それぞれの道


朝から始まった結婚式、そして来賓を交えてのパーティーが終わり、ムウ達が自宅にたどり着いたのは夜7時前だった。
「ホント、来賓が宿泊してるホテルでのパーティーで良かったよなぁ」
 珍しくキッチリと着込んでいた……と言うより、無理矢理着せられていた軍服を無造作に脱ぎながら、ムウが大きなため息をついている。
「そうねぇ。あれでパーティー会場が別だったら、また警護が大変になっていたわよね、きっと」
 ベッドの上に放り投げられたムウの軍服を、丁寧にハンガーにかけながらマリューが答えた。
 そして、クローゼットの中からタキシードを取り出すと、それをムウに手渡す。
「で、プライベート・パーティーは何時からだったっけ?」
 突然、話題を変えられたマリューは、呆れた顔で「8時からよ。もう忘れたの?」とため息をついている。
 それを聞いたムウは「あぁ、そうだったな」と笑って誤魔化しているようだ。
「だったら、マリューも早く着替えないと」
 着ていたアンダーシャツも脱ぎ捨てて、上半身裸の状態でワイシャツを羽織ったムウが「時間、そんなにないだろ?」と、マリューを振り返る。
「私も今から着替えますから、ご心配なく」
 そう言うと、マリューはクローゼットの中から淡いブルーのドレスを取り出した。
「……それ、着るの?」
 ワイシャツのボタンを留めていたムウは、マリューが手にしているドレスに気付くと、そう訊ねる。
「えぇ、そのつもりだけど……どうして?」
 ムウは「何故?」という顔で自分をマジマジと見つめるマリューに近寄ると、その手からドレスを取り上げてしまった。
「ちょっと、ムウ!一体、何なの?!」
 そう問いかけられたムウは、無言のままクローゼットの中を覗き込むと、手にしていたブルーのドレスをそこに戻す。
 替わりに、数日前に自分がマリューの誕生日プレゼントとして購入したローズレッドのロングドレスを探し出した。
「やっぱり、こっちにしてよ」
 満面の笑みで差し出された真紅のドレスに、マリューは困ったような表情を見せる。
「……このドレス、今日の私が着るには派手だと思うんだけど……」
 それでも、その顔に少し笑みを浮かべながら、マリューはやんわりと断ろうとした。
「ほら、今日のメインはカガリさんとアスラン君だし。招待客の私が目立ってはいけないと思うのよ」
「んな事を気にしてたのかよ」
 肩をすくめて苦笑したムウは、そのままマリューの軍服のジッパーに手をかける。
「……ムウッ!」
 突然の恋人の行為に驚いたマリューが声を荒げる。が、そんな事はお構いなしの様子で、ムウはマリューの上着を脱がせてしまった。
「あのお嬢ちゃん達は、誰が見たって今日のメインだって事分かるだろ?それにこのパーティーは、本当の仲間内だけなんだしさ」
「それはそうですけど……」
 苦笑しながらマリューがそう答えるが、目の前の恋人は、相変わらずニコニコしたまま言葉を続けた。
「マリューがこのドレスを着て行っても、誰も批難するようなヤツはいないと思うケド?」
 ムウはそう言いつつ、マリューの腕に真紅のドレスを手渡す。
 せっかくムウが買ってくれたドレスなのに、そうそう着る機会はないし……手にしたドレスを見つめながらそう思ったマリューは、上目遣いに彼を見上げる。
「……ムウがそう言うなら……」
「そう来なくっちゃ!」
 マリューが答えるが早いか、ムウは「じゃあ、早く着替えなきゃねぇ」とマリューの肩を自身の左腕でガッチリとホールドする。
 そして「何なら、着替えるのを手伝ってやろうか?」とマリューの顔を覗き込んだ。
「着替えぐらい、自分で出来ますからっっ!」
 自分の肩に回されていたムウの腕をギュッとつねると「アイタタタッ!!」という声と共に、その腕が離れていく。
「私がこちらで着替えますから、ムウは隣の部屋で着替えて下さいっ!」
 そう言うと、ベッドの上に投げ出されたままだったタキシードと蝶ネクタイを押し付け「えっ?マリューさん?!」と驚いているムウの背中を部屋から押し出した。
 そして、そのままドアの鍵を掛けると、マリューは「はぁ〜っ」とため息をつく。
「さて、急いで私も着替えなくちゃ」
 壁の時計をチラリと見やると、慌てて着替えを始めた。

 マリューに寝室から追い出されて、早20分。
 未だに寝室から出てこない恋人に、ムウは少しばかりイライラし始めていた。
 ここからアスハ邸は近いとは言え、そろそろ出発しないとマズイだろう……そう思っていたムウは、迷った挙句、寝室のドアをノックした。
「マリュー?!そろそろ出発しないと、遅れちまうぞ〜!」
 その声に驚いたマリューは「あっ、ま、待ってっ!」と思わず焦った声を出してしまった。
「どうしよう……」
 鏡に背中を映し、それを振り返っているマリューの右手は、背中の真ん中で止まってしまったファスナーを必死に引っ張っている。
 しかし、焦れば焦る程、ファスナーは動かない……。
「なぁ、マリュー!どうしたんだぁ?」
 なかなか部屋から出てこないマリューに痺れを切らしたらしいムウが、更にドアを何度も叩いている。
「あぁ〜っ、もうっ!何でここで止まっちゃったの??」
 上に引っ張っても下に下ろそうとしても、どちらにも動かないファスナー。
 迫り来る時間。
 焦るばかりで、どうにもならないマリューは、泣きそうになっていた。
「あ〜んっ!助けてよぉっ!」
 もうどうにもならないとばかりに、マリューはつい切羽詰った声を上げていた。
 その声にムウが反応しない訳がない。
「マリュー!何があったんだ!助けてやるから、このドアを開けてくれっ!」
 ドアの向こうから聞こえたムウの声に、マリューはふと我に返った。
 そうだ、さっき鍵を掛けたんだったっ!
「今、開けるわっ!」
 慌ててドアの鍵を開けると、必死の形相のムウが飛び込んできた。
「マリュー、どうしたんだ?」
 正面から見た処、すっかり着替えているように見えたのだが、マリューの顔は泣きそうになっている。
「……背中のファスナーが……」
 顔を真っ赤にして俯くと、消え入りそうな声でマリューが呟く。
「え?ファスナー?」
 そう聞き返すと、ムウはマリューの背中を覗き込む。
 すると、途中で止まったままのファスナーの金具と、白いマリューの背中が目に飛び込んできた。
「……ドレスが挟まっちゃったみたいで、動かなくなっちゃったの」
 ポツリと恥ずかしそうに告げたマリューに、ムウは「大丈夫。俺が直してやるから」と微笑むと、彼女の背中に回りこむ。
 そして、ファスナーの金具に挟まっていた布地をゆっくりと引っ張る。
 食い込んでいた布地が開放されたのを確認し、ゆっくりとファスナーを引き上げようとしたその時、ムウの中にイタズラ心が湧き出した。
 ファスナーを引き上げる手を一瞬止めたかと思うと、マリューの背中にキスを1つ落とす。
 ちゅっと強く吸われる感覚に気付いたマリューが「きゃっ!」と身体をビクッとさせた。
「何してるのよっ!」
 突然の事に驚いたマリューが、後ろを振り返るとニヤリとした笑みを浮かべたムウと目が合った。
「助けてやったんだから、これくらいのご褒美は当たり前でしょ?」
 そう言いつつ、自由になったファスナーをドレスの上まで引き上げ「ホラ、直ったぜ」と告げる。
「困った時は、助けるのが当たり前ですっ!」
 真っ赤になってそうマリューは反論するが、いかんせん状況的に不利のようである。
「やっぱり、俺が最初から手伝ってやった方がよかったかな?着替えるの」
 いけしゃあしゃあと言うムウに対し、マリューは「今回のは悪い偶然が重なっただけですから!」と、彼の申し出をきっぱり否定した。
 そして、俯き加減に「……ありがとう」と小声で告げると、ムウがぎゅっとマリューを抱きしめる。
「困った事が起きたら、すぐに俺を呼ぶんだぞ」「……うん」
 ムウが優しくマリューの耳元で囁くと、彼女はその腕の中で小さくうなづいていた。 
「さて、準備が出来たのならば、パーティーに参りますか?」
 マリューを抱きしめたままムウが楽しげに呟くと、マリューも「そうね、急がないと」と苦笑する。
 そして、ムウがエスコートするように左腕を出すと、そこにマリューが右腕をしっかりと絡ませた。
「運転、お願いしますね」
 マリューがニッコリと微笑みながらそう告げると「お任せあれ」と、ムウが笑顔を返す。
 ロングドレスの裾を少しつまみ上げながら並んで歩くマリューの姿に、ムウは満足気な表情でエレカに向かった。