挙式時間が迫ってくる。
 
 キラに手を引かれながらリムジンから降り立ったカガリは、ゆっくりと石段を登り始めた。
 階段の中程、会場への入り口手前で、2人は一旦立ち止まる。
 それと時を同じくして、会場に鐘の音が鳴り響いた。

 それまでざわついていた会場が、その音を合図にシンッと静まり返る。
 そこに響くのは、アスランの足音のみ。
 シルバーのフロックコートに身を包んだアスランが、一歩一歩ゆっくりと神殿への階段を登って行く。
 階段を登りながら、ふと上を見上げる。
 向かって右側に、ジャスティスとフリーダムが。
 反対側にはアカツキとルージュがそれぞれ並んでいた。
 守るための剣……。
 出来る事ならば、再びこれに乗って引き金を引く事がない事を……そう思いながらアスランは神殿の最上部に辿り着く。
 そして、目の前に立つ司祭者に一礼をすると、ゆっくりと息を吐き出し、登ってきたばかりの階段の方へと向き直る。

「カガリ、行こうか」「うん」
 キラの左腕に自身の右腕を絡めると、ゆっくりとした歩調で階段を登り始めた。
 来賓席の目の前を通り、神殿へと繋がる階段を進んで行く2人。
 カガリのドレス姿を目の当たりにした来賓席のあちらこちらから、溜息が漏れたのがかすかに聞こえる。

 この階段を、こうしてキラと一緒に登ることが出来る日がやってくるとは、カガリは今まで思ってもいなかった。
 前回、ここを登った時は、己の意思とは違う道を選ばざるを得ない事の歯がゆさに、心が悲鳴を上げそうだった。
 だが、今はどうだろう?
 とても、心穏やかに、この階段を登れる。

 お父様がカガリ達に託した希望。
 今日は、それを叶える為の第一歩なのだ。

 徐々に見えてくる神殿の最上部にアスランの姿を見つけると、カガリは少しドキリとする。
 自分の鼓動が、急に大きく耳に響く。
 そんな些細な変化に気付いたのか、キラがカガリを振り返った。
「大丈夫。これからは、ずっと一緒なんだから」
 キラがそう囁くと、カガリは「うん」と一言だけ返す。
 そして登りきった階段の先にいたアスランに向かい、キラが深々と頭を下げる。
 同じように頭を下げていたアスランが顔を上げると、カガリと視線が交わった。

 緩やかに吹く風が、カガリの長いベールを優しく揺らして行く。
 ゆっくりと前に進み出たカガリは、今度はアスランの左腕にしっかりと自分の右腕を絡めた。
 今度こそ、二度と離さないように……。

 通り過ぎて行くキラとカガリの姿を、自身の席から眺めていたムウが、小声で「おや?」と呟いている。
 こんな時に何事かと思ったマリューが、ムウの方を振り返り「静かにして下さい」と嗜めようとした。
 が、逆にムウはマリューの耳元に近づくととんでもない一言を発したのだ。
「なあ、マリューは気付いたか?お嬢ちゃんの鎖骨の辺り」
 突然、何を言い出すのかと思ったマリューは、無言でムウを睨みつける。
 それでもまだ懲りていない様子で、再びマリューに小声で要らぬ情報を耳に入れさせた。
「変に赤くないか?ほら、まるでキスマークみたいなさ」
 こんな神聖な場面で、なんて事を口走るの?!と驚いたマリューは、真っ赤になりながらムウの左足を踏みつける。
「……っっ!」
 さすがのムウも、突然のマリューの反撃に驚いたのだが、さすがに声は出せない状況だという事は分かっていたようで、必死に声をかみ殺していた。
 そんなムウの姿に、マリューは思わず笑い出しそうになったが、こちらも必死になって平静を装う。
「一佐、今は挙式中ですよ。そういう発言は控えて下さい」
 ムウの左耳を強引に引っ張ると、耳元でしっかりとそう告げたマリューは、そのまま真っ直ぐ前に向き直り、カガリの長くたなびくベールを眺めた。
「そ、それにしても、やたらと長いベールだな」
 突然、話題がカガリのドレスの事に切り替わり、マリューは思わずムウを振り返った。
「確か、全部で8メートル分のレースを使った……とか言ってましたけど」
「8メートルぅ??」
 通常では考えられない長さのベールに、ムウが小声ながらも驚きの声をあげる。
「なんで、そんな長いベールなんだよ?邪魔じゃないのか?」
 男性ならではの視点で、ムウは首を傾げながらマリューに訊ねていた。
「ウェディングドレスのベールって、長いほど幸せになれるって言われているのよ」
「……でも、物には限度ってモンがあるだろ?なんで8メートルなんだよ?」
 ムウは、納得いかないという表情で聞き返してくる。
「あれは、カガリさんの……オーブの代表としての願いなのよ」「願い?」
 マリューはそう説明しながら、緩やかに風に揺れているカガリのベールを見つめる。
「全ての人に、永遠の幸せが訪れますように……って」
「永遠の幸せ……?」
 そこまで説明されても、未だにムウにはどんな意味が隠されているのかが分からない。
「”8”って、横にしてみると”∞(無限)”になるでしょ?」
「あ〜、そういう意味かぁ。だから、永遠の幸せか」
 納得した笑みを浮かべたムウが「お嬢ちゃんにしては、なかなかやるじゃないの」と妙に関心している。
「それに……」「ん?」
 マリューは「もう1つ意味があるのよ」と、にっこりと微笑んでムウの方を振り返る。
「”8”を漢字で書くと”末広がり”っていう意味もあるの」
 へぇ〜と思いながら、ムウは頭の中で”8”を漢字に変換してみる。
「って事は、永遠に続いて、広がって行く幸せを願って……って意味か?」
「えぇ、そういう願いが込められているんですって」
 感心した声をあげていたムウがだったが、突然「でも」とポツリと漏らす。
「どうかしましたか?」
「いや……単純な話だけどな……いくらベールでも、あれだけ長いと重くないか?」
 ムウがあまりにも真面目な顔で聞いてきたので、マリューは思わず噴出していた。
「そ、そんな笑う事か?」
「真面目な顔で聞く事じゃないわ」
 必死になって笑をかみ殺していたマリューは、ふうっと息を吐き出すと、少し不機嫌な表情のムウを見上げる。
「確かに、あれだけ長いと重いかもしれないわ。でも……」
「でも?」
「カガリさんの肩には、あのベールよりも、もっと重い物が圧し掛かってるのよね」
「……あぁ、そうだよな。この国の行く末に、未来への希望……だもんな」
「その負担を少しでも軽くしてあげられれば……いいんですけどね」
 マリューはそう言うと、優しい眼差しで神殿の最上部に並んで立つ2人の後姿を見つめた。
「これからは、みんながついてる。誰も1人じゃないんだよ、もう。……だから……きっと大丈夫だ」
 ムウはそう力強く答えると、マリューの右手をそっと自身の左手で包みこんだ。
「えぇ、そうよね」
 右手から伝わるムウの温かさを感じながら、改めて自分も1人じゃないんだとマリューは実感するのだった。

「今日、ここに婚儀を報告し、またハウメアの許しを得んと、この祭殿の前に進み出たる者の名は、アスラン・ザラ、そしてカガリ・ユラ・アスハか?」
「「はい」」
 司祭者の問いかけに、2人ははっきりと答える。その声は、優しく力強く、その場にいた人達すべての耳に届いていた。
「この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアはそなたたちの願いを聞き届けるであろう」
 司祭者の祈りの言葉を、カガリはしっかりとその心の奥に刻み込んでいた。
 絶対に守りぬく。この国と人々と、そして愛しい人と大切な友を。
「いま改めて問う。アスラン・ザラよ、互いに誓いし心に偽りはないか?」
「はい、偽りありません」
 まっすぐに司祭者を見つめていたアスランは、はっきりと答える。
「カガリ・ユラ・アスハよ。互いに誓いし心に偽りはないか?」
「はい、ございません」
 以前とは違う。自分の心に正直に生きていこう。アスランとならばそれが出来る……カガリはそう思いながら誓いを起てた。


 一通りの式が無事に終了し、ハウメアの神によって夫婦と認められた2人が、長い階段をゆっくりと降りてくる。
 そして、来賓席の前までやって来たところで、列席者が手にしていた色とりどりの花びらが、2人の頭上に舞下りてきた。
 誰もが「おめでとうございます!」と祝福の言葉を口にし、鳴り止まない拍手と終わる事のない花びらのシャワーが、新しい夫婦を包みこんでいた。

 来賓席のすぐ横には、アークエンジェルのクルー達の席がある。
 その最前列に座っていたマリューも自ら席を立ち、花びらを2人に投げかける。
 紆余曲折を乗り越えて、晴れて結ばれた2人の姿を見ていたマリューの目に、かすかに光るものがあった。
 それに気付いたムウが、マリューの肩をそっと抱き寄せる。
「な〜に?娘を嫁に出す母親の心境?」
 マリューの顔を覗きこみながら、ムウはニヤリと笑っていた。
「も、もうっ!」
 慌てて目元を指で拭いながら、マリューは少し赤くなっている。
「でもさ……俺も、娘を嫁に出す父親の心境が、少しだけ分かったような気がするよ」
「え?」
 真っ直ぐアスランとカガリを見つめたままムウがポツリと呟くと、マリューが少し驚いた声をあげた。
「昔からあのお嬢ちゃん、色んな意味で『頼りになる娘』って感じがしてたからな」
 ほら、スカイグラスパーは乗りこなすわ、身元不明の人間を軍に入れてくれるわ……と、ムウは笑いながらマリューの方を振り返る。
「あなたも、そう感じていたのね」
 私も、逆に彼女に助けられた事が何度もあったわ……と、マリューは再び笑顔のカガリを見つめて微笑む。
「キラにしてもアスランにしてもさ、アークエンジェルで一緒に戦った仲間って言うよりも、家族みたいなもんだなって思うんだよ」
「だとしたら私達には、すごい数の子供達がいる事になるわよ?」
 フフフと笑いながらマリューが答えると、ムウが「うへぇ〜、それは勘弁してもらいたいねぇ〜」と、おどけてみせる。
「これでもまだ独身だぜ。あ……マリューひとすじだけど」
「バカッ!」
 こんな場所だというのに、キザな事をさらっと言ってのける恋人に溜息を付きつつも、この幸せがこれからも続くように……と、カガリの長いベールに祈りを込めたマリューだった。


やっと、結婚式までこぎつけました(苦笑)
なんとなくここの話に入れたくなったのが、実はディアミリ(^^;
……需要がない事ぐらい、百も承知です。
なんとな〜く、強気なミリアリアが書きたくなったんですっっ(汗
す、すんませんm(_ _)m
ホント、自己満足の世界ですよね……(自己嫌悪
しかも、始めのうちは、ムウマリュほとんど出てこないし(核爆)
これでも本当にムウマリュサイトなのかと、自問自答しなきゃなりませんね(反省中

え〜、一応はですね、このシリーズは次で最終話の予定です。
本当に終わるかどうかは、書いてみないと分かりませんが(爆)


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