの人数だなぁ〜」
 ほぉ〜と関心しながらムウがそう呟くと「アークエンジェルだけでもかなりの人員だって事、忘れてません?」と、マリューが笑みを漏らす。
「あ〜、そう言われたらそうだなぁ〜」
 ムウはマリューに言われた一言で、妙に納得する。

 確かに、カガリやアスランと直接関係があるメンバーを集めたとは言え、かなりの人数である。
 その上、軍人がその大半を占めるだけあり黒いタキシード姿が多く目に付くが、そんな中での色とりどり女性達のドレス姿は、一服の清涼剤のように鮮やかだ。
 そんなことを思いながら広間の中をぐるりと見渡したムウは、マリューの方を振り返り「やっぱ、そのドレスで良かったよ」と声を掛ける。
「え?そうかしら?」
 振り向きざまに視線の合ったマリューに「その色が一番似合うのは、マリューさんだからね」と、またもや歯の浮くようなセリフを平気で口にした。
「……もうっ」
 マリューが恥ずかしげに視線を逸らした時、前方から手を振りながら近付いて来るミリアリアとノイマンの姿を見つけた。
「艦長〜!もうっ、遅いですよ〜!」
 ぷうっと頬を膨らませたミリアリアがそう言いながら2人の前にやって来た。
「あぁ、スマンスマン」
 苦笑しながらムウが謝ると同時に「こんな部屋の隅じゃなくて、艦長達も真ん中に来て下さいよ〜!」とミリアリアは強引にマリューの腕を引っ張る。
「……ミ、ミリアリアさんっ!」
 そんなミリアリアの姿にノイマンは苦笑しながら「フラガ一佐も一緒に行きましょう」と声を掛けた。
「あぁ、分かったよ」
 ノイマンにつられて苦笑したムウは、マリューをエスコートしながら部屋の中央へと足を進めた。



 ムウとマリューが、ノイマン達に引っ張られるようにして大広間の中央にたどり着いた時、部屋中にキサカの声が響き渡る。
「皆様、お待たせしました。今宵の主役達の準備が整いました」
 その声に、広間にいた人々が一斉に、ひときわ大きなアイボリーの扉に釘付けになった。
「お、いよいよ登場か〜」
 ムウがボソッと呟くと同時に、アイボリーの大扉がゆっくりと開く。
 その向こうから、挙式の時とは装いを換えた2人が部屋に入ってきた。
 白いタキシードにグリーンのスカーフを組み合わせたアスランと、パステルブルー地にグリーンのオーガンジーを組み合わせたロングドレス姿のカガリが、その場にいた人達の目に写る。
「危うく、花嫁とドレスの色がカブるところだったな」「えっ?!」
 カガリの姿に見入っていたマリューの耳元で、突然ムウが囁く。
 その言葉に驚いたマリューが彼を振り返ると「なっ、そうだろ?」とウィンクを返して来る。
「まあ……そうね」と苦笑しながら、マリューは再び主役の2人に視線を戻した。
 大広間に準備された簡易ステージに主役の2人が立つと、招待客達は一斉に拍手を送る。
 その様子に、アスランとカガリが少し顔を赤らめながら、一瞬だけお互いを見詰め合う。
「お〜お〜、なんだか、いい雰囲気だねぇ」
 そんな様子を少し茶化すかのようなムウの発言に、マリューはつい「静かにしていられないの?」と、少し怒った顔を向ける。
 すると「ははははっ」と乾いた笑い声で「すまん、すまん。つい……」とムウは笑って誤魔化していた。

 主役の2人の登場にざわついていた招待客達も、キサカの司会に耳を傾ける。
「では、乾杯をキラ・ヤマト准将に」
 そう声を掛けられたキラが、シャンパンが注がれた細長いグラスを手にステージに上がる。それと同時に、会場内にいた全員に、同じシャンパンのグラスが手渡される。
 ムウは、近くにやってきたウェイターの男性からグラスを2つ受け取ると、その片方を笑顔と共にマリューに手渡す。
「ありがとう」と微笑みながらそれを受け取ったマリューは、再び、ステージの上の3人に視線を向けた。

 会場から黒服のウェイター達の姿が消えたのを確認したキサカが、目でキラに合図を送る。それに気付いたキラが小さくうなづくと、主役の2人の方へ向き直る。
「アスラン、それからカガリ。本当におめでとう」
「「ありがとう」」
 満面の笑みでそうお祝いを述べたキラに、少し恥ずかしそうなアスランとカガリが声を合わせて礼を述べた。そしてキラは再び、会場の方へ視線を戻した。
「新しい世界を築く上で、アスランとカガリの結婚は、ひとつの大きな1歩だと僕は思っています。これからの世界の平和と、そしてこの2人の幸せを願って、乾杯!」
 グラスを持った手を高々と掲げると、招待客達も口々に「乾杯」と声を挙げる。
 少し照れた様子のカガリがそのシャンパンを口にしたが、緊張の為かゴホゴホとむせてしまう。
 それに気付いたアスランが、タキシードのポケットからハンカチを取り出し彼女に手渡すと「大丈夫か?」と、その背中をさすっている。
「アイツ、すっかり愛妻家って感じだな」
 その様子を目にしたムウがおどけた口調で呟くと、マリューも笑みを漏らして「そのようね」と答えていた。

 乾杯の後は、和やかな雰囲気で立食パーティーが始まった。
 当然の事ではあるが、主役のアスランとカガリの周りには次々に人が集まってくる。
 その様子を少し離れた場所から見ていたマリューとラクスの元に、料理を盛り付けた皿を両手に持ったムウとキラが戻ってきた。
「ほい、お待たせ」
 そう言うが早いか、片方の皿をマリューに差し出す。
「ありがとう」
 差し出された物を受け取りつつ、ムウの手元の皿を見る。そこには、マリューに渡された物よりはるかに多い量の料理が乗っている。
「フラガさんは、相変わらず……ですわね」
 それに気付いたラクスが、クスクスと笑いながらマリューに話しかけるが、それに反応したのは話題の中心であるムウだった。
「あぁ?コレか。まぁ、パイロットは身体が資本だからな」
 食べた分、ちゃんと消費してっから大丈夫だぜ……と笑いつつ、おもむろにグリルチキンを口に運ぶ。
「じゃあ、帰ったらトレーニングするんですね?」
 呆れた様子のマリューがそう問いかけると、すかさずマリューの耳元で「真夜中のトレーニングは、マリューさんと一緒にベッドの上でv」と小声で囁く。
「ム、ムウッ!!」
 腹筋1000回!と言ってやろうと思っていたマリューは、ムウの発言に驚き、顔を真っ赤にして目の前の恋人を睨み付けている。
 イマイチ状況が飲み込めていない様子のラクスは「何故、マリューさんは怒っていらっしゃいますの?」と首を傾げながらキラに訊ねている。
 そのキラはと言うと、はぁっと大きなため息を一つ漏らし「大人の事情……だよ」と苦笑するしかなかった。
「あら、私だって大人ですわ!」
 少し怒った様子のラクスがそうキラに詰め寄ると、ムウが「それはだな……帰ってからキラに実践してもらえばいいよ」と笑いながら告げる。
「ムウッ!」「ムウさんっ!!」
 相変わらずきょとんとした表情のラクスとは対照的に、真っ赤になったキラとマリューがムウを更に睨み付けた。
「じ、冗談だって……」
 はははっと笑ってごまかしているムウの耳を引っ張ろうとしたマリューは「では、帰ったら教えて下さいね。キラ?」という、この会話の意図に気付いていないラクスの発言に目を丸くし、思わずその手を止めた。
「ラ、ラクス?!」
 華のような微笑を向けるラクスに対し、キラは完全に固まっている。
 そんな様子を目の当たりにしたムウとマリューは、思わず噴出してしまった。
「ぶわっ、はっはっはっっ!」「うふふふふふっ」
「ムウさんっ!笑い事じゃないですよっ!」
 大笑いしているムウに対し、キラは顔を真っ赤にして照れながら怒っている。
「お前さぁ、成長したようで成長してないなぁ」
「僕達の事は、ほっといて下さいよっ!」
 今だに事情の飲み込めていないラクスは、きょとんと首を傾げ、対するキラは「まったく……」と怒っている。
 そんな様子を見ていたマリューは、先程までの怒りは何処へやらといった様子で、ムウと一緒にクスクスと笑っていた。

 
 大広間の中央に置かれた大きなテーブルの上に、色とりどりのデザートが並び始める。
 それを待っていたかのように、ドレス姿の女性達がそのテーブルに群がっていく。
 無論、その中にはマリューやラクスの姿もあった。

 先程とは逆に、マリューがケーキの乗った皿を2つ手にして戻ってくる。
 ニコニコと嬉しそうな表情で「はい、どうぞ」と、チョコブラウニーと生クリームたっぷりのマンゴープリンが乗った皿をムウに差し出す。
「おっ、サンキュ」と言いながら受け取ると、すぐさまチョコブラウニーにフォークを入れる。
 隣では、ラクスが自分の皿のフルーツタルトを切り分けると、満面の笑みでキラの目の前にそのフォークを差し出した。
「ほら、落ちてしまいますわ」
 そう言いながら、ラクスはキラの口元にタルトを近づけるが、当の本人は「ぼ、僕、自分で食べるから」と顔を真っ赤にして断る事に必死になっている。
 そんな様子を横目で見ていたムウは、ニヤリと怪しく笑うと「なぁ、そのレアチーズケーキ、一口頂戴?」とマリューに問いかけた。
「もぅ、仕方ないわねぇ」マリューはそう小さく笑うと、自分のフォークでチーズケーキを切り分け「はい、どうぞ」とそれをムウの口元に差し出す。
「あ〜ん……おっ、こっちもウマいなぁ〜」
「キラ……フラガさんのように、素直に食べて下さいな」
 何気ないムウとマリューのやり取りを目にしたラクスが、少し寂しげな顔で自分を見上げたので、キラはその表情についドキッとしてしまう。
「な〜に恥ずかしがってんだよ」
 クククッと笑いをかみ殺しながらムウが呟くと、キラは「えっ?」と驚いた表情を見せる。
「お前なぁ、そう滅多に会う機会ないんだし。こういう時ぐらいは、彼女を甘えさせてやれよ」
 それが、男の甲斐性ってヤツだよ……そう言うと、ムウは右腕でキラの肩を小突いた。
「別に、恥ずかしがるような事じゃないんじゃない?」
 微笑みながらマリューはそう言うと、背を向けていたステージの方を振り返る。そこには、今宵の主役であるアスランとカガリが、お互いのケーキを食べさせあっている姿があった。
 その姿を見たキラは観念したように苦笑しながら「ラクス……そのタルト……僕にもくれるかな?」と、おずおずと切り出す。
 するとラクスは「えぇ、どうぞ」と、満面の笑みでフォークを差し出し、キラの口に持っていく。
「なんかこういうのって、小さな事ですけど……幸せですわね」
 パクッとフォークを口にしたキラを見つめ、嬉しそうな表情でそう呟くラクスに、マリューも「そうね」と優しい眼差しで答えていた。