Reserve  後編



 エレカで向かった先は、先程までムウが作業をしていた工廠。
モビルスーツが整然と並んでいるそのハンガー内を、マリューの腰をがっちりとホールドしたままのムウが進んで行く。
 そして、リフトで辿り着いた先にあるのは、黄金に輝くアカツキ。
その機体の前までやって来ると、担当整備士が端末を手に近づいてきた。
「調整終わりましたんで、確認して下さい」
 と、データが表示された端末を手渡す。
「ん、サンキュー」
 それを手にすると「5分だけ待ってて」とマリューに告げ、自身はアカツキのコクピットに滑り込む。
「全く……一体、何なの?」
 ここでマリューが何かを言っても、ムウが聞く耳を持っていない事は、周知の事実。
このまま、ぼーっとしているのも……と思い、マリューはコクピットの中に頭を突っ込んでみた。
「アカツキ、どぉ?」「んっ、あぁ??」
 突然、目の前に恋人の顔が現れてびっくりしたムウだったが、すぐにニヤッと笑うと
「さすが、ウズミ様が残してくれた機体……って事だな」
 端末のモニターから目を離さないまま、ムウが答えた。
確かに、モルゲンレーテの最高技術を全てつぎ込んで作られたアカツキの性能は、一言では言い表せない程の機体なのだろうという事が、
そんな短い言葉の中から読み取れる。
 真剣な眼差しで端末を操作しているムウの邪魔をしてはいけないと思い、マリューは黙ってコクピットから身を引く。
 そのままキャットウォークの上から、アカツキのボディをそっと撫で「守ってくれて、ありがとう」と小さく囁く。
誰にも聞こえないくらい小さな声で。

 一通りの確認が終了したのか、キーボードのエンター・キーをパシッと押すと、モニターにOKの表示が出た。
「よっしゃ、終了!」
 OSとのリンクを手早く解除すると、ムウはコクピットから身を乗り出し
「おーい、OKだぜ!」と、先程の整備士に声をかけた。
「はーい」という返事と共に、コクピット前に小走りでやってきた整備士に、ムウは端末を手渡す。
 すると、キャットウォークの上で待っていたマリューの横から、マードックがひょいっと顔を出した。
「フラガの旦那にしちゃぁ、ここに来るのが早くねぇですかい?」
 ニヤニヤと笑いながら訊ねるマードックに動じる事なく、ムウは答える。
「ん〜っ、ちょっと早目にコイツを出したくてね」
 その言葉を聞いていたマリューは、不思議そうに首を傾げている。
そんなマリューにウィンクを1つ飛ばし「って事でさ、もう出てもいいか?」とマードックに聞く。
「えっ、まだ早いんじゃねぇですか?」
 驚くマードックを尻目に、ムウは更に言葉を続けた。
「ちょっと、空中散歩したくてね」
 そう言いつつ、視線をマリューに合わせる。
相変わらず、何の事だかイマイチ理解していない様子のマリューは、再び首を傾げた。
対するマードックはと言うと、ムウの目線の先を確認すると、察した様子で
「分かりましたよ。すぐに発進できるようにしますわ」
 言うが早いか、そのまま踵を返すと、キャットウォークの中程まで行き
「おーい、アカツキ出るぞー!全員退避しろー!」と大声で叫んでいる。
その声で、一気に工廠内が騒然とし始めた。

「さてと……お待たせ、マリュー」
 コクピットから出てきたムウは、そのままマリューの手を取る。
「さぁ、行こうか」「えっ?!」
 そのままマリューを引っ張ると、コクピットへと導く。
「えぇっ?はぁ??」マリューは目がテンになったまま、シートの後ろに足を伸ばす。
そして、ムウの顔を覗きこむようにして質問をしてみた。
「あの……どこに行くつもりなんです?」
 少々、他人行儀なマリューの問いに、ムウはしれっと答えを返す。
「だから〜、マリューと一緒に、空中散歩したかったのっ!」
「はぁぁ〜っっ?!」
「だぁ〜っっ、マリュー!頼むからさ、耳元で叫ぶなよっ!」
 アカツキの起動準備をしていたムウは、思わず右耳を手で塞いでいる。
「だって!そんな個人的な事にアカツキを使うなんて……」
「いいの、いいの。ほら、しっかり捕まってろよ」
「第一、許可が下りる訳ないでしょ!」
 マリューがハラハラしながらムウの肩を掴んでグラグラと揺さぶっていた時だった。
突然、通信モニターに電源が入る。
<旦那、全員退避しやしたぜ>
「おう、サンキュー!」
<んじゃ、いってらっしゃいませ>
 その一言を告げると、マードックは一方的に通信を切る。
その間に、ムウがアカツキのエンジンを始動させ、目の前のメインモニターにも電源が入った。
と同時に、2人の視界には、収納されていくキャットウォークが見える。
目の前の障害物が姿を消したのを確認すると、ムウはゆっくりとアカツキを操縦し、ハンガーの外へと移動する。
「ムウ・ラ・フラガ、アカツキ出るぞ」
 聞きなれた台詞を告げると、そのまま上空へ向かい、一気にバーニアを噴かした。

「……っっ」
 シートの背もたれにしがみ付きながら、強烈なGにマリューは耐えていた。
が、それもほんの数十秒で、身体が勝手に前に進む感覚に切り替わる。
「よし……と、すまんな、マリュー。もう水平飛行になったから大丈夫だ」
「あ、えぇ」 
 マリューはホッと一息つくと、コクピットシートに座るムウの顔を覗きこむように、少しだけ身体を前に倒す。
「でも、どうして急にこんな事したんです?」
 未だ納得のいかない様子のマリューに
「だってさ、マリューってモビルスーツの開発担当だったってのに、まともにコイツらに乗った事ないだろ?」
「えっ……う〜ん、言われてみれば、そうかもしれないわね」
 再び、首を傾げて上目使いに考えているマリューを見たムウは、その手を引き寄せる。
「それこそ、あの時ぐらいじゃないのか?ほら、ヘリオポリスの……」
 そこまで口にしたが、後はあえて口を噤む。
「そうかもしれないわね。キラ君と一緒にストライクに乗った……あの時だけかも」
 マリューはそう静かに呟くと、モニター越しに見える景色をじっと見つめた。

「モビルスーツに、いい思い出ないかと思ってさ」
 しばらくの沈黙の後に口を開いたムウは、そう言いながらマリューの身体を、少々強引に引っ張ると、自分の膝の上で抱き寄せる。
「ち、ちょっと、ムウッ!」
 突然のムウの行動に驚いたマリューは、彼の膝の上から脱出しようと、もがいている。
そんな彼女を逃がすもんかと、更に強く抱き締める。
「この2年……いや、前の大戦から考えると3年以上になるけど、マリューに辛い思いばかりさせてきたし……」
「ムウ……」
 その言葉を聞いたマリューは、逆にムウに抱きつく。
「だからさ、罪滅ぼしって言うかさ……1つでもいいから、辛い思い出を、楽しい思い出に変えたいんだよ」
 前方に視線を向けたまま、静かにムウが呟く。
『楽しい思い出』……その言葉が、マリューの胸にズキンと突き刺さる。
「それで……あなたの辛い思い出も変えて行く事が出来るのなら、私は、あなたに付き合う権利があるわよね」
 ムウの首に自らの腕を回したマリューが、その耳元で小さく囁いた。
その答えを待っていたかのように「だったら、とことん付き合ってもらいましょうか」と軽く笑うムウの姿を見上げながら
あぁ、この人の2年間は、私以上に辛かったのかもしれない……
少し淋しそうな笑顔を眺めながら、マリューは胸の内でそう思っていた。
 いつも、必要以上の事は語らない……特に、自分に関する事になると、尚更、心の奥底にその感情を押さえ込んできたムウなのだから。
 今もきっと、言いたい事の半分も、口にしていないのかも知れない。
私を不安にさせない為に……そう思ったマリューは、ムウに回していた腕の力を、更に強くした。
 あなたの分も、一緒に背負わせて……その思いと共に。